14
カイル、ユーリ、ラムセスの3者は禁止エリアを抜け、島の中に一件だけ存在する
診療所に身を隠した。建物に潜んでいるというのは狙われやすい。
だが、3人の身を隠すには木陰や草むらでは無理である。中に人がいないことを
十分確認してから診療所の中に入った。
誰がいつ襲ってくるかわからない。すぐに逃げ出せるように荷物はまとめて、
銃を肌身離さず持っていた。
「ユーリ、足の具合は大丈夫か?」
ラムセスの左右色の違う瞳は心配の視線を送った。
「うん、大丈夫。それよりまた人が殺されてそっちのほうがつらいよ……」
ユーリは体育座りをしてうずくまる。涙が出てきそうになったのを
下を向いて隠した。うつむいているユーリの頭をかるくカイルが触れる。
「カッシュ……。どうしているだろう? ショックだろうな……」
弟妹を3人も失ったカッシュ。お昼の放送でカッシュ自身の名前は呼ばれていない。
まだ生きているはずだ。12時以降、命を落としていなければの話だが……。
先ほどもそんな遠くない所で銃声が3発ほど聞こえた。あの銃声でまた命を
落とした人がいるのだろうか? 考えたくなかった。
3人は何も言うことができず、しばらくの間沈黙を守っていた。
「おい、ムルシリ。銃を持て」
沈黙を破ったのはラムセス。声のトーンを低くして2人に言う。
「誰かきたのか?」
「今、外の茂みに人影が見えた。誰かいる」
空気が一瞬にして凍りつくかのようであった。カイルとラムセスは銃を構え、
ユーリは荷物に手をかける。
――ガサ、ガサゴソ。
茂みが動いた。ラムセスの言うとおり何かいるようだ。野良猫や野良犬で
あることを期待したかったが、人間のようだった。
「誰だ? マシンガンの奴か?」
カイルの背筋に緊張が走る。
そうっと。茂みの影から顔が出た。
――イル=バーニであった。
カイルとユーリの心は瞬時に落ち着く。
「イル=バーニだ! こっちへ呼ぼう!」
カイルが顔をほころばせ立ちあがった。
「ちょっと待て!」
ラムセスの待ったがかかる。
「もしかしたらイル=バーニもやる気になっているかもしれない。むやみに近づくのは
危険だ!」
ラムセスはオッドアイを光らせてカイルをとめた。
「何言っているんだよ、イルは私の乳兄弟だぞ。イルが私達を殺すわけがない!」
カイルは反論する。ユーリも頷いていた。
「落ちつけよ。ここじゃ時と場合と状況が違うぜ。ああいう、鉄仮面みたいな表情を
したやつが一番危ないんだよっ!」
「そんなことはない。イルなら大丈夫だ。協力してくれるよ。もしイルが裏切るような
ことがあったら、ユーリをお前にやろう。それぐらい賭けてもいい!」
そう言うとユーリをラムセスの前にさし出した。ユーリを賭けてもいいくらい
カイルには自身があったのだ。
「ちょ、ちょっとカイル! やめてよ。何で私がラムセスのものになんか
ならなきゃいけないのよっ!」
ユーリが怒った。当然である。
「なんだ? ユーリ。イルが信用できないのか?」
そうたずねられると何も言えない。確かにイルのことは信用しているけど
もしも――という場合もある。まあ、もしもの場合は3角関係のいざこざ
なんてしている場合じゃないけど……。
「イル=バーニ!」
カイルは診療所から顔を出し、ラムセスの返事も聞かずにイルに向かって叫んだ。
「陛下! ご無事でしたか。何よりです。ユーリさまもご一緒ですか?」
「ああ、お前も無事でよかったよ。一人か?」
「はい、そうです。陛下はユーリ様と一緒ですか?」
「ああ、そうだ」
「もう一人……、ご一緒に行動していますか?」
イルは恐る恐る聞いた。ユーリが一緒に行動しているのはわかるが、
あともう一人は検討がつかなかったからだ。3姉妹やキックリはもう
死んでしまっているし、3隊長は自分と一緒にいたからだ。
ヒッタイト側近で残っている人物はユーリのほかに思い当たらなかったからである。
「ああ、ラムセスと一緒にいる。でもどうして3人でいることが
わかったんだ?」
イルは探知機をカイルに見せる。
「これです。探知機です。首輪に反応して位置が表示されるのです。もっとも、
誰であるかはもちろんのこと、生きているか死んでいるかもわかりませんが……」
イルは3隊長と一緒に行動していることを言った。コンピューターウイルスを
使って逃げる計画があるということも。そしてハディの死に立ち会ったことも
悲しげに告げた。
「ハ……ハディが……」
ユーリのショックはひどいものだった。
やさしいハディ。面倒見のよいハディ。何でも頼れるお姉さん的存在のハディ。
