天河版バトルロワイアル
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 カイルはA-6付近まできた。午後2時。ラムセスと落ち合う小屋のあるA-6は
禁止エリアとなった。
 そのかわり、先ほどから一定間隔でラムセスの「バーラコール」が聞こえた。
音をたよりにカイルは歩いていた。しだいに音が近くなる。ラムセスとユーリは近くに
いるはずなのだ。
 カイルはここまで来るのにいろいろな死体を見てきた。仲間の死体である。
 ヒッタイト軍部の3隊長の呼び名をものにしたカッシュ、ルサファ、ミッタンナムワ。
胸や足を銃で撃たれているうえ、爆発に巻きこまれたのであろうか?
彼らの体はすすまみれであった。
 林を進んで行くと、ハディがいた。いたと言っても遺体である。右足からは
多量の血が流れており、胸に穴がいくつもあいていた。見てのとおり体は
メチャクチャだったが、不思議と顔だけは穏やかな顔をしていた。
まるで気持ちよく昼寝でもしているかのようだ。だが、そうではないことは
体の傷を見てわかる。イル=バーニが最期に立ち会ったという。
好きな者の側で死ねたからか? だからこんな穏やかな顔をしているのだろうか……?
 ハディの遺体から少し離れると、目の潰されたホレムヘブの遺体があった。
こちらは見るも無残。ナイフらしき刃物で何箇所も刺されている。
 目を伏せて進んで行くと、小さな小屋があった。誰もいないことを確認して
小屋の中を覗いてみると、そこはトイレだった。ただし普通のトイレではない。
水洗トイレに水が流れているのは当たり前だが、このトイレからは血が流れていた。
カッシュの妹、ハッシュ・ド・ビーフが胸を打たれ、ドス黒い血を流して死んでいた。
 A−6近くまで来たカイルは、立ち止まった。
気分が悪くなってきた。今まで見た遺体に吐き気がしそうだった。
 銃で撃たれた者、爆発にやられた者、ナイフで刺された者。どれも無残だった。
だが、視覚的なものよりも精神的にカイルは辛かった。
 ――みんな狂っている。何故仲間同士で殺し合いをするのだ? どうしてこんな目に
あわなければいけないのだろう? 
 ――何故? 考えても仕方が仕方がないことだが、憤りを感じ、恐怖を感じ、絶望を感じ、
脳細胞にじんましんが発生しているかのような、気持ち悪さに見まわれた。
 我慢しきれなくて、カイルは草むらにしゃがんで吐いた。
 ――気持ち悪い。気持ち悪い。どうしてあんな目に……。あんなふうに
殺されてしまったのだろう? 
 食べていなかったので胃液しが出てこなかった。強酸性の液体がのどを逆流して
ひりひりして熱くなった。はあはあと息も荒い。
「お客さん、二日酔いですか?」
 おちゃらけた声がした。ラムセスの声である。
「まあな」
 カイルはラムセスの蜂蜜色の肌を見て苦しそうにニヤリと笑う。
「よく戻ったな、ムルシリ!」
 ラムセスはカイルの肩を支える。
「ああ、戻ってきた」
 カイルは短く答える。ラムセスは何も言わずに頷く。
「ユーリはどうした?」
「元気さ。それよりおまえさんをすごく心配している」
「そうだろうな……」
 ラムセスはカイルの荷物を持ち、かつ肩を支えて、ユーリの待つログハウスに戻った。


