天河版ベル薔薇2
国王崩御、新国王万歳 |
貴族の娘 |
ポリニャック・ナキア夫人 |
退屈しのぎ |
ロザリーの復讐 |
【国王崩御、新国王万歳】
国王が七日熱で倒れた。
古代では屈曲な大人でもこの病にかかれば7日で死んでしまうという
恐ろしい伝染病に侵されてしまったのだ。
「国王陛下、しっかりしてくださいませ! お気を確かに!」
ウルスラは焦った。貧しい辺境の村に生まれた自分がここまで
のしあがってきたのは、生まれ持つ美貌とその美貌に目の眩んだ国王陛下のおかげ。
老齢の国王と違って、ウルスラはまだ若いのだ(多分)。
欲しいものはいっぱいある。やりたい残したことだって数え切れないのだ。
それにこんなに早く死なれては自分の立場がなくなってしまう……。
ウルスラの思いも虚しく、ルイ15世シュッピルリウマは、激しい病の苦しみを
戦い抜いた末、崩御した。七日熱の名前のとおり、発症後ちょうど1週間後の
ことである。
崩御と同時に、皇太子ミッタンナムワと妃ラムセスに向かって
地響きが伝わってきた。皇太子夫妻のいる部屋の扉が勢いよく開く。
「国王崩御。新国王、ルイ16世ミッタンナムワ陛下ばんざい!」
女官長ハディをはじめ、側近達が2人の若き夫妻に押し寄せてきたのだ。
「おめでとうございます。ただいまよりあなたがエジプトの
王后陛下でございます」
ハディはラムセスの元に膝まづき、まっすぐに新王妃を見つめた。
「わたくしがエジプト王妃! おお! 役の中でもエジプトの
頂点に立てるとはなんと気持ちのよいものでしょう!」
感動に浸るラムセスを、暖かくユーリは見守っていた。
新国王夫妻が即位してまもなく、デュ・バリー・ウルスラ夫人が
ベルサイユから追放された。国王の寵愛を権力にして
国民の税金で莫大な浪費を重ねたウルスラには当然の報いであった。
「あーあ、追放されちゃったわ。でもこうしちゃいられない。
今回は一人二役なのよ。ジャンヌウルスラとしても出番がもうすぐだわ。
早くスタンバイしなくっちゃ!」
【貴族の娘】
――古代エジプト首都テーベ郊外。
「かあさん、かあさん。新国王ルイ16世ミッタンナムワ陛下が即位したってさ!」
豪華なベルサイユ宮殿とは対照的なみすぼらしいレンガの家に住む
ジャンヌ・ウルスラが母親に向かって大きな声で叫んだ。
貧しい家には似合わない瞳が大きく、体の凹凸のはっきりした美しい娘である。
「まあ……! じゃあルイ15世陛下は崩御なさったのね。
なんまんだぶ、なんまんだぶ(なぜ仏教?)」
長い金髪の美しいジャンヌの母ウルヒが手を合わせた。
「新国王ミッタンナムワ陛下は、頭髪を代表するように質素で慎ましい方だそうよ。
それに歩兵隊長になれるくらい逞しくて有能だってきいているわ。
私たちの暮らしも楽になるかもしれないわね」
ウルヒの娘であり、ジャンヌ・ウルスラの妹である
ロザリー・アレキサンドラが無邪気に言った。
「ちょっとくらい暮らしが楽になったって嬉しくもなんとないわ。
アタシの夢は綺麗なドレスを着て、高価な宝石をつけて、毎日おいしいものを
たくさん食べる。働くなんてまっぴらごめんだわ!」
美しいウルスラが言葉を吐き捨てた。
「ジャンヌ・ウルスラ。贅沢を言うんじゃありません。働かないで
