ベル薔薇3
ロザリーとポリニャック夫人 |
カイル・フォン・フェルゼン再び |
ロザリー・アレキサンドラの母 |
ジャンヌ・ウルスラの野望 |
ロザリーとポリニャック夫人
ユーリの屋敷に引き取られたアレキサンドラは、母のかたきをとるために
ユーリやルサファに剣術を習った。それと同時に、貴族としての礼儀作法を
学び、貴族の舞踏会に出席しても恥ずかしくないくらいの振る舞いができるようになった。
「あのユーリおねーさま。おねーさまは近衛隊長をなさているので、
お顔が広いですよね。それで……『マルティーヌ・ガブリエル』という名の
貴婦人をご存知ありませんか?」
アレキサンドラは恐る恐るユーリに聞いた。
「どうしたんだ急に。マルティーヌ・ガブリエル。姓はなんと言う?」
「わからない、わからないんです! ただウルヒ母さんが死ぬ直前に
『お前は本当は私の娘じゃない。本当の母さんは貴族の……マルティーヌ・ガブリエルと……」
アレキサンドラは興奮して髪を振り乱しながら泣き出した。
「本当なのか? どうしてもっと早く言わなかったんだ!」
「だって信じられなかったから……でも、本当の母さんが生きているのなら
人目だけでも会いたいと思って……」
アレキサンドラの口から発せられた言葉に、ユーリはしばし呆然とする。
「マルティーヌ・ガブリエル。ルサファ、覚えはあるか?」
「うーん、マルティーヌ・ガブリエル。どこかで聞いたことがあるような
気もしますが、貴婦人なんてたくさんいますからねぇ。苗字がわからないと……」
ユーリの側で控えていたルサファも首をかしげた。
「そうだったのか、ロザリー・アレキサンドラ。そうとなれば
お前の本当の母を、マルティーヌ・ガブリエルという貴婦人を全力で捜してやろう」
「ありがとうございます。おねーさま」
アレキサンドラはやさしく協力してくれるユーリとルサファに涙が止まらなかった。
「貴族の娘とわかれば、お前を堂々と王宮へ連れて行ける。今度王宮の舞踏会に
連れて行ってやろう。ラムトワネットさまもお前に会いたがっていることだし……」
「バラトワネットさま、王妃さま!」
ラムセスの名を聞いてアレキサンドラの涙はピタリと止まった。
「どうした? アレキサンドラ?」
「……いやです。王妃さまになんかお会いしたくありません。町のみんなが
言っていました。私たちは明日のパンもないほど貧乏しているのに
王妃さまは高価な薔薇を育て、贅沢のし放題だって。ナキア・ポリニャック夫人と
妖しい地下室で実験をしているとの噂も……。由緒ある『ベルサイユ』の
名前だって王妃さまのわがままで『バラサイユ』に改名するし、
平民の苦しみも考えたことのない王妃さまになんてお会いしたくありません!」
アレキサンドラは今までの生活を思い出しながら悔しそうに言った。
「アレキサンドラ! たとえお前でもバラトワネットさまを侮辱することは
許さん! 会ってみればわかるはずだ! 王妃さまがどのようなお方か!」
ユーリは珍しくアレキサンドラを怒鳴った。
王妃への怒りを隠し、アレキサンドラは王宮の舞踏会へ行くことになった。
王宮の若き貴婦人たちの黄色い悲鳴を集めるユーリ・オスカルやルサファ・アンドレに
エスコートされたアレキサンドラは注目の的となってしまった。
しばらくすると、おほほほほほと高笑いしながら薔薇の香りに乗せて
王妃が広間にやってきた。
「まあ、あなたがロザリー・アレキサンドラさんね。はじめまして」
蜂蜜色の逞しき王妃は、薔薇模様のドレスに、背中には薔薇を背負って
ニッコリとアレキサンドラに笑いかけた。
――こ、これが王妃さま? なんてまばゆい薔薇、王妃様の蜂蜜色の肌を真紅の薔薇が
まるでスパンコールのごとくキラキラひかり、王妃様の存在を強調している。
す薔薇しいとは、まさにこのこと。これが噂に聞く薔薇ムセスさまなんだわ!
