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ベル薔薇5

黒薔薇の騎士
偽黒薔薇の騎士
近衛隊除隊
テーベ衛兵隊
テーベ衛兵隊2


黒薔薇の騎士

「ルサファ、今日はやけに戸締りが厳重だね。どうかした?」
「ユーリさまはご存知ないのですか? 最近、貴族の屋敷ばかり狙う盗賊が現れまして、
黒装束に黒薔薇マント、胸には一輪黒薔薇を挿し、マスクで顔を覆っている
おそろしく身の軽い男が出るんですよ」
 ルサファはガチャガチャとドアに鍵をかけながら言った。
「まだ誰も顔を見た者はなく『黒薔薇の騎士』と名乗っているのですわ」
 侍女の一人が心配そうにユーリに言う。
「黒薔薇の騎士か……、王妃さまの薔薇に対抗しているな。貴族ばかり狙うなら
第三身分(平民)の可能性が強いだろうな。盗賊が出るなんて……物騒な世の中だ」
 ユーリは闇に包まれた窓の外を心配そうに見た。
 そんな闇の中、身分高き2人がバラサイユの人気のない茂みでこっそりと
逢引をしていた。
「おお、カイル・フェルゼン。どうしましょう! 国民が首飾り事件でのわたくしの
敗北を喜んでいるのです。平民だけでなく、貴族の中にもわたくしをよく思わない者が……。
どうすればよいのでしょう!」
 ラムセスはオッドアイに涙をためながら、カイルの青い瞳をじっと見つめた。
「ラムトワネットさま、今後一切の贅沢はお止めください。あなたのシンボル、
薔薇に埋もれることもどうか控えめに。ナキア・ポリニャック夫人とも手を切るのです」
「わかったぞ。カイル・フェルゼン。それから? それからどうすればいい?」
「大臣を勝手にお一人で決めないこと。今は貴族だけでもラムトワネットさまの
味方につけるのです!」
「わかりました。もう砂漠のど真ん中に灌漑設備をひいて薔薇園を作ることも、
毎日お部屋に100本の新鮮な薔薇を飾ることもやめますわ!」
「ラムトワネットさま! あなたはそんなことをしていたのですか!
国民がパンも食べられないときに!」
 カイルはあきれた表情でラムセスを見た。
「あら、パンがなければ薔薇を食べればよろしいのに! おほほほほほ」
 カイルはガクンと首を落とし、アホな王妃に呆れた。だが、高貴な薔薇の似合う
美しき王妃を心配せずにはいられなかったのだ。


「ユーリ・オスカル。どうかラムトワネットさまをお守りしてくれ」
 カイルがやさしくユーリの肩に手をかける。
「え……」
 宮廷で2人が顔をあわせたとき、真剣な表情でカイルが言ったのだ。
 ユーリは一瞬言葉を飲んだ。自分の肩にふれたカイルの手が無性に温かったからだ。
心なしか心臓が早く動いているような気もした。
「ラムトワネットさまはやっと気づいたのだ。私は世間の目もあって、
ラムトワネットさまのお側にはいれない。だからユーリ・オスカル、お前なら頼りになる。
どうかお守りしてくれ!」
 カイルは凛々しいその姿でユーリの黒い瞳を真剣に見つめた。
ユーリはドキっとし、見つめられたその瞳から視線をそらすことができなかった。
 カイルが去ってから考えた。
 ――この気持ちはなんだろう? カイル・フェルゼンに触れられた肩がまだ温かい。
ぬくもりが残っている。私を見つめた真剣な瞳を思い出すと胸がドキドキする。
 でも、カイル・フェルゼンの心にはラムトワネットさましかいないのだ。
あの真剣は瞳は私に向けられたものではなく、ラムトワネットさまに注がれたものなのだ。
 ――ラムトワネットさま。薔薇の似合う、尊い王妃さま。スラリと身長も高く、
薔薇ドレスも見事に着こなす。近衛隊長などをしている男まさりの自分とはまったく正反対だ。
カイル・フェルゼンの心には、わたしの……わたしの入る隙間など、
28ページの同人誌一冊の隙間もないであろう……。
 そう思うとユーリは胸がぎゅっと締め付けられた。呼吸も苦しくなった。
 ――もし、私も普通の貴族の姫のように育ったら、ドレスを着て、お化粧をして
きれいに振舞ったら、カイル・フェルゼンは私に目を止めたであろうか……。
 ユーリは三日月の隣に輝く夕暮れのイシュタルを見ながら思った。