食べていけるわけがないでしょう。真面目なロザリー・アレキサンドラを
見習いなさい」
母ウルヒは厳しい顔でジャンヌウルスラを叱りつける。
「ふん! アタシはロザリー・アレキサンドラのように皇族出身じゃないし
……おっと、これは台詞にないな。そんなことより、かあさん! アタシたち姉妹が
今のブルボン王朝になる前のバビロニア王朝の最後の貴族だって本当なの?」
ウルスラは黒い瞳に好奇心を輝かせて言った。
「やれやれ、この子はまたその話かい。かあさんは落ちぶれかかった
バビロニア王朝の女中をしていてね。だんなさま(誰?)に愛されたのさ」
ウルヒは遠い目をして言う。
「ふふ、世が世なら私たち姉妹がベルサイユ宮殿に住んで
いたかもしれないのに……ねえ、ロザリー・アレキサンドラ?」
ウルスラがうっとりしながら妹の方を向く。
「うふふ。やだわジャンヌ・ウルスラ姉さん。ありえもしないことよ。
でも、ジャンヌ・ウルスラ姉さんなら美人でスタイルもいいから、
どこかの貴公子の目に止まって玉の輿っていうこともあるかもしれないわよ」
「そうなりたいわね……」
ロザリー・アレキサンドラは冗談半分で言ったのだが、ウルスラは
冗談ではなく本気で考えていた。
パンがない、お金がない、生活が苦しい……貧しいなんてまっぴらごめんだ。
こんな薄汚れた小屋で一生を終えるなんて、ジャンヌ・ウルスラに
とったら蕁麻疹のでるようなことだった。綺麗なドレスを着て、
毎日パーティを開いて、おいしいものを食べて贅沢な暮らしをする。
現にベルサイユに出入りしている貴族たちはそういう生活をしているのだ。
薄汚れた掃溜めみたいな生活、ウルスラにはまっぴらごめんだったのである。
「ちょっと大通りへでて一稼ぎしてくるわね」
ウルスラはアレキサンドラにこそっと継げて古ぼけた家を出た。
ウルスラの住む町で一番の大通り。市民だけでなく、貴族の馬車も
行き交う国道であった。
「なかなかいい馬車だわ。やってみる価値があるかも」
ツギハギのあるみすぼらしい服を着たウルスラは顔に泥をつけて
もっとみすぼらしく装った。
ウルスラの目をつけた馬車は貴族の馬車。小奇麗な馬車であった。
中にはウェーブのかかった髪がやわらかく美しい一人の貴婦人が乗っていた。
貴族の位をもつギュゼル公爵夫人である。
ウルスラは馬車に向かってかけていった。か細い声でウルスラは言う。
「おやさしい奥さま。バビロニア王家の血をひく哀れな孤児にお恵みを……」
きたならしい少女の言うことにギュゼルは目を丸くした。
「まあ、あのバビロニア王家! あなた、本当なの?」
「ええ、奥さま実は……」
演技のうまいウルスラの話をギュゼルはすっかり信じてしまったようだ。
バビロニア王家の血を引くというのは嘘ではないが、孤児というのは大嘘である。
「私は貴族のギュゼル公爵夫人。確か孤児って言ったわよね。私の屋敷へいらっしゃい。
こんな正しい血筋のあなたを放っておけないわ。ええ、もちろん教育を
うけさせてあげます」
「えっ!」
ウルスラは黒い瞳を大きく開いて驚いた。
――夢じゃないの! 銀1マナでももらえればラッキーだと思ってたのに。
こんなすばらしいチャンスに巡り会えるなんて……。今こそチャンスよ!
夢に近づく第一歩。逃しちゃいけないわ!
