天河版バトルロワイアル
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「ぴんぽんぱんぽーん♪はーい、皆さんお昼ですよー。3食はしっかりとりましょうね。
まずは新しく死んで人でーす! 男子3番ウルヒ・シャルマ、男子8番サッシュ、男子11番ダッシュ。
次に女子です、女子11番ナキア、女子14番ハッシュ・ド・ビーフ。以上5名です。
まだまだこれからですねー。皆さんがんばりましょう!」
正午のねねの放送である。サッシュとダッシュが死んだことは分かっていた。
ハッシュ・ド・ビーフまで……。イルはチラリとカッシュの方を見た。
がっくりとうな垂れるカッシュ。もはや声をかけることすらできなかった。
イルと3隊長達は、このゲームから脱出するための策を検討していた。ミッタンナムワに
説明したパソコンウイルスを使った方法である。それには逃げ出すためのボートが必要だった。
ヒッタイトの有能戦士3人がいればボートをつくるなんてたやすいこと。
イルが設計を念入りに考え、材料を集めて3隊長はボート作りを始めた。
「3隊長、ちょっと聞いてくれ」
3隊長は手を休めてイルの方に顔を向ける。
「どうしたんだ?」
ルサファが不思議そうにシャギーをなびかす。
「すまないが私はこれから外出をしたい。探したい人物が2人ほどいるんだ。
その2人に会いたい」
イルはいつものポーカーフェイスを崩さずに真面目な顔で言う。
「人を探すって……、このゲームの中で人を探すなんて無茶だ!
死ににいくようなものだぞ!」
3人の弟妹を失ったカッシュが真剣に言う。
「だから私はミッタンの探知機を持ってゆく。誰かはわからないが
首輪をつけた人物がどこにいるかを把握できるだけでだいぶ違うだろう」
「無茶だよ、イル=バーニ。そんなことやめてよ! 一緒にボート作ろうよ!」
ミッタンがピカピカ頭を照からせながら泣きつく。
「いや、どうしてもこれだけはやっておかなきゃいけないんだ。
半日だけ時間をおくれ。今日の夜12時までには必ず戻ってくる。
どうしても行かなきゃ私の気がすまない。しかし、もし――
私が12時になっても戻ってこなかったときには、3隊長だけで脱出しろ。
本部のコンピューターを破壊するためのウイルスは私のパソコンの
ここをクリックすれば自動的に送ることができる。本部が混乱しているうちに
脱出するんだ!」
イルは自分のパソコンを開け、クリックする場所を教えた。
いつも生真面目な表情をしているイルであったが、それにプラス真剣なオーラが
放出されていた。イルは本気なのだ。本当に会わなければいけない人物がいるらしい。
ウイルスを使った方法で脱出が成功するとは限らない。そもそもこのゲームは
たった一人しか生き残ることができないのだから。生き残る確立は極小なのだ。
「わかったイル=バーニ。行ってもいい。ただし……必ず戻ってこいよ。必ずだ」
ルサファはイルの固い肩をポンと叩く。
「ありがとう。戻ってくるよ」
固いイルの表情に微かな笑みがこぼれる。
「武器として探知機のほかにこの銃も持っていけ」
カッシュが拳銃をイルに向かって投げた。
「いいのか? 私が持っていって?」
「ああ、こっちにはもう1丁拳銃があるし、手榴弾もあるしな」
カッシュが親指を立ててニヤっと笑う。
「ところでイルは誰と誰を探しにいくの? カイル様とユーリ様?」
泣き虫ミッタンが不思議そうに行った。
「いや、ハディとギュゼル姫だ」
12
その頃、イルのお探しの一人であるハディは林の中をさ迷っていた。
王宮の女官長として有能かつ気丈なハディであったが、さすがに殺し合いのゲームなどでは
身もすくんだ。出席番号順に出発してから正午のねねの放送まで身を潜めていたのだ。
「じっとしていてもどうしようもないし、誰か信用できる仲間を
さがさなくっちゃ。助かる方法が見つかるにせよ、見つからないにせよ、
一人でいたら本当に気がくるいそうだわ……」
動き回ることも怖かったハディだが、このまま一人きりでは本当に気が
おかしくなりそうだった。双子とキックリが死んだこともショックだった。
自殺だろうか? 3人とも人を殺すなんて絶対にできない。
正午の放送でナキアやウルヒも死んだと伝えられた。あの2人、本編では
しぶといけど、以外にあっけない存在であった。
それにしても、仲間を探すと言っても、カイル様やユーリ様、イル=バーニ様、
3隊長あたりと偶然出会えればいいけど、他国の連中とでくわしたら厄介だな。
黒太子やらネフェルティティなんていかにも”やる気”になっていそうだわ……。
サッシュやダッシュを殺したマシンガンの奴もいることだし。
私の武器と言ったら折りたたみナイフ。マシンガンや銃なんかに
到底、たちうちできないわ。
ハディは背中に緊張を走らせながらそうっと林の中を歩いた。
足音をなるだけ立てないように……。
そう思った矢先、4、5メートルほど離れた大きな樫の木から人が出てきた。
ハディは思いっきり目が合ってしまった。相手はエジプトファラオ、ホレムヘブ。
――うわっ! 会いたくない奴ベスト3に入るわ!