「ユ、ユーリさまがドレスを着るゥ!」
 ルサファが音程の外れた声を響かせた。
「一生に一度くらいはドレスくらい着てもいいと思ってね」
 初めて自らドレスを着ると言ったユーリに侍女たちは大喜び。早速コルセットを
用意し、フリルのついた素晴らしいドレスをユーリのために持ってきた。
「そ、そんな嘘だ! ユーリさまが……私のユーリさまがドレスを
お召しになるなんて……。軍服があんなにも似合っているユーリさまに貴族の姫の
ようなドレスを着せるなんて……。自慢じゃないが私のユーリさまは
胸もないし、幼児体系がまだ抜けないから、ドレスなど似合うわけがない!
ちゃらちゃらしたドレスを着て他の男と踊るっていうのか! ああ、信じられん!」
 ルサファは頭を抱えてうずくまっていると、侍女の一人が声をかけた。
「ルサファ・アンドレ。ユーリさまのお支度ができたのよ。すごいから見て!」
 ルサファはふてくされたように立ち上がると、目の前には見違えるようなユーリが立っていた。
「……ドレスとは窮屈なものだな」
 ユーリがポツリとひとこと呟く。
 確かにルサファの思っていた通り胸はなかったが、薄いピンクのドレスが
小柄なユーリによく似合っていた。軍服姿のときよりずっと華奢に見えた。
髪もいつものオオカミヘアじゃなくてすっきりとアップで、清楚感もあった。
 ルサファは魅了された。ユーリはこんなにも女らしく美しかったのかと……。
「どうした? ルサファ。何を黙っている? どうだ、やっぱり似合わないか……?」
 無言で激しく首を左右に振る。
「い、いや、素晴らしく綺麗です」
 ユーリはお世辞と思ったのか、クスリと小さく笑い迎えに来た馬車に乗った。
いつもは供をしているルサファであったが、今日は女性の格好をして名を明かさずに
舞踏会に行くので一緒にはいけない。ルサファはユーリの乗った馬車が
米粒のようになるまでずっと目で追った。
 ――ユーリさま、ユーリさま。一体なんという美しさだろう。
古代から伝えられる戦いの女神イシュタルそのものだ。その姿は誰のためなのだ?
ヒッタイトの貴族、カイル・フェルゼンのためか? おお! 私のユーリさま……!
 美しく着飾ったユーリに魅了されたルサファは、すっかり自分の世界に入っていた。


 貴族のあつまる大きな舞踏会。ユーリは外国の伯爵夫人と偽って舞踏会にこっそりと
参加した。
「あら、黒い瞳が印象的なきれいなお嬢さんね。どなたでしょう?」
「黒い髪に黒い瞳。外国の伯爵夫人ですって。本当にかわいらしい方ですわね」
 ユーリを見た人々が口々に噂をする。誰も近衛隊長のユーリ・オスカルだと
気づくものはいなかった。ユーリに視線を向ける人々の中に
真剣な眼差しで見つめる人物が一人いた。カイル・フェルゼンがじっとユーリの
ことを見つめていた。彼もこの舞踏会に来ており、見慣れぬ少女に目を奪われていたのだ。
 ユーリと視線を交差させたカイルはまっすぐ向かってきた。
 まさか正体がバレたのでは? とユーリは軽く視線をそらしたが、カイルは
「お嬢さん、一曲お相手を……」(あー歯が浮く浮く・笑)
 と手を差し出し、ユーリをダンスに誘った。
 ユーリは軽やかにステップを踏みカイルとうまくダンスを踊ることが出来た。
2人の視線はしっかりと焦点が合い、自然と笑顔がこぼれてきた。
 しかし、ふとカイルがかすかに眉間にシワを寄せた。
「失礼ですがお嬢さん。外国の方だと聞きましたがお国はどちらでいらっしゃいますか?
あなたによく似た人を知って……」
 ユーリはビクッとし、カイルの手を離した。
「す、すみません。時間が……、わたくし12時になると魔法が解けてしまうので……」
 咄嗟にでた返答がシンデレラギャグ。ユーリはパタパタと舞踏会を後にし、
人気のない庭へかけて行った。
「魔法が解けるとは……。シンデレラか? シンデレラなら手がかりのガラスの靴を
残してくれてもいいのに……。それもないなんて……」
 カイルはがっくりと落ち込んだ。