「ギュゼル公爵夫人さま、待っててくださいね。かあさ…いえ、仲間に
お別れを言ってきます。待っててくださいね!」
ウルスラが強く念を押すと、急いで母と妹のいる家に帰った。
「ロザリー・アレキサンドラ、ウルヒかあさん。お別れよ。
公爵夫人がアタシを引き取ってくれるって言うの!」
「なんだって! あんたここから出て行く気なのかい?」
ウルヒは金髪を激しく揺さぶって娘に言い寄った。
「ああ、そうだよ。こんなチャンスめったにないもの。こんな薄汚い所で
一生を終えたくないからね!」
ウルスラは荷物を鞄に詰めながらきつく言った。
「ああ、ジャンヌ・ウルスラ姉さん。姉さんはただ一人なのに……。
行ってしまうの? 嘘だわ、姉さん考え直して!」
「じゃあね、せいぜい元気でやってよね」
「ジャンヌ!」
「姉さん!」
母と妹の叫びを背中に、ウルスラはギュゼルの待つ小奇麗な馬車に向かって
走っていった。
アレキサンドラとウルヒの叫びも虚しく、ウルスラの姿は豆粒のように
小さくなり、そして2人の前から消えていった。
【ポリニャック・ナキア夫人】
ルイ15世シュッピルリウマが亡くなって数ヶ月たち王宮も安定してきた頃、
ラムトワネットは宮廷にあがる、一人の貴婦人に思うがままに動かされていた。
ポリニャック・ナキア夫人という、スタイルだけは抜群な性格の悪い貴婦人である。
彼女はラムセスが薔薇が好きなことにつけ込み、大量の薔薇をプレゼントした上、
ガーデニングの友としてラムセスに取り入ったのである。
「おお、ラムトワネットさま。蜂蜜色の肌に真紅の薔薇はよく似合うのう」
「ポリニャック・ナキア夫人こそ、薔薇を身につけると小じわが隠れて
よくってよ」
会話だけを聞いていると気が合うのか合わないのかわからないが、
本編でもエジプト、ヒッタイトそれぞれの頂点に立つという
共通の思いがあるからか、二人はとても気があった。
「それよりラムトワネットさま。このベルサイユ宮殿の名前を改名しませんこと?」
「改名?」
「ええ、新国王陛下も即位なさって世代も代わったことですし、
ベルサイユではなく、ラムトワネットさまのお好きな『バラサイユ』というのは
いかがでしょう!」
「まあ、バラサイユ。とっても素敵!」
「ついでに私の夫の身分も上げて欲しいのです。官房長官はどうでしょう?」
ラムセスのお気に入りをいいことにナキアは莫大な金と地位を巻き上げ、
ベルサイユ宮殿を我が物顔で歩くようになったのだ。
宮殿の名前も由緒あるベルサイユからバラサイユに変え、
蜂蜜色の王妃はナキアの思うがままに動かされているのであった。
ラムセスのある種の寵愛を盾に、ナキアがバラサイユでの権力を
日ごとに増していく中、新国王夫妻が首都テーベに訪問する日がきた。
世代が代わり、国王の威厳を示すための凱旋パレードである。
近衛隊長ユーリ・オスカルが先導してルイ16世ミッタンナムワと
その王妃ラムトワネットは、豪華な馬車からテーベの町の様子をうかがった。
国王夫妻を一目見ようと、通りには国中からたくさんの人が訪れ、
期待以上に美しい蜂蜜色の肌を持ったオッドアイのラムセスの姿に熱狂していた。
首都テーベは稀に見る盛り上がりであった。
「国王陛下ー、スキンヘッドが素敵ですー」
「王妃様ー! 薔薇がお似合いですー」
市民から感激の叫びがとびかっていた。
「あら、両陛下をお守りする近衛隊長も少年なのに綺麗な顔を
しているのねー。こっち向いてぇ」
町娘の一人がユーリ・オスカルに向かって黄色い悲鳴をあげた。
「無礼者! ユーリさまは女だ!」
ユーリの後に続くルサファ・アンドレが町娘に強く言った。
「あら、副長官さんも素敵。やっぱり近衛隊ともなると違うのねー」
ユーリもルサファも市民から人気を集めているようであった。
「まあ、なんと凄い人なのでしょう!」
「ラムトワネットや、市民に手を振っておあげなさい。よろこびますよ」
ミッタンに奨められ、ラムセスは頭につけている薔薇の花を一輪抜き、
真紅の薔薇を軽く振った。
「おおおおおおおお!」
歓喜の声がラムセスの耳にこだました。
「まあ、すごい。ちょっと薔薇を振っただけなのに……」
ラムセスは感動した。王妃という身分だけでこんなにも市民の愛情が
得られるとは。なんとすばらしいことなのだろうと。
