天河版バトルロワイアル
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 男子一番イル=バーニは慎重に行動していた。一人での単独行動だ。
リュックの中には武器として銃が入っていた。武器など一度も持ったことのないイルで
あったが、誰かに襲われてもすぐに対処できるように腰に銃をさしながら行動していたのだ。
 ――やる気の奴がいる。
 それはカッシュの弟達がマシンガンで撃たれたことで証明された。
イルも高台で拡声器を使って呼びかけていた2人の姿を見ていたのだ。
サッシュやダッシュの呼びかけに答えたかったが、下手に姿を現しては自分が狙われる。
やりきれない気持ちであったが、マシンガンで撃たれる2人を見つめているしか術がなかったのだ。
 イルは脱出方法を思いついた。ヒッタイト帝国のブレイン、知力のイル=バーニである。
半日考えてなんとか助かる光りを導き出したのだ。要はこの重苦しく首に巻きついている
首輪がいけないのだ。この首輪によって自分たちの行動はすべてねねに把握される。
禁止エリアに行ったり、時間切れが来るとドカン! なのである。
首輪さえ外せればこっちのものだ。
 ――首輪はどうやって管理されているか? イルは男子一番だったと言うこともあり、
ねねのいる建物から出るとき、できるかぎりねねのいる建物(本部)を観察しながら
外に出たのだ。一番最初に出発するので誰かが待ち伏せしていることもない。
冷静沈着なイルにはその余裕があったのだ。
 本部はすべてコンピューターで管理されていた。
首輪も禁止エリアも何もかも。あのコンピューターさえ壊せれば……。
 ――そうイルは考えた。どうすればよいか? 爆弾かなにかを仕掛けて本部にあるパソコンを破壊
したいが、あいにく本部のドアも窓も分厚い鉄板のようなもので覆われている。
そうでなくとも、狙われることを前提として、かなり警備はきびしいはずだ。
本部を直接攻撃しようなんて失敗に終わるがオチだ。ではどうすれば本部の
コンピューターを壊すことができるか? 別にコンピューターそのものを壊さなくても
いいのだ。コンピューターの中にあるファイルを壊して正常に作動しなくなればいいのだ。
 それには――コンピューターにちょっと風邪をひいてもらえばいいのである。
 ウイルスである。
 本部にあるパソコンをウイルス感染させてファイルを壊せばいいのである。
 どうやって壊すか。イルのパソコンの知識はヒッタイト一、いや、オリエント一であった。
(いつから古代にパソコンが……爆)
 どんなソフトもちょちょいのちょい♪ 簡単に作ってしまうし、
パソコンの修理から、ウイルスの駆除、CGIの管理、サーバーの管理、
果てはハッキングまでお手のものであったのだ。日本語と楔形文字の対語ソフトの開発も
手がけているほどだ。とにかくイルはすごかった。(ということにしておこう)
 ねねだって外部と連絡はとっているはずだ。その外部の回線を使ってウイルスを
送ればいい。イルはいつも持ち歩いているノートパソコンを一緒に持ってきていた。
誰にも見つからないような場所に一人になり、出発してからずっと外部の回線を探し、
コンピューターを壊すためのウイルスを作りつづけていた。12時間以上かかって
何とか作り上げた。あとはねねのパソコンにこのウイルスを送ってやればいい。
 ――しかし、コンピューターを壊した所で、今いる島からの脱出方法がなかった。
コンピューターを壊すことに成功したとしても、逃げるために稼ぐことのできる時間はせいぜい30分だろう。
その間に逃げなければならない。回りは海に囲まれているため、ボートが必要だと思った。
もちろん島にはボートなんてない。だから作るしかなかった。イルは頭脳の働きはとても良いが、労力の働きは悪かった。
ボートを作るための仲間が欲しかった。できればカイル様やユーリ様、3隊長や3姉妹がよかった。