ハディは心の中で思った。ホレムヘブの手には頑丈な弓にたいなものが
握られていた。スタート地点でカパタの髭男がカイルを狙った”ボウガン”である。
今のところ、ボウガンはハディに向けられてはいない。
何も言わずハディは回れ右をしてかけだそうとした。
「待て、待つんだ! 撃つぞ!」
ホレムヘブに背を向けていたハディであったが、ボウガンをこちらに向けているのが
わかった。仕方なくハディは足を止め、くるっとまた回れ右をする。
「なにかしら? ホレムヘブ将軍。私はあなたに用などありませんわ」
ツンとした表情でホレムヘブに言葉を投げつける。
「お主はイシュタル付きの女官でハディと申したな。どうだ? 一緒に行動しないか?」
いやらしい笑みを口の端に浮かべながら一歩近づく。
ハディは1歩後ずさりする。
「いやよ。何で私があなたとなんか一緒にいかなきゃいけないのよ。
私はヒッタイトの女官よ。あなたはエジプトのファラオじゃない。
敵同士なのになんで一緒に行動なんかしなきゃいけないのよ」
「この状況では敵も味方も関係ないであろう。お互い一人だ。共に行かぬか?
1人より2人のほうが心強いぞ」
「いやよ」
ハディの答えは変わらない。
「お主のことは前々から目をつけていた……、いや、才能を買っていたのだ。
生き残ったら私付きの女官……いいや、側室にしてやろう。宝石も財宝も
思うがままだ。どうだ?」
「…………」
――側室ですって? 何を考えてるの? このバカファラオ……。
ハディはあまりのことに言葉を失った。
「私は平民ですわ。王族であるアンタと身分が釣り合わないでしょ。
側室なんてなれるわけがないわ」
「いやいや」
そう言いながら、ハディの左足にチラッと視線が動いた。
さっき林の中をさまよっているとき、スカートを枝にひっかけて、チャイナドレスの
ようにスッパリとスカートが割れてしまったのだ。割れた合間から見えるハディの
スラッとした足に視線を落としたことがわかった。
「身分なんて関係ない。側室になるなんて簡単だ。私に今ここで抱かれればいいのだから……」
「…………」
ホレムヘブはまた歩み寄りハディの肩に手を置いた。
「どうせ私達は死ぬんだ。それならお互い気持ちいいことして最期を迎えたいと思わないか?」
中年オヤジに特有のギトギトした脂ぎった顔がハディの目の前にあった。
――ははぁ〜。そういうことですか。どうせ死ぬんだから何してもいいって?
つまりは女だったら誰でもよかったわけね。自分の欲望さえ満たせれば……。
ハディの怒りの温度は一気に沸点まで上がった。
次の瞬間――パンッ! と肩に置かれた手を振り払う。
「あんた私をレイプしたいのね。どうせ死ぬんだから何をしてもいいって?
どんなことしても清算されると思っているのね。ふざけるんじゃないよ!