ハディの心を表しているかのようなストレートの髪が羨ましくって……。
自分のようなくせっ毛ではない、まっすぐなハディの髪が好きだった。
爽やかな笑顔は人を落ちつかせる魅力を持っていた。そのハディが……。
――信じられなかった。
「ハディは誰にやられたんだ?」
カイルが静かに言った。
「ウルスラと言っていました。ウルスラはやる気になっている。気をつけろと」
「ウルスラが……」
ユーリのショックは倍増。
「あの美人の女官か? こえーな女ってのは……」
ラムセスがぶっきらぼうに言う。
「それよりもイル、一人で探知機持ってなにやっていたんだ? うろうろしていたら
危ないだろう?」
カイルが心配そうに質問した。
「私には探さなければいけない人がいるんです。その方を探しています」
イルはカイルの心配をよそにしれっと答える。
「探すって……、こんな状況で人探しだなんて自殺行為だろう。何やっているんだ!」
カイル心配と怒りの混ざる声で言う。、ユーリもラムセスも不思議そうにイルのことを見つめる。
「私は必ずその方にお会いしなければならないのです。そうでないと気が
収まりません。どうか放っておいてください」
もとから真剣な仮面をかぶっているが、それに輪をかけて目が真剣であった。
「イル=バーニ。お前は知力の点では誰にも引けをとらない。それは認めよう。
だが武力面ではユーリにだって敵わないだろう。この状態で一人で行動するなんて危なすぎる。
それも人探しだなんてやめるんだ!」
「いいえ、これだけは陛下の命令といえど譲れません。私はその方を探しにゆきます」
イルは絶対に譲らなかった。
「イル=バーニ、私達脱出できるかもしれないのよ。一緒に脱出しましょうよ。
ラムセスが方法を知っているのよ」
ユーリはラムセスの方をチラリと見て言う。ラムセスは少し目の色を変える。
「ありがとうございます。ユーリ様。しかし私にも脱出の策はあります。
成功するかどうかわかりませんが、その策で3隊長達と脱出を試みようと思っています。
陛下達は陛下達でお逃げください。それに、ラムセス将軍の脱出方法はきっと
多人数では不可能なものでしょう。だから私達のことは気になさらずにお逃げください」
イルはニッコリ笑う。その笑顔がなんとも痛ましく思えるユーリであった。
「イル=バーニ。確かにお前の言うとおりだ。俺の考えている脱出方法はこれ以上人数が
増えるとだめだ。だが、もしもお前の考えている方法で脱出が失敗に終わり、
一人になったときには俺達の仲間に加われ。一緒に脱出への列車に乗ろうぜ!」
ラムセスは力強くイルの肩を叩く。
「わかりました。私がもし一人になったときにはお世話になります」
イルは軽く頭を下げる。ラムセスは口の端にかすかな笑みを浮かべた。
「よし、もし俺達と合流する気になったら、たき火を少し離れた二ヶ所に上げろ。
この薔薇のお香を混ぜたたき火をな。二ヶ所に上げるのは敵の目をごまかすためだぞ。
わかっているよな。薔薇たき火の煙を見たら俺がこの『バーラコール』を
15秒間吹く。ピッタリ15秒間だぞ。その音の方向に向かって来い。
俺達と一緒に脱出しよう!」
ラムセスは鳥の鳴き声のするバードコールならぬ、薔薇の模様のついたバーラコールを出した。
バーラコールとは、同じく鳥の鳴き声がするのだが、吹き終わりに「バラバラバラバラ」と
鳥がさえずるバードコールなのだ。
「敵国の将軍なのに親身になって頂いてありがとうございます。
とにかく私は探しに行かなければなりません。失礼します」
イルは深くお辞儀をして外に出ようとした。
「イル=バーニ、早く探している人に会えるといいね。でも一体誰を探しているの?」
ユーリは泣きそうな声になっていた。もしかしたら、もう会えないかもしれないからである。
「ギュゼル姫です」
短くイルは答える。
「ギュゼル姫?」
カイルが音程の外れた声を出す。
「はい、では、陛下達もお気をつけて。幸運の女神が輝くことを心より祈っております」
イルの寂しそうな背中が茂みの中に消えて行った。
「ねえ、ギュゼル姫探すって言っていたけど、なんでギュゼル姫なんかに
会わなきゃいけないのかしら?」
ユーリはイルが去った後、不思議を口にした。
「さあ? 父親のアイギル議長に伝言とか……」
カイルが真剣になって考える。
「この状況で姫に伝言頼んでも意味ないんじゃない?」
「あっ! わかったぞ! アイギル議長に自分を次期元老院議長にしてくれるよう
頼みに言ったんじゃ……!」
「だからさ、カイル。この状況で頼みに行ってどうするっていうの?