好意を寄せてくれる市民のためにも暮らしやすい国を築かなければならないと
心に誓わなければならないと感じた。
「ラムトワネットさま。市民にとってあなたさまは憧れです。
どうか今のお気持ちをずっとお忘れにならないように」
「ええ」
テーベの町を凱旋したこの日の感激を、民衆の愛情を、いつまでも忘れなかったら
ラムトワネットは悲劇の王妃にはならずにすんだはずなのであった。
「母さん、ラムトワネットさまはお綺麗だったわよ。薔薇のお似合いな
とても美しいお方だったわ」
凱旋パレードの群れの中にいた一人の貧しい町娘、ロザリー・アレキサンドラは
家に帰り母にまばゆい王妃のことを教えた。
「ごほっ、ごほっ。それはよかったこと……」
「かあさん、無理しないで」
ジャンヌ・ウルスラが出て行って以来、母ウルヒはショックからか、
床に伏せてしまった。青白い顔をしてだるそうに湿ったベッドに
身を沈めている。
「ジャンヌ・ウルスラはどうしているかねェ」
「また姉さんのこと考えてたの? きっと元気でやっているわよ。
姉さんってば偽イシュタルを演じられるくらいとっても綺麗だったもの。
まるで本当の貴族のように……」
「何を言うんだい! ジャンヌ・ウルスラより本当はあんたが……!」
ウルヒはか細い体を飛び起こして興奮するように言った。
「どうしたのかあさん? そんなに興奮しないで。これから仕事に
言ってくるわね」
アレキサンドラは静かに母を寝かしつけ、そっと家を出て行った。
「えっ! もう来なくていいってどういうことなんですか?」
「ごめんねロザリー・アレキサンドラ。うちも苦しいんだよ。
どこか他の職を探しておくれ」
「それって首ってことなんですか? お願いします。
なんでもしますから働かせてください!」
「ごめんね。ロザリー」
バタン。小さなアレキサンドラを残してドアが閉まった。
いつも働いているパン屋を首になったのである。
今アレキサンドラの家では働けるものは自分しかいない。
病気で臥せっている母に栄養のある食料を買うためにもお金は必要なのだ。
母によくなってもらうため、今日の朝も食事を抜いた。
仕事をしていてでさえ苦しい生活なのに、首になったらどうやって暮らしていけば
いいのか。アレキサンドラは呆然とし、ふらふらと道を歩いていた。
――ドン!
肉付きのよい肩にぶつかった。
「どこ見て歩いてる!」
怒鳴ったのはホレムヘブ・ローアン大司教という大金持ちの牧師であった。
「す、すみません。貴族さま」
謝るアレキサンドラを見てホレムヘブは目を輝かせた。
「おお! これはなんと幼げなかわいらしい少女だ。どうだ、今晩一緒にこないか?
金はたっぷりやるぞ」
ロリコン趣味のホレムヘブはアレキサンドラの手をつかみいやらしい目で
アレキサンドラを見た。アレキサンドラははっとして手を振り切った。
「お放しください。アレキサンドラはそのような女ではありません!」
強く言うとホレムヘブはぶつぶつ言いながら去っていった。
――ああ、怖かった。でも、お金がもらえるんだ……。それもたくさん。
そんな気はさらさらないが、職を失ったアレキサンドラにとっては
お金という言葉にはかなり敏感になっていた。
「いくら貧しくたって身を売るようなことはいけないわ。さあ、
職探ししなくっちゃ!」
アレキサンドラは前向きに職を探すため、テーベの町の裏通りを
片っ端からあたった。だが、どこも不景気で雇ってくれるところなど
全くなかった。
――どうしよう。かあさんになんと言おう。姉さんがいなくなっただけ
でもショックを受けているのに、職を失ったなんて……。本当にどうしよう。
アレキサンドラが呆然としていると、脳裏にちらっとさきほどの
ホレムヘブ・ローアン大司教の言葉が浮かんだ。
『金はたっぷりやるぞ』
少しがまんするだけでお金がもらえうだけなら……。
やってはいけないことだと百も承知でアレキサンドラは大通りまで出て、
貴族の馬車を探した。
しばらく待つと身分の高そうな貴族が乗っていると思われる豪華な
馬車が通りかかった。アレキサンドラは震える足取りで近づく。
「あ、あの……だ、だんなさま。わたしはアレキサンドラと申します……。
わ、わたしを……一晩買ってください……」