ヒッタイトの仲間なら使用できる。
 そのためイルは誰か協力者はいないかと静かに探しまわっている所だったのである。
 イルの前方に大きな電球がピカっと光った。もしやあの頭は……。
近づくと、イルの思ったとおり、ミッタンナムワのハゲ頭だったのである。
「イル=バーニ!」
「ミッタンナムワ!」
 2人は喜びの声をあげた。もちろん2人の間には殺意なんかない。
仲間に会えたことがお互い嬉しかったのだ。
「うえ〜ん! イル=バーニ、怖かったよぉ。シクシク」
 大きな体のくせにミッタンナムワはわんわんとイルの胸を借りて泣き出す。
「よしよし。私もお前に会えて嬉しいよ。無事でよかった」
「イルぅぅぅ! 俺、俺、リュックに入っていた3日分の食料、一日でみんな
食べてしまったんだよー。どうしよう。お腹すいちゃうよー。えーん」
 ミッタンは涙をボロボロ流しながらイルにすがる。
「食事なら私のを分けてあげよう。もう泣くんじゃない」
 この緊張時によく腹が減るもんだと感心してしまうイルであったが、また
ミッタンは顔をあげて何か言いたげであった。
「イルぅぅぅ〜! 俺の武器こんな四角い箱なんだよー。ゲームボーイかと思ったけど、
ゲームなんて全然できないし。こんなの何にも役に立たないんだよー」
 ミッタンの言う四角い箱とやらをイルは手にとって見た。
「こ、これは探知機じゃないか! ある意味ピストルよりもすごい武器になるかもしれないぞ!」
 イルは驚きのあまり少し大きな声で喋ってしまった。
「探知機?」
 ミッタンはなぜイルが驚いているのかわからない様子であった。
「そうだ。形は似ているが、これはゲームボーイなんかじゃない。探知機だ。
これさえあれば、島のどこにみんながいるのか把握できるじゃないか!」
「そうなんだ。そんなにすごいものなんだ!」
 ミッタンは涙を拭いてにこっと笑った。
 じっと探知機を見つめるイル。しばらくするとそのイルの顔が少し強張った。
「ちょっとまて! すぐそこに……。ここから東の方向に2人ほど人がいるようだぞ。
私達の他に……」
 探知機は首輪に反応するものだった。島のどこに首輪をつけている者がいるかは
わかるが、誰かの判別まではできないものだったのである。
「東……。ああ、大丈夫だよ、そっちには一緒にいたカッシュとルサファがいるんだ。
俺達3人で行動しているんだ」
 ミッタンに連れられて、カッシュとルサファの潜む場所までイルは行った。

 イルはかくかくしかじかというわけで脱出できる方法があることを
3人に言った。それにはボートか船を作らなければいけないと。
 ミッタンナムワもルサファも助かる希望があるならば……とボート作りに協力
してくれた。しかし、カッシュは……。先ほどのサッシュとダッシュの拡声器事件。
弟達が目の前で殺されたのに、非力にも見ていることしかできなかったのである。
今からどうすることもできないが、消沈せずにはいられなかったのである。

10

 ウルスラはアレキサンドラをカマで殺めたのち、近くの鍵の開いている民家に
入って、着替えを調達した。アレキサンドラの返り血を浴びで今まで着ていた服は
真っ赤に染まってしまったからである。
 入った民家のタンスを開くと、ちょうど同じくらいの年頃の娘がすんでいたのであろうか?
お洒落な服がいっぱいあった。カラフルなかわいらしい服にも惹かれたが、
今は動きやすさが一番である。派手は服も御法度である。
ウルスラは地味なグレーのTシャツとショートパンツをタンスからひっぱって、血のついた
服の代わりに着た。ウルスラの美しい体の線を強調するようにTシャツは体にフィットし、
すらっとしたマネキンのような足がショートパンツから2本伸びていた。
もちろん腰にはウルスラの武器”カマ”をさして。
 ウルスラからも、拡声器で叫んだサッシュとダッシュの姿は見えた。狙いに行こうか!