一人しか生き残れないゲームなんだよ」
2人の会話を聞いているラムセスは呆れて黙っていた。
その後もべちゃくちゃカイルとユーリはたわいもないことを話しつづけていた。
しばらくするとラムセスが二人の仲を邪魔するように口を挟んだ。
「おい……、今度こそヤバイかもな。銃を持って荷物をまとめろ」
ラムセスは静かに指図する。カイルとユーリは背筋に氷を落とされたときの
ようにシャンと背筋が伸びた。
「だ、誰か着たのか?」
「ああ、男だな。銃……いや、マシンガンを持っている」
「マシンガン!」
カッシュの弟、サッシュやダッシュを殺したのはマシンガンの奴である。
いとも簡単に殺したのだ。マシンガンの奴は”やる気”になっていると思って
間違いないであろう。
「ムルシリ、お前は自動拳銃を持て。俺は単発の拳銃を持つ。ユーリも
1丁銃を持っておいたほうがいいな」
ラムセスは武器を渡した。ユーリは持ちなれない銃を手にしたあと
不安そうに聞く。
「外にいるのって誰なの? わかる?」
最後まで言い終わらないうちに――ぱらららららららと
機械音がした。それと同時に窓ガラスが割れる!
「きゃあああああ!」
飛び散る窓ガラスに驚きユーリは悲鳴を上げる。
「ユーリ、叫んでいる暇があったら逃げるんだ! 影に隠れるんだ!」
足のすくんでいるユーリをカイルは引っ張り、部屋にあった本棚の影に
隠れた。
マシンガンの持ち主は黒太子であった。元ミタンニ帝国皇太子の。
長い黒髪をゆらゆらと揺らしながら、カイル達のいる診療所に入ってきた。
いつもの黒太子ではなかた。目には殺意が炎を上げており、
口元はかすかに笑っていた。顔にある傷がより一層、不気味さを増強し、
誰がどうみても”やる気”になっている。そう思って間違いない。
「く、黒太子が私達を殺そうとしている……」
ユーリは悲しそうに呟いた。
「ユーリ、泣き言言っている場合じゃないぜ! とにかく生きて奴から
逃げなきゃな! 感傷に浸るのはそれからだ!」
ラムセスが言うや否や、黒太子はまた攻撃してきた。
ぱらららららという音と共にあらゆるものが破壊されてゆく。
カイルやラムセスも負けずと攻撃する。殺し合いなどしたくはないが、
今の黒太子に講和だの話し合いだのそんな単語は通用しないであろう。
カイルはラムセスに渡された自動拳銃で、ラムセスはパンパンと
狙いを定めて銃で打ち合う。
しばらく銃声が診療所内に轟いた。
「おい! ムルシリ! 打ち合いだけしていてもキリがない!