「カイル!」
 ユーリはカイルの姿を見た途端、胸の中に飛び込んで行った。
カイルも惜しみなくユーリを抱きかかえる。カイル、カイルと何度も泣きながら
呪文でも唱えるかのように名前を呼んでいた。ユーリは顔を上げると、唇を
近づけた。そして触れた。
 カイルは先ほど胃液を吐いて、口の中が酸っぱかったためユーリにキスを
するのは控えていたのだ。だが、ユーリから唇を近づけてきた。拒むわけにはいかないであろう。
ユーリに合わせて唇を重ねた。
「あーあ、まったくお前らは人の目をはばからずに……。
ユーリ、キッスの味はひどく酸っぱいレモンの味がしないい?」
 カイルが吐いた事を知っているラムセスは意地悪く言った。
 カイルは今までにあったことを話した。皇族の姫に助けられたこと、
そして姫たちが勘違いから殺し合いをしてしまったこと。
灯台であったできごとをすべて2人に伝えた。
 オッドアイも黒い瞳も静かにカイルの話しを聞いていた。
「とにかくあと俺達を抜いたら4人だ。4人いなくなれば脱出することができる」
 頼りになるエジプト人はオッドアイを光らせる。
「ちょっとまってよラムセス。せめてイルとギュゼル姫だけでも一緒に
脱出することってできないかしら? 一人でも多くの人と助かりたいわ」
「そうだな」
 カイルも自分の側室の意見に賛同する。
「イル=バーニはまあ、信用できるとしてもギュゼル姫とやらはどうかな?
それにこの状況で2人と合流するっていうのは難しいぜ」
 蜂蜜色の顎に手を当てて言う。
「イルはギュゼル姫に会えたのかしら……」
 ユーリが窓の外を見ながら言った。
「会えたとしても、この状況下で果たしてギュゼル姫がイル=バーニを信用するかが
問題だな。案外バーンと……」
「やめてよラムセス!」
 ユーリは薔薇男の冗談に怒る。これ以上、人が殺されるのは耐えられなかったからである。
「悪い。イルとギュゼル姫の心配もいいが、自分たちの心配もしなきゃな。
俺達は黒太子かウルスラか、どちらかとはこれから必ずやりあわなけりゃいけないぜ!」
 ラムセスの言葉に背筋がピンと伸びた皇帝陛下夫妻であった。

 

20
 夕方6時と深夜12時の定期放送では新しく死んだ人はいなかった。禁止エリアだけが
音の悪いスピーカーから伝えられ、島は残り7人の世界となった。
 日が陰った頃から雨が降り続いていた。雨足は結構強い。
地面を叩きつけるような雨とまではいかないが、しとしとと今まで死んだ者を
悔やむようにずっと雨が降り続いていた。
 ギュゼル姫は林の茂みの中に身を隠していた。天高く伸びる木々のおかげで
直接に雨に濡れることはなかったが、木の葉の雫が美しい姫の肩を、顔を、髪を
濡らしていた。
 ギュゼル姫は疲労と緊張の頂点にいた。いつ殺されるかわからない恐怖。
そのため、この2日半殆ど睡眠を取っていなかったのだ。今まで誰に助けを求めるでもなく
静かに身を潜めていた。禁止エリアの関係で、何回か移動はした。近くで足音も
聞いたことがあった。その度にギュゼル姫は息を殺し、気配を消し、みつからないように願った。
その結果、宮廷という箱入り皇族の優雅な生活をしてきたの姫が、残り7人という究極な人数まで
生き残ることができたのだ。
 ――疲れた。あと私を含めて7人。どうすればいいのだろう。
時間切れをこのまま待っているだけなのかしら? それとも私は誰かに殺されるのかしら?
 ギュゼル姫の武器は拳銃であった。支給されたリュックの中には拳銃と説明書が
はいっており、出発したときからずっと銃のグリップを握り締めていた。
 怖くて怖くてたまらなかったのだ。説明書をよく読み、いつでも発砲できるように
なっていた。安全装置とやらもあらかじめ外してある。あとはこの引き金を引くだけだ。
 2日半、昼も夜もずっと拳銃を握り締めていたため、ギュゼル姫の右手には
赤くくっきりとグリップのあとがついていた。手に痛みを覚えたが、それでも
銃を離す気持ちにはなれなかったのである。あちこちから聞こえる銃声、爆発音、叫び声。
ギュゼル姫の身辺を恐怖が取り巻いていたのである。
 のどが乾いた。リュックに入っていた飲料水はもう残り少ない。緊張しているため
異常にのどが乾くのだ。降り続いている雨は冷たくギュゼル姫に降りかかったが
恵みの雨でもあった。木の葉からしたたり落ちる雨水をペットボトルに溜めて
少しでも乾きを癒せるからだ。しかし、そんなものは何の安楽にはつながらない。
飲み水があっても生きていなくては、林に降っている雨と同じだ。
土にしみ込まれて木々の栄養分の助けとなるだけなのである。
 ギュゼル姫は気が狂う寸前だった。
 もとは貴族の姫。食べ物の苦労も身の危険も殆ど味わうことなくいままで育ってきた。
空腹感、枯渇巻、恐怖感。どの単語も貴族の姫には関係のない単語だったのだ。
それが一気に襲いかかってきた。気が狂っても当然なのかもしれない。
 ――あと7人。もしかしたら最後の一人になれるかもしれない。
他の6人が私の知らないところで戦いをして、相討ちになれば私は最後の一人になれる……。
 今までになかった微かな希望が沸いてきた。あと6人いなくなれば
生きてこの恐怖から脱出できるのだ。ここにずっと隠れていることができれば……。
 カサカサ。
 10メートルほど離れた茂みで草のすれる音がした。
 ――誰? 誰か来たの?
 ギュゼル姫は拳銃を強く握りなおした。
 ――息をひそめなくっちゃ。じっとして存在を消すのよ。
 ギュゼルは身動きひとつしないで息を殺した。
近くまで誰かがきたのは初めてではなかった。今まではこうやって息をひそめていると
みんな自分には気づかずに遠ざかって行った。だから今回もじっと息を殺した。
まるで空気と一体化でもするように……。
 ――お願い! 早く行って! 早く私から遠ざかって!
 人が近くにいるのは間違いなかった。猫や犬ではない。人間の気配がした。
 カサカサ。また音がした。少しギュゼル姫の方に近づいたようだ。
 ――どうして行ってくれないの? 早くどこかにいってよ! お願い!
 強く拳銃を握り締めた手は細かく震えていた。
「ギュゼル姫?」
 聞き覚えのある声がした。、姫を探しているイル=バーニの声であった。
 ――どうして? どうして私だってわかるの? どうしてどこかに行ってくれないの?
 怖い! 怖い! 殺される!
 姫の震えは大きくなった。最初は拳銃を握っていた手だけが震えていたのだが、
その震えが全身に伝わってきた。
「ギュゼル姫、そこにおられるのはギュゼル姫ですか?」
 イルの声が大きくなった。
 ――どうしよう。どうしよう。男の方に、宮廷育ちの私が敵うわけがない。
あともう少しなのに。もしかしたら生き残れるかもしれないのに!
死にたくない! 絶対に死にたくない! 死ぬのはいや!
 ギュゼル姫は震えている右手に強く力を入れた。
 ――あと6人。あと6人いなくなれば私は生き残ることができる。
 一睡もしていないクマのできた目が少し鋭くなった。
「やはりギュゼル姫でしょう。お探ししておりました!」
 イルが姫の方向に向かって走り寄ったのである。
「いやあああああ! 来ないでー!」
 パンパンパン。
 3発銃声が響きわたった。
「うっ」
 短い唸り声と共にドスンという鈍い音がした。イルが雨に濡れた土の上に倒れた音である。
 はあはあはあとギュゼル姫の息は荒かった。手の震えが止らなかった。
 姫の撃った弾はみごとイルの胸に食い込んだ。
「ギュゼル姫……」
 名前を呼ばれて姫ははっと我に返った。
 ――私は……私は人を撃ってしまった。この手で……。
 銃を持つ手は先程よりもっと震えが強くなっていた。
「ギュゼル姫、お……お逃げなさい。銃声を聞きつけて誰か来るかもしれない……」
 胸に穴の開いたイルは途切れ途切れに話す。
「イル=バーニさま!」
 ギュゼル姫はやっと自分のしたことがわかった。手にしていた銃を放り出して
イルに近づく。
「姫……、じ、実はわたくし、姫のことを……お慕いしておりま……した」
 ――えっ? イル=バーニさま。どういうこと?
 ギュゼル姫は心のなかで呟いた。
「ギュゼル姫に…気持ちを伝えたくて……、今まで…お探ししていたの…です…」
 イルは苦しい呼吸の間に言葉を挟む。
 ギュゼル姫は呆然とする。
 ――この状況で一体何なの? どういうことなの? お慕いって……。
「う、うそ……」
 ギュゼル姫の顔は真っ青になった。
「私は…気持ちが姫に伝えられれば……、充分です……。早く…はや…く、
お逃げ……くだ…さい…。危ない」
 イルは苦しそうな顔で言う。
 ――そんな……、そんなことって、イル=バーニ様が私を?
「どうしましょう。どうしましょう。わたくし……。何と言うことを!」
 ギュゼル姫はイルの手をしっかりと握った。よく考えればイルの声に殺意はなかった。
ただ名前を呼ばれただけだったのだ。銃で撃つ寸前にも「お探ししておりました」
という言葉を耳にしたではないか! 何ということをしてしまったのだろう?
 ギュゼル姫は自分を責めた。このバトル中で、危険を犯してまで自分を探してくれたのである。
イルの心は本物だと信じてよいであろう。
「ギュゼル姫……、カイル陛下たちと合流ください……。助かる…こと…ができます…」
 イルはポケットのなかからラムセスに渡された薔薇のお香を渡した。
「これで……たき火を…。バーラコールの方へ……」
 イルは言葉と一緒に息も失った。
「イル=バーニさま!」
 ギュゼル姫の瞳にはやまない雨のように涙が流れつづけていた。
「わたくしどうすれば……、どうすればいいの!」
 ギュゼル姫は泣きながら自問した。
 次の瞬間、その自問に答えが返って来た。
「死ねばいいのよ!」
 ――えっ?
 ぱん、ぱんと乾いた音が2発した。
 ギュゼル姫の額とこめかみには穴が開き、同時に血が吹き出していた。
目を見開いたギュゼル姫はそのままイルに重なるようにして倒れた。
倒れたギュゼル姫に、美しい黒髪を濡らしたウルスラが近づいた。
「ギュゼル姫さま。あなたも鈍いのね。こんなにイル=バーニさまは
あなたのこと想って下さっていたのに……。殺してしまうなんて」
 ウルスラは銃を片手に嬉しそうに笑っていた。
「イル=バーニさま、大好きな姫と一緒に死ねて本望でしょ」
 ウルスラはもっと嬉しそうに笑う。
「たき火……、のろしって言っていたのかしら。それとなんとかコール?」
 イルの最後の言葉をウルスラは復唱した。
 そんなことはどうでもいい。ウルスラはイルの持っている探知機と
ギュゼル姫の拳銃に手を伸ばした。
 ――はらららららら。
 ウルスラの耳には何度も聞いているタイプライターみたいな音、機械音が
響いた。同時に無数の衝撃が胸に走った。
 ――うそ! ここまで来て……。
 ウルスラは後ろを振り返った。油断した。ギュゼル姫とイル=バーニが
死んだことに気を取られて、背後に気づかなかったのだ。
 黒太子がウルスラにマシンガンの銃口をむけていたのだ。
 苦しかった。熱かった。痛かった。
 だけどこんなところでは死ねない。まだ私は幸せになっていない。
苦労した分だけ幸せになっていないもの。
 ――ここじゃ死ねないの!
 ウルスラは体制を立て直し、銃を構えて黒太子に発砲した。
 パンパンパンパンパン。
 5発の銃声が響き、黒太子の胸に3発敵中した。
 ――やった!
 そうウルスラは思った。黒太子も胸を抑えている。
 だが次の瞬間、黒太子は顔を上げウルスラを見てニヤリと笑った。
上着を上げた、防弾チョッキを着ていたのだ。
「そんな……」
 ウルスラは絶望した。銃の弾もリュックにあるものをつめかえなければない。
そんな暇は今はないのだ。ウルスラは腰にさしてあるカマを引き抜き、
最後の力を総動員して黒太子に向かって行った。
「うわああああ」
 女ながらに凄まじい叫び声を上げた。
 黒太子は再びぱらららららとウルスラに向けてマシンガンを撃つ。
 胸に、肩に、足に、頭に鉛の玉が食い込んだ。
 ウルスラはカマを挙げたまま硬直する。――次の瞬間バタリと倒れた。
意識のない人形のようにウルスラの美しい体が地面に横たわった。
 
『私、これから幸せにならなきゃいけないのに――』

 ウルスラに残った最期の意識だった。
もう暗闇に閉ざされて二度と光りを見ることはできない。
 黒太子は何も言わずにウルスラの銃とリュック、それにイルやギュゼル姫の
持ち物をその場から全部持ち去った。
 闇が支配していた空はしだいに明るみ、星の光りが弱くなりつつあった。

【残り4人】


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