と考えていると、銃声が2発響き、その後、ぱららららとマシンガンの音が聞こえた。
哀れ、愛するカッシュの2人の弟が天に昇ってしまった。
 最初の銃声は2人を威嚇するために打ったものだろう。次のマシンガンの音は
サッシュとダッシュを殺すため。気をつけなければならない。マシンガンを持っている奴が
いるのだ。そんな奴に襲われたらたまったものではない。”カマ”と”マシンガン”では
三輪車と十トントラックのようなものだ。それも、マシンガンの奴は”やる気”だと
思っていいであろう。 
 ウルスラは気を張って歩いていた。しばらくするとお手洗いに行きたくなってきた。
美人だって人間である、用をたすのだ。男のように立ちションというわけにはいかない。
 できればちゃんとしたお手洗いがあるといいんだけど……。
 キョロキョロ見まわしながら歩いていると、少し古びているがポツンと小さな建物が
見えた。雰囲気からすると公園なんかによくある公衆便所のような可能性が高い。
ウルスラは用心しながらも近寄った。
 ――お手洗いだった。それも男女別の奴。ここなら気持ち良く用がたせるわ。
と思いながらウルスラはトイレの個室に入った。ドアを閉めようと思ったが、
それは危険だ。誰もまわりにはいないようなので、女として恥ずかしいが
ドアを半開きにして個室に入ることにした。
 ――ふぅ、すっきり。そう思いながらトイレの個室ドアを開け外に出た。
「へぇ〜、美人もおしっこするんだ」
 開けたドアの反対側から声がした。
 ビクッとして振りかえるとカッシュの妹、ハッシュ・ド・ビーフがニヤリと笑いながら
こちらに銃を向けていた。2人の間はほんの1mほど。
「あ、あんたは……ハ、ハヤシライス!」
 ズルッ、ハッシュ・ド・ビーフは足をカクンとしこけた。
「ボケた間違いするんじゃないわよっ! あたしはハッシュ・ド・ビーフよっ!
戦車隊長カッシュの妹のね!」
「知ってるわよ。それよりその銃下ろしなさい。私はカッシュの婚約者なのよ」
 ハッシュ・ド・ビーフは何も答えずにウルスラに近づき後ろにまわった。
すっと、ウルスラの単パンに挿してあったカマを引き抜いた。ウルスラはしまった!
という顔をする。
「ふーん、あなたの武器これなのね。”カマ”だなんて笑っちゃうわ」
 ハッシュ・ド・ビーフは右手に持っている銃をウルスラに向けたまま、
左手でカマを目と同じ高さにあげてジロジロと見つめていた。
「人殺しの婚約者なんて認められないわ! あんた、アレキサンドラ王女を
このカマ殺したでしょ! あたし見てたんだからね!」
「何いっているのよ。あれは事故よ。私が人なんか殺すわけないでしょ」
 ウルスラは穏やかに答える。
「違うわっ! 怯えるアレキサンドラをアンタは殺したのよっ!」
 ハッシュ・ド・ビーフの瞳は怒りでいっぱいであった。ウルスラは何も言わず
彼女の瞳を見つめる。
「アンタみたいな女がカッシュ兄さんの婚約者なんて冗談じゃないわ!
兄さんをたぶらかして!」
「私はカッシュをたぶらかしてなんかいないわ。私達愛し合っているのよ」
 ウルスラは目に涙を浮かべながら言う。もちろん演技である。
「だいたい平民のくせに貴族である兄さんと結婚しようなんて虫が良すぎるのよ。
身分をわきまえなさよっ!」
「ユーリさまだって平民出身だけど、皇帝の后よ。人間を身分で差別するもんじゃないわ」
 ウルスラはあとずさりしながら自分のリュックに手をついた。
怯えているふりをして、ハッシュ・ド・ビーフにわからないようにリュックの中を探る。
「うるさいわねっ! とにかくアンタが兄さんの女だなんてそんなこと許せない!」
 ハッシュ・ド・ビーフは1歩前に出てウルスラの額に銃口をつきつけようとした
そのとき――
 ダダダダダダダダダ
 ウルスラがアレキサンドラの武器スタンガンのスイッチを押した。
「きゃあ!」
 ハッシュ・ド・ビーフは突然の音に驚き悲鳴を上げる。その隙をウルスラは
待っていたのだ。ウルスラはハッシュ・ド・ビーフから拳銃をとりあげ
今度は銃口を愛するカッシュの妹に向けた。