このクソファラオ!」
「なんという無礼じゃ! ファラオに向かってクソとはっ!」
「さっき身分は関係ないって言ったのあんたでしょ! あんたね、こういう状況では
下半身の心配するより命の心配したほうがいいってもんよ!」
「なんだとっ! 私はカパタの髭男をこのボウガンで殺した。言うことに従わないと撃つぞ!」
ハディに再びボウガンを向けた。さっきまでニタニタいやらしい笑いを浮かべていた
ファラオはどこへやら……。
「誰があんたの言うことになんか従うものですか! 撃てるものなら……撃ってみなさいよ!」
ハディは隠し持っていた折りたたみナイフをホレムヘブの前に光らせた。
「そんなナイフで対抗しようってのか? こっちの弓のほうがずっと早いぞ。
今なら許してやる、ナイフを下ろして私の女になれ!」
「一発くらいじゃ死なないわ! 一緒にあんたも道連れにしてやる!」
ハディの勢いにホレムヘブは少しひるむ。だが、ボウガンを向けているのはかわらない。
2人の間に一瞬の沈黙をおいたあと。ハディが静かに言った。
「あんたみたいな人間、人の上に立つべき人物じゃないわ。私はあんたのものになんか
ならない。絶対ならない。あんたみたいな人、大っ嫌いよ」
ハディは腹の底から声を出した。そして、右手のナイフをきゅっと強く握り締める、
「否定してあげる。あんたのその根性。私の全身全霊をかけてあんたを否定してやる!
ハッティ族の名にかけてね!」
ハディは強く握られたナイフに全身全霊をかけてホレムヘブに向かって行った。
女と言えど剣の腕ではそんじょそこらの男には負けない。勢いよくナイフをふりかざすと
ザックリとナイフが食いこんだ感触がした。
「うわっ!」
ホレムヘブの右手が裂けていた。血を見てホレムヘブも興奮したらしい。
「この女……、私に刃を向けたな……」
右手の裂傷で一時ボウガンを離したホレムヘブであったが、再び握りなおした。
ハディは既に身を翻しており、木立の間を走りぬけていた。
「待てぇ!」
蛙の鳴くような醜い声とともにボウガンの矢がハディに向けて飛んできた。
しかし、木立が邪魔してなかなか当たらない。
――ふふん。なんてコントロールの悪い弓の腕なの。こんなもんでエジプトファラオだなんて
わらっちゃうわ。
そう思ったとき、グサリ。右太ももに激痛が走った。下手な鉄砲数撃てば当たるの
ことわざどおり、ハディのしなやかな右足に矢が命中したのだ。
ハディはバランスを崩しそのまま倒れこむ。倒れた際に枝で左頬をひっかき血が出てきた。
右足が熱くなってきているのが分かった。心臓が足で拍動するようにドクドク血が
流れているのがわかる。そんなことよりも今のハディにとったら、顔の傷のほうが
気にさわったのだ。王宮に勤める女官として小奇麗にしているのは大前提、
美容や健康には得に気を使っていたハディであった。
「よくも……あたしの顔に傷をつけたね!」
ハディをの足を射貫いて、満足気な表情でホレムヘブは近づいてきた。
足を怪我しているんだ。それも出血がひどい。もはや動くことはできないだろうと
ホレムヘブは思いこんでいた。
怒りに満ちたハディは血の流れ出る右足をかばいながら立ちあがった。
「なんだ? まだやる気なのか?」
ホレムヘブがおかしそうに笑う。
――まだですって? 言ったでしょ。全身全霊をかけるって。
まだまだこれからよ! こんなものでメゲるようなハディさんじゃなくってよ!
ハディは右足に刺さっている矢に手をかけた。肉に矢じりが食い込んでいるのがわかった。
だけどそんなことは関係ない。ハディは右手で矢を引き抜いた。
――ユーリ様が背中に突き刺さった矢を抜いたときもこんな感じだったのかしら?
一瞬ハディはユーリのことを考えた。
「なんて恐ろしい女なんだ……」
ホレムヘブはまだ戦う気であるハディに驚愕した。
ハディは血のついた矢をホレムヘブに向けて思いっきり投げた。
向かってくる矢にホレムヘブは反射神経を駆使してよける。だが、後ろに大木が
あることを計算しないでよけたため、後頭部を強くぶつけて倒れた。
ホレムヘブは軽い脳震盪を起こしていた。すぐさまハディはホレムヘブに向かって行った。
――今だ! 今がチャンスだ!
