天河版バトルロワイアル
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「ユーリ、大丈夫か?」
 すぐに手当てが必要な怪我であったが、建物のある禁止エリアから
離れるほうが先だった。ユーリがビッコを引いて歩くよりもカイルが抱きかかえて行ったほうが
早そうだ。ユーリと荷物を持って、やみくもであったが禁止エリアから遠ざかろうと
カイルは必死で走った。
 ユーリを抱きかかえ走ること数十分。カイルの日頃鍛えた俊足でかなりの距離を来たはずだ。
多分禁止エリアは抜け出したであろう。
 とにかくユーリの足の応急処置だけでもしなければならない。どこか隠れられる場所は……。
そう思い、辺りを見回した。木陰などではすぐに見つかってしまう。もっとすっぽりと
姿を隠せる場所がいい。
 しばらくキョロキョロと探していると、カイルは小さな洞窟を見つけた。
しかし、先に誰か身を潜めているかもしれない。一緒に殺意も潜めて……。
ユーリを下ろし、そっと洞窟に近寄る。
 空気は動いていない。誰もいないようだ。
 カイルとユーリはとりあえず洞窟に入り腰を下ろした。
「傷を見せてみろ」
「うん」
 ユーリのふくらはぎから血が流れ出て、ルーズソックスを赤く染めていた。
(なぜ古代にルーズソックスが……?)
「とりあえずは水で洗っておこう」
 カイルは配給されたリュックからペットボトルの飲料水を出し、ジャバジャバと
傷口を洗った。ユーリは顔をしかめる。
「もういいよ。大事な水、こんなことに使っちゃ3日間持たないよ!」
 これから3日間過ごす上で、飲料水は大事であろうことをユーリは悟っていた。
「今は消毒薬も薬も持っていないから、傷口を洗うことしかできないな。何か止血するものは……」
 ユーリはこれで止血してと言いながら、自分のハンカチを渡した。
 ふっと一息つく。
 木の上から落ちて気を失ったカパタの髭男はどうしただろう?
意識を取り戻し逃げ延びただろうか? それとも誰かに……。
 それにアッダ=シャルラト王女もあんなところに残しておいて悪いと思っている。
だが今は仕方ないのだ。大国の王女ともあろう方がなんという最期であろう。
 カイルはふと、自分たちの背負ってきたリュックの中身が気になった。
この中には、カパタの髭男が持っていたボウガンのような武器が入っているかもしれない。
仲間と戦いたくなどはなかったが、相手が向かってきたら自分の身を守るための
武器も使わざるをえないであろう。
「ユーリ、リュックの中身を確認してみろ。武器は何が入っている?」
 ガサゴソと2人はリュックの中を漁った。
「なべの蓋……」
「薔薇の花……」
 カイルのリュックからはステンレスでできたなべの蓋が、ユーリのリュックからは
一輪の真っ赤な薔薇の花が出てきた。
「私達、どっちも大当たりね」
 ユーリが苦笑いする。
「こんなのでどうやって戦えばいいんだっ!」
 くそっ! と最後に付け加えながら言葉を吐き捨てる。
「……戦う? カイルは戦うの? 今まで一緒にやってきた仲間を殺めるの?」
 黒い瞳は驚きと恐怖と悲しさでまぶたの中を泳いでいた。
「い、いや……。戦うなんて、戦いたくなんてないさ。殺し合いなどしたくない。
でも、この状況では自分の身を守るためにも、ユーリ、お前を守るためにも
戦わなければいけないかもしれない。現にカパタの髭男が襲ってきただろう。
残念ながらゲームは始まってしまったのだ。もちろんこんな理不尽なゲームを作った奴らには
腹を立てている。仲間なんかより殺してやりたいのはあいつらのほうだ!」
 カイルは今までになく悔しそうな表情で言った。
「もういいよ。ゴメン。そんなこと聞いた私が悪かった。これからどうすればいいか
じっくり考えよう」
 つらそうな表情でカイルを宥める。
「こっちこそゴメン。やっぱり私も相当、同様しているらしい。とりみだして悪かった。
それよりも――ユーリ。私が怖くないのか? このクソゲームで生き残れるのは
一人だけなんだぞ」
「そんなこと――今更聞かれるとは思わなかった。私はカイルがいるから、このヒッタイトに
残ったんだよ。最後まで一緒にいさせて……」
「ユーリ……」
 カイルはユーリを抱き寄せた。お互いの体温が伝わってくる。
 この体温が3日間のうちに失われてしまうのだろうか? 今はこんなに暖かいのに……。
こうして抱きしめたとき、冷たくなった体を想像するとカイルはゾッとした。
何か方法があるはずだ。助かる方法が。出来ることなら一人でも多くの仲間と
一緒に助かりたい。こんなところでじっとしていても死への時間が1秒1秒迫るだけ。
何か策を考えなければ!
