赤髪の白雪姫2次小説
夢に見た光景〜番外編2
続・絵の中の王子



番外編ですが、絵の中の王子の続きの話になっています。
そちらを読んでからお読みください。


本編はこちら




「起きて! おかーさん、起きてよ!」
 小さなゼンは寝ている白雪の体を揺さぶる。
「なに……ゼン。こんな真夜中に……」
「おしっこ行きたい。一緒についてきて」
「トイレなんて、すぐそこでしょ。一人で行きなさ…ぃ……」
 白雪は眠いのか目をつぶったままである。最後は言葉として聞き取れなかった。
「すぐそこじゃないよ。長い廊下の先にトイレがあるんだよ。
真っ暗で怖いから一緒についてきて!」
 小さなゼンは起きようとしない白雪の背中を少々強めに叩いた。
眠りが深いのか、それでも白雪は目を開けなかった。
「じゃあ外ですればいいでしょ……」
「おかーさん、ここは森じゃないんだよ。お城なんだよ! 
外へ行くにも暗い廊下通らないといけないんだよ。起きてっ! 漏れちゃうよっ!」
 小さなゼンは再び白雪に体を揺さぶる。
 夢を見ているのか寝ぼけているのか、母はここがクラリネスの城ではなく、
森の中だと思っているらしい。二人きりで暮らしていた森の家では、
寝室のすぐ隣にトイレがあったので、付いてきてもらわなくても大丈夫だった。
だがここはクラリネス城だ。暗い廊下を通らないとトイレへ行けなかった。
 それに昼間、あの話を聞いてしまった。明るい時に聞いている分には、
それほど怖い話とは思わなかったが、暗い夜に一人で思い返すと怖くなってしまった。
 まだ慣れない夜の城を一人で歩くなんてとんでもないことだ。
「どうした? ゼン?」
 白雪の隣で寝ているゼンが起きあがった。
「おしっこ行きたい。廊下が真っ暗で怖い……」
 小さなゼンは父に呟く。
「わかった。一緒に行こう。お母さんは昔から一度寝るとなかなか起きないんだ」
「うん、一緒に行く!」
 小さなゼンは笑顔になる。
 ゼンが寝台から起き上がると、「よろしく……」という眠たそうな白雪の声が微かに聞こえてきた。
 一応は起きているらしい。


 


 小さなゼンと手を繋いで寝室から出た。
 夜の城は小さなゼンが言うとおり、あまり気持ちの良いものではない。
 外は暗く、窓から青白い月明りが廊下を不気味に照らしていた。
 長く続く廊下の先は真っ暗で、まっすぐに進むとそのまま暗闇に溶け込んでいってしまいそうだった。
 壁に数十枚の絵が飾ってある廊下に差し掛かった。
 突然、小さなゼンと繋いでいる手にギュっと力が入る。どうしたのかと思い顔を覗き込むと、
ギュッと目を閉じ、不自然に絵の方を見ないようしている小さなゼンがいた。ゼンの手を強く引っ張り、早足で進もうとしているのだ。
 壁を見ると、数十枚の絵が飾ってあった。
 その中に『絵の中の王子』の絵が、昔から変わらぬ場所に飾ってあった。
 絵の前を足早に通り過ぎようとする小さなゼン。
 誰かに『絵の中の王子』の話を聞いたのかもしれない。それで夜中に一人でトイレに行くことが怖いのだ。
 トイレに着き、小さなゼンは用を足す。
 スッキリした顔でトイレから出てきた小さなゼンと一緒に、また手を繋いで廊下を歩いていった。
 やはり絵の中の王子の前だけ、目をつぶり早足で通り過ぎようとしていた。
 小さな頃、絵の中の王子の話を聞いた時には怖くてたまらなかった。
自分も絵の中に引き込まれてしまうのではないかと思い震えあがった記憶がある。
大人になると、そんなに怖いものではないということがわかった。
 今、小さなゼンに説明したかったが、怖がっている真っ最中のゼンに説明することは酷である。
またの機会に説明すればいいと思い、手を繋いで部屋へ戻り、一緒に眠りについた。





 翌朝。
 小さなゼンは夜中にトイレに行ったことなどすっかり忘れて、元気いっぱいに朝食を食べていた。
 白雪も夜中のトイレの話などしなかった。もしかしたら起こされたことも覚えていないのかもしれない。
 今日の午前中は小さなゼンの剣術の稽古をする予定だった。
 二人で部屋を出て、昨日の夜に通った長い廊下を歩いてゆく。
 廊下の途中でゼンは歩みを止めた。絵の中の王子の絵をじっと見つめる。
「どうしたの? お父さん」
 ゼンは群青色で描かれた暗い雰囲気の絵を見つめる。小さなゼンも不安そうに絵を見つめていた。
「この絵、怖いか?」
「うん、怖い。僕も絵の中に吸い込まれるんじゃないかって考えると怖いよ」
「そうか、怖いか……」
 ゼンは絵を見つめる。群青色のキャンパスは暗い印象しか放っていなかった。
いつ見ても少々気味が悪い。確かに、自分も小さなゼンと同じ年頃にはこの絵がとても怖かった。
 今はもう、絵の理由がわかったから怖くはない。だから自然と笑みがこぼれる。
「お父さん、怖くないの? 笑ってる……」
 小さなゼンはゼンの顔をじっと見つめていた。
「ああ、怖くないな」
「なんで? 王子は絵の中に閉じ込められちゃうかもしれないんだよ!?」
 小さなゼンは大きく目を見開き、信じられないという表情でゼンを見つめる。ゼンは声に出さずに再び笑う。
「絵の中の王子がなんで絵の中に閉じ込められてしまったか、知っているか?」
「えーっと、絵を描くことが大好きだった王子は、王様じゃなくて絵描きになりたかったんだよね。
だから絵描きになれるように魔法使いにお願いしたら、絵の中で大好きