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ベル薔薇8
貴族たちの亡命 |
王妃をバルコニーへ |
ヴァレンヌ逃亡 |
国王、断頭台へ |
ラムトワネットの最期 |
貴族たちの亡命
オスカルが息を引き取った頃、カイル・フェルゼンは愛するラムセスを
救うためにハットゥサからエジプトテーベの町へ馬車を進めていた。
途中すれ違った旅人からテーベで革命が起きたことを聞いた。
市民がバスティーユ牢獄を襲い、ユーリ率いるテーベ衛兵隊がねがえって
バスティーユ牢獄は落とされたと言うのだ。
「テーベ衛兵隊! ユーリ・オスカルが! ラムトワネットさまの御身が危ない!」
カイルは革命真っ最中のテーベに、全速力で馬車を進めていった。
「国王陛下、バスティーユが陥落しました! 革命です!
王家や貴族は危ない地位に立たされています。今のうちに革命の波が及んでいない
国境近くまで逃げましょう」
重臣たちが国王に告げた。
「だ、だけど……今バラサイユを離れたら……民衆が他の者を国王にして
しまうかもしれない……。そんなのは嫌だ! かといってこのままだと
どうなるかわからないし……どうしよう、どうしよう……」
国王ミッタンナムワはおろおろしてばかり。優柔不断で何か行動を起こそうともしない。
そんな国王を見た貴族たちは、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「冗談じゃない! あんな国王についていったら、こっちの身が危ない!
我々だけでも逃げようじゃないか! 今なら充分逃げることは可能だ!」
ナキア・ポリニャック夫人をはじめとする貴族たちは、急いで荷造りをし
栄華をきわめた薔薇のバラサイユを次々と後にしていった。
バラサイユから逃げる貴族たちを見てラムセスは思った。
――行ってしまう。楽しかった薔薇の時代が去って行ってしまう。
あれほどワタクシを取り巻いていた人々が、バラサイユを捨て行ってしまうのだ。
ああ、ワタクシは一人残された……。これから迫ってくる大嵐を、
ワタクシは一人で耐えなければならないのだ。
ラムセスは手入れの行き届いていない薔薇の小道を歩きながら涙を流した。
薔薇は革命を指示するかのように狂ったように咲き乱れ、ラムセスに
向かうように鋭いトゲが光っていた。
すると突然、薔薇の茂みが動いた。驚いて茂みを振り返ると、そこには
あの、カイル・フェルゼンが引き締まった笑顔で立っていたのである。
「バラトワネットさま。カイル・フェルゼン。只今戻りました」
再びオッドアイに映った愛する人の姿を見てラムセスは体の震えを
抑えきれなかった。
「あ、あなたはバカです……。みんながバラサイユを捨てて出て行くというのに……。
バカです……!」
カイルは凛々しい表情でラムセスに手を差し伸べる。
「共に死ぬために戻ってきました。最期まであなたの忠実な薔薇の騎士に……」
「おお! カイル・フェルゼン!」
ラムセスは差し伸べられた腕の中に飛び込んだ。蜂蜜色の肌と絹のような白い肌は
深く深く交わった。
王妃をバルコニーへ
革命が起こり古い体制は崩れ去ったが、平民の間ではあいかわらず深刻な
食糧不足が続いていた。そんな平民たちの飢えをよそに、王家は革命派に
対抗するため、新しく軍隊を呼び寄せた。その軍隊を歓迎するために
贅沢な食事を用意した華やかな宴が宮廷で開かれたのだ。
この王家の心無い振る舞いは、宴の仕度をあずかった貧しい女性たちの怒りを
爆発させるのに充分な出来事であった。自分たちがその日の食べるものも
やっとなのに、国王や王妃はまだ贅沢をしている。それが怒りを買ったのだ。
テーベの女たちの怒りは爆発し、武器を持ってバラサイユに攻めてきた。
「王妃め! 私達の苦労も知らないで! お前の首をこのカマでちょん切ってやる!」
「めす狼め! 出て来い! 包丁で腹を引き裂いてやる!」
「パンを! パンを! 贅沢ばかりしてんじゃないよ!」
貧しい民衆たちがラムセスをめがけて宮廷に突進してきた。しかし広い宮廷の
どこに王妃ラムセスの部屋があるか分からず、怒り狂った女たちは右往左往していた。
その間に、王妃と二人の子供たち、国王の妹、側近らは国王の部屋へ
なんとか逃げることができた。
国王の部屋の外には大勢の民衆が押しかけていた。もちろん皆、武器を持ち、
