天河版バトルロワイアル
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「カイル陛下……」
やさしく名前を呼ぶ声がした。極寒の地に暖かな春を呼ぶような女神のような声。
ユーリの声? カイルはうっすら瞼を開けた。
黒髪が目に入った。やはりユーリ?
もやがかかった頭で焦点を合わせる。
うすく開けたカイルの瞳には、ストレートの長い黒髪にきりりと引き締まった大人びた顔が映った。
同じ黒髪だがユーリではない。すぐにわかった。それに匂いも違う。
「カイル陛下、お目覚めになりましたのね」
今度ははっきりした声。ぱっと瞼を開くと、そこにはセルト姫の顔があった。
ガバっと起き上がろうとする。すると体のいたるところで激痛が走った。
「痛っ!」
「だめですわ。まだ寝ていなくっちゃ! 大怪我していたんですもの」
セルト姫はやさしくカイルをベッドに寝かせる。
「姫……、ここは一体……」
カイルのいる部屋は4畳半くらいの狭い個室だった。自分がいるベッドと古びたタンスが
あるだけで部屋はいっぱいであった。ベッドのすぐ側の椅子にセルト姫が座っていた。
セルト姫はじっとカイルを見つめる。
「ここは西の海岸沿いの灯台ですわ。カイル陛下、大怪我して海岸に流されていましたのよ。
見張りの姫が見つけたの」
「怪我……、流された……」
狭い個室の天井を見つめ呟く。
――そうだ! 私は黒太子との戦いで、逃げ道がなく海に身を投げたんだ!
そのあと西の海岸まで流されてセルト姫たちに助けられたというのだろうか?
「見張りって……、他に誰かいるのか?」
「ええ、アクシャム姫とサバーハ姫とウーレ姫とイシン=サウラ王女よ。
みんな皇族または王族で気の合う仲間なの」
安堵の表情でニッコリと姫はカイルに笑いかける。
「そうだったのか」とカイルは一つ溜め息をつく。そのまま言葉を続ける。
「でも、そんなに……よく気の合うもの同士集まれたな」
カイルの言葉にセルト姫は目を細めて笑う。
「私達って皇族でしょ。戦場にさえ行ったことのない身分ですわ。だから、殺し合いのゲームなんて
すごく怖かったの。同じ皇族同士、怖かった気持ちは一緒でしたわ。スタートしたとき、
待ち伏せしていたアクシャム姫とサバーハ姫とイシン=サウラ王女に
呼びとめられたのよ。一緒に行動しないかって……。もちろん私も怖かったから
2つ返事でOKですわ。それでこの灯台に隠れたの。ウーレ姫とは昨日のお昼に偶然会って
合流したの」
「そうか……」
カイルは溜め息まじりに言った。そして再びたずねた。
「姫、一体私は何時間眠っていたのだ? 今は何時だ?」
「朝の8時よ。この灯台に来てからカイル陛下を海岸で見つけたのが昨日の7時頃だったから
半日近く眠っていた頃になるわね。13時間眠っていたわ」
――13時間。そんなに眠っていたのか? すると私は夕方6時、深夜12時、朝6時の
3回の放送を聞き逃したことになる。
「新たに死んだ人は? 禁止エリアはどうした?!」
カイルはかみつくようにセルトに聞いた。
――ユーリはラムセスは無事だろうか?