 舞踏会場を飛び出してから、ユーリはドレスの裾を何度も踏みつつ必死に人気のない
茂みに向かって走っていった。
 はあはあと心臓の拍動と同調して息が切れる。もうここまでは誰も追ってこないであろう。
呼吸を整えつつ先ほどのカイルの顔を思い出した。
 カイル・フェルゼンの腕が自分に触れた。カイル・フェルゼンの瞳が
まっすぐ自分を包んだ。――カイル・フェルゼンに出会って、初めてドレスを着たいと
思った。男まさりの軍服ではなく、普通の貴族の姫らしく着飾り、お化粧をして
カイル・フェルゼンの前に現れたら……。
 ユーリはおおきなため息をついた。
 カイル・フェルゼンの心の中には私はいない。いるのは、……いや、いらっしゃるのは
エジプトの薔薇王妃ラムトワネットさまただ一人だ。
 いつのまにか瞳が濡れていた。こぼれ落ちる涙を手の甲でぬぐい去り涙の乾かぬ瞳を大きく開けた。
 ――あきらめられる、今ならあきらめられる……。
 と、ユーリがすっかり自分の世界に入っていると、背後から妖しき人物が
近づいてきていた。背後から襲う手に突然口をふさがれ、いつもユーリの首にはめてある
チョーカーを無理やり引っ張られた。
「な、何者!」
 ユーリは柔道の一本背負いで妖しい人物をぶん投げた。
「いててててて」
 目の前には黒装束に黒薔薇マント、胸には一輪黒薔薇を挿し、マスクで顔を
覆っている奇妙な男がていた。
「お前は! 今うわさの黒薔薇の騎士だな! まてい!」
 ユーリはドレス姿にも関わらず、黒薔薇の騎士をそのまま追った。
「うわっ! なんだこいつは!」
 ユーリを普通の貴婦人だと思った黒薔薇の騎士は、彼女の敏捷さに驚いたようである。
 騒ぎに人がかけつけたが、身の軽い黒薔薇の騎士はそのまま逃げてしまった。
「無差別に貴族を襲う輩か……。それも私はかよわくないが、かよわい女性を
狙うなんて……、放ってはおけないな」
 ユーリは泥で汚れたドレスの裾をつかみ迎えの馬車に乗った。



偽黒薔薇の騎士

「ルサファ、貴族の舞踏会の予定表を全部作れ!」
「ええ! ま、まさかユーリ様、ドレスを着てすべての舞踏会に出席する気では……」
 ルサファはユーリがドレス姿を気に入ってしまったのではないかと心配した。
「バカ、あんなもの着て動けるか! 黒薔薇の騎士の現れるのを待つんだ。
奴はきっと貴族の舞踏会をまた狙うはず……」
「近衛隊長として黒薔薇の騎士を捕らえたいのですか?」
「それもあるが、わざわざ薔薇マントを羽織って貴族を襲う奴と一度話しがしてみたい。
できることならこのジャルジェ家に呼び寄せて話がしたいんだ」
 ユーリは窓の外の暗闇を見つめる。
「呼び寄せるってどうやって呼び寄せるのです? そんな簡単にできるのでしょうか?」
 ルサファは軽く首をかしげてユーリに問う。
「簡単さ、黒薔薇の騎士の偽者を仕立てて奴を呼び寄せればいい。偽者が出たと
なっては奴も黙ってはいないだろう! ハハハ!」
「ハハハって……ユーリ様、笑っている場合ではありませんよ。一体誰が偽者を……」
 ニヤリ、ユーリは小悪魔のような表情でルサファを見つめる。
「ま、まさかその偽者を私が……」
 後ずさりするルサファの肩をポンと強く叩く。
「お前がやらないで他に誰がやるんだ? 黒装束に黒薔薇のマント、マスクはもう
用意してある。ルサファなら身も軽いし黒薔薇の騎士には適役だな!」
「ひいいいいい、ご勘弁をユーリさまぁ!」
 泣き叫ぶルサファであったが無理やり黒装束と黒薔薇マントを着せられ、
偽の黒薔薇の騎士として貴族の館や舞踏会を襲うハメになってしまった。