アレキサンドラはラムセスの薔薇な存在に圧倒されて、今までの思いなど
どこかに吹き飛んでしまった。
「まあ、ラムトワネットさま。そのような得体の知れない小娘ではなく、私たちに
声をおかけくださいませ」
ラムセスの背後から近づいてきたのは、ラムセスお気に入りの
ナキア・ポリニャック夫人であった。娘の11歳になるジュダも豪華なドレスに
身を包んで母に似ずかわいらしい笑顔で立っていた。
「まあ、ナキア・ポリニャック夫人にジュダ姫。ごきげんよう。
こちらはユーリ・オスカルのお連れになったロザリー・アレキサンドラさんよ」
ラムセスはナキアにアレキサンドラを紹介した。
アレキサンドラとナキアの視線が交差する。
「あっ!」
2つの声が同時に響き、また声を発した両者の顔が真っ青になった。
――この女、この女だ! ナキア・ポリニャック夫人! ウルヒ母さんを往復で
ひき殺した女よ!
――この娘! あのときの馬車の……! どうしてここに……
両者とも想像しなかった偶然の再会に息を詰まらせた。アレキサンドラの方は
わなわなと手が震えている。
「どうしたのです。2人とも……」
ラムセスはナキアとアレキサンドラの異変に気づききょとんとした顔をしていた。
勘の良いユーリはすばやく状況を察し、アレキサンドラの手を止めた。
「放してください! おねーさま! あの女は母さんを……!」
「今飛び出してどうするんだ。無駄死にしたいのか!」
アレキサンドラの耳元で小さく呟く。
「こ、この娘……」
ナキアは信じられない表情でじっとアレキサンドラを見つめた。次に、
ラムセスに向き直った。
「薔薇の似合うラムトワネットさま。このアレキサンドラという娘は貴族なんかじゃ
ございませぬぞ! この娘は私がテーベの郊外で……」
アレキサンドラを止めた手をユーリは今度ナキアの手を止めた。
「待ちなさい。ナキア・ポリニャック夫人。テーベの郊外でどうなさったと
言うのです? 罪のないこの子の母親を往復でひき殺してそのまま逃げたと
王妃さまに告げるのですか?」
「うっ!」
ナキアは言葉をつまらせた。
「このアレキサンドラは殺された母のかたきを討つために、それだけのために
死ぬ思いでここまで来たんだ!」
ナキアは顔から血の気が引き、瞳には色がなくなった(いつものことか・笑)。
「あ……、申し訳ありません、王妃さま。私の思い違いだったようです……」
ナキアは今ある状況を理解し、大きな深呼吸をした。
アレキサンドラも涙をのんで、その日は王宮から下がり、ユーリやルサファと
一緒に屋敷に帰った。
***
「悔しい、悔しい。あの女が見つかったのに! もうちょっとで母さんの
かたきが討てるところだったのに! どうして!」
アレキサンドラはベッドで泣きじゃくっていた。
「アレキサンドラ。かたきを討ってどうする。王妃さまお気に入りの
ナキア・ポリニャック夫人を殺したとなれば、お前は間違いなく死刑だ。
お前のウルヒ母さんだって、ナキア・ポリニャック夫人を殺してほしい
なんて思っていないさ。ああ、天河本編の展開を考えても絶対にな!
アレキサンドラ、無駄死にするんじゃない……」
「ユーリ、おねーさまぁぁぁ」
ユーリの平たい胸にアレキサンドラは抱きついた。
「どんなことをしても、マルティーヌ・ガブリエルという貴婦人を
探してやるから、もう泣くんじゃないぞ」
ユーリはやさしくアレキサンドラをなだめた。
カイル・フォン・フェルゼン再び
「ラムトワネットさま。ヒッタイトのカイル・フォン・フェルゼンと
いう男が謁見を申し出ていますが、ご存知でしょうか?」
退屈で死にそうな思いをしていたラムセスの耳に胸の高鳴る固有名詞が
飛び込んできた。
「フェルゼン! カイル・フォン・フェルゼンですって! ええ、知ってますとも!