「これがリストよ」
セルト姫が名簿をカイルに渡した。名簿の名前にチェックがついているのが
死んだ者である。
「夕方6時の放送で男子はホレムヘブ。女子はナディア、ネフェルティティ、ハディ。
深夜12時の放送でカッシュ、ルサファ、ミッタンナムワよ。朝の6時の放送では
死亡者はいなかったわ」
セルトは硬い表情でカイルを見た。
「3隊長が……」
カイルは押し黙った。とにかくユーリとラムセスの名前はなかった。それにイル=バーニの名前も。
「今のところ、この灯台は禁止エリアに入っていないわ。だから安心してくださいませね。
それに傷の応急処置はしましたわ。大きな傷は左肩と右腕と左脇腹の弾傷でしたわね。
ここには救急セットや薬がひととおいてありましたので、それで処置しました。
それより……その傷どうしましたの? お聞きしてもよろしいかしら?」
皇族の姫らしく丁寧な言葉使いだった。
カイルはユーリやラムセスと一緒にいること。ゾラやシュバスが襲ってきたこと、
イルに会ったこと、黒太子に撃たれたこと、ありのまますべてをセルト姫に話した。
「そう……、そうだったの」
セルト姫は悲しそうに目を伏せる。
「あの……、ウーレ姫がゾラが死ぬところを見てたっていうんだけど……
あれって事故ですわよね」
事故だという肯定の答えが欲しそうな口調であった。
「ああ、事故だ。ゾラが斧で向かってきて、私達は崖から落ちたんだ。
落ちたときにはゾラの額に斧が刺さっていた。……事故だが悪いことをしたと思っている」
「そうよね。事故よね」
セルト姫は安堵した。
「でもカイル陛下がご無事でよかった。本当によかった。海岸で血だらけの
カイル陛下を見つけたとき、心臓が止まる思いでしたのよ。出血がひどかったから
もう死んでいると思いました。そうしたらまだ息がある。殿方を私達の
隠れ家の灯台に入れることは反対もあったの。……この状況だからね。
でも、大怪我しているカイル陛下をほうっておけないって言って、反対する子を
説得したのよ。それで傷の手当てをして。体をふいて……」
セルト姫は悲恋の映画のクライマックスでも見ているかのような
悲しい顔になっていた。
「あ、ありがとう……」
ゆっくり笑いながらカイルは言葉を返す。
セルト姫はカイルの瞳をじっと見つめる。
「心配したんですのよ。本当に死んでしまうかと思いましたわ」
カイルはセルト姫が涙声になっているのを気づき、驚いて見つめかえす。
セルト姫は続けた。
「私、カイル陛下にもしものことがあったらどうしようかと……」
語尾は声になっていなかった。じっと見詰め合う二人。
ユーリがこのシーンを見たらさぞ嫉妬するであろう。
「この意味……、わかります? 私がどうして無理にでも陛下を助けたのか、わかります?」
カイルはドキっとした。皇太子時代よりずっと前から、自分がプレーボーイだという
認識はあった。愛の告白をされたことも数え切れない。セルト姫の意味していることは
わかったが敢えて口にしなかった。
そんなカイルに気づき、セルト姫は顔を赤らめ照れくさそうにする。
「陛下、お食事召し上がります? ずっと食べていないんですもの。
何か口にしたほうがいいわ。今ね、シチューを作っているの。灯台の倉庫に
レトルトの缶詰があったのよ」
「ああ、もらおうかな。ありがとう」
「じゃあ、ちょっともらってきますわね。それと、ドアに鍵をかけさせて頂きますわね。
やっぱり殿方と一緒にいるのは怖いっていう姫もいるのよ。嫁入り前だし
この状況だから、お許しくださいね」
身を翻したてセルト姫はドアへ向かった。姫の細い腰には拳銃がささっているのが目に入った。
皇族の姫が武器を持つなんて信じられない状況だ。
カイルのいる小さな部屋のドアにカチャリと音がした。
ドアの向こうでズズズと何かを引きずる音がした。つっかえ棒、またはかんぬきのような
ものでドアを固定したようだ。
「まるで居心地のいい監獄だな」
カイルは狭い個室の窓の外を見ながら呟いた。
「みんな、聞いて! カイル陛下が目を覚ましたわ!」
セルト姫が他の姫たち、サバーハ姫、イシン=サウラ王女、ウーレ姫のいる部屋に
入るなりそう叫んだ。
「本当ですの!」
サバーハ姫やイシン=サウラ王女は大喜び。2人ともカイルに「ホ」の字だからである。
ただ一人、ウーレ姫は顔を青くしていた。そんなウーレ姫の表情にセルト姫は気づく。
「ウーレ姫、やっぱりゾラのことは事故だったって。カイル陛下が人を
殺す分けないのよ。ゾラには悪いことしたって言ってたわ」
ウーレ姫は顔の筋肉を緩ませ何とか笑顔を作る。
「そ、そうだと思ったわ。や、やっぱり事故よね……。取り乱したりして悪かったわ。
私、あのとき混乱していたのよ」
「そう? よかった。ウーレ姫が納得してくれて」
セルトは嬉しそうに言う。
大怪我をしたカイルを発見したとき、灯台の中に入れようとしたのを
大反対したのはウーレ姫であった。姫は偶然、ゾラとカイルの戦いを見ていたのである。
ゾラの頭部に斧が食い込んだ瞬間を……。その恐ろしい光景が頭に焼き付いて離れず、
カイルが怖くてならなかったのだ。『鍵をかけるなら灯台に入れてもいい』の
条件付きでやっとのことでウーレ姫は納得したのであった。
――あんな大怪我してたから、絶対に目を覚まさないかと思っていたのに……。
ウーレ姫の頭の中には、ゾラが殺されたときの映像がまたくるくる回り出した。
セルト姫やサバーハ姫、アクシャム姫、イシン=サウラ王女はカイル陛下を
信頼しきっている。皇帝陛下だもの。当然だけど……。私、怖い。ゾラが殺された場面が
頭に焼き付いて離れない! やっぱり怖い! このままじゃ殺される!