「ユーリ、ここでじっとしていても何にもならない。とにかく、まずは場所確認だ。
やみくもに走ってきたから自分たちが何処にいるかを確認しなければならない!」
 カイルはやさしくユーリの手をふりほどきスッと立ちあがった。
「カイル、外に出るの?」
「ああ、お前はそこでまっていろ。何か目印になるものを探してくる。
リュックに入っていた地図のどの辺にいるかを確認するんだ」
 カイルはリュックを右肩に背負って出かけようとした。
「ちょっと待って! 私も一緒にいく!」
 ユーリはビッコを引きながら、自分のリュックを両肩に背負ってカイルの後を追った。
 ――目印となるものはなかった。草や木がただ生い茂っているだけ。
「わからないな。ここはどのへんだろう?」
「うーん……」
 2人は首をかしげた。似たような草木ばっかで建物や海といった大きな目印は
まったく見当たらない。2人は顔を見合わせてため息をついた――そのときである。
 ――ガサゴソ
 5メートルほど離れた茂みから草木のかすれる音がした。
 2人の目は見開き、ピンと背筋が伸びた。
 ――ゴソゴソゴソ。草のすれる音と一緒に一人の男が現れた。
 よく知っている男である。歩兵副隊長のゾラである。ミッタンナムワの下で勤めている……。
「ゾラ!」
 2人はすぐさまゾラに殺意があることを悟った。
 一目瞭然である。悪魔にとりつかれたような濃厚な目つきで、しかも右手に手斧を持ち
こちらに向かって大きく振り上げているのだから!
「うわああああ!」
 カイルが落ちつけ! と叫んだが、そんな言葉はゾラの耳には届かなかった。
殺意に満ちた表情で襲ってきたのだ。
「ユーリ! 逃げるんだ!」
 カイルはまず、ゾラの1振り目をかわす。手斧はカイルの目前で空振り。
ゾラは間を置かずに2振り目にかかる。カイルはよけきれないと思ったのか、
右に背負っていたリュックで手斧を受けた。
 ――ザックッ!
 リュックは真っ二つ。中の食料や地図などがぼろぼろとこぼれ落ちる。
「カイル!」
 ユーリの悲痛の叫びが耳をかすめる。かまわず逃げろ! とユーリに言いたいが
その言葉を返す余裕もない。
 カイルはリュックの中から出たなべの蓋を右手に持ち、盾のごとくゾラの手斧を受ける。
 ――ガッ、ガッ!
 2回ほど斧を受けると、もう蓋はクンニャリ。使いものにならない。
(くそっ! こっちは武器も何もないのに!)
 そう思い武器も盾も持たないカイルはジリジリと後ずさりをした。
 するとどうであろう。3歩ほど下がると片足が宙に浮いた気がした。
後ろを振り返ると5,6mほどの崖になっていた。前からはゾラが手斧を振り上げて向かってくる!
 ――絶体絶命!
 カイルの心のなかでこの4字熟語がクルクルと渦を巻いた。
 向かってきたゾラを体で受けた。斧を持っている右手を必死で抑える。
 次の瞬間! ザザザザザザザザ――
 ゾラの体重がそのままカイルに圧し掛かり、5mほどのの崖を砂煙とともに滑り落ちた。
「うわあああああ!」
 ゾラが大きな叫び声を上げる。
「カイルー!」
 と上から泣き叫ぶようなユーリの声も耳に入った。
 5mという距離を落ちて行く間、カイルは斧の刃がこちらに向かないように
必死でゾラの腕をひねった。
 ――ドスン!
 強い衝撃とともに地に着いた。
 生きてる。体のあらゆる所は砂や木にかすれて痛かったが致命傷となる傷は
受けなかったようである。それよりもゾラは――?
 カイルはゆっくりと体を起こし目を開いた。
 ガラス玉のような無機質な瞳のゾラと目があった。
「うわああ!」
 ゾラの額にしっかりと手斧がくいこんでいたのだ。
 手斧と額の隙間から脳の漿液らしきものが少しずつ流れていた。
 はぁはぁはぁ。
 急に呼吸が早くなった。私が殺したのか? 私が殺したのか?