二手に別れよう。お前はユーリを連れて逃げろ。俺が黒太子を引きつけておく」
「わかった!」
「落ち合うのは朝飯食ったあの小屋だ! 薔薇のお香も渡しておく。
方向が分からなくなったら薔薇たき火をたけ! バーラコールで落ち合おう!」
「わかった」
「二手に分かれたら、多分奴は俺を追ってくるはずだ。自動拳銃を持っているお前達のほうは
追いかけないだろう。拳銃1丁の俺のほうを追ってくるはずだ!」
ラムセスの口調はどんどん早くなる。
ぱららららら。
また打ってきた。ラムセスは蜂蜜色の体を翻し弾をよける。
「ムルシリ! ユーリ! 絶対に生き残れよ!」
「お前もな!」
男の友情を交わすと、カイルとユーリ、ラムセスは二つの別の方向に走り出した。
――ぱらららららら。
黒太子はマシンガンをやみくもに撃ちまくる。
すると! ラムセスの思惑とは反対に、黒太子は拳銃1丁のラムセスの後を追わず、
自動拳銃を持っているカイルとユーリを追いかけだしたのだ。
マシンガンは容赦なくカイルとユーリを追いかける。
「ムルシリ! ユーリ!」
ラムセスは足を止め叫んだ。
「ユーリ! お前はやはりラムセスと逃げろ! 私一人で黒太子の相手をする。
ラムセス! 頼んだぞ!」
カイルはそう言うと、まだ走り去っていないラムセスへ向かってユーリを
突き飛ばした。突き飛ばされたユーリをラムセスはすぐに抱え、弾に当たらないように
影に隠れた。
「カイルーっ!」
ユーリの悲痛な叫びと、黒太子のマシンガンの音を背中に、
カイルは逃げて行った。
黒太子はカイルの後を追い容赦なくマシンガンを撃ちつづける。
カイルも自動拳銃で撃ち返そうとしたが、黒太子の持つマシンガンのほうが
遥かにスピードも威力も強く、なかなか撃ち返すことができない。
姿が隠せるようにカイルは林の中へ入った。木立ちが邪魔して
カイルに当たる確立は減った。だが、木の根が足元をとりまくように
蛇行しており、気をつけなければ転んでしまいそうだった。
とにかくカイルは林の中を走り抜けた。
――今は逃げる。逃げるしかない。ユーリとラムセスはちゃんと逃げ延びた
だろうか? 銃声を聞きつけてまた誰かやってくるようなことはないだろうか?
そう考えながら走っていると、ぱららららららの音と共に
左の脇腹が熱くなった。――撃たれたか? それともかすっただけだろうか?
傷口を見ている余裕はなかった。ここで止まったら、体中にボコボコと
穴が開くハメになってしまう。とにかく逃げなければ!
黒太子に追われ、弾に当たらないように林の中を蛇行して走っている間、
同じような痛みが左肩にも走った。左肩や脇腹から出血しているのがわかった。
いいかげん黒太子はあきらめないのか? と思いつつも逃げつづけた。
また、ぱらららららららという音がして、今度は右の上腕ニ頭筋に
激痛が走った。
――弾が貫通した。腕を見なくともすぐにわかった。
あまりの熱さと痛みに持っていた自動拳銃を落とす。
カイルの息は、はあはあと荒くなっていた。
――このままでは完全に黒太子に殺される。まだユーリを正妃として
我が后に迎えていないのに!(H12年2月22日本誌現在)子供も作っていないのに!
これではヒッタイト帝国は滅びてしまう!
ヒッタイト皇帝は、妖しげな笑みを浮かべて忍び寄る黒太子の黒い瞳を見つめた。
同じ黒い瞳でもユーリとはまったく違う色のようであった。ユーリの瞳が
黒曜石だったら、黒太子の瞳はブラックホール。殺意が無限大にブラックホールの
中に吸い込まれ、黒太子のすべてを支配しているかのようであった。
前方を見ると、林が途切れていた。その先からは波の音が聞こえる。
――海だ、海がある。カイルは少しあとずさりすると、林の下は崖になっていることが
わかった。
カイルは意を決した。
――もう、この崖を飛び降りるしか助かる道はない!
