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ベル薔薇7
チュイルリー宮襲撃 |
バスティーユ襲撃 |
「ユーリさま、着剣完了、整列おわりました」
ユーリの背後にはきれいに整列したテーベ衛兵隊たちが待っていた。
皆いつもより緊張した表情で、真剣である。
「姫君兵士方、このような自体に巻き込まれて申しわけありません。
はじめに言っておきます。何があっても……何があっても私についてくるように!
いいですね!」
「うぉー!」
高貴な身分の姫君とは思えぬ雄々しい叫びをあげた。
班長のセルト姫やアクシャム姫はいつもよりイキイキとした表情にも見える。
「前進!」
ユーリを先頭にテーベ衛兵隊はチュイルリー宮に向けて出発した。
テーベ衛兵隊がチュイルリー宮に着いたときには、そこはもはや血の渦に
巻き込まれていた。既に広場に来ていたドイツ人騎兵隊が民衆に発砲し、
暴動となっていたのだ。
暴動となった広場を目の前にしてユーリは指揮を待つ姫君兵隊たちに
向き直り、静かに言った。
「私は以前あなたたちにこう言ったことがある。『人間の心は自由だと……
誰の所有物にもならぬ自由な心を持っている』と。ですが私はこの言葉を
訂正しようと思う、いや付け加えると言うべきか……
自由なのは心だけじゃない! 人間は爪の先から髪の先すみずみまで
すべて自由であり、みな平等であると付け加えよう!」
ユーリは軽く首を左右に振り兵士たちをゆっくりと見回した。
兵士たちも真剣にユーリの話を聞いている。
するとユーリは右手を左の胸元に持ってゆき、階級章を思いっきりはぎ取った。
ルサファをはじめ、姫君兵士たちは驚きざわめきだした。
「我が国の96%を占める平民。国のために税金を治める平民がなぜ
自由、平等を求めてはいけないのか? たった今から私は女伯爵の称号を捨てる!
さあ、選びたまえ! 国王や貴族の道具として市民に銃を向けるか、
それとも民衆と共に、自由を勝ち取るのか!」
ユーリは剣を抜き天へ向かって掲げた。黒い瞳はいつもに増してみずみずしく
キラキラと輝きを放っていた。
「うおおおおおお! そうこなくっちゃ! ユーリ隊長。始めは兵士役なんて
気に入らなかったけど、だんだん脂が乗ってきたわよっ! 国王や貴族なんか
ぶっとばしてやる!」
衛兵隊隊長のセルト姫が力強く言った。
「ワタクシもですわ! 断然やる気になってきましたわよっ!」
肩にサソリを乗せているアクシャム姫が言った。
「わたくしも、ユーリ隊長についてゆきますわ!」
やさしい声の主はギュゼル姫。
自分についてきてくれる兵士たちにニッコリと微笑みかけ、ゆっくりと頷いた。
「さあ! 祖国のために名もなき英雄になりましょう! 歴史を作るのは
貴族でも将軍でもない。我々人民だ! 目指すはドイツ人騎兵隊! 出撃!」
「うおおおおおお!」
姫君兵士たちが出したと思えぬ雄々しい叫び声とともに、テーベ衛兵隊は
国王・貴族側の軍隊であるはずなのに、平民側に寝返った。
これには貴族はもちろんのこと、平民も驚いたのだ。
「そぉれぇ! 月に変わってお仕置きよ〜! 中世のセーラームーンセルト姫とは
私のこと! このセルト姫ブーメラン受けてみよ〜〜〜〜〜!」
セルト姫は自分の頭上に二つの輪っかになっている部分を取り外し、
ブーメランのようにしてドイツ人騎兵隊に投げた。
その切れ味といったら凄まじいこと! 手術用のメス並に切れ味は良く、
スパスパとドイツ人騎兵たちを切り刻んでいた。
「アクシャムのサソリ攻撃! うりゃあああああ!」
アクシャム姫はどこからかサソリを呼び集め、ドイツ人騎兵に向かって
投げた。もちろん猛毒のサソリなので刺された騎兵はイチコロであった。
「攻撃をやめないで! どんどん続けて!」
ユーリは姫君たちをうまく?支持する。ルサファも姫君に負けずと戦っていると、
ユーリがすっと彼の側に寄った。
「ルサファ、この戦闘が終わったら結婚式だよ」
耳元でそっと囁くとそのままユーリはルサファと視線を合わせずに隊の支持を続けた。
と、そのときである――。
「きゃあああああ!」
イシン=サウラ王女の叫びが聞こえた。
「イシン=サウラ王女!」