セルト姫たちと合流するまで一睡もしていなかったことと、いつ殺されても
わからない状態の恐怖から、ウーレ姫の感情は破壊寸前であった。
――このままじゃ殺される。私達のような非力な皇族の姫が男の人に敵うわけがない!
ウーレ姫は少し考え、ある決心した。
セルト姫はシチューの仕度をしているサバーハ姫に近づき、鍋を覗きこんだ。
「ねえ、サバーハ姫、シチューできた? カイル陛下にお食事持っていってあげようと
思っているのよ。それと汗いっぱいかいているから着替えもね」
「ええ、もう少しよ。陛下にはたっぷり栄養をとってもらって元気に
なってもらわなくっちゃね」
サバーハ姫は嬉しそうに言う。
「あっ、私がシチューよそうわ。みんなは他の用意して」
ウーレ姫は自分が用意すると名乗り出た。
「ありがとウーレ姫」
セルト姫とサバーハ姫はカイルのために着替えやらタオルやらを用意にかかった。
バビロニアの王女イシン=サウラは屋上に繋がる階段を見ていた。
「そろそろ見張りの交代ね。次は私か……」
この灯台に身を隠しはじめてから、昼夜問わず一人見張りを置いていた。
一番殺人力のあるイシン=サウラ王女の武器、マシンガンを持って灯台で”敵”の襲撃を
見張っていたのだった。今はアクシャム姫が見張りをしており、
そろそろ、次のイシン=サウラ王女に交代の時間だったのだ。
イシン=サウラ王女も外へ出る仕度を整えていたため、ウーレ姫には見向きもしていなかった。
ウーレ姫はポケットから小さな褐色の瓶をだした。姫のリュックに入っていた
もう一つの武器である。ウーレ姫はセルト姫たちと合流したとき、
自分の武器であった警棒を既に渡してあった。その他に『特別付録』と書いてある
白い粉の入った小さな瓶があったのだ。説明書もついており、毒薬だと書いてあった。
こんなものを使う機会はないだろうと思って、セルト姫たちには渡さなかった。
おまけの武器であった。
――陛下は重傷を負っている。シチューを食べたあとで様態が急変しても
おかしく思われないわ……。
ウーレ姫はセルト姫達に背中を向けてシチューをよそい、ポケットから瓶を出して
パッパッと粉をふりかけた。粉はすぐにシチューと混ざり、毒が入っているなど
まったくわからなかった。
――これをカイル陛下が食べれば……。
ウーレ姫はスープを持ってカイルのいる部屋へ行こうとした。
そのときである。
「あー、疲れましたわー。あら? おいしそうなシチューの匂い。頂き〜♪」
見張り台から降りてきたアクシャム姫がウーレ姫のよそったシチューを
奪い、一口、二口と食べてしまったのだ。
「あ!」
「んー。おいしー。このまろやかさがたまらないわー」
アクシャム姫は満足な顔でパクパクとシチューを食べる。
――どうしよう! シチューには毒が!