カイルは体に傷を負いながらも、波の音に向かって走り、高さ十五メートルは
あると思われる崖を飛び降りた。
15
女子12番ナディアと女子13番ネフェルティティはスタートからずっと一緒に
行動していた。男子13番ティトがスタート前に殺されてしまったこともあり、
2人は続けて本部のある建物を出て行っただ。(1ページ目の名簿参照)
ナディアは黒太子の后、ネフェルティティは黒太子の姉ということもあり、
「黒太子つながり」で共に行動をしていたのだ。
両者とも黒太子にホの字のであるからさぞ仲が悪かろう……、と思いきや
二人は結構仲良くやっていた。今は寵などを競っている場合ではない。
生き延びることが大事だと思ったのであろう。それに2人とも皇族のお姫様育ち。
一人では何もできなかったのである。
スタートから先ほどのお昼の放送まで、2人は誰にも出くわさなかった。
アレキサンドラの死んだ場所の集落のうちの一つに隠れてじっとしていたのだ。
もちろん、何度も銃声を聞いたし、サッシュやダッシュがマシンガンで撃たれたのも
見た。定期放送でも順調に人数が減っていっている。隠れているこの場所が
誰にも見つからず3日目を向かえることができたら、ナディアはネフェルティティを
ネフェルティティはナディアを殺して、唯一の優勝者となろうとお互いの腹の中で
企んでいたのは両者同じであった。
「のう、ナディア。先ほども激しい銃声がしたのう。また誰か死んだののう?」
ネフェルティティの聞いた銃声とは、黒太子とカイル達が戦っていたものである。
「本当にお義姉さま。恐ろしいですわ」
ナディアが震えて言う。
「お義姉さまなどと呼ぶ出ない! 私はまだお前をマッティの后と決めたわけではない!」
わがままな小姑を持つナディアも大変である。
「それより、黒太子さまはどうしているかしら? お昼の放送ではまだ名前を
呼ばれたなかったし、まだ生きていらっしゃるのよね」
ナディアは怒るネフェルティティに対して冷静を装う。いつものことだからだ。
「うむ。我が弟は根は優しいからな。血の黒太子と言われていた時代とは違って
今は銃を持って人を殺すなんてとてもできないであろう」
ネフェルティティは目を伏せ寂しそうに言う。
「そうですわね。どうか太子さまがご無事でありますように……」
ナディアは窓の外に向かって祈りを捧げる。
――血の黒太子再来。二人は黒太子がマシンガンを持って乱殺しているなんて
思ってもいなかった。
「ところでお義姉さま。武器のことなんですけれど、お義姉さまのリュックに
入っていた『必勝』のハチマキはどうでもいいとして、私のリュックに入っていた
この物体はどうやって使えばよいのでしょう」
ナディアはリュックからアルマジロのようなものを出した。
手榴弾である。古代人であり、かつ軍人でもない2人の姫達には
支給された武器をどうやって使ったらよいか、またどんな威力があるのか
まったくわからなかったのである。
「説明書はついておらんかったのか?」
「はい……、ついていましたが分けの分からない文字ですので……」
ナディアの見せた説明書は日本語で書いてあった。
「なんじゃこの文字は! ヒエログリフでも楔形文字でもないな。宇宙語か?」
教養の高い皇族でもさすがに日本語はわからなかったようである。
ナディアはジロジロと手榴弾を見つめる。
「うーん、どうやって使うのかしら……」
「ほれ、私にかしてみなさい」
ネフェルティティは手榴弾を取り上げる。
「おっ、ここに引き抜くためのピンがついておるぞ。これを引き抜けば
よいのではないか?」
何も知らない分からないネフェルティティは、爆発させるためのピンに手をかけた。
「そうですわね! さすがですわ。お義姉さま!」
ナディアも使い方が分かり顔がほころんだ。
「では、抜くぞ」
ピン。ネフェルティティはすっとアルマジロのような手榴弾からピンを抜いた。
――ちゅっどーん!
手榴弾はネフェルティティの手のひらで爆発。
3日間たって首輪が爆発する前に、支給された手榴弾によって塵となって
消えてしまったネフェルティティとナディア。黒太子が人を殺すわけないと
信じたまま死んだことは、この場合幸運とも言えるかもしれなかった。
【残り15人】
16
「夕方の6時でーす。よい子の皆さんはお家にかえりましょう。と言いたいところですが、
このゲームではみんなよい子じゃなくてもいいでーす。最後の一人に
なるまでがんばって戦いましょう。それではお昼から死んだ人いきまーす。
男子は一人だけ。14番ホレムヘブ。女子は12番ナディア、13番ネフェルティティ、
15番ハディです。次に禁止エリアいきまーす。8時からC−4、10時からD−1、F−6
以上です。あと残り15人、あと一日半。みんなーがんばるのよー」
ねねの定期放送が終わった。
「まだイル=バーニさまはご無事のようだね」
ミッタンが胸をなでおろす。
脱出のためのボートを作る様にと言われた3隊長達。イルの設計のとおり、
ほぼボートはできあがった。あとはイルの帰ってくるのを待つばかりである。
「それよりハディも死んだなんて……。一体誰が……」
カッシュが声を震わせながら言う。まさかウルスラがとどめを
さしたなんて考えてもいないであろう。
「ユーリさまはまだご無事のようだな。カイル陛下と一緒にいるのだろうな……」
ルサファの感はあたっていた。むろんカイルのほかにラムセスも一緒なのだが
そんなことは知る由もない。
イル=バーニの探していた人物のひとり、ハディが死んでいた。果たして
イルは生きているハディに会うことができたのだろうか?