ハディはホレムヘブの上に馬乗りになった。
――私折りたたみナイフ……。さっき転んだとき放してしまったらしい。
拾いにいく暇などない!
ハディは側にあったホレムヘブが落としたボウガンの矢を手にした。
――急所はどこ? 胸? 心臓? いや……、目だ!
ハディは矢をホレムヘブの右目に向かって振り下ろした。
「うぎゃああああ」
続いて左目も。
ホレムヘブの目はアルビノのように真っ赤になった。同じように口の中にもナイフを振り下ろした。
次にハディは馬乗りになった姿勢をくるっと回れ右して、ホレムヘブの股間に向けて矢を突き刺した。
――ほら、アンタの一番心配しているものは、もう使いものにならないよ。
そう呟いた。
最後のとどめ――、ホレムヘブの左胸に矢を突き刺した。
ホレムヘブは動かない。ピクリとも。血を流して倒れたままだ。
――勝った! 私は勝った! あのいやらしいファラオに!
ほっとすると、自分はすごく息が切れていることに気づいた。右足の出血のせいであろう。
右足からはドクドクと血が流れ続いており、傷口にまるで心臓があるかのように
熱く脈打っているのがわかった。全身の血が、新しく開いた右足の穴から
すべて出て行くかのような気がした。
――まずい! このままでは確実に出血多量だ!
『パチパチパチパチパチ』
急に拍手の音が聞こえた。背後からカサカサと誰かが歩み寄ってくるのがわかった。
「すごいわー。エジプトのファラオを矢一本で倒しちゃうなんて。女として尊敬しちゃうわ」
声の主はウルスラであった。グレーのTシャツにショートパンツ姿でこちらに歩み寄ってくる。
右手には銃を持って……。
「ウルスラ……」
「ハディさん。私ね、あなたが羨ましかったわ。きれいだし、優秀だし、
仕事もテキパキこなせる有能女官。、皇帝陛下やユーリ様からの信頼も絶大!」
ウルスラは笑顔の仮面をかぶりながら言った。
「な、なあに? 今更。あなただって…一緒に働いていたじゃない……」
息づかいの荒いハディの口からようやく出た声であった。
「平民出身なのにヒッタイト王宮の女官長ですものね。すごい出世!
すごいキャリアウーマンよね」
ウルスラが1歩前へ出る。ハディはやや下がり目になった。
「ハディさん。私あなたを尊敬してたわ。だからね……」
ウルスラは笑っていた。ハンターが獲物を狙っているかのような鋭く猟奇的な瞳であった。
いや、これから遊園地に出かける子供のようにワクワクした瞳と例えても嘘にはならないであろう。
ウルスラの目はきらきらと輝いていたのだ。
――ウルスラは”やる気”になっている。出血のせいで血液のめぐっていない頭で
判断してもすぐにわかった。
――逃げなければ!
ハディは力を振り絞って立ちあがり、カッシュの弟の名前と同じくその場から
ダッシュで逃げた。右足にひどい傷を負っていたが、火事場のなんとかとやらで、
まだ走ることができた。
逃げるハディの背中にウルスラは銃口を向け引き金を引いた。
遠ざかるハディの背中に3つの穴があいた。
ハディは何かにつまずいたかのように、前のめりになり倒れた。
ウルスラは拳銃を下ろしてうつ伏せに倒れているハディに向かって言った。。
「だから――とても残念」
ウルスラは嬉しそうに笑っていた。
13
イル=バーニは探知機を片手にハディとギュゼル姫の二人を探していた。
いつ襲われてもおかしくない。こんな状況で人を探そうなんて自殺行為であることは
わかっている。
探知機には首輪をつけた者が島のどこにいるかの反応はでるが、誰かの識別までは