「まったくこの頃の黒薔薇の騎士の盗みぶりはひどいものじゃ!」
「本当に、2晩続けて宝石をごっそりと盗まれましたわ!」
「うちもです。こうも頻繁に荒っぽく盗まれたので貴族の面子にかかわるぞ!」
「テーベの警察はいったい何をしているんだ!」
 貴族の間で黒薔薇の騎士の被害が大きな問題となっていた。もちろんルサファの
演じた偽黒薔薇の騎士の被害である。
「あーははははは! ルサファに弓の才能だけでなく盗人の才能もあるとは
思わなかったぞ。しかも荒っぽい盗み方だと評判だ!」
 ユーリは偽黒薔薇の騎士を目の前にして大声で笑った。
「笑い事じゃありませんよ。こっちは命がけなんですから!」
 ルサファはぶつぶつと文句は言っていたが、ユーリの役にたてて嬉しい気持ちもあった。
ユーリのためでなきゃ、こんな危ない役はごめんである。


「あれぇ〜! 黒薔薇の騎士〜!」
 貴族の館から悲鳴があがる。今日もルサファ・アンドレの偽黒薔薇の騎士は
うまく盗みに入った。
「あーあ、そろそろ本物の黒薔薇の騎士が現れてくれないかな。こんなこと
いつまでもやってられないぜ!」
 そうルサファが思った矢先、目の前に自分と同じ格好をした者が現れた。
 黒装束に黒薔薇マント、胸には黒薔薇を一輪。格好は全く同じであったが
ルサファとは肌の色が全然違った。ルサファよりもずっと浅黒く、蜂蜜色の薔薇王妃
ラムトワネットよりも色が黒いような気がした。
「私の名を騙り私利私欲をむさぶる偽者め! 許さぬ! 成敗してくれるわ!」
「やっと姿をあらわしたな。許さぬと言われてもこっちは好きでやっている
わけじゃないんだ!」
 カンカン! と2人の黒装束の男は剣を交える。ルサファは黒薔薇の騎士を
振り切り、馬で逃げようとする。
「待て!」
 本物の黒薔薇の騎士も同じく馬に乗り、ルサファの後を追った。
「フフフ、うまく追いかけてきたな……」
 ルサファはジャルジャ家の方に馬を走らせ、しばらくしたらピィーと指笛を響かせた。
すると後ろから月毛の馬に乗ったユーリが姿を現した。
「あっ!」
 そう黒薔薇の騎士が叫んだときにはもう遅かった。黒薔薇の騎士の右には
ルサファが、左にはユーリが構えそれも銃口を向けていた。
「止まれ! 黒薔薇の騎士! 撃たれたくなかったら言うとおりにするんだ!」
 浅黒の黒薔薇の騎士は状況をさとった。これは自分をおびき出すための
罠だったのだ。ユーリの顔を見つめ厳しい表情で眉間にシワを寄せた。
その次の瞬間、腰に刺していた鞭に手をかけ、ユーリと反対側のルサファの顔に
思いっきり打ち付けた。
「うわあああ!」
 鈍い音がルサファの顔で響き、次に彼の悲鳴が響いた。左目に鞭は直撃し、
ルサファは左目を抑えながら落馬した。
「ルサファ!」
 ユーリは顔を真っ青にし、馬を止めてルサファに駆け寄った。
「ルサファ! ルサファ! ルサファー!」
 ユーリは声が枯れるように何度も叫んだ。
「ユーリさま、私のことは構わず早く黒薔薇の騎士を追ってください!」
「でも!」
 ユーリが真っ青な顔で迷っていると、ロザリー・アレキサンドラが
かけてきた。ジャルジェ家のギリギリまで黒薔薇の騎士を追いこんでいっため
屋敷のすぐ側の騒ぎに気づいたらしい。
「きゃああああ! ルサファさん!」
 アレキサンドラは悲鳴をあげた。
「何をしているのです、ユーリさま! 早く! 早く黒薔薇の騎士を追って!」
 ルサファは血だらけの手で黒薔薇の騎士の逃げた方向を指差す。
 ユーリは豆粒のように小さくなる黒薔薇の騎士と血だらけのルサファの間で
大きく心が動揺する。
「アレキサンドラ、ルサファを任せたぞ!」
 ユーリは涙を飲んで黒薔薇の騎士を追った。
「待て! ルサファをあんな目に合わすとは許さない!」
「ふん! 俺の偽者を演じるのが悪いのさ!」
 黒薔薇の騎士がそう叫んだ矢先、乗っていた馬がバナナの皮を踏み足を滑らせ
落馬してしまった。
「うわっ!」
 短い悲鳴をあげ、黒薔薇の騎士の体は石道に叩きつけられた。
うずくまって唸り声を上げていた。
「大丈夫か? 黒薔薇の騎士」
 ユーリは馬から下りて黒薔薇の騎士に近寄った。
 すると次の瞬間、ユーリの腕をつかみ襲いかかってきた(変な意味じゃなくて・笑)。
「図ったな! 黒薔薇の騎士!」
 ユーリも負けてはいない。鍛えた剣の腕と武道も腕の見せ所である。
黒薔薇の騎士と取っ組み合いの争いがはじまった。
「ユーリおねーさま!」
 そこへユーリを心配したロザリー・アレキサンドラが追いかけてきた。
「アレキサンドラ、近寄るんじゃない!」
 アレキサンドラは二人の取っ組み合いに恐れをなしたが、黙って見ているわけには
いかない。小さな手でユーリの落とした銃を拾った。震える手で銃を構え
黒薔薇の騎士に向かって引き金を引いた。
「ズガァァーン!」
 火薬の匂いと共に爆音が響き渡った。アレキサンドラの放った弾はみごと
、黒薔薇の騎士の右肩に命中した。
「お、おまえが撃つなんて……」
 黒薔薇の騎士は不思議な顔をして撃たれた右肩をおさえた。
「黒薔薇の騎士! 仮面をはいでやる! ルサファ・アンドレのときと
同じようにしてな!」
 ユーリは黒薔薇の騎士に向かって鞭を振り上げた。
「ユーリおねーさま! やめて!」
 アレキサンドラがビックリして叫んだ。
「こいつは私のルサファの目を……左目を奪ったんだ! 同じように!」
 ユーリが鞭を振り下ろそうとした次の瞬間、ギュッと手首を捕まれた。
「お止めください。ユーリさま」
 応急処置を済ませたルサファが(随分早いな応急処置・笑)、
まだ血の跡が残っている顔でユーリの腕を止めた。
「放して! こいつがルサファにしたことと同じことをしてやるんだ!」
「そんなことをしてどうするのです! 武官はどんなときでも感情で動いては
いけません!」
 ユーリの肩をしっかりおさえて言い聞かせた。
 ユーリは自分のやろうとしていることを見直し、涙を飲んでルサファの言うことを聞いた。