ウーレ姫は真っ青になる。だけど本当のことも今更言えない!
自分はカイルを殺そうとしてるのだから!
そんなことも知らないアクシャム姫は毒入りのシチューを食べつづけていた。
――あら? アクシャム姫は何ともないわ。あの粉、本当は毒じゃなかったのかしら?
大丈夫……なのかしら?
そう思っているのも束の間、アクシャム姫が変な声をあげだした。
「うっ、ぐ、ううううう、苦し……」
ガッシャン!
アクシャム姫はシチューの皿と一緒に倒れた。
「どうしたの! アクシャム姫!」
セルト姫が驚いて倒れたアクシャム姫の元に近寄る。
アクシャム姫の顔は真っ青になっており、白目をむきだしにしていた。
既に呼吸もしていなかった。
「ひっ! し、死んでるわ」
セルト姫はガタガタと震えだす。
「な、何なの? 食中毒?」
サバーハ姫も顔を真っ青にして言う。
「こんな食中毒ってある? おかしいよ! まさか毒が……」
イシン=サウラ王女の言葉にみんなはっとする。
「本編でサソリの毒で亡くなったのに……また?」
セルト姫はもう一度アクシャム姫の顔を覗きこむ。
食中毒にしてはおかしい。真っ青な顔が変色して黒味がかっていた。
ウーレ姫は自分のしたことに何も言えずにガクガクと震えていた。
しばらくの沈黙があった――。
その沈黙を破ったのバビロニアの王女であった。
「もういやーっ! 誰よ! 誰がやったのよっ! 誰かがシチューの中に
毒を入れたのよ! そして自分一人だけ生き残ろうとしたのよー!」
イシン=サウラ王女が髪を振り乱し、ヒステリックに言い出した。
「イシン=サウラ王女。落ちついて! これは何かの間違いよ」
冷静にセルト姫はバビロニアの王女を落ちつかせようとする。
「どんな間違いだっていうのよ! もう嫌よ! このままじゃ殺されるわ! そんなのいや!」
イシン=サウラ王女は見張り用のマシンガンをとり、セルト姫たちに向けた。
「王女! マシンガンを下ろしなさい! 落ちつきなさい!」
セルト姫は激しい命令口調で言った。
「王族であるこの私に命令するなど以ての外! シチューに毒を入れたのは誰?
料理したのはサバーハ姫よね」
王女はサバーハ姫にマシンガンを向ける。
「ち、違うわ。私入れてなんかない!」
サバーハ姫は泣きながら否定する。
「じゃああんた?」
次はセルト姫に銃口を向ける。
「セルト姫じゃないわ! シチューにさえ近づいていないもの! 人に疑いを
かけるイシン=サウラ王女こそ怪しいんじゃない!」
サバーハ姫はナキアの姪にむかって言った。
「やめなさい! サバーハ姫!」
セルト姫がサバーハ姫の口を遮断する。
「何ですって……。私が他国の王女だからって疑いをかけているのね……。
たしかに私はバビロニアの王女よっ! ヒッタイトの敵国のねっ!」
――ダダダダダダダダダ!
感情のエネルギーが一気に沸点に達したイシン=サウラ王女は、マシンガンを
セルト姫やサバーハ姫にむけてやみくもに撃った。
「きゃああああああ」
悲鳴が合唱をした。
セルト姫とサバーハ姫はマシンガンで撃たれその場に倒れる。
だが、まだ息はあった。
「や、やめなさい! 落ちついて」
セルト姫は打たれた腹を抑えながらなんとか立ちあがった。そして腰にさしてある銃を
抜き、イシン=サウラ王女に銃口を向けた。
これ以上マシンガンを発砲させないためにバビロニアの王女に銃を向けたのだ。
「私に銃を向けたわねー!」
マシンガンと銃声が2重奏を奏でた。
イシン=サウラ王女の向けた弾はすべてセルト姫に当たった。
セルト姫は銃を持ったままバタンと倒れ、それから二度と立ちあがることはなかった。
しかしセルト姫の撃った弾も2発ほど王女にあたった。腹と腕である。
激痛が走ったがバビロニアの由緒ある王女はなんとか動けた。
「よくも……よくも伝統あるバビロニアの王女であるワタクシを撃ったわね……!」
イシン=サウラ王女は激痛を抑えながらなんとか立ちあがる。
この騒動の火付け役であるウーレ姫はテーブルの下でブルブルと震えていた。
運良く王女のマシンガンには当たらず、真っ青な顔でずっと見ていたのだった。
イシン=サウラ王女はウーレ姫に気づき近づいた。
「まさか、あんたじゃないよね。あんたみたいな気の小さくて目立たない女、
毒を盛るなんてできるわけないわよね」
ウーレ姫は恐怖に声もでなかった。ガクガクと震えているだけ。
「何か答えなさいよ!」
黙っているウーレ姫に王女はマシンガンを向ける。
「ひっ!」
――パン!