「ふふふ。形勢逆転ね。これね、スタンガン。アレキサンドラ王女の武器よ。
あなたの言うとおり、王女は私が殺したわ。よくわかってるんじゃない!」
 ウルスラは満面の笑みでハッシュ・ド・ビーフを見下ろす。
「じゅ、銃下ろしてよ。さっきは酷い事言って悪かったわ。あたし混乱していたのよ……」
 ハッシュ・ド・ビーフは怯えながら言う。
「あら? そうなの? でもずいぶんと理論明解な混乱ね。あれがあなたの本心なんじゃないの?」
「ち、違うわ。兄さんに良いお嫁さんができて…よかったと思ってるわ」
「私もよ。こんなに毒舌な義妹ができて光栄だわ」
 ウルスラの顔は笑っていたが、声は怒りに満ちていた。一歩前にでて、
ハッシュ・ド・ビーフに銃をつきつける。
「や、やめてよ。あたしはカッシュ兄さんの妹なのよ。愛する人の妹を殺すの?!」
 ハッシュ・ド・ビーフは恐怖のあまり失禁してしまった。足に生暖かいものが広がってくる。
「今更何言っているの? 私はカッシュをたぶらかしたって、あなた言っていたじゃない」
「…………」
 ハッシュ・ド・ビーフは沈黙。もはや言ったことは消えないのだ。
 少しおいて……
「たぶらかされる方が悪いのよ!」
 およそ美人の口から出るような声色とは思えない低く恐ろしい声のあと、
ダンダンダンと3発ハッシュ・ド・ビーフの胸に向けて撃った。
「もう一発、これは平民をバカにした罰よ」
 もう虫の息だとわかっているハッシュ・ド・ビーフにもう一発撃った。
ドンという音ともにハッシュ・ド・ビーフの体が揺れた。
「フフフ、私ね。ハッシュ・ド・ビーフよりビーフ・ストロガノフのほうが好きなのよ」
 ウルスラはカマを拾い上げ、愛するカッシュの妹を血の海に残して行った。



「はぁ〜。さすがに汗かいちゃったなぁ。ハッシュ・ド・ビーフには
突然だからビックリしたわ。おかげでメイクがボロボロ。どっかで化粧直ししなくっちゃ」
 ウルスラは用心しながら、今度は海辺に出た。潮風と波の音が心地よかった。
引いては寄せる追いかけっこしている海を見ていると今までのゲームが嘘のよう。
私ってやっぱり悪い女なのかしら? もう2人も殺しちゃったわ。
でも、私はもう木の根をかむ生活はいやなのよ。貧乏暮らしはもうまっぴら。
贅沢な毎日を送るためには、とにかくこのゲームで生き残らなきゃならないのよ!
いままでたくさん苦労してきた。まだ私はその苦労した分の幸せをつかんじゃいないわ。
だからここでは死ねないの。私これから幸せにならなくっちゃいけないから……。
 ウルスラは波を見つめ、ぼうっと考えていた。
「もし、そこのきれいなお嬢さん」
 穏やかな声が聞こえた。ウルスラは想いに浸っていたせいか、話しかけられても
戦闘態勢にははいらなかった。声のしたほうを向くと、頭からマントをかぶった
ウルヒがにこやかに笑っていた。
「お嬢さん、奥様があなたのファンデーションは何をお使いかと尋ねていらっしゃいます」
 ウルヒは右手を前に出し、ウルスラの視線を前方のベンツに向かせるようにした。
ベンツにはナキアがツンとした表情で乗っている。
「お嬢さんのきれいな肌はどのファンデーションかと……」
 ウルヒは再度尋ねた。
 ウルスラはウルヒに向かってにっこり天使の微笑みをする。
「私、ファンデーションは使っていません。
朝と夜の2回の美白、TONSのダブルホワイ……トって。何やらせんじゃい! 
こんなときにー!」
 ウルスラはカマをウルヒの首にかけ、ホームランを打つように大海原に向かってウルヒを
投げた。投げられたウルヒはナキアのベンツに当たり、一緒にナキアも海に投げられた。
「あーれー」
 ウルヒとナキアは場外。
 ――ボーン! 首輪が爆発して2つの花火が上がった。
「あら……、私としたことが。殺すつもりなんかなかったのに。
あんまりあの2人がバカなことをするから……。まあ、いいか!」
 ウルスラはカマを持って茂みの中に消えて行った。

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