すぐにこちらへ通しなさい!」
皇太子妃であったころ、お忍びの仮面舞踏会で一目ぼれ?してしまった
カイル・フォン・フェルゼン。それから幾度と王宮で会うことはあったが、
しばらくすると故郷のヒッタイトへ帰ってしまった。あれから4年。ラムセスは
一日たりとも愛しいカイルのことを忘れたことはなかった……という設定である(笑)。
「お久しぶりでございます。ラムトワネットさま。カイル・フォン・フェルゼン。
ただいま戻りました」
「おお! カイル。あなたのことは一日たりと忘れたことはなかったのですよ」
いつもより背中に多く薔薇を背負って、嬉しそうにカイルに微笑みかけた。
一日たりと忘れたことはない――この王妃の言葉に側近たちは眉をしかめていた。
一国の王妃であるというのに王妃は、王に対してなんという無礼なのだろうと。
自分に注がれている嬉しそうな王妃の視線を他へ飛ばすように
カイルはきりりと引き締まった顔をして、王妃に向けてこう言った。
「ラムトワネットさま。今日はラムトワネットさまにお知らせにきました。
わたくし、この度、結婚することとなりました。アッシリアの王女、
アッダ=シャルラト王女との縁談です」
カイルの言葉にラムセスの表情は固まり、ショックが背筋を通り抜けた。
背中の薔薇も一瞬にして枯れてしまった、それほどラムセスはショックであったようだ。
「そう、そうでしたの……。そ、それはおめでとうご……ざい……ます……」
ラムセスはその場で涙をこらえるのに必死であった。
カイル・フォン・フェルゼンが結婚。あのセクシーなうなじが、色っぽい太ももが
他の女のものに! ラムセスは自分の部屋に下がったあと、泣きじゃくっていた。
「カイル・フェルゼン。なぜラムトワネットさまに結婚のことを言ったのだ!」
カイルとラムセスの様子を一部始終見ていたユーリは、人気のない場所で
カイルを問い詰めた。
「ユーリ・オスカルか、事実なんだから仕方がないであろう」
「しかしラムトワネットさまは、お前のことを……」
「それ以上言うな! 私だって本当はラムトワネットさまのことを……」
苦しそうなカイルの表情を見て、ユーリも胸が締め付けられた。
「……アッシリアのアッダ=シャルラト王女とはどんなお方だ?
おやさしい方か? 美しいのか?」
「知らん。会ったことも話したことも、メールしたこともないのだからな。
私はただ、国のためを思って結婚するだけさ!」
カイルの投げやりな態度にユーリはプチンと脳の血管が切れた。
「カイル・フェルゼン! 愛もないのに結婚するのか!
ラムトワネットさまの気持ちはどうなる!」
「では、ユーリ・オスカル。愛があれば結婚できるというのか?
ラムトワネットさまを、一国の王妃を愛してしまたっとどうして言えよう……」
カイルは肩を震わせて涙をこらえていた。
結ばれぬ愛に心を悩ますカイルとラムセス。嗚呼、なんと美しいのであろうBYねね(爆)。
ロザリー・アレキサンドラの母
「ジュダ・シャルロット」
「なあに? かあさま」
ピンクのフリフリのドレスの良く似合う、おかっぱ頭のジュダはおとなしく
本を読んでいた。母の声に本から視線を移す。
「ジュダ、お前によい話があるのですよ。黒太子公爵との結婚が
きまりました。喜びなさい」
「け、けっこん! ちょっと待ってよ、かあさま。僕……いや、わたしはまだやっと
11歳になったばかりだよ」
「黒太子公爵は若い男……いや、若い娘が好きなのです。公爵夫人になれるのですよ。
これもかあさまの力のおかげです。わがままはゆるしません」
「やだよ、僕……いや、わたしいやだよ」
ジュダは大きな瞳から次々と大粒の涙を流し泣いていた。
ジュダは黒太子公爵との結婚がショックで、それからというものどこへいっても
憂鬱で不安でならなかった。情緒不安定から、すぐに涙がぽろぽろと零れてくる。
王宮の舞踏会へ行っても例外ではなく、広間の柱の隅に隠れて、ジュダは
一人寂しく泣いていた。
「ジュダさん、どうしたの? どうしてそんなところで泣いているの?」
アレキサンドラは悲しそうなジュダにやさしく話し掛けた。
「僕、ぼく……。結婚させられるんだ。まだ11歳なのに……。
黒太子公爵と結婚させられるんだよ。こわいよぉ」
「まあ、黒太子公爵と! それは怖い!」
アレキサンドラはジュダをやさしく抱きしめ、胸の中で泣かせてあげた。
「ロザリー・アレキサンドラさんってやさしいんだね。
まるで本当のお姉さんのよう……」
ジュダは涙でぬれた頬を歪ませかわいらしくニコリと笑った。
「ジュダ! そんな得たいの知れない娘と話すのはやめなさい!」
2人にヒステリックな声が聞こえた。ジュダを探していたナキアの声である。
ジュダの腕を取りアレキサンドラから引き離して広間の中央へ向かった。
「かあさま、ひどいわ。アレキサンドラさんは、とってもやさしい人よ。
ロザリー・アレキサンドラ・ラ・モリエールさんは……(長い名前だなBYねね)」
ナキアはジュダの手を離し、ビクッとした。
「ロザリー…………ラ・モリエール……、ラ・モリエールですって!」
***
「大変です。ユーリさま!」
ルサファがユーリも元へ血相を変えて飛び込んできた。
「どうした? ルサファ。そんなに息を切らして」
「はあはあはあ、これが落ち着いていられますか!