確かに落下している間、斧の刃がこちらに向かないようにゾラの手をひねっていた。
ゾラの頭の方向に――。斧がゾラの頭を……。
 もう一度ゾラを見ると、自身で斧の枝を握っていた。まるで自分で頭を割ったかのように。
「カイル!」
 ユーリが後を追いかけてきたのであろう。声のするほうをカイルは振りかえった。
 振りかえったと同時にユーリが「ひっ!」と小さな悲鳴を上げた。
「ユー……リ……、私が、私が殺したのか? 私が殺したのか?
斧の刃がこちらに向かないようにゾラの手をひねって……、ひねって!」
 ユーリはゾラの死体もショックであったが、カイルが錯乱状態の1歩手前であることを
すぐに悟った。
「違う! これは事故。事故なのよ! カイルがやったんじゃない。
とにかくここと離れましょう。上にある荷物も全部拾ったわ。そのほうがいい。早く行こう!」
 ユーリはカイルの手をしっかり握った。カイルの手は細かく震えていた。
それがわかるともっと強くカイルの手を握り締めた。
 ユーリは1mでも遠く、カイルのためにゾラから離れなければいけないと思った。
足は痛んだが、今はカイルを落ちつかせるほうが先だ。
 誰かに追われているというわけでもないのに、カイルとユーリは全速力でかけだした。
ゾラの死体を置いて……。
 ――もう一人。カイルとユーリのかけだした方向とは反対方向に走って行く人物がいた。
ヒッタイト皇族のウーレ姫であった。ゾラとカイルの戦いを茂みに隠れて見ていたのである。
ゾラの頭に手斧が食い込む瞬間を……。
 このゾラとカイルの戦いが、後ほど、数人の人物を死に追いやるきっかけになるとは
カイルは知る由もない。


 息が切れていた。どのくらい走っただろう? どこまでも続く林の中を、草をかき分け、
無我霧中で走ってきた。ゾラから遠ざかることに必死で、バサバサと草をかき分け、
大きな音を立てて今まで走ってきた。こんなに大きな音を立てては
また他の誰かに見つかるかもしれない。とりあえず2人は走るのをやめ、林の中に
立ちすくんだ。
「ユーリ、ごめん。怪我しているのに」
 ユーリは無言で首を横に振る。息が切れて喋れないのだ。
「どこか隠れられる場所を探そう。こんな林の中に突っ立っては危険だ」
 カイルがキョロキョロと辺りを見まわす。しばらく歩かなくてはゆっくりと
落ちつける場所はないようだ。
「ユーリ、さっきは取り乱して悪かった。もう少し歩けるか? 
どこか落ちつける場所を……」
 最後まで言い終わらないうちにカイルは固まった。カイルの視線はユーリにない。
黒い瞳を通り越してもっと遠くにあったのだ。
「動くな!」
 ユーリの背中から声がした。ビクッとしユーリは後ろを振り返る。
 ――シュバスだった。シュバスが銃をこちらに向け、7、8m先に立っていたのだ。
 シュバスの言うとおり、カイルもユーリも動きを止めた。動きと一緒に息も止まる
思いだった。
「手を上げろ、ホール・ド・アップ」
 何故、英語で言う必要があるのか? カイルはヒッタイト人でユーリは日本人である。
 ――ホール・ド・アップ。穴(ホール)、ドアップ。なんて下らないダジャレを
言っている場合ではない。
 銃口からは玉が出る前に恐怖が放出されていた。拳銃を向けられたときの緊張感。
心臓が急速冷凍されてゆくこの感じは、味わった者しかわからないであろう。
 カイルもユーリもシュバスのいうとおり両手を上げた。
一難去ってまた一難とはこういうときに使う言葉であろう。カイルにもユーリにも
銃に敵う武器はない。心臓が頭で拍動しているようであった。
 ――ダンっ!