1発の銃声が響きわたった。
それと同時にイシン=サウラ王女のこめかみに穴が開きバタリと倒れた。
弾が飛んできた方向を見ると、サバーハ姫がセルトの銃を奪い、
王女に向けて一発撃ったのだった。
イシン=サウラ王女が倒れたのを確認すると、そのままサバーハ姫は
銃と一緒に床に倒れた。
イシン=サウラ王女は死んでいた。
ウーレ姫は腰を抜かしながらテーブルの下から這い出た。
サバーハ姫もセルト姫も息をしていなかった。
――私が、私が原因でこんなことに……。私が殺したんだ!
ウーレ姫はおいしそうなシチューの香りと生臭い血の匂いの混じる部屋から飛び出した。
「どうした! おい、どうしたんだ!」
カイルは争う声とマシンガンの音を聞きベッドから起きあがった。
セルト姫が部屋から出て行ってしばらくたつと、ガッシャンと食器の
割れた音がした。
(ドジな姫が食器を落としたな)
そう簡単に思っていると、何やら争っている声が聞こえた。
――おかしい。どうも叫びあっているようだ。「何かあったのか? セルト姫!」と
鍵のかかったドアに向かって言ったが何の返事もない。
次の瞬間、ダダダダダダダと銃声が聞こえた。
マシンガンの奴が奇襲してきたのか? それともパニックが起こったのか?
カイルは何度もドアを叩いて叫んだ。だが、かんぬきは頑丈にかかっており、
怪我をした肩ではびくともしない。カイルは仕方なく古くなっているパイプベッドの
パイプを引き抜いた。なんとかパイプは抜けた。それでガンガンとドアを壊し
なんとか外に出た。
「一体何があったんだ! セルト姫!」
キッチンからウーレ姫が真っ青な顔で出てきた。
「ひ!」
そう短く叫ぶとウーレ姫は逃げてしまった。
「ウーレ姫、何があった!」
カイルは叫んだが、ウーレ姫は転びながら逃げてゆく。
次にカイルの見たものは、身分の高き姫達の血だらけになって倒れている場面だった。
「ど、どうしたというのだ……」
セルト姫は胸に何発も銃弾を受けていた。サバーハ姫は拳銃を握ったまま死んでいる。
イシン=サウラ王女もテーブルの下にうつむけになって倒れていた。手にはマシンガンを
持って。アクシャム姫には外傷がなかった。しかし顔色はドス黒く変色しており
白目を剥き出しにしている。尋常な死に方ではないことはわかった。
「何が……、何があったんだ」
カイルはその場で立ちくらみがした。
――私が殺した。私がシチューに毒を混ぜたから。
カイル陛下が起きあがってしまった。きっと私を殺しにくる。きっと殺される。
どうしようどうしよう。
ウーレ姫は混乱していた。自分を仲間に加えてくれた3人の姫達を結果的には
殺してしまったことになるのだ。それにカイルに対する恐怖感も消えていない。
ウーレ姫は恐怖と動揺のあまり足腰がたたず、外に出るまでに何度も転んだ。
外に出たところでカイルの声がした。何があったか事情を聞くために追いかけてきたのだ。
「ウーレ姫、何があった? 教えてくれ」
「いや、怖い……。こないでー!」
ウーレ姫は灯台を上って行った。ゾラが殺された場面がまた頭に甦った。
――自分もあんなふうに殺されるかもしれない。嫌だ! そんなの嫌だ!