 黒薔薇の騎士の正体は、テーベの町の平民タハルカという男だった。
何故貴族ばかり狙うのかと聞くと、自分たちの税金で贅沢をしている
貴族や王族たちがゆるせなかったのだという。人の作った服を着て、
人の作ったものを食べ、貧しい平民にサナダムシのように寄生している
貴族たちが許せなかったのだと言った。
「しかし、人のものを盗むのはよくない。それに……お前は、お前は
ルサファ・アンドレの片目をつぶしたんだ! 本編ではお前の矢は
ルサファのこめかみをかすっただけだたが、このベル薔薇編では
お前がルサファの目を奪ったんだ!」
 ユーリはやりきれない気持ちで声を大きくした。
「ユーリさま。私の目のことはもうお気になさらないで下さい。右目は
見えるのですから……。それよりも黒薔薇の騎士……いや、タハルカに
食事を……」
 ルサファの後ろからアレキサンドラがタハルカのための食事を持ってきていた。
スープとパンと肉とデザート。ユーリたちが毎日食べている軽食である。
 トレイに乗った食事を見てタハルカはふんっとそっぽを向いた。
「どうした、食べないのか? 腹は減っているはずだろう?」
「さすがに貴族様はいいもの食ってるな。俺たち平民は殆ど具の入っていない
スープだって毎食ありつけるか分からないのに……。だから貴族は嫌いなんだよ!」
 タハルカはユーリの顔を見ずに言葉をはきすてた。
 ユーリとルサファは顔を見合わせた。
「あ、あの……ユーリさま。タハルカの話は本当です。私たち平民は
毎日こんなバランスのとれた食事はしていません。本当に食事も満足に
とれないで働いているのです……」
 平民の暮らしをしていたアレキサンドラが小さな声で言った。
 ――スープも飲めるかどうかわからない毎日で働いている?!
 ユーリは民衆のことはわかっているつもりであった。が、実は違かった。
 生まれつきの大貴族であるユーリには食事ができないなど考えられなかったし、
身に付ける服も毎日洗われた清潔なもの。風呂にも毎日入れる。
与えられた毎日を当然のものとして受け止めていた。だが違かったのだ。
平民はもっと貧しく、タハルカの言ったように、何も生み出さない貴族は
貧しい平民に寄生しているのだ。
「近衛隊長だなんて……、しょせん王宮の飾り人形じゃないか!
だからお前のような女でも隊長なんかが勤まるんだ! 身分と地位だけで
贅沢しやがって、俺は大貴族なんてだいっきらいだ!」
 タハルカは撃たれた右肩をかばい、背を向けた。
 ユーリはもっともっと平民の暮らしを知らなければいけないと思った。



近衛隊除隊

「なんだって……ユーリ・オスカル。今なんて……」
「はい、近衛隊をやめさせて頂きたくラムトワネットさまからご辞令を……」
 ユーリはラムセスの薔薇ドレスの裾にひざまずきながら真剣な表情で言った。
お気に入りのユーリが突然辞令などと言い出したので、蜂蜜色の顔は
心なしか青く染まっていた。
「どうして……一体理由は……」
「黒薔薇の騎士を取り逃がしてございます! わたくしの責任です。
どうぞ降等処分に! ラムトワネットさま!」
 ユーリはその後、もう盗みはしないという約束でタハルカを逃がした。
ルサファの片目を奪ったことは許せなかったが、タハルカを自由の身にしてやったのだ。
 タハルカも平民のことを理解しようと一生懸命なユーリに心を打たれ、
自分のことばかり考えている貴族ばかりじゃないということを知り
ユーリを信頼して去ってった。
「黒薔薇の騎士についてはあなたに責任はないのですよ。どうかユーリ、
この薔薇王妃の側にいてください」
「ユーリ・オスカル。最初で最後の願いでございます。せめて近衛隊除隊の
件だけでも……さもなくば武官として二度と王宮には伺候いたしません!」
 とうとうユーリは王宮に出てこないとまで言った。ラムセスはお気に入りの
ユーリの顔が見れなくなることだけは避けたかった。
「わかりました……。今あいているのは確か……テーベ衛兵隊の部隊長くらいです。
それでもいいですか?」
「はい、近衛隊以外でしたらどこでも!」
「近衛隊なら皆、家柄も容姿も選び抜かれた者ばかりですが、テーベ衛兵隊とも
なるとそうはいきませんよ。貴族だけでなく平民もいますし……」
「結構でございます。王宮やテーベの町の治安を維持するテーベ衛兵隊。
謹んで辞令をお受けいたします!」
 ユーリは一礼してラムセスの前から去った。
 どうして……どうしてそんな急に近衛隊を辞めるなど……。
 ラムセスは宮殿の柱を抱いて目に涙をためていた。
 ユーリを守るルサファ・アンドレも同じくテーベ衛兵隊へ入隊を申し出ていた。