してくれない。更に、死んでいるか生きているかの区別もない。死んでいたとしても
禁止エリアで首輪が爆発でもしない限り、探知機に現れるのだ。
イルは建て売り住宅のような家が並ぶ集落の近くにきた。この集落の中の一軒に
首輪をつけた人物がいる。その首輪は動きがないようだ。危険だけど確かめるしかない。
足音を消してそうっと家に入った。静かにドアを開け誰かいないか確認する。
家の中には人の気配はないようであった。物音一つしないし、空気も動いていない。
イルはキッチンへ入ると、テーブルの下に人が倒れているのを見つけた。
ドス黒い血溜まりの中にうつ伏せになって腰くらいの髪の女が倒れていたのだ。
ピクリとも動かない。死んでいるとわかりつつ、イルは近づいた。
――確かめなければならないのだ。高そうな身なりをしていた。貴族または皇族の服装であった。
もしかしたら探している一人かも……。イルは死体の肩をつかみグイっと
自分のほうへ向けた。
――アレキサンドラ王女だった。首にはパッカリと口裂け女のような大きな傷口があった。
鋭利な刃物で切られたような傷口であった。
「アルザワの王女が殺された……。我が国とアルザワの関係は……」
高貴な身なり、ギュゼル姫ではなかった。それは安心したが、こんなときでも
ヒッタイトの外交の心配をするイルであった。
アレキサンドラに向かって目を閉じ、探知機を片手に集落を後にした。
右足に重傷を追い、かつ銃で3発胸を打たれたハディはウルスラが去ってから
30分以上たった今も生きていた。ハディはホレムヘブの死体の側で死を向かえるのは
嫌だったので、ホレムヘブが見えなくなる所まで這って移動した。
大きな樫の木によりかかった。
はあはあと息が苦しい。だんだん意識も朦朧としてきた。
――ああ、私は死ぬんだわ。苦しい。傷口が熱い。でもなんだか怖くないわ。
意識がだんだん遠い所に行く……。死んだはずのティトがいる。リュイもシャラも。
小さな頃、よく4人で遊んだわ。あっ、剣の練習をしている。そういえば私がリュイにも
シャラにもティトにも剣を教えたんだわ、父さんと一緒に。あら、ティトが
転んだわ。泣いている……。ダメよ、男の子なんだからそんなことで泣いていちゃ。
――これが走馬灯ってやつ? 人間は死ぬ前に今までの出来事をハイスピードの
映画のように見るって言うけど、これがそうなのかしら?
ああ、今度はヒッタイトの王宮だわ。ユーリ様……、お背中をお流ししようと
思っているのに逃げ回っている。香油の用意もしなくちゃね。浴室を出ると
カイル様がユーリ様何かを言っているわ。そこに私の大好きなイル=バーニ様が……。
会議のお話かしら? 政治や軍事のお話かしら? キリっとした固めの表情が
凛々しいわ。イル=バーニ様があってこそ今のカイル様が……平和なヒッタイトが
あるのよ。大好きなイル=バーニ様……。気持ちを伝えられずにこの世を
去ってしまうこと、ちょっと心残りだわ。平民と貴族では身分が違うことは
分かっているけど、気持ちは本物。気持ちに身分のようなレベルをつけるとしたら、
私のイル=バーニ様への気持ちは貴族よりももっと上、皇族だわ。
気持ちだけは皇族……、1等好き。ふふふ、そんなこと……、今更考えても無理か。
ハディは真っ青なそらに向かって顔の筋肉を歪ませて笑いかけた。
笑うのもつらかった。傷と心の痛みのせいで……。
「ハディ、ハディ」
――やだわ。私とうとう空耳まで。これで私おしまいね。天国に行けるかしら?
「ハディ」
腕を捕まれた感触がした。
――えっ? 走馬灯イル=バーニ様じゃない?