震える声できれいな礼服を来た馬車の主に話し掛けた。馬車の中には
2人の軍服を来た男が乗っていた。アレキサンドラには少なくとも
そう思えたのである。
「は?」
アレキサンドラはガクガクと震えながら恐ろしさにうつむいている。
「ふふふ。あははははははは。おいおい、間違えるな、私はこう見えても女だ。
たとえタダでもお前を買うことはできないよ」
アレキサンドラには男に移った人物は実は女性だったのである。
それも国王夫妻をお守りする近衛隊長のユーリ・オスカル。その隣にいるのは
ルサファ・アンドレだったのである。
「お、おんなの方……」
アレキサンドラは気が抜けてその場にへなへなと座り込んだ。
「やれやれ、かわいい売春婦もいるもんだ。それに本編でも
同じようなシーンがあったような……。アレキサンドラさん、
二度とこんなことをしちゃいけないよ。お母さんが悲しむよ。
少ないがこれを取っておいてくれ」
ユーリはアレキサンドラに金貨を渡した。
「まあ、金貨! こんなの手にしたことないわ!」
アレキサンドラが驚いている間に馬車はガラガラと音を立てて言ってしまった。
「あっ、あの、もし、お名前を……」
ユーリたちは名乗らずにアレキサンドラから遠ざかった。
「あんな小さな娘が身を売ろうとなど……。ルサファ、この国は
いったいどうしてしまったのか」
「本当でございます。ラムトワネットさまたちは、贅沢のしほうだいなのに」
「民衆の貧しさが王家にぶつかり、衝突しなければいいが……」
ユーリの心配はそう遠くない未来に的中するのである。
「いくら貧しくても身を売ろうなんてバカな考えをしたものだわ。
また職探ししてみよう。とにかくこの金貨でたくさんの食べ物が買えるわ。
かあさんもよくなるかも!」
アレキサンドラはユーリにもらった金貨を握り締め、家に向かった。
もうすぐ家だと家だというところで、隣のおばさんがアレキサンドラに
血相を変えて走ってきた。
「ロザリー・アレキサンドラ! 早く来て! 家を
出たところのであんたの母さんが馬車に引かれたのよ! 早く」
「えっ!!」
アレキサンドラの心臓は一気に凍りついた。
――かあさんが、かあさんが。姉さんまでいなくなってウルヒかあさんまでもが!
「きゃああああ、かあさん!」
母ウルヒは頭から血を流し路上に倒れていた。
轢いたと見られる豪華な貴族の馬車が止まっていた。
「この馬車がロザリー・アレキサンドラのかあさんを轢いたのさ。それも往復で!」
「かあさん! かあさん!」
血だらけの母に叫んでも母は何の反応もしなかった。
「何をしているの! 早く馬車をお出し!」
御者に命令するのは、ラムセスお気に入りのポリニャック・ナキア夫人。
相手がウルヒとあって、思わず往復で轢いてしまったのだ。(なぜ?)
「かあさんを、かあさんを返して! 鬼! 悪魔! 皇太后!」
「何じゃその目は。文句があるならバラサイユにいらっしゃい」
薄いピンクの薔薇模様のドレスを着たナキアは、ロザリーの叫びを
あとにガラガラと馬車で去っていった。
「ロ……ザリー」
「かあさん! 死んじゃいや、死んじゃいやよ!」
アレキサンドラはウルヒに抱きつく。
「アレキサンド…ラ、いままでごめんね。あんたは私の本当の娘じゃない……」
「何を言うの? 苦しさで頭が錯乱してしまっているの? しゃべらないでいいから!」
アレキサンドラは強く母の手を握りしめる。
「お、おまえの……本当のおかあさまは……貴族。マルティーヌ・ガブリエル……」
「え? かあさん?」
「うっ、ごほっごほっ!」
ウルヒは血を吐き、そのまま息を引き取った。
「かあさん、かあさん。死んじゃいや。アレキサンドラを一人にしないでェ。
男のくせにあたしより美人でもゆるすからーっ!」
アレキサンドラの叫びも虚しく、ウルヒは二度と息を吹き返さなかった。
あたしはかあさんの本当の娘じゃない。マルティーヌ・ガブリエルという名の
貴族。――貴族! かあさんを殺した貴族なのだ。
『文句があったらバラサイユにいらっしゃい』
薄いピンクの薔薇模様のドレスを着たあの貴婦人。許さない。
かあさんはウルヒかあさん一人だけ。他にあたしにはかあさんなんていない。
復讐してやる。あたしたちの税金で贅沢をしている貴族を、
かあさんを殺したあの女を殺してやるんだ!