 銃口から玉が出る重たい音がした。鼓膜に音が響いたのはもちろんのこと、
全身に衝撃が走ったようだった。だが、カイルとユーリは無傷であった。
「うわあああ」
 シュバスは声をあげた。
 銃を向けていたシュバスにどこからか銃の玉が飛んできたのである。
見ると左胸に穴が開いており、そこからボコッと血が吹き出していた。
一撃で致命傷、シュバスはその場に倒れ苦しそうにうずくまる。
「大丈夫か?」
 未だ固まったままでいる2人に声をかけたのは褐色の肌に、金とセピアのオッドアイ。
ラムセスであった。
「ラムセス!」
 ソプラノ声とテノール声は同時に言葉を発した。
「とにかくここをすぐに離れるんだ。銃声を聞いた奴がこちらに来るかもしれない。
まずは逃げろっ!」
 ラムセスは2人を無理矢理引っ張って、再び草がぼうぼう生えている林をかけぬた。
シュバスの遺体がある場所から必死に遠ざかった。

【残り25人】


「どうして助けたんだ?」
 ラムセス、カイル、ユーリの3人は血を吐き出しそうになるくらいに走った。
農作業小屋であろうか? ちいさな木造の小屋に人がいないことを確認し、
とりあえず息を整えた。息を整えてからのカイルの第一声がこの疑問であった。
「助けなきゃお前らはシュバスに撃たれていただろう。見たところ、銃に敵う武器は持っていなそうだったし、
当たり前じゃないか!」
 ラムセスはそっけなく言葉を返す。
「違う! このゲームでは一人しか生き残れないんだ。それなのにどうして私達を
助けたんだ!」
 助けてもらったのに怒るとはなんと無礼な奴! とラムセスは思ったが、ここはちょっと
落ちついて。
「ムルシリ! お前を殺るのはこの俺だ! 他の奴らがお前を仕留めるなんて
俺のプライドが許さない!」
 ラムセスはオッドアイを光らせて含み笑いをした。
「こんな状況でまったくお前は……」
 カイルは呆れた表情をした。ユーリも同じく、ふぅと溜め息をつく。
ラムセスはカイルを殺すのは自分だと言いつつ、銃を向けるそぶりなどは一切見せない。
いつものラムセスそのものだ。
「ムルシリ、お前と決着をつけたいのはもちろんだが、別にこんな島でやらなくても
いいことだ。だから、この島から脱出したいんだ。ヒッタイトの賢帝と歌われるお前なら
手助けになると思ってな!」
 はじめから素直にそう言えばいいのに、遠まわしに言うところがラムセスらしい。
手助け……協力と言っても、本当にラムセスを信用していいのだろうか?
使われるだけ使われて最後にズドン! なんてこともありえるかもしれない。
このゲームで生き残ることができるのは、本当に一人なのだから。
そう考えカイルとユーリは顔を見合わせる。
「ラムセス。簡単に手助けなんて言ったけど、本当に私たちを信用していいの?
このゲームには一人しか生き残れないのよ。寝首をかくかもしれないのよ」
 ユーリが真剣な表情で言う。
「愛しのユーリちゃんに殺してもらうなら本望だね……といいたい所だが、俺だってこんなゲームには
腹を立てている。利益もないのに仲間同士で殺し合いなんて何でしなきゃいけないんだ!
俺には一つの考えがあるんだ。この島を脱出する方法だ。しかし、一人ではできない。
だから仲間が必要なんだ」
「脱出する方法?!」
 カイルが声を少し大きくして言う。
「ああ」
「脱出する方法があるならみんなで助かることができるんじゃない?」
 ユーリの表情がパッと明るくなる。一人ではなく皆で助かる希望があるのだ。
「いや、俺の考えている方法ではMAX3人までしか島から脱出できないんだ。
だから、残り3人になるまで戦いたい。俺達3人だ!」
「それって、他の仲間は皆殺しってこと……?」
 ユーリは恐る恐る尋ねた。
「そうだ。みんなでなんか助かる方法なんて不可能だ。俺達3人だけだ」
 カイルとユーリは顔を見合わせる。自分たちだけ助かるなんて……。
「ラムセスの考えている方法とやらはどんな方法なんだ? まずそれを聞かせてもらおう」
「今は言えない。残り3人になったら教えるさ」
 ラムセスが真剣に答える。
「そんな! どんな方法かもわからないのに協力しろってのか!?」
 カイルが怒鳴り声をあげた。声の大きさにユーリはしっと人差し指を立てる。
もし、誰かに見つかったら奇襲攻撃をかけられるかもしれないのだ。
「よく考えてみろ。この先お前ら2人で生き残って行けると思うか? 