あの女、マルティーヌ・ガブリエルって……ポリニャック夫人の名前だったんです。
マルティーヌ・カブリエル・ナキア・ポリニャック!(これも長いなBYねね)」
ユーリもアレキサンドラもショックに言葉を失った。まさかこんな結果に
なろうとは……。本当の母はナキアで、育ての母を往復でひき殺したのもナキア。
こんな結末が待ち受けていようとアレキサンドラもユーリもルサファも、
1KBたりとも考えていなかった。
アレキサンドラはふさぎこんだ。何日も自分の部屋でじっと考えていた。
ユーリは心配し、部屋に様子を見に行った。
「アレキサンドラ。まさかこんな苦しい結果になろうとは……。
申し訳ない……」
数日間ほとんど食べ物を口にしなかったアレキサンドラは少しやつれていた。
やつれた表情で、アレキサンドラはにこりとユーリに笑いかけた。
「いいんです。調べていただいて本当に感謝しています。
たとえどんな結果になろうと、私の母さんはウルヒ母さん一人。
まずしくてお金もなかったけど、一生懸命ウルスラ姉さんと私を
育ててくれました。あまりにひもじいときには、母さん自慢の金髪を売ったことも
ありました。ロッテのCMの世界ですわ(わかるかな?)」
アレキサンドラはウルヒを思い出してか? 涙を流しながら語った。
「アレキサンドラ……」
「ただ……。一つお願いがあります。どうかアレキサンドラをユーリおねーさまの
元に置いて下さいまし。掃除でも洗濯でも炊事でもお庭の草むしりでも
何でもやりますから、おねーさまのお側に置いて欲しいんです!」
涙を拭きながら悲痛の表情で訴えるアレキサンドラ。
ユーリはほっと息を撫で下ろした。
「なんだ、そんなことか。もちろんだよ。もうお前はこのジャルジェ家の一員だよ」
ユーリの言葉にアレキサンドラの顔は、夏のひまわりのようにパッと明るくなった。
その後、ナキアは自分の本当の娘であるアレキサンドラを何度も引き取ろうと
したが、アレキサンドラは自分の母はウルヒ一人と言い、ポリニャック家へ決して
ゆこうとはしなかった。ユーリももちろん、アレキサンドラをずっと側に置いた。
ジャンヌ・ウルスラの野望
「ほら、カッシュ、来たわよ。うまくやるんだからね!」
とある舞踏会の開かれている公爵家の通路にジャンヌ・ウルスラはバタリと倒れた。
「おお! ジャンヌ・ウルスラ。どうしたんだ! 急に倒れて!」
ウルスラの夫カッシュが、倒れた妻の手を握り青ざめた表情で嘆く。
「まあ、どうしたのです?」
通りかかった貴婦人数人が倒れたウルスラに駆け寄る。
「実は……妻はアフリカ睡眠病という、奇病にかかっていまして、
すぐにこうして倒れてしまうのです。私の給料が少ないばかりに薬も買えず……。
ああ、かわいそうなウルスラ! 許しておくれ!」
(*アフリカ睡眠病:ショウジョウバエの媒介する睡眠病。
ガンビアトリパノソーマという原虫が脳に寄生し、睡眠中枢を刺激して
眠ったまま衰弱して死に至る事もある病気。……だったと思うBYねね)
ふふふ。カッシュってば演技がうまくなったじゃない。ウルスラは目を
瞑りながら心の中で笑った。
「まあ、それは大変! すぐに馬車を用意しますわね。それとお薬が
買えるように少ないですかお金も送りましょう!」
やさしく気のいい貴婦人たちはウルスラとカッシュのことをすっかり
信じてしまったようである。
ギュゼル公爵夫人に引き取られたウルスラ。その後、下級貴族カッシュを
生まれ持つ美貌で魅了し、彼と共謀してギュゼル公爵夫人を亡き者とし、
財産をそのままいただいた。
ウルスラの夢はバラサイユのような豪華な宮殿に住み、贅沢三昧をするということ。
ギュゼルの財産を騙し取っただけでは事足らず、どんな汚い手を使ってでも、
もっと巨大な富を手に入れようと企んでいた。
「今日の稼ぎもまあまあね。世間知らずの貴婦人たちはまんまと私たちの
演技に騙されるわね」
「なあ、ウルスラ。もうこんな詐欺じみたことやめないか?
ギュゼル公爵夫人の財産を手に入れただけで十分じゃないか……」
「何言ってるのよカッシュ! まだ私たちは王妃さまのいるバラサイユにも
出入りを許されていないのよ。もっとお金を蓄えて、権力を手に入れなきゃだめなのよ!」
平民という身分を越えてのし上がるには手段なんて選んでられない。
貧乏なんてもうまっぴら! どんな手を使っても大金持ちになってやるんだから!