ハディの隣に本当にイル=バーニはいたのだ。探知機で探していたイルが
死の寸前のハディを見つけたのだ。
「イ…ル=バーニさ…ま?」
「大丈夫か? ハディ。誰にやられた?」
ハディの顔を覗きこむ。イルのこんな辛そうな瞳は今までハディは見たことがなかった。
心配と不安と怒りが一つの目薬になってイルの目にさされたようであった。
「ウ…ウルスラに……」
「ウルスラが撃ったのか?」
ハディはコクンと頷く。
「ウ、ウルスラには気をつけて……。”やる気”になって…いる…わ」
「ウルスラは元王宮の女官だろう? 何故?」
「わかん…ない」
喋ったせいでハディの息は、はあはあと荒くなる。
「イ、イル=バ、バーニ様……、お聞きしても……いいいですか?」
呼吸数の多い口からようやく喋るハディ。苦しさがイルにも充分に伝わってくる。
「ハディ、話さないほうがいい。じっとしてろ!」
ハディは軽く首を振る。
「イル=…様。お好きな……女性って……いらっ…しゃいまし…た?」
イルは数秒固まる。
「いますよ」
「まさか…、私…じゃないですよね」
ハディは口元を歪ませ苦しそうに笑う。イルは何も答えられない。
そんなイルを見てハディは微笑みながら途切れ途切れ話を続ける。
「やっぱり……、私のわけ…ないですよね。私、イル=バーニ…様のこと…
お慕い…しておりまし…た」
「知ってる」
イルは短く答える。ハディからバレンタインのチョコレートをもらったとき
ハディの気持ちを知ってしまったのだ。(ハディのバレンタイン参照)
義理チョコだと思いラッピングを開けたら手作りチョコ。
ハディの気持ちを知りつつも、何の返事もしなかったし、態度にも現さなかった。
”お堅いイル=バーニ”のレッテルを貼られている手前、色恋沙汰なんて表現しにくし、
難しい楔形文字や書物は得意だが、恋愛は苦手分野だったのだ。
ハディの気持ちには答えられない。イルの心にある人物はギュゼル姫だったのである。
気持ちなのだから、こればっかりはどうしようもない。
”1人しか生き残れないゲーム”――イルは自分が生き残れる確立はゼロに近いと
思っていた。だからハディにも、ギュゼル姫にも自分の気持ちを伝えたかったのである。
ハディは力の抜けた手でイルの腕をつかむ。
「イル=バーニ様…、お願いがあります。私を……抱きしめてください。
すぐ終わりますから……」
宮廷女官長の目には涙が浮かんでいた。苦しさと痛みのせいであろうか?
それとも……。
イルは何も言わずにハディの肩を抱いた。しばらくそのままでいた。
ハディが全身で呼吸しているのがわかった。銃弾が体に食いこみ、足からは血が流れ
苦しいのだ。脂汗だろうか? 血だろうか? 背中はぐっしょりと濡れていた。
イルの中のハディは重心をかけてよりかかる。まだなんとか話せそうだった。
「イル=バーニ様…、必ず…生き残ってくださいね」
ハディはかすれた声でイルの腕の中で言った。
――あと私に時間はどれくらい残されている?
神様、もう一言だけ時間をください……。いいですか?
ハディが顔を上げ、イルの瞳を見つめてニコっと笑った。
「私…、イル=バーニ様とお会いできてよかった……」
「私もですよ」
イルが言った言葉に「ありがとうございます」と答えたかったが、もう声がでなかった。
ハディは笑顔でずっとイルの瞳を見つめていた。
――私はひとりぼっちで死ぬわけじゃない。最期に大好きな人の側で死ねるんですもの。
よかった。本当によかった。嬉しい……。
その姿勢のまま、ハディの苦しそうな呼吸は約3分後に止まった。
ハディはうっすら目を開いたまま息を引き取った。いつまでもイルを
見つめていたかったかのように……。
その後、イルはもう二度と目を覚ますことのないハディの体を抱いてしばらく泣いた。
乾かぬ涙を無理矢理止め、イルは軽くハディの目に手を添え瞳を閉じさせた。
手を胸の上で組ませた。かわいそうだかその場を去ることにした。
いつ襲われるかわからないからだ。
ほんの2分ほど歩くとホレムヘブの死体と対面した。目が真っ赤になっており
潰されていたようだった。口と股と胸からも血が流れ出ていた。
ホレムヘブとハディの戦いを知らないイルはそのまま通りすぎた。
探知機を見ると、首輪をつけた人間が島の中を点々としていた。中には
3、4人で固まっているグループもあるようだ。ギュゼル姫は一人でいるだろうか?
それとも誰かと一緒に行動しているだろうか? もちろんわかるわけがない。
今いる位置から一番近い所に3つの点が固まっていた。首輪をつけた人物をかたっぱしから
当たってゆくしかないのだ。イルはその3つの点に向かった。
イルは知る由もないが、カイル達の点であった。
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