小さな少女の心の中に復讐という名の悪魔が寄生してしまった。
復讐を遂げるまでアレキサンドラの中の憎しみは消えることはない。
【退屈しのぎ】
「ああ、退屈ですわ……」
ラムセスはピンクの薔薇のついた扇をゆるやかに振りながら天井を仰いだ。
「恒例の薔薇舞踏会もやったし、もう何にもしたい遊びはないわ。
毎日おなじことのくりかえし、くりかえし。何かしなくては…、
何か気の紛れることをしていなくては……。退屈するのが怖い……。
王妃でなく、将軍だったらこんな思いをすることもなかっただろうに……」
「バラトワネットさま。失礼致します」
退屈をしているラムセスの部屋に入って来たのは、厚化粧夫人と影では
呼ばれているポリニャック・ナキア夫人であった。
「まあ! ポリニャック・ナキア夫人。いつも厚化粧が素晴らしいですわ!
どうぞこちらへいらして」
「バラトワネットさま、随分暇を持て余しておれれるようじゃのう。
どうです? ちょっとした遊びをしてみませんか?」
「ちょっとした遊び?」
「そうです。魔法の水を作るのです。人を操ることのできる黒い水や
ほれ薬である薔薇色の水を私の屋敷の地下化学室でお作りになりませんこと?」
ヒヒヒと怪しい笑い声をたてながら言った。
「黒い水! いけないわ。法律でそのような水を作ることは禁止されているもの!」
ラムセスは褐色の肌を少し青くさせて言った。
「だから王妃さまからミッタンナムワ国王陛下に頼んでくださいませ。
ラムトワネットさまの魅力の見せ所ですわよ。おーほほほほ」
ラムセスはナキアに乗せられて国王に頼みに言った。
始めは許さなかった国王だったが、ラムセスの薔薇な魅力?に負けて1度きりと
いうことでラムセスの黒い水作りを許した。
ナキアの屋敷の地下化学室で、いざ黒い水や薔薇色の水を作ってみると
ラムセス見事にはまってしまった。天秤で薬剤を調合し混ぜ合わせる。
ちょっとの分量の違いで全く別のものができてしまうかもしれないのだ。
手馴れたナキアをラムセスは尊敬し、ますます気に入ってしまった。
以後ラムセスは毎日夕方になるとナキアの化学室に通い、得体の知れない
水を調合していると国中に噂が広まった。またしてもラムセス・バラトワネットは
自分の株を落としているのであった。
【ロザリーの復讐】
母を失ってからロザリー・アレキサンドラは呆然としていた。
姉であるジャンヌ・ウルスラも出て行って以来行方がわからない。
アレキサンドラは一人ぼっちになってしまったのだ。
――貧しかったけど必死に私達を育ててくれた母さん。
金髪のトリートメントの効いた金髪が自慢だったウルヒ母さん。
背中の傷が痛々しかったけど、とってもやさしかったわ……。
アレキサンドラは大粒の涙を流した。
……でも、母さんはもういない。ピンクの薔薇模様のドレスをきたあの女に、
貴族に殺されたのだ!
『文句があるならバラサイユにいらっしゃい』
あの女のいった言葉が耳について離れない。
ベルサイユにいらっしゃい。
ベルサイユにいらっしゃい。
……行ってやろうじゃないの。ベルサイユは西の方向。
母さんを殺したあの女に会うために、母さんの敵をとるために、
殺してやる。貴族なんかみんな殺してやるんだ!