ラムセスに対する罵声がバルコニー越しに聞こえた。
「王妃をバルコニーへ!」
「ラムトワネットをバルコニーへ出せ!」
「出て来い、薔薇王妃!」
民衆たちはラムセスがバルコニーに姿を現すことを要求した。
「バルコニーへ出ましょう」
ラムセスは表情を固くして静かに言った。
「いけませんラムトワネットさま。今バルコニーへ出ては撃ち殺されてしまいます!」
「でも民衆を静めなければいけません。バルコニーへ出ましょう」
ラムセスは窓に手をかけて、静かに開けると堂々と民衆の前に姿をあらわした。
「王妃だ! ラムトワネットが姿を現したぞ!」
「撃て! 撃ち殺すんだ!」
ラムセスは左右色の違う瞳で民衆をきつく睨みすえたと思うと、
薔薇ドレスの裾をもち、叫び続ける民衆にゆっくりと優雅にお辞儀をした。
お辞儀をすると同時にラムセスの背景に薔薇が飛んだ。赤、ピンク、黄、白の
色とりどりの薔薇の花びらが民衆の前に舞った。
「おお! なんと美しい!」
「この状況でお辞儀をした。それも背景に薔薇付きで……」
「何と大胆な……」
先ほどまで叫び散らしていた民衆は水を打ったように静かになった。
「王妃バンザイ……」
一人の老女がそう叫んだ。
「王妃バンザイ、ラムトワネットバンザイ!」
「王妃バンザイ!」
――ラムセス・バラトワネット。この女は薔薇の散る生まれながらの王妃なのだ。
民衆はラムセスの魅力に惑わされ、首を取ることなどすっかり忘却の彼方にあった。
ラムセスの堂々たる態度で、なんとか民衆の怒りは静められた。
ヴァレンヌ逃亡
混乱の最中、平民を代表する議員であり、また貴族と市民の掛け橋となっていた
アイギル・ミラボーが死んだ。更に王家は危ない状況になってしまったのだ。
廷臣たちは国王一家にラムセスの故郷に逃亡することをすすめた。
エジプトの国境を越え、亡命するように薦めたのだ。
この逃亡計画を先頭に立って仕切ったのはカイル・フェルゼンであった。
愛するラムセスのため、国王一家の命を救おうというのである。
「にせの旅券と馬車を用意して国王一家をテーベからお連れ致します。
私の命にかけてもお守りいたしましょう!」
カイルはゴルフ夫人の名で旅券を取り、国王はゴルフ夫人の従僕、
王妃は二人の子供たちの家庭教師、国王の妹であるネフェルトはゴルフ夫人として
逃亡計画を練ったのである。5人乗りの馬車、変装用の衣装、旅行中の食料、
竜騎兵たちの配置、莫大なお金とあらゆる連絡や打ち合わせがカイルを
中心として練られていったのである。
逃亡の日当日。準備の整った馬車に国王一家はそっと乗り込んだ。
夜勤の兵たちに見つからないようそっと馬車は宮廷を出発することはできたが、
必要な食料や衣類、物品がすべて揃えられた5人乗りの馬車は、国境までの
田舎道を走るには大変目立つ大型な豪華な馬車であったのだ。
目立たたぬように仕立てたつもりであったが、国王一家が乗る馬車とあっては
クッションもよく、長時間乗っていても快適に過ごせるような馬車に仕立てなくては
いけなかったのだ。
国境へ向けて馬車は田舎道を進んでいった。国境までカイルはずっと一緒に
行くつもりであったが、馬を変える3つ目の中継地点で、国王ミッタンナムワは
カイルの身を案じてもう離れるように命令した。
「そ、そんな……ミッタンナムワ陛下! 国境までお供いたします!」
「いや、カイル・フェルゼン、万一のときはあなたの身にまで危険が及んでしまう……
ここまでで充分です……。そう思うだろう? バラトワネット王妃」
ラムセスはショックだった。ここまでしかカイルは一緒には行けない。
だが、これ以上共に行動するとカイルにも危険が及ぶかもしれないのだ。
今までカイルは充分に尽くしてくれた。そのカイルを……愛するカイルを、
ラムセスはこれ以上危険に晒す事はできなかった。
「ええ、ここまでで十分です……どうぞ……お元気で……」
ラムセスは左右色の違った瞳に涙を溜めながらまっすぐにカイルを見て言った。
カイルも涙の流れ落ちるオッドアイをじっと見つめていた。
「……わかりました。私はこのまま他国に亡命いたします。どうか……ご無事で!」
カイルは両陛下の元にひざまずいた。
「おお! カイル・フェルゼン! あなたこそお元気で! あなたのことは
死んでも忘れません……王家の薔薇に誓って……!」