貴族側の兵に撃たれたのだ。皆が一斉にバビロニアの王女に振り向く。
「きゃあああああ!」
またもや悲鳴が響いた。今度はウーレ姫が撃たれた。
「ウーレ姫!」
ユーリが姫に気を取られるているそのとき、カチャリと司令官であるユーリに
銃の矛先が向かった。
「ユーリさま!」
『ズガーン!』
ルサファのユーリを呼ぶ声と銃声が同時に響いた。
ルサファがユーリに覆い被さったと思うと、そのままズルリと地面に落ちた。
ユーリをかばって胸を撃たれたのだ。
「うそ……ルサファ……」
黒髪の司令官は呆然と地面と平行になっているルサファを見た。突然のことに
呆然として身動きができなかった。
「ルサファ・アンドレ!」
中世のセーラームーンであるセルト姫がかけよった。
「ユーリ隊長、しっかりしてください! ここは危ないです。ルサファ・アンドレを
どこか安全な場所に移すのです!」
あとの指揮はアクシャム姫に任せ、ユーリとセルトはルサファを担ぎ、
安全な場所へ移った。
「ルサファ! ルサファ!」
「ユーリ……さま……司令官が戦場を離れては……いけません……。
司令官が気持ちで行動しては……いけない……。指揮を……続けて……」
「喋らないで! 今止血するからね!」
ルサファの呼吸は浅く短く速かった。胸を撃ちぬかれて苦しそうだ。
「ユーリさま……」
ルサファは震える手でユーリの顔に手を伸ばした。
「これが……ユーリさまの目。これが……ユーリ……さまの鼻、唇……」
ルサファの目はしっかりと見開いているのに、ユーリの顔をまさぐっていた。
「どうしたの? ルサファ……まさか! まさか! 見えてないんじゃ!
以前黒薔薇の騎士タハルカにやられた目が悪化してたのねっ!
どうして……、どうしてそんな目で戦場にきたの! どうして今まで言わなかった!」
ユーリは黒い瞳から涙をボロボロと流しながら強く叫んだ。
「ユーリさまのお側にいられるのなら……。私の目のことは……
これを書いているねねにも秘密にしていたのに……」
かすれた声で苦しそうに言う。
「ねねにも秘密に? それって単にねねがルサファ・アンドレの目のことを
書くの忘れてたんじゃないの?」
セルト姫の厳しいツッコミ(笑)。
「み、みずを……」
「水? ちょっと待ってね。すぐに持ってくるから待っててね」
ユーリは涙を拭いながら水を取りに行った。
その間ルサファはずっと、今までユーリと共に育った日のことを思い出していた。
誰よりも一番よくユーリのことを理解していたつもりだった。
身分違いの叶わぬ恋と分かっても想いを切り捨てられなかった。
一生片思いだと思っていたのにその心はユーリに届いた。
身分も財産も何も持たない自分の心を受け止めてくれたのだ。
目を瞑ればやわらかな象牙色の肌の感触を思い出す。ルサファの苦痛はそこで
終わり、そのまま永遠の眠りについた。
最期にユーリを守れたことが嬉しかったのか? 苦痛に耐えた表情ではなく、
かすかな微笑みがルサファの顔には残されていた。
「ルサファ、お水持って来たよ! ルサファ……」
ユーリは汲んできた水をその場に落とした。側にいたセルト姫も下をうつむき黙っている。
「ルサファ……ルサファ……ルサファー!」
ユーリは屍(しかばね)に抱きつきそのまま大声をあげて泣き叫んだ。
まだこんなにも彼の体は温かいのに、温かいのに! もう二度と目を覚ますことは
ないって言うの? そんなこと……そんなこと……
「いやあああああ!」
ユーリは突然叫び声を上げ、戦場に向かって走り出した。
「ユーリ隊長?!」
セルトは驚いて後を追いかける。
「誰か、誰か私を撃って! 撃って! いやああああ!」
「ユーリ隊長!」
セルトはなんとかユーリに追いつき、二の腕をつかんで止めた。
「ユーリ隊長、しっかり! せっかくルサファ・アンドレが助けてくれた命を
どうするのです! お気を……お気をしっかりお持ち下さいませ!」
「う、うっ……わああああああ!」
ユーリはその場にしゃがみこみ、また大きな声で泣いた。
――司令官は気持ちで行動してはいけない。
ルサファがそう言った。だが、だが、司令官とて人間だ。この気持ちを、この気持ちを
どうすればいいの……! いっそのこと、この心をえぐり取ってくれ!