アレキサンドラは家宝である鉄剣を握り締め西へ歩いていった。
西へ、西へ――。
貧しいアレキサンドラは、履きつぶした靴をひきずりながらひたすら西へ歩いた。
半日近く歩いたところで、大きく綺麗な建物に辿り着いた。
「バラサイユ宮殿だわ!」
アレキサンドラの瞳には豪華絢爛で大きな建物が映った。
小さく貧しい少女には、これが王妃さまたちの住むバラサイユ宮殿だと
信じて疑わなかった。
アレキサンドラは宮殿と信じている門の少し離れたの木陰に隠れた。
「きっとあのピンクの薔薇模様の服を着たあの女はここにいるはず。
門の前で待ち伏せして必ず母さんの敵を討ってやるんだ!」
小さな少女は鉄剣を強く握りしめ、奥歯を噛んだ。
しばらくたつと貴族の馬車が門に向かってやってきた。
馬車が門の前に着くと、一人の貴婦人が黒髪のシャギーの男に手を引かれ
降りたきた。アレキサンドラははっとした。
――ピンクの薔薇模様のドレス! あいつだ! 母さんの敵!
「母さんの敵! 覚悟!」
うわああああと声をあげてアレキサンドラはピンクの薔薇模様のドレスの
貴婦人に向かって剣をたてた。
「危ない! オスカル・ユーリさまの母上さま(母の役は誰もいないのよ…笑)」
一緒に馬車から降りた黒髪のシャギーの男。ルサファ・アンドレは
アレキサンドラの手を打ち払った。
「あっ!」
鉄剣はアレキサンドラの手をすべり宙に弧を描いて地面に落ちた。
ルサファの声を聞いてユーリも屋敷からでてきた。実は、アレキサンドラの
バラサイユだと思った屋敷は、ユーリ・オスカルの家、ジャルジェ邸だったのである。
「貴様! 母上に何の恨みが! 言え、言うんだ!」
ユーリはアレキサンドラの両手をつかまえ黒い瞳を大きく見開いて怒鳴った。
「あ、あたし……、母さんの敵を、敵を……」
アレキサンドラはユーリに圧倒されてガクガク震えながら言った。
「敵? 母上が何をしたというのだ!」
アレキサンドラはピンクの薔薇模様のドレスの貴婦人を見た。
――違う人! ドレスの模様は同じだけど、母さんを殺した女とは
別の貴族だ!
アレキサンドラは人違いだということをやっと悟った。
ヘタヘタをその場にしゃがみ込む。
ユーリはしゃがみこんだアレキサンドラの顔を覗いた。
「お前は……テーベの町で売春婦をしようとした少女ではないか!」
アレキサンドラはビックリして顔を上げ、ユーリの顔をまじまじと見た。
「なにィ! この屋敷をバラサイユ宮殿と間違えたぁ!」
ユーリが音程の外れた声を響かせた。
「だって……バラサイユは西のほうだって聞いたから……」
アレキサンドラは恥ずかしそうに答える。
「確かにここはベルサイユだが、うちはただの貴族の屋敷だぞ。お前の母を殺した
貴婦人とやらはピンクの薔薇模様のドレスを着てたと言ってたな。
ピンクの薔薇模様のドレスといえば、宮殿に上がる者なら最低一着は持っている。
どうしても母の敵を討ちたいならまずは剣の練習をすることだな。
せっかくの鉄剣が無駄になるぞ」
「あ、あたし、何もしらなくて……」
アレキサンドラはぐずぐずと泣きながらユーリに訴える。
「ピンクの薔薇模様のドレスを着ていたなら、薔薇好き王妃の宮殿に
出入りしている貴婦人に間違いないな。お前も宮殿に出入りしていれば
いつか母さんの敵が見つかるかもしれない。それにはまずはお前を宮殿に
出入りできるだけの貴婦人に磨き上げなくてはな!」
「あ、ありがとうございます。オスカル・ユーリさま。これからユーリさま
のことを『おねーさま』とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
こうして姉も母も失ったアレキサンドラは、ジャルジェ家の一員として
ユーリと共に暮らすこととなった。
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