薔薇王妃を乗せた馬車は国境へむけて速度を増してゆき、カイルの視界から
みるみる遠ざかった。国王一家はカイルの目の前を去ったが、不安はどんどん
積もるばかりであった。
カイルの不安は的中した。最初の竜騎兵が迎えてくれるはずのサン・ムヌーと
呼ばれる場所に兵が一人もいなかったのである。予定より到着が大幅に
遅れたため、待ちくたびれた竜騎兵たちは酔っ払って騒ぎを起こし、
もう国王一家は来ないものと思い込んで引き上げてしまったのだ。
「どうしましょう。どうして一人も兵士がいないの?」
ラムセスは動揺した。
「仕方ない。次のヴァレンヌまで行こう。そこには兵たちが待っているだろう」
一家は隠し切れない大きな不安と一緒にヴァレンヌへ向かった。
ヴァレンヌへ向けてしばら馬車を進めていると、村人たちがわらわらと集まってきた。
「なんと大きな馬車だべや〜」
「新品だ。豪華な馬車だなァ。すごいなー」
ヴァレンヌへ行く途中、国王一家を乗せた豪華な馬車は、村の人々の興味を
集め、しだいに人が集まってきてしまったのだ。
「名門貴族の亡命かな?」
「いや、これだけ大きくて豪華な馬車なら国王陛下が乗っていても不思議じゃないなァ
まあ、……そんなことあるわけないか!」
村人の一人が冗談交じりで言った。だが、勘のいい一人の村の青年クルクは
馬車の中に乗っている人物が本当に国王一家ではないかと考え始めたのだ。
「その馬車止まれ! 旅券を見せるんだ!」
クルクは国王一家の馬車を止めた。馬車の中をちらりと覗きこむと
見覚えのある顔が目に入った。
「やはり国王一家だ! 国王一家に間違いない! そこの従僕に変装しているのが
国王ミッタンナムワで、ゴルフ夫人つきの女官に変装しているのが
王妃ラムトワネットだ!」
「な! どうしてですの! わたくしたちは!」
ラムセスは必死に否定した。
「顔を見れば分かる! 国王、王妃の肖像画は国中にばら撒かれているではないか!
先ほど国王一家逃亡のニュースも入っている。間違いない、国王一家だ!
捕らえてすぐに首都テーベに戻すんだ!」
逃亡はヴァレンヌの地で終わった。国王一家はそれから群集や国民衛兵に
取り囲まれながら、ヴァレンヌまで逃亡してきた同じ距離を罵声を浴びながら
帰ったのである。
宮廷に帰ったラムセスは、ずっとかぶりつつけていた薔薇のついた帽子を取り
女官たちに手伝ってもらって着替えをすることにした。
ラムセスが数日間着続けていたドレスを脱ぐと女官ハディが悲鳴を上げた。
「ラ、ラムトワネットさま……! お肌! お肌が真っ白に! 髪も!」
ラムセスは鏡を見るといつもの蜂蜜色の肌ではなく、真っ白な顔をした自分が映っていた。
金髪も白髪に変わってたのだ。
「うわあああああ! ワタクシの蜂蜜色の肌が! 金髪が!」
数日間に及ぶ恐怖の逃避行は、ラムセスの美しかった金髪を老婆のような白髪に変え、
元気あふれる蜂蜜色の肌を真っ白に変えてしまったのだ。
このヴァレンヌ逃亡事件をきっかけとして、革命は急速に共和制の道への
拍車をかけていった。それは国王ミッタンナムワと王妃ラムセスにとっての
断頭台へのまっすぐな道であったのだ。
国王断頭台へ
ヴァレンヌ逃亡事件以来、国内にはカイル・フェルゼンの逮捕状も出ていた。
だが、自分のせいで逃亡が失敗したと悔やむカイルは、逮捕状が出ているのも
関わらず、再び宮廷に忍び込んでラムセスの前に姿を現したのだ。
「国王陛下、ラムトワネットさま、もう一度、もう一度逃げましょう。
今度は失敗しないよう綿密な計画を練りますから!」
カイルはラムセスを救おうと必死であった。
「いいや、カイル・フェルゼンもういいんだよ。私は議会との間に
もう逃げないことを約束してしまった。王として議会との……国民との
約束を破るわけにはいかないよ……それが国王としての最期の勤めだから……」
ミッタンナムワは寂しそうに言った。
「カイル・フェルゼン。もはや私達は助かろうとなど思っていません。
薔薇王妃として最期まで美しくいようと思ってます。薔薇のように美しく散るのです」
ラムセスも静かに言った。もはや愛するラムセスを助けることはできないと
思うと、カイルはその場で泣き崩れた。
「さあ、カイル・フェルゼン。もうテーベを立ちなさい。今となっては
一人でも多くの人に助かってもらいたいと思うよ……」
「そうです。戸口まで送りましょう。どうか……どうかお元気で!