さもなければ、私を狂わせて!
ユーリは止まらぬ涙を抑えきれずにずっと泣いていた。
バスティーユ襲撃
バスティーユ牢獄。
国内では有名な牢獄で、国家に逆らった反逆者を収容するための牢獄であった。
自由を唱え、平民の権利を主張した者たちが幾人もここに収容されており、
民衆の恐怖と憎悪の的となっていた。
チュイルリー宮襲撃の翌日、バスティーユ近辺に住む平民たちはいつもと違う
あることに気づいた。バスティーユ屋上にかまえる大砲の向きが変わっていたのだ。
テーベの市庁舎の方へ、民衆に向かって向いていたのである。
また、バスティーユ牢獄に弾薬が運び込まれていたのを見たという市民もいて、
国家が大砲を構えて民衆を狙っているように思えたのだ。
「大変だ! 国家がテーベの町に大砲をぶっ放すつもりだぞ!」
「武器をとってバスティーユに集まれ! 国家なんかに負けるものか!」
市民はそう口々に叫び、武器を持ってバスティーユに集まった。
バスティーユ襲撃に参加する民衆は次々に増え、途中に廃兵院を襲い
3万2千丁の銃と12砲の大砲を盗んだ市民はスティーユに集まった。
「みんな、ここまで良く頑張った。聞けば今度はバスティーユが大砲を構えて
我ら市民を狙っていると言うではないか。あともう少しだ、もう少しで
市民の人権は獲得できるのだ。さあ! みんな! 武器を持ってバスティーユへ!」
「うおー!」
ユーリの指揮に姫君兵士たちは威勢のいい声をあげてついていった。
「さあ! ルサファ・アンドレ行くよ! 用意はいい?」
馬に乗ったユーリはクルリと振り返り、いつもの習慣でルサファを呼んだ。
セルト姫をはじめ、姫君たちは驚いた表情でユーリを見る。
「あ……」
ユーリは小さな声を出す。
いつも振り返れば、そこにはやさしい瞳でユーリを見つめるルサファがいた。
しかし今はいない……。彼はユーリをかばって昨日死んだのだ。
ルサファが本当に死んだなど、頭では理解しても、理性が、心がついていかなかった。
もう二度とルサファが戻ってくることはないと思うと、また涙が溢れてきた。
「ご、ごめん。みんな……もう少し、もう少しこのままで……」
天を仰ぎそのまま黒い瞳から涙を流した。
「いいえ、いいんです隊長……」
セルトが静かに言う。
しばらく涙を流していたユーリは、きゅっと涙を拭き、兵たちに向き直った。
「さあ! バスティーユへ!」
ユーリの涙まじりの声と共にテーベ衛兵隊はバスティーユ牢獄へ向かった。
いつも後ろからついてきてくれるルサファはもういない。
本当に、本当に逝ってしまったのだ。
ユーリ率いる衛兵隊がバスティーユに到着したときには、数千人の人で
ごった返していた。しかし市民を誘導する強力な指揮者はなく、
満足に武器も持ったことのない市民たちはかなり混乱していた。
大砲があってもその使い方がわからず、バスティーユ牢獄にいる国家の兵たちに
攻撃をうけていたのだ。
「衛兵隊だ! テーベ衛兵隊が来たぞ!」
市民たちは歓喜の声をあげた。チュイルリー宮を落としたテーベ衛兵隊の
加勢は市民たちにとって強い味方であった。
「砲撃用意、撃て!」
ユーリの指示でバスティーユ牢獄に大砲が打ち込まれた。
「さあ、もっと砲撃を続けて! はね橋がおりたら一気に中に入り込むよ!」
ユーリの指揮とテーベ衛兵隊の活躍のおかげで、バスティーユの城壁は
次々と崩れ、市民がどんどん中に入りこんでいった。
バスティーユ牢獄付きの国家の兵たちは、白旗を挙げて降伏しようと
提案したが、兵の隊長がそれを許さなかった。
「あの指揮官を狙え! 貴族のくせに国家に欺いたユーリ・オスカルだ!