ウルスラの黒い瞳は、月の出ない闇夜のように黒く、ブラックホールのように
底知れぬ欲望に満ちていた。欲望に満ちたその瞳を止められる者はもはや
いないようである。
「ロザリー・アレキサンドラ。無理して舞踏会になんて出てこなくって
よかったんだよ」
「いいえ、大丈夫です。おねーさま」
ナキア・ポリニャック夫人が本当の母だと知ってから、すっかり塞ぎこんでいた
アレキサンドラであったが、ようやく外に顔を出せるくらい元気になった。
舞踏会になんて行けば、ナキアに出くわす機会が増えてしまうと
心配するユーリであったが、アレキサンドラはその心配を笑顔で跳ね返した。
――私の母さんはウルヒ母さん一人。貧しかったけど、ジャンヌ・ウルスラ姉さんと
楽しく暮らしていたわ……。
アレキサンドラは天井に輝くシャンデリアを見ながら、母と姉と暮らした日々を
思い出した。瞳に一瞬涙が浮かびシャンデリアがぼやけたが、ユーリに
心配をかけまいと、涙をぐっとこらえた。
「おねーさま、少し外の風に当たってきますわ」
涙を見せまいとユーリから離れ、テラスの方へ小走りした。
「あ、すみません」
レスを着た貴婦人の肩にぶつかってしまった。
「いったいわね。誰なの!」
とがった口調がアレキサンドラの意識をははっとさせた。
涙は止まり、懐かしい声にアレキサンドラは瞳を大きくあけた。
「ジャ、ジャンヌ・ウルスラ姉さん!」
「あ、あんたは……」
本来平民であったはずの2人が貴族の舞踏会という考えられない場所で
再会した。両者とも以前着ていたボロボロの服とはほど遠いドレスを
まとい、お互い見違えるような姿になっていた。
2人は突然の再会に数秒間見つめ合い声もでなかった。
「姉さん……」
沈黙を破ったのはアレキサンドラだった。唯一の姉との久々の再会に、
新しい涙がこぼれ落ちた。
「どうした? ウルスラ、知り合いか?」
カッシュの声にウルスラは我に返る。
「し、知らないわ。どなたでしょう? わたくし、あなたなど存じ上げませんわ」
ウルスラは妹に背を向けた。
「そんな! 姉さん!」
ウルスラはカッシュの腕に手を回し、誰にも会わなかったかのように歩き出した。
こんなところで自分が平民だということをばらされたくなかった。アレキサンドラに
すべてを言われたら今までのことが水の泡になる。懐かしい妹の顔に胸がいっぱいに
なったが、ウルスラは心を雪女のように冷たくした。
それでもアレキサンドラは姉に叫び続けた。
「姉さん! ウルヒ母さんが死んだわ! 貴族の馬車に引かれたのよ! それも往復で!」
ウルスラは一瞬歩みを止め、体をびくつかせた。
――ウルヒ母さんが!
あのマントをかぶることが大好きなウルヒ母さんが死んだ。
背中に謎の傷のある母さんが死んだ。そしてなによりも、貧乏なのに
毎日トリートメントを欠かさなかった母さんが死んだ!
ウルスラの目には次々と涙が溢れてきた。
「どうしたんだよ。ウルスラ!」
突然泣き出したウルスラにカッシュは動揺する。
「な、なんでもないわよ。ちょっとコンタクトがずれただけ! さあ、行くわよ!」
アレキサンドラの悲痛の叫びにもとうとう振り向かず、ウルスラは行ってしまった。
「どうして、どうしてなの。ジャンヌ・ウルスラ姉さん。貴族になったからと
いって、家族も捨ててしまったの……?」
アレキサンドラはガクンと膝を床につけ、ヒクヒクと泣き出した。
母さんが死んだ。ううん、そんなことより、どうしてアレキサンドラが
こんなところに……。それもアタシより豪華なドレスを着て……。
アタシは今の地位を手に入れるだけでも十分に苦労してきたのに、どうして
あんな地味な妹がアタシより上に立っているの! 負けるもんか!
アレキサンドラなんかに負けないくらいの豪華なドレスを着て、贅沢をいっぱいしてやるんだ!
アレキサンドラの存在がウルスラの欲望に拍車をかけてしまたちょうだ。
ウルスラは歯を食いしばり、きゅっとこぶしを握った。
黒い瞳にはメラメラと炎が浮かんでいるようであった。
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