目的は果たせたのだろうか? 3隊長達は一秒でも早くイルに帰ってきてほしかった。
3隊長のいる場所は禁止エリアにもひっかかっていなかったため
移動の必要はなかった。このままイルを待っていればよい。
3人は簡単な夕食を済ませ、静かにイルの帰りを待った。
「遅いね、イル=バーニさま」
ミッタンが静かに言う。確かにもう夜の9時である。電灯のない島内は
真っ暗。天にぼんやりと輝く月明かりだけが暗い島に光りを与えていた。
「もしかしたら、位置がわからなくなっているのかもしれないな。
この暗さだし……」
「とにかく12時の脱出の準備にとりかかろう。準備を万全にしておいて
イル=バーニさまが帰ってきたらすぐに脱出できるようにするんだ」
ルサファが立ちあがり、ウイルスを送るためのパソコンと脱出用のボートと
ボートを海岸まで運ぶトラックの確認をした。トラックはガソリンが充分に
入っているし、きちんと動くことも確認した。本当にあとはイルの
帰りを待つばかりである3隊長だった。
イルは自分が12時までに戻らなかったら3人だけで脱出するようにと言った。
だがそんなことは嫌だ。脱出方法を考えてくれたイルも一緒でなければ!
本当なら今生き残っているカイルやユーリやウルスラやギュゼル姫達と
一緒に逃げたい。しかし、そんなことは到底不可能で、”やる気”に
なっている奴もいるだろう。一人でも多くの人と助かりたい気持ちの
ヒッタイトの有能戦士たちであった。
10時頃、ルサファが窓の外に目を向けた。
「誰か外にいる……」
「え?」
「あっちの茂みの向こうに人影が見えたんだ……」
ルサファが不安のこもった声を発する。
「きっと、イル=バーニさまだよっ! 迎えに行こう!
おーい、イル=バーニさまぁ〜!」
「おい、ミッタンナムワ! 確認してからにしろ!」
ミッタンはカッシュの止める声も聞かず、大きな声で叫びながら手を振り外へ出た。
――ぱららららら
機械音が暗闇に響くと同時に、ミッタンの胸にいくつもの穴があいた。
そのまま一言も発することもなく、ミッタンは心臓の拍動を止めた。
「ミッタンナムワ!」
カッシュとルサファが叫ぶ。
人影はもちろんイル=バーニではなかった。サッシュやダッシュを
ためらいもなく殺したマシンガンの男、黒太子であった。
「く、黒太子!」
ルサファはすぐさま拳銃を手にする。
黒太子に向けてパンパンパンと3発撃った。弓の名手であるルサファの弾丸は
みごと黒太子の胸に命中。
やった! と思いきや黒太子は胸に開いた穴をじっとみつめ、ルサファとカッシュの
方を向いてニヤリと笑う。よく見ると血なんて出ていない。防弾チョッキを
着ていたのだ。
「な、なんで……。確かに弾は当たったのに……」
ルサファが呆然としていると黒太子はマシンガンを手に持ちなおし、
ルサファに向かって向けた。ルサファはマシンガンの銃口が
こちらに向いているのを気づき、黒髪のシャギーを乱れさせ再び撃った。
――ぱらららららら
ルサファの銃弾より黒太子のマシンガンの速度のほうが速かった。
ミッタンナムワと同じような穴が胸にいくつも開き、朝礼で校長先生の話しが長すぎて
貧血で倒れる少女のように、しなやかに倒れた。
「こ、こんな死に方……。私の命はユーリさまに捧げようと思っていたのに……」
――ルサファの最期の言葉だった。
「ルサファ!」
カッシュが叫ぶ。ルサファの死を悼んでいる暇はない。カッシュは手榴弾を手に持ち
黒太子から遠ざかろうとした。カッシュと黒太子の距離はほんの7メートルほど。
この至近距離で手榴弾を使っては自分も吹っ飛んでしまう。
黒太子から離れて、かつ爆発の被害にあわない所に移動しなければならない。。
黒太子はルサファの手にしていた拳銃を取る。
気味の悪い笑みを口の端に浮かべながらカッシュを追った。再び、ぱらららららと
カッシュに向けて弾を放つ。カッシュはバタリと倒れた。だが、ルサファや
ミッタンのように即死ではなかった。足に何発か当たったのだ。
「くっ!」
カッシュは手榴弾を片手に、地面を這いつくばりながら逃げようとする。
まるで自衛官がほふく前進でもするかのように。
マシンガンの黒太子がカッシュに近づく。カッシュの右手に持っている
手榴弾をひったくった。とどめをさすと思いきや、何もしないで黒太子は
3隊長のいる建物を後にした。
黒太子が去ってから数分後。
――ドン!