らせん状になっている階段をウーレ姫は必死にかけあがった。
カイルもそれを追いかける。
「待つんだウーレ姫。私は何もしない。事情を聞かせてくれ!」
灯台のてっぺんまできた。もう逃げ道はない。ウーレ姫は思った。
「ウーレ姫……」
カイルが近づいてくる。ウーレ姫はブルブル震えながら灯台の手すりにしがみついていた。
「い、いや……」
次の瞬間――、ウーレ姫は手すりに上り、下まで15メートルはあると思われる灯台の頂上から
飛び降りようとした。下はゴツゴツとした岩がある海。
こんなところに落っこちては助かるわけがない。
「ウーレ姫!」
カイルは落ちてゆくウーレ姫を追いかける。なんとか左手でウーレ姫の右手を
つかんだ。
腕一本でカイルとウーレ姫は繋がっていた。
「ど、どうして助けるの……」
苦しそうな顔のカイルに話しかける。
「そんなことよりじっとしていろよ。今、引き上げるからな」
ウーレ姫はこのときようやくわかった。ゾラのことは事故だったのだ。
カイルは自分を殺そうなどと思っていない。よく考えれば、銃も何も
持っていなかったではないか! やっとわかったのだ。
カイルの左肩には血が滲み出ていた。傷口がまた開いたのだろうか?
「いいの。手を放して……。私、陛下を殺そうとしたのよ。ゾラが
死ぬところを見ていて……。それで怖くなって……。陛下に持っていく
シチューに毒を混ぜたの。そうしたらそれをアクシャム姫が……」
ウーレ姫は泣きながらカイルに言った。
――そうだったのか。それで姫君達の間で混乱が起き銃撃戦となったんだな。
「そんなことはもういい、とにかくじっとしてろ」
カイルは全体力を左手に集中させてウーレ姫をひきあげようとする。
「もういいの。私――みんなのこと好きだって忘れてた。由緒ある皇族の姫だったのに
人を殺してしまったのよ……」
そう言うと、ウーレ姫はカイルが支えている左手を右手で外そうとした。
「おい、何をやっているんだ。やめろ!」
「みんな、ごめんね――」
カイルの手はウーレ姫の手から外れた。
数秒後、海岸の岩に叩きつけられ、血だらけになったウーレ姫の
姿が目に入った。
ウーレ姫の死体を見てしばらく身動きがとれなかった。
そして頭には先ほど聞いたばかりの台詞がリフレインしていた。
『この意味……、わかります? 私がどうして無理にでも陛下を助けたのかわかります?』
セルト姫の悲痛な表情と共に甦った。
カイルは灯台に手すりに手をおいたまま震えていた。
「わかるものか……、そんな意味。わかる……もの……か!」
カイルは荒く波立つ海に向かって泣きながら叫んだ。
【残り7人】
18
「こんにちはー。お昼の放送です。皆さんと言ってもだいぶ少なくなちゃったけど
元気でやっているかな? まずは新しく亡くなった人です。男子はいませーん。
女子は多いなぁ。女子1番アクシャム姫、4番イシン=サウラ王女、6番ウーレ姫、
8番サバーハ姫、10番セルト姫。残りあと7人。いよいよクライマックすですね。
がんばりましょう。次に禁止エリアです。2時からA-6、D-1、4時からC-2、F-3
以上です」
カイルは灯台を去った。銃撃戦のあった場所に長くいると危険だ。
やる気になっている黒太子が騒動をききつけてやってくるかもしれない。
イシン=サウラ王女のマシンガンやセルト姫の銃をリュックに入れて
早々に去った。姫君達の武器を持って去るのは後ろめたかったが、
そのまま置いておいては、後から現場にきた奴の武器となってしまうかもしれない。
そのためにも武器は持っていくしかなかった。
――ユーリとラムセスの名前はなかった。イルの名前も。
まだ生きているのだ。
カイルはラムセスと待ち合わせの場所である、納豆を食べた小屋へ向かおうとした。
だが、正午の放送で、2時から禁止エリアになってしまう。
ラムセスたちは、納豆を食べた小屋から離れるはずだ。探さなければ……、