そして本当にありがとう。あなたが来てくれたおかげで勇気を持つことが
できました。薔薇王妃ラムトワネットとして立派に死を待ちます……」
二人の間には絶望的な予感が走っていた。それはもう二度と生きては会えぬという
死の予感である。薔薇の香りを、懐かしい声を、やさしい姿をもう二度と
この世では感じることはできない。そういう予感であった。
やがて国王ルイ16世ミッタンナムワの裁判が始まった。
議会は国王の処刑を行うかどうかその判決に入った。共和制を樹立するためには
ルイは死ななければならないという意見と、共和制を樹立するためには
王政は廃止すべきだが、国王はあくまでも神聖不可侵なものという意見の
2つに分かれたのだ。そこで国王処刑の投票が行われた。
――結果は360票対361票。たったの1票で国王ミッタンナムワの処刑は決まったのである。
裁判の間、家族と引き離されていた国王は、処刑の日の前日ようやく
家族と会うことができた。最期の別れである。
ラムセスや子供たち、国王の妹ネフェルトはミッタンナムワに抱きつき、
泣きながら別れを惜しんだ。
「私は神の意志で断頭台へ昇る。だから私が死んでも決して復讐しようなど
考えないように……私は罪なくして死んでゆく……だが、私の血が祖国エジプトの
幸福の礎となるように……」
断頭台に向かったミッタンナムワは共和制を求める声と共に命のともし火を
消していった。ルイ16世ミッタンナムワ38歳、王者にふさわしい立派な最期であったという。
ミッタンナムワが処刑された直後、ラムセスはオッドアイからボロボロと涙を
流しながら、息子に向き直った。
「新国王……ルイ17世陛下……」
息子の前にひざまずき、ちいさな手にそっとキスをしたのである。
ラムトワネットの最期
国王が処刑されて数ヵ月後、王妃ラムトワネットの裁判が始まった。
妹や子供たちから離されて死の牢獄と言われるコンシェルジェリー牢獄に移されたのである。
女囚第280号……それが……ねね'S わーるど女帝マリア・ねねジアの娘、
かつては薔薇王妃と呼ばれたラムセス・バラトワネットの最後の名前であった。
薄汚い地下牢に案内されたラムセスは、もはや死だけを待っていた。
大好きな薔薇を身に付けることも許されない。これから長い裁判が始まるのである。
「お気の毒でございます、おくさま。……これから身の回りの世話をします
ロザリー・アレキサンドラです……」
絶望的なラムセスの前に現れたのは、ユーリ・オスカルと一緒に宮廷に
上がっていたアレキサンドラであった。
「ア、アレキサンドラさん! どうしてこんなところに……」
「王妃さまのお世話をできるように頼んだのです。王妃さまとお呼びするのは
禁じられていますので『おくさま』とお呼びすることお許しくささい……」
アレキサンドラは久しぶりに会ったラムセスを見ながらボロボロと涙を
こぼしていた。
「うっ……ううう……」
「アレキサンドラ……泣いてはなりません。私のために泣いてはあなたまで
ギロチンにかけられてしまいますよ」
「一生懸命お世話いたします……どうか、どうか何でも……」
ユーリもルサファも逝ってしまった今、アレキサンドラはラムトワネットに尽くすしか
なかった。王妃の死刑は免れないことは、アレキサンドラ自身にも
分かっていた。分かっているからこそ、ユーリやルサファの楽しい思い出を共に
持つラムセスに尽くすしかなかったのである。
ロザリー・アレキサンドラをはじめ、牢番のおかみさんや、見張りの憲兵たちの
やさしい心づくしは、この悲劇の薔薇王妃にひとときの安らぎを与えた。
裁判ではナキア・ポリニャック夫人への浪費、薔薇を使った贅沢、
ジャンヌ・ウルスラの首飾り事件など多くのことを聞かれた。
真実を答え、非となることは否定したが、何を言ってもラムセスの処刑を
免れることはなかった。裁判から数日後、王妃ラムトワネットの死刑が決まった。
処刑は革命広場にて公開処刑。ラムセスは何も言わずに判決に従った。
――ああ、やっと長い苦しみが終わった!