テーベ衛兵隊

 テーベ衛兵隊隊長就任初日、ユーリは身なりを整えて兵士の集合しているはず
の広場へ行った。
「ユーリさま! 誰もいません!」
「何だって!」
 整列して集合しているはずの広場には誰一人いなかった。
ユーリは少し考えルサファと一緒に休憩室にかけていった。
「ルサファ、兵隊の休憩室に行くぞ!」
 案の定、テーベ衛兵隊の兵たちは休憩室に集まっていた。入ってきたユーリを
何も言わずにジロリと睨んだ。ただならぬ雰囲気に圧倒されそうであったが
ユーリは気を持ち直して、まず兵の名前から順番に名乗らせた。
「わたくしはアクシャム」
「わたくしはウーレ」
「わたくしはサバーハ」
「わたくしはセルト」
「わたくしはギュゼル」
「わたくしはイシン=サウラ」
 皆、気位が高く軍服など着ないで豪華なドレスをまとっていた。
「な、何なんだ! お前たちは! 軍服は、剣はどうした!」
「そんなものなくしましたわ!」
 アクシャムと名乗った兵がツンとした表情で言った。
「な、なくしただと! 一体どういうことなんだ! このテーベ衛兵隊は!」
 ユーリはあきれたように兵たちを見回した。
「呆れてるんならとっととこの隊の隊長やめてよね。あたしたちは
あんたのような平民に命令されるなんてまっぴらごめんよ。
だいたい何なのよ! このミスキャスト!」
 セルトと名乗るストレートの黒髪が美しい兵が言った。
「そうよ! どうしてわたくしが身分の低い衛兵隊なの! 本当ならわたくしが
王妃役をやってもいいくらいなのに!」
「いいえ、わたくしが王妃役よ」
「わたくしの方が似合いますわ!」
 本編なら皇族の姫たちが、身分の低い衛兵隊役とあってかなりの不満が
あるようだった。
ユーリもこのキャストは間違っていると思ったが、ラムセスに無理やり頼んだ
こともあって、なんとしてでもこの隊をまとめなければならないと思った。
「とにかく外に集合するのだ! 軍服や剣を亡くした者はすぐに支給する。
とにかくそんなチャラチャラしたドレスは脱ぐんだ!」
 皇族の姫君たちは仕方なくユーリの指示に従った。
 広場に兵たちを集合させた。
「全くどうしてわたくしがこんな兵隊役を……」
「みすぼったらしい軍服など、わたくしには似合いませんわ!」
 姫君たちはぶつぶつと怒っていたが、ユーリはわがままな姫をまとめようと
必死であった。
「わたくしはあなたの命令など聞きたくありません! 私たちは皇族ですのよ!」
 セルトが強く反発する。
「今の役は違うだろう! 与えられた役をきちんとこなさなければダメだ!」
「いやですわ! あなたみたいな『おとこおんな』のチビに指図など
受けたくありませんわ!」
「ユーリさまを『おとこおんな』とは何事かー!」
 ルサファが大声で怒る。
「ふん!」
 姫君たちは揃ってそっぽを向く。
 すると突然、一人の姫君がバタリと地面に向かって倒れた。
「まあ、ウーレ姫どうなさいましたの!」
 隣にいたサバーハ姫が叫んだ。
「急にどうしたんだ!」
 ユーリも心配して姫の側に立ち寄った。
「貧血かしら? すぐに保健室に運べ!」
 ルサファの手を借りてウーレ姫は保健室に運ばれて医師の手当てを受けた。
 ウーレ姫の倒れた原因は貧血であった。それも栄養不足の貧血。
「な、なぜ栄養不足の貧血が……。兵たちには栄養を考えた十分な給食が
支給されているはず……」
 ユーリが信じられなかったが、よく考えてみると顔色の悪い者が多かった。
「ユーリさま。もしや自分たちの食べるものを削って貧しい家族に分け与えてるのかも
しれませんよ。衛兵隊にはそうやって家計を助けている者がいると
噂を聞いたことがあります。なにせ今の平民の暮らしはどん底ですから……」
 平民出身のルサファは心配するように言った。
「兵たちを問いただしてみる必要があるな」
 ユーリは腕を組んで苦い顔をした。

 ユーリの心配とは裏腹に、栄養不足による貧血の原因は、なんとダイエットに
よるものだった。
「な、なぜダイエットなど……!」
「女性は美しくなければなりません。そのためには食事制限は必要ですわ!」
「いつか皇帝陛下に認めてもらうためにもね」
「そうよそうよ」
 姫君たちは強い態度でユーリに出た。
 ベルバラ本編なら自分の食事や剣を売って家族を助けているという
感動のシーン? であるが、ミスキャストのためとんでもない展開となってしまった。
 衛兵隊をまとめるユーリはかなりの前途多難である。