ユーリとラムセスを探して合流しなければ……。
カイルは重たいリュックを背負い、傷を負った体でふらふらと、歩き出した。
――とりあえず、待ち合わせの小屋のある禁止エリアA−6の近くまで行こう。
きっとラムセス達はそう遠くには移動していないはずだ。
カイルはユーリの笑顔をもう一度見るため、木の棒を杖にしながら
前へ前へ足を出した。
「カイルが……、カイルがまだ生きている!」
ユーリは口に両手を当てて涙をポロポロ流しながら言った。
定期放送がユーリにとって緊張の放送であった。皇族の姫君達が亡くなったのは
ショックだったけど、とにかくカイルはまだ無事でいるのだ。
「そうだな。そう簡単に奴がくたばるわけないさ。それより移動するぞ、ユーリ。
2時からここは禁止エリアだ」
ラムセスはユーリの腕をとり立たせた。
「うん……」
涙の零れ落ちる瞳は再び不安に支配された。
ラムセスとユーリは荷物をまとめて納豆を食べた小屋を出た。
生き残っているのは、カイルの他にイル、黒太子、ギュゼル姫、ウルスラである。
とうとうここまで減ってしまった。ユーリは信じられなかった。
「とりあえず禁止エリアA−6からあまり離れていないところに身を落ち着かせよう。
ムルシリの奴もきっとこっちに向かっているはずだ」
「わかったわ。でも、カイルとの連絡はどうするの?」
「これだよ。バードコールならぬバーラコール。これを一定の間隔で俺が吹く。
このコールにムルシリが気づいて音の方向に向かってくれるのを頼りに
するしかないな。あとは、薔薇たき火でもたいてくれりゃいいんだが、
あいにくお天道様はご機嫌斜めときている。空を見てみろ」
ユーリは空を見た。ラムセスの言うとおり、今にも泣き出しそうな空だった。
「雨ではたき火をたいてもすぐに消えちまうからな。バーラコールしかないな」
ラムセスはユーリの黒い瞳に軽く笑いかける。
「そっか……」
ユーリは祈った。必ずもう一度会えることを。必ず生きて一緒に脱出できることを――。
下手に動けばまた黒太子に出くわすかもしれない。カイルを信じるしかなかった。
誰にも出会わずユーリとラムセスは禁止エリアを出て、A-6の近くの
ログハウスに身を隠した。ログハウスは駐車場とつながっており、何台かの車が止っていた。
落ちついてからラムセスはバーラコールを吹いた。カイルに居場所を知らせるためである。
『ピィーーーーーーーーー、バラバラバラ』
鳥の鳴き声の最後にバラバラと小さな鳴き声が入る。これがラムセスのバーラコールだ。
バラバラという鳴き声は気をつけて聞かないと「バラ」とはわからない。
2時が過ぎ、A-6は禁止エリアとなった。
――カイルは禁止エリアにひっかかってないだろうか? 怪我はどうだろうか?
きちんと食事はしているのだろうか? 睡眠は……?
心配で心配でどうにもならなかった。
「ユーリ、昨日から全然眠っていないだろう。少し休めよ。
俺が見張っていてやるからさ」
「大丈夫よ。それよりラムセス。もう一度バーラコール吹いて。カイルが
近くまで来ているかもしれない!」
ユーリの瞳が懇願していた。
「わかったよ」
ラムセスは再びバーラコールを吹いた。たまには薔薇も役にたつというものだ。
ユーリはそわそわしていた。
カイルのことが心配でどうしようもなかったのだ。
イライラが募ったのか? やりきれない気持ちになり突然立ちあがった。
「私、カイルを探してくる。もしかしたら近くまで来ているかもしれない!」
そう言うとドアの外へ飛び出して行った。
「おい、ユーリ、独りになるな! 行くんじゃない!」
ラムセスの止める声はもはやユーリの耳には入っていなかった。
ガサゴソガサゴソ。
ユーリは茂みの中を怪我をした足を引きずりながらやみくもに探した。
誰もいなかった。人影も人の気配もない。
ユーリは雑草が生い茂っている茂みを抜けた。散歩道になっているのだろうか?