ラムセスはオッドアイから涙を流した。
牢獄に帰ってから、ラムセスは義妹ネフェルト宛てに手紙を書いた。
愛する義妹へ
私はたった今判決を受けたところです。私はこれからあなたの兄上に会いに行きます。
今の気持ちはとても平静で、心残りはかわいそうな子供たちをおいて先に行くのが
心残りです。最後まで私達のそばにとどまってくれたあなたを、このような境遇に
おきざりにしてしまうこと、大変辛く思います。そして、知らぬうちにあなたへ
与えた苦しみ、お許しください。どうかこの手紙があなたのもとに届きますように!
あなたとかわいそうな子供たちと心から抱擁いたします。
ラムセスは義妹ネフェルトへの最後の手紙を見張りの憲兵に妹に渡してくれるよう
頼んで渡した。しかし――さすがの憲兵も王妃ラムトワネットの秘密の手紙を
届けることはできなかった。憲兵は手紙を判事に渡し、妹ネフェルトの
手に渡たらなかった。ラムトワネットの手紙は盗まれ、隠され、明るみに出たのは
21年後のことであった。しかしそのときには、妹ネフェルトも断頭台の露と消え、
カイル・フェルゼンもこの世にはいなかった。
処刑当日。
「おくさま……今日は何を召し上がりましょう……」
アレキサンドラは涙をぐっとこらえてラムセスの牢獄へ行った。
「ロザリー・アレキサンドラ。もうワタクシは終わったのです。
もう何もいらないんですよ……」
「おくさま……ストーブの上に私のスープがとってあり……ます……」
アレキサンドラは抑えきれずにボロボロと涙を流し始めた。
自分のために泣いてくれている彼女を見て、ラムセスのオッドアイにも
涙が滴り落ちた。
「そうね……アレキサンドラ。あなたのスープをいただきましょう。
こちらへ持ってきて……」
「はい……おくさま……」
ラムセスの元にものものしい死刑執行人がやってきた。牢獄を出て
断頭台のある革命広場に連れて行かれるのである。
「おく……さま。いつも髪を結って差し上げたこの薔薇模様のリボンは
どういたしましょう……」
アレキサンドラはキレイな赤いリボンを手にラムセスに涙声で話し掛けた。
「それはワタクシの形見としてあなたにあげましょう……
ロザリー・アレキサンドラ。その薔薇リボンずっととっておいて下さいね。
そして時々はワタクシのことを思い出してください。あなたがたの
心づくしは天国に行っても忘れません。先にユーリ・オスカルと
ルサファ・アンドレのところに行ってますね」
ラムセスはそう言ってロザリー・アレキサンドラに背中を向けた。
――ラムトワネットさま、ラムトワネットさま! あなたはこのエジプトに
紅の薔薇のように君臨なさいました。さようなら、さようなら、エジプト最後の薔薇女王よ!
アレキサンドラはもらった薔薇リボンをぎゅっと握り締めながら
ラムセスの後ろ姿を見送った。
粗末な椅子つきの馬車に乗せられ、ラムセスは革命広場に連れて行かれた。
――さあ、見るがいい! 薔薇王妃の死にかたを! この首が落ちても
私は永遠に眼を開き、この国の行く末をずっと見守るであろう……!
さあ、民衆たちよ。見るがいい! これが薔薇王妃の死にかたです!
ラムセスに向かって罵声をかける民衆たちを厳しい表情で見渡した。
――そしてカイル・フェルゼン。今までありがとう……最期の瞬間まで
あなたを愛しています……さあ、神よ……今まいります
ラムセスはそっと目を瞑り、断頭台に首をかざした。
――ズシン!
鈍い音と共にラムセスの首は飛んだ。
かつて薔薇王妃と呼ばれたエジプトの女王は、薔薇のような真紅の血を
流してこの世を去ったのだ。
ラムセスが処刑された後もまだまだ混乱は続き、断頭台は2最終的に
2600人の血を吸っていったという……。
ラムセスの死を嘆き、一人祖国に帰ったカイル・フェルゼンは生涯妻を持たず、
愛する女性を奪い取った民衆を憎悪するあまり、冷酷な権力者となってしまった。
そして7年後、彼を憎む民衆によって虐殺され、彼もこの世から去ったのである。
かくて運命はラムトワネットとカイル・フェルゼンを死をもって結びついた……。
FIN