テーベ衛兵隊2

 テーベ衛兵隊の隊長として就いたユーリ・オスカルは部下たちの扱いに
困り果てていた。自分をバカにして全く言うことは聞かないし、
身なりもやっと制服である軍服を着用するようになったのだ。
 今日はユーリの上官であり、衛兵隊の長にあたるネフェルティティ将軍が
軍の様子を見に来る日。
 ネフェルティティ将軍が馬で姿を現すと、ユーリは整列した兵たちに
銃を下げるように命令した。しかしいつも反発しているセルト姫を
はじめ皇族の姫君たちはユーリの指示に従わなかった。
「セルト姫、アクシャム姫、ウーレ姫、サバーハ姫、ギュゼル姫、
イシン=サウラ王女! 銃を下げろと言った言葉が聞こえないか!」
 ネフェルティティ将軍を前にして反抗的な態度を取る姫君たちに
ユーリはきつく言った。
「はいはい」
 ニヤリと笑いながらセルト姫が銃を下げようとしたとき、わざと銃が
手から滑ったふりをしてネフェルティティ将軍の乗る馬の足に銃をたたきつけた。
「ひひーん」
「うわー」
 馬のいななきと共にズシンとネフェルティティ将軍が地面に落ちる鈍い音はした。
「クスクスクスクス」
 落馬した将軍をセルト姫たちはクスクス笑う。
「な、なんという無礼を! ユーリ・オスカル准将。あなたは部下たちに
上官を侮辱するような訓練をしているのか!」
 怒ったネフェルティティは顔を真っ赤にしてユーリに怒鳴りつける。
「申しわけありません。私の手落ちであります……」
 ユーリは深く頭を下げた。にもかかわらずまだ姫君たちはクスクスと笑っていた。
笑い声を聞いたネフェルティティは……
「そこの兵士6人! 一週間の栄倉入りを命じる!」
(*栄倉:軍を乱した兵や犯罪を行い、まだ刑の決まらない兵が入る仮牢)
「ちょ、ちょっと待ってください! 兵士たちには充分に私の方から
厳重な注意を致します。どうか、どうかそれだけは……!」
「でしゃばるんじゃないわよ! チビおとこおんな隊長!
栄倉でもどこでもはいってやりますわ! もちろんVIP待遇でね!」
「そうよそうよ。3食昼寝おやつ付きはもちろんですわよね!」
 姫君たちの態度は将軍の頭を更に沸騰させた。
「な、なんたる態度! じつにワタクシは不愉快である! 国王陛下や
王妃さまにもじっくり報告しておくからな!」
「お待ちください! 将軍!」
 ユーリがとめるのも聞かず、ネフェルティティ将軍は顔中を
シワだらけにして怒って去ってしまった。
 将軍の背中が小さくなるとユーリは急に姫君たちのほうに振り返り、
まずはセルト姫のほうにつかつかと歩み寄ってきた。
「な、なによ……」
 セルト姫が少し後ずさりしたと思うと、ユーリが思いっきり姫の左頬を
叩いた。
 パンパンパンパンパンパン。
 次々と姫君たちをユーリは引っ叩いた。
「な、なんという無礼を! お父様にも叩かれたことないのに!」
 ユーリに殴られた6人の姫たちは呆然とした。
「なんでわからないのかっ!」
 強く大きくユーリは叫ぶ。一呼吸おいてユーリはゆっくりと話し出した。
「あなたたちを罰するなど簡単なことなんです。准将で、隊長である私には
それだけの権力がある……。だが、力で押さえつけても何もならない、
身分に関係なく、心は……心は自由だからだ! だから……あなたたちを
権力で押さえつけるのはやめようと……、処分はしないと心に決めていたのに……
どうしてわからないのかっ!」
 ユーリの黒い瞳には涙が溜まっていた。姫君たちも殴られた頬を押さえて
じっと聞いている。
「……殴って悪かった。あなたたちの望むように、私は衛兵隊の隊長をやめましょう。
私にはここにいる理由がないようだ……。ルサファ、馬を引いてくれ!」
 姫君たちに涙を残してユーリは背中を向けた。
「ユーリ隊長!」
 ギュゼル姫が背中に向かって叫んだ。
「わたくしが悪うございました。ユーリ隊長、どうかやめないでください!」
 長いウェーブのかかった髪をふりみだしてギュゼル姫はユーリを止めた。
隊長と呼ばれたのはこのとき始めてであった。
「ユーリ隊長、わたくしも同じです。やめないで下さい!」
「わたしも!」
「わたくしも!」
 アクシャム姫やサバーハ姫、ウーレ姫、イシン=サウラ王女も
ユーリにしがみつくようにして止めた。
「あなたたち! 裏切るの!」
 セルト姫がびっくりするように他の姫君たちを見た。
 すがる姫君たちにユーリはまたもや涙が流れてきた。やっと衛兵隊の兵たちが
自分に心を開いてくれたのだ。
「わ、わたしは……、うっ……」
 零れ落ちる涙を手の甲でぬぐう。
「よかったですね。ユーリさま」
 ルサファが軽くポンとユーリの肩を叩いた。
「今まで申し訳ありませんでした。遅らばせながらこれからユーリ隊長の指揮に
ついてゆきたいと思います」
「みんな、ありがとう……」
 やっと気位の高い兵士の心をつかんだユーリ。
しかし、一つにまとまった衛兵隊としての戦いはこれからである。
 


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