草の茂っていない道らしき所にでた。ユーリは側にあった、腰を下ろせそうな
石の上に座った。
「ふぅ」
溜め息をつき、下を向いた。
「ラムセス心配してるだろうなぁ」
ユーリはラムセスが止めるのも聞かず飛び出してきてしまったことを
少し心配した。
そのときである。視線を感じた。それも至近距離で。
急いで顔を上げると、道の向こう側にウルスラがいた。ユーリと対称的な位置に
同じように腰掛けていたのだ。
「ウ、ウルスラ……」
ユーリの背筋に緊張が走った。イルがウルスラには気をつけるようにと言っていた。
ハディを撃ったのもウルスラだと……。本当にそうなのだろか?
ウルスラは何も言わずにじっとユーリを見つめていた。表情をピクリとも
変えない。ウルスラの大きな黒い瞳はまっすぐに、それも強くユーリを見つめていた。
「……ラムセス将軍と一緒に行動しているのね」
ウルスラがやっと口を開いた。
「う……、うん」
ユーリは頷く。
「へぇ〜、カイル陛下と一緒に行動しているのかとばかり思ってたけど
ラムセス将軍と一緒なんだ……」
ウルスラは少し笑いながら言った。
「一緒だったけどはぐれちゃったのよ……」
フフフとウルスラは瞳をふせて笑った。ふせた瞳を再び見開き
ユーリに刺すように言った。
「やっぱりね。二人の王子様に守られて、まるでお姫さまじゃない。
こんな状況でいいご身分ね、ユーリ様」
言い終わると同時にウルスラはユーリに銃口を向けた。
――やっぱり! イルの言ったとおりウルスラは”やる気”になっているのだ!
そう気づいたけど遅かった。ユーリは武器を持たずに飛び出してしまった。
早さで銃に敵うわけないし、対抗するものが何もなかったのだ。
――殺される!
ユーリは黒い瞳を見開いた。
すると、ガサゴソと茂みが鳴った。
四つの黒い瞳は茂みのほうへ同時に向いた。
「ひっ!」
茂みから出てきた人物を見るとウルスラは短い悲鳴を上げて、銃を下げて
逃げて行った。
茂みから出てきた人物はねねであった。このバトルロワイアルの管理者であり
天河パロページの管理者である。
「あー、さすがにここまで書くと疲れるわー。やっぱり長かった
バトルロワイアル……」
ねねは、ボサボサな頭で化粧もまったくしていないすっぴんでパジャマ姿を着て
茂みから出てきたのだ。(注;今の姿)
――これが、パロディをハイスピードで更新するねねなのか!
少コミ発売日にはきちんと続きパロを更新し、2年ちょっとで作品数は280は越えるという……。
膨大なパロディを生産するねねなのだ!
ユーリはねねを見て硬直していた。
ウルスラは逃げたのも無理はなかった。やはりねねはちょっとおかしい。
関わるとネタにされそうで怖い。ユーリも逃げたい衝動に駈られたが、ねねに
殺意はないようだった。
「あらー、ユーリさん。がんばってねー」
そう一言声をかけると、ねねはまた茂みの中に戻って行った。
ガサゴソ。ねねが消えたほうと反対の茂みが動いた。
「ユーリ! 探したぞ!」
今度はラムセスが茂みからでてきた。
「ラムセス……」
「無事で良かった。大丈夫か?」
ラムセスはほっと安堵の表情をした。
「ウルスラに会ったの」
ユーリは静かに言った。
「ウルスラに!?」
ラムセスの安堵の表情は一瞬にして驚きの表情に変わった。
「銃を向けられたわ。でも、そのあとねねが出てきて、ウルスラはねねを見て逃げたの」
「そうか……、気丈なウルスラでもねねは怖いよな。俺も怖い」
ラムセスはウルスラがユーリに何もしなかたことにほっとした。
カイルがいない間にユーリにもしものことがあったら、肋骨を折られるくらいでは
済まないからだ。
「ユーリ、ログハウスに帰るぞ。ムルシリは俺が探す」
ユーリはラムセスに連れられて素直に帰った。