指揮官さえ倒せばあとは雑魚だ! ユーリを狙え!」
銃の矛先がユーリに向かった。
兵や市民たちをまとめるのに必死なユーリはそのことに気づかない。
――ズガガガーン!
銃声と共にユーリの左肩に穴があいた。間を置かずに2発、3発と続き、
腹や胸を続けて打ち抜かれた。
「ユーリ隊長!」
倒れるユーリを抱えたのはセルト姫であった。セルト姫の肩にも一発の銃弾が
かすった。
「砲撃を……続けて……あと、もう少しでバスティーユは……落ちる」
かすれた声でユーリは言った。
「ユーリ隊長しっかり! 早く安全なところへ!」
セルト姫はユーリを抱え、戦火のない安全なところへユーリを連れて行った。
「きゃああああ! ユーリおねーさま!」
ロザリー・アレキサンドラが傷ついたユーリを見て悲鳴を上げた。
アレキサンドラは傷ついた兵たちの看護婦として一緒についてきていたのである。
「ユーリおねーさま、しっかりして! あちらでけが人の手当てをしています。さあ早く!」
「いいの……ここで……おろして……」
短い息の合間にかすれた声を出した。ユーリはその場に下ろされ天を仰いだ。
――ルサファ……、あなたは苦しくなかったの? あなたの耐えた痛みなら
私も耐えてみせよう。死は安らかにやってきた? 長くはなかった? 手をかして、ルサファ。
私が死に対して臆病者にならぬように……私を抱きしめて……。
ユーリは消えそうになる意識の中で必死にルサファのことを想った。
「おねーさま、今手当てをしますからね。傷口をしばりますわね!」
「ロ、ロザリー」
「喋らないで! 喋らないでおねーさま!」
アレキサンドラは泣きながら叫んだ。
「ど……うして泣いているの? ロザリー……。私は……今こんなにも安らかだよ。
もう少しでルサファのところへ……ゆけるのだから……」
ユーリはアレキサンドラにニコリと笑いかける。
「いやああああ! ユーリさま! そんなこと言わないでぇ! お願いルサファ!
ユーリおねーさまを連れて行かないでぇ! お願い!」
うわああああとアレキサンドラは泣き叫んだ。
「ユーリ隊長、あれをご覧下さい! バスティーユに白旗が! ついに陥ちました!」
セルト姫の指差す方を見ると、白旗が上がっていた。降参の合図である。
――私の兵たちよ……市民たちよ……よくやった。これで安心して……
ルサファのところへ逝ける……。私たちの勝ち取った自由が、人類の永遠の
礎となるように……
「エ……ジプト……ばんざい……」
ユーリは最期の力をふりしぼって、かすれた声で言った。
「ユーリさま! ユーリおねーさま……。いやあああああ!」
アレキサンドラは何度もユーリの名前を叫んだが、ユーリは二度と答えることはなかった。
バスティーユ牢獄陥落。
フランス革命がいよいよ本格的に幕を開け始めたのである。
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