怪我したユーリと一緒で。所詮ムルシリなんざ宮廷で育ったおぼっちゃまだろ。
サバイバルの経験なんてないはずだ。その点、俺は貴族だが野性的に育ったからな。
野宿もノミもダニも病気も怪我も何だって対処できる術がある。
生き残るためには俺の助けは必要だと思うが……」
 ラムセスの言うことはもっともだった。これから先、誰が襲ってくるかわからない。
今もユーリの怪我をした足からは、先ほど走ったせいか血が滲み出ている。
ユーリは何も言わないが、まだ痛みはあるのだろう。それに、ラムセスの手はありがたい。
薔薇な男だが、エジプト屈指の有能将軍だ。運動神経もよければ頭もいい。
これに自分の知能を加えれば、かなり有利な状況になる。ラムセスの助けは決して無駄にはならない。
むしろこちらが助けを借りたいぐらいだ。
 カイルは一点を見つめ、しばらくじっと考えた。
「よし、協力しよう。私達はお前を信じる。
脱出方法が本当にあるにせよ、ないにせよ、まずは生き残ることが先決だ」
 カイルは右手をラムセスに出す。
「そうこなくっちゃな! お前を倒すのはこの俺だ!」
 ラムセスも右手を差し出しカイルに答えた。
 敵将軍とはいえ、今はそんなことは関係ない。ラムセスの知力も体力も
ありがたいものであった。贅沢を言えば、この仲間に万能の知力を持つイル=バーニが
いてくれればもっといいのだが……。イルがどこにいるかなんて検討もつかない。
「ところで、お前らの武器はなんだ?」
 商談が成立したところで早速荷物チェック。
「なべの蓋。落として来たけど」
「薔薇の花」
 カイルのなべの蓋はゾラと戦ったとき盾にしてそのままになってしまった。
ユーリの薔薇の花は役に立つことはないと思もわれる捨ててもよかったのだが、
とりあえずはリュックに入れておいた。
「はっ! とんだカラくじだな。ユーリ、この薔薇の花は俺がもらっておくぜ!」
 ラムセスはユーリが手にしている薔薇を取ると、チュッと頬にキスをした。
「このやろ! どさくさに紛れやがって! ユーリは私の女だ!」
 カイルがまたもや音量を大きくする。
「変わらないな、ムルシリ。それより、ユーリ。足の怪我は大丈夫か?」
 ラムセスはユーリの右足に視線を移した。先ほど走ったためか、また血が流れ出していた。
「あ……」
「どれ、足を見せてみろ。俺様は富山の薬売りならぬ、エジプトの薬売りと呼ばれているんだ。
簡単な消毒薬と薬くらいならある。手当てしてやろう」
 ラムセスは私物の中から、薔薇のケースをだした。中には薔薇印の消毒薬や薬が
たくさん入っていた。
「さあ、これで大丈夫だろう。あっ、薔薇模様の包帯が切れている。何か包帯の代わりに
なるものは……」
 ラムセスはキョロキョロと見まわした。
「じゃあ、これを使ってくれ」
 カイルは自分の頭に巻いていた黄色いバンダナを差し出した。
「髪に巻いていたものなんて不潔だが、まあ仕方ない。薔薇消毒薬でシュッシュッと消毒して……。
これを包帯にしよう。我慢しろよ、ユーリ」
「カイルのバンダナは別にいいんだけど、それよりその消毒薬、薔薇くさいんだけど……」
 ユーリが眉間にしわを寄せて言う。
「贅沢言うな! この状況で手当てしてもらうだけでも感謝しろ!」
 ラムセスの言うことは正しいのか、そうでないのかよくわからないが、傷口の応急処置はすんだ。
「ねえ! それより今何時? ねねの言っていた禁止エリアの放送って全然ないよね」
「今は深夜12時だ。いや、私の持っている時計は5分進んでいるから、正確には11時55分だな」
 カイルの生活は5分前行動。会議もなにもかも、5分間前にはスタンバイしていなくてはならないのだ。
「そういえば……。午前と午後の6時と12時に放送するってい言っていたが、
6時の放送がなかったよな。ねねのバカ忘れたのか?」
「うーん」
 しばらく3人は考えていると、ガサゴソと機械音が外から聞こえてきた。
島の所々に設置してあるスピーカーからの音である。
「ぴんぽんぱんぽーん! あはっはー。ごめーん。書くのに必死で6時の放送忘れちゃったー。
皆さんには禁止エリアを免除しちゃったことになるわね。ごめんねー。
はい、それでは12時の放送です。皆さん元気に戦っていますか?
まず最初に今までに死んだ人でーす!
男子からね。男子6番カパタの髭男、男子7番キックリ、男子10番シュバス、男子12番ゾラ。
次に女子ですね。女子2番アレキサンドラ、女子3番アッダ=シャルラト、女子9番シャラ、
女子17番リュイです。以上8名。順調なすべりだしですね。いいですねー。
それでは次に禁止エリアです。午前2時からA‐8、午前5時からF−2。
とりあえずはこんなところかな♪
みんなー、仲間を亡くしてつらいと思うけど頑張らなきゃだめよー」
 ブツッ。ねねは言いたいことだけ言うとスピーカーを切った。
 やはりカパタの髭男は、死んでいた。木から落ちて気絶したところを
誰かにやられたんだろうか? そのままにしてきたことが、カイルには気にかかった。
それよりもキックリとリュイとシャラが……、それにアレキサンドラ王女も……。
 ラムセスと協力することになり、少し心強くなったカイルとユーリだったが、
放送を聞いてまたもや心臓を素手で捕まれたような締めつけられる気持ちになった。
 やはり戦いは始まっているのだ。認めざるを得ない――。

【残り24人】


 白々と夜があける薄闇の中、恐怖に怯えている人物がここにもいた。
カッシュの弟、サッシュとダッシュである。スタートである建物を出てから
どうしたらよいか分からず、ふらふらとしていた2人は偶然出くわし、
行動を共にしてきたのである。他の者ならともかく、血をわけあった兄弟だ。
信用はある。夜も代わる代わる眠り、体を休めた。
「サッシュ兄さん、これからどうすればいいんだろう?」
「わからないよ。とにかく12時のねねの放送でもう8人も死んでいるんだ。
何回か銃声も聞こえたし……。もうゲームは始まっていると思っていいだろう」
「…………」
 ダッシュは無言になった。こうして話をしているうちにも誰か犠牲になっているかもしれない。
怖くて恐ろしくてならなかった。どうして自分たちがこんな目にあわなければ
いけないのであろう。
「カッシュ兄さんが助けにきてくれないかなぁ……」
 ダッシュはポソッ呟いた。今はカッシュがどこにいるかなんてわからない。
探し出すといっても、それこそ命がけの行為となるであろう。
自分以外は皆、敵なのだから。
「無理だよ。それより、本当にみんな”やる気”になっているのだろうか?
やらなきゃやられると思いパニックを起こしているだけなんじゃないかな?」
「うん。本当はみんな殺し合いなんかしたくないと思うよ。他にも僕達みたいに
恐怖に怯えている人たくさんいると思うんだ」
「そうだよな……」
 サッシュとダッシュは押し黙った。
 こんなことに巻きこまれなければサッシュは将来腕のいい窓の建て付け工事職人に、
足の速いダッシュはギリシャオリンピックでメダルを取り栄光に包まれていたことだろう。
 ――そんなことは今となっては夢となってしまったのである。
「なあ、みんなに呼びかけてみないか? 戦いをやめて協力しようって。
協力し合って何か脱出方法を考えようって」
「どうやってそんなことするの? 一人一人そんなこと言って回るなんてこと
できないよ。第一、”やる気”になっている奴に出くわしたら殺されちゃうかもしれない!」
「あれだよ」
 サッシュは立ちあがりラッパのようなものを手に取った。
 拡声器である。
「それなあに?」
 ダッシュは大きな目をくりくりさせて拡声器を見た。
「これ、声が大きく聞こえるんだよ。マイクみたいな奴。これを使って
島のどこからでも見渡せるところから呼びかけるんだ。戦いはやめようって。
みんなで協力しあって助かる方法を考えようってさ!」
 ダッシュは兄の言うことは名案だと思った。しかし、あまりにも危険すぎないか?
そんな目立つことをしたら”やる気”になっている奴の格好の餌食だ。
仲間を集めるにしては怖い賭けになる。でも、もしカッシュ兄さんが
僕達を見つけてくれたら……助けてくれるかもしれない!
「うん。兄さん。ここでじっと死を待つよりも、助かるために何かしなくっちゃね。
いちかばちかやってみよう!」
「協力してくれるか? ダッシュ!」
 サッシュの心に希望の力が沸いてきた。だが、瞳の奥には恐怖の色がまだ隠せなかった。
ダッシュも同じである。




 ユーリは眠っていた。というより眠らされていたのである。
足に傷を負っているため、少しでも体を休めた方がいい。傷口からのバイキンに耐えるためにも
体力を蓄えなければならない。それにこのゲームは3日間の体力勝負でもあるのだ。
不安と恐怖で眠る気になんてなれないユーリであったが、カイルとラムセスに無理矢理寝かされた。
夜の間はカイルとラムセスが代わりばんこで睡眠をとることになっていた。
2人の心強い紳士? 戦士? が側にいたこともあり、精神的にも疲れていたのか
目を閉じると自然と眠りに陥った。
 朝6時の放送の数分前にユーリは目を覚ました。足の傷はまだ痛む。
昨日はなんだかんだで走りっぱなしだったのだ。安静にしていなきゃならないのに
傷はよくなるわけがない。しかし、ゆっくり休めたせいか、悪くはなっていないようである。
 するとガサゴソと機械音が聞こえてきた。
「おっはー。皆さん起きてくださーい! 朝ですよー。定期放送をはじめまーす。
残念なことに昨日の12時から6時までの死亡者はゼロです。どうしちゃったのかなぁ?