建物の窓ガラスが割れ、ものすごい振動が響き渡った。
黒太子は手榴弾をカッシュの残された建物に向かって投げたのだ。
足を撃たれて身動きのできないカッシュはそのまま爆風に飲み込まれていった。
10時ちょっと前。イル=バーニは月明かりにかざして時計を見た。
3隊長達との脱出の時間まであと2時間。ギュゼル姫はまだみつからない。
イルは脱出の時間を遅らせてもらおうと思った。まだ生きていると分かっていて
ギュゼル姫を残し脱出をするなんてできない。成功するか失敗に終わるか
わからない方法だけど、ハディが自分に気持ちを伝えてくれたように、
自分もギュゼル姫に会わなければいけないと思った。
イルは探知機を見た。3隊長はその名のとおり3人だ。だが、3隊長達が身を隠している
方向に4つの点が重なっていたのだ。
――誰かが攻撃をしかけてきたのか!
イルは胸騒ぎが抑えられず、暗闇の中を構わず走り出した。途中何度も
木の根につまずきながら、息を切らせて走った。すると……、
――ドーン
大きな爆発音が暗闇に鳴り響き、そのあとに煙と炎が上がった。
爆発の方向は3隊長たちのいる方向だ。カッシュ、ルサファ、ミッタンナムワ、
無事でいてくれよ!
そう願いながらイルは煙に向かって走っていった。
――遅かった
3隊長が身を隠していた建物は炎を上げて燃えていた。意を決して中に
入るとミッタンナムワとルサファが倒れていた。胸にいくつもの穴があいて……。
そしてもちろん息をしていなかった。
少し離れたところにカッシュも倒れていた。爆発の烈風を受け傷だらけであった。
足に銃弾を受け血が出ていた。ルサファやミッタンナムワと同じように呼吸が止まっていた。
「カッシュ、ルサファ、ミッタンナムワ……」
涙声で3人の名前を叫んだ。その叫びも、もはやヒッタイトの有能3隊長と言われた
戦車隊長カッシュ、弓兵隊長ルサファ、歩兵隊長ミッタンナムワの鼓膜には反応しなかった。
【残り12人】
「すごい爆発……」
カッシュとルサファとミッタンナムワが爆風と共に眠った煙を、ユーリはラムセスと
一緒に見ていた。
「また誰かがやりあったんだな」
ラムセスは呟く。
ユーリとラムセスは黒太子との戦闘のあと、朝食を食べた小屋に戻ってきた。
2手にわかれたカイルとここで待ち合わせすることになっているからだ。
だが、カイルはまだ戻ってこない。何の音沙汰もない。何かあったのだろうか?
ユーリの心臓は心配でつぶれてしまいそうであった。夕方6時の放送では
カイルの名前はなかった。もしかしたら今の爆発に巻きこまれているのかも……。
すると島内に設置されているスピーカーがガザゴソいいだした。
深夜12時の定期放送である。
「ふぁ〜あ。眠い。さて、夕方6時から今までに死んだ人です。
男子5番カッシュ、16番ミッタンナムワ、17番ルサファ。女子はいませーん。
禁止エリアは……2時からA−1、E−5。5時からB−6。以上でーす。
そろそろ眠いのでねねはねまーす。皆さんよい夢を!」
放送が切れた。
――3隊長が……。カッシュとルサファとミッタンナムワが!
ユーリの瞳からは気づかぬうちに涙が零れ落ちていた。
しかし、とりあえずカイルの名前はなかった。まだ生きているのだ。
でもどうしてここに来てくれないのであろう? 怪我がひどいのか?
それとも誰かに捕まっているのか? ユーリは不安のあまり睡眠中枢は
眠気を起こさせなかった。