みんな夜は良い子でおねんね? だめですよー。もう! 禁止エリアを増やしちゃうっ!」
 ねねの声は少し怒っていた。
「8時からB-2、D-5。10時からF-5、A-1、A-3。こんなんでどうでしょう!
じゃ、またねっ!」
 またもやねねは言いたいことだけ言うと放送をブチっと切った。
 ユーリはほっとする。誰も死んだ人はいなかったわけだ。やはり夜は皆
行動をセーブするのだろうか? 自分の姿をくらますには闇は良いが、
その分相手の姿も見えなくなるのだ。危険が多い。
 そんなことより、今いる小屋が10時から禁止エリアになってしまう。
すぐに移動する必要はないがここから離れなければならない。
「ここは禁止エリアになる。朝飯食ったらすぐに離れよう」
 ラムセスが2人に言う。
「そうだな」
「朝飯作るぞ! おっとユーリは何もしなくていい。病人は座っておいで。
俺が腕によりをかけてうまいもの作ってやるからな!」
 ラムセスは腕まくりをしてウインクする。
「ちょっとまってよ。アンタの作るものって薔薇ぞうすいとか、
ローズバターのフレンチトーストとか……。そんなものいやよっ!」
 ユーリが私が仕度すると言いながらベッドから出ようとする。
「作りたいのはやまやまだが、あいにく原材料になる薔薇がなくってな。
とにかく任せておけ!」
 親指を立ててユーリに笑顔を向けると台所に走っていった。
いつものチャキチャキのラムセスである。こんな彼を見ていると殺し合いのゲーム
なんて嘘のようだ。ユーリは変な錯覚に捕らわれる。
「さあ、できたぜ! 食っていいぞ!」
 ラムセスはカイルとユーリを読んだ。
「わあ! すごーい!」
 ユーリは感動した。それもそのはず。ラムセスの作った朝食とは
ホカホカの白いご飯に味噌汁、それと納豆だったのだ。
「ヘヘヘ、和食だぜ! すごいだろ!」
「うん! すごい! これはすごいよっ!」
 こんなところで故郷日本の定番朝食が食べられるなんて夢にも思わなかった。
ユーリは味噌汁の匂いに酔ってしまいそうであった。
「なんだこの食事は……?」
 和食を知らないカイルにとってはご飯も味噌汁も納豆も興味の対象にしかならない。
「とにかく食え!」
 ラムセスの言われるがまま、カイルとユーリは箸を持った。
「おいしー! 幸せ♪」
 ユーリは涙を流しながら味噌汁をすする。
「へへへ、嬉しいぜ!」
 ラムセスはユーリの喜ぶ顔を見て嬉しかった。その点カイルは……。
日本食など初めてだったので、箸の持ち方もおぼつかない。味も……
まずくはないが独特だ。得にこの糸を引く納豆ってやつ! 何だ? これは!
「おいラムセス! この納豆っていう豆、腐っているじゃないか! 腹をこわさせる気か?」
 カイルはネバネバした納豆に怒った。
「腐っていていいのさ! これはそういう食べ物なんだ」
「そうよ、カイル。これは大豆を納豆菌で腐敗させたものだから
これでいいのよ。納豆って栄養満点なのよ」
 うんうんとユーリに賛同するラムセス。
「おっ! ユーリは納豆にネギ入れるタイプか。俺と同じだ!気が合いそうだな!」
「やっぱり納豆にはネギとからしよね。大根の葉っぱをきざんで入れると
おいしいって知ってる?」
「おお! そうなのか! 今度やってみよう!」
 ラムセスとユーリの会話には花が咲いていたようである。
 日本食のおかげでラムセスとユーリの仲は深まってるようなので、カイルは面白くない。
しかし、喜ぶユーリの顔を見ると邪魔するわけにもいかず、
仏頂面でただご飯を口にするしかなかった。
 食事が終わり、10時から禁止エリアとなるこの場所を離れようと準備をしていたときである。
「みんなぁー! 聞いてぇ!」
 機械音が3人の耳に入った。ねねの定期放送をするスピーカーから?
いや、違う。もっと声が割れていて性能の落ちるスピーカーから発するような声だった。
声がするのは南から、3人は南の丘の上に視線を向けた。
 カッシュの弟サッシュとダッシュが小高い丘の上でラッパみたいなものを
持って叫んでいる。
「みんなぁー! ここからなら見えるでしょ! 聞こえるでしょ!
僕達は戦いたくありません。だから一緒に考えよう! みんなで考えれば
きっと脱出するためのいい方法が見つかるよ」
 兄のサッシュは拡張器を通して叫んだ。
「僕も戦いたくなんかないー! これ以上、人が死ぬのはいやですー。
だから協力しよう!」
 ダッシュも必死で叫んでいる。
「サッシュ! ダッシュ!」
 カイルは小屋を出て行こうとする。
「待て! ムルシリ! 出て行ってどうする! 誰かにやられるだけだ。
みんなに呼びかけなんかしたって無駄だ。命を縮めるだけなんだ、
ダッシュとサッシュのやっていることは!」
 ラムセスはカイルを止めた。ユーリはどうしたらいいのかオロオロしている。
「じゃあ助けねば! サッシュとダッシュを狙う奴がいるのなら
助けなくてはならない!」
 カイルはラムセスの手を振りほどこうとする。
「無駄に殺されるだけだ! やめろ!」
「でも!」
 カイルとラムセスの言い争いは収まらない。
「なんとかサッシュとダッシュに丘の上から叫ぶのやめさせなきゃ!」
 ユーリもカッシュの2人の弟を助けたい気持ちでいっぱいであった。
「くそっ!」
 ラムセスはそう一言吐き捨てると、銃を手にした。
 ――ドン!
 天に向けて撃った。
「何するの! ラムセス!」
 ユーリは驚く。
「威嚇しただけだ。この銃声で諦めてくれりゃいいんだが……」
 ラムセスは丘の上の2人を見つめる。
「撃つのはやめてぇ〜。戦いたくないのー!」
 銃声を一つたてても、サッシュとダッシュの決心は固いようで、
叫ぶのをやめなかった。
「ラムセス、もう一発打ってくれ!」
 カイルが真剣な瞳で懇願する。
 ――ドン!
 もう一度、天に向かって鉛の玉を放った。
 2人は下がる気配がない。
「くそっ! なんで引き下がらないんだ!」
 ラムセスは苦虫をかみつぶしたような表情で地団駄を踏む。
 次の瞬間。
 ’ぱらららららららららら’
 銃声のような重い音ではなく、機械的な軽い音がした。
 例えるなら、パソコンでブラインドタッチしたときのような音……。
 そうユーリは思ったが、パソコンを知らないカイルやラムセス古代人に
説明しても無駄である。それに音の例えなんてどうでもよいのだ。
 そんなことより。ブラインドタッチの音と共に、サッシュとダッシュは倒れた。
「うわあああああ!」
 2人の苦痛に叫ぶ声が拡声器から拡大されて聞こえる。
 ’ぱらららららららららら’という音はマシンガンの音だったのである!
 誰かがサッシュとダッシュに向けて撃ったのであった。
 背筋がぞっとしてユーリは言葉がでなかった。
「くそっ! やっぱり狙っている奴がいたか……」
 ラムセスが悔しそうに言う。
 マシンガンにやられた2人のうち片方がムクっと動いた。
まだ生きているのだ。
「まだ生きているわ。どっちかしら? あれはサッシュ?」
 そうユーリが希望を持ったのも束の間、再び’ぱらららららららららら’と
ブラインドタッチの音が響いた。
「うっ!」
 拡声器からの短い叫びとともに、サッシュは倒れた。丘の上は2人はピクリとも動かない。
ユーリは足がガクガクした。昨日の傷のせいでガクガクしているのではない。
「ムルシリ、ユーリ! ここをすぐに離れるぞ! さっき俺が撃った銃声から
タイプライターの奴がこっちを狙うかもしれない。それにここは10時から禁止エリアになる。
悲しみや恐怖に浸っている場合ではない。離れるぞ!」
 ラムセスとともにカイルとユーリはその場を離れた。
 ――もうこれ以上耐えられない。ユーリは走りながらいつのまにか泣いていた。
足の傷なんかよりもずっと心のほうが何倍も痛い。
痛いを通り越して、ガラスがボールで砕かれるように、心が粉々に砕けそうな思いであった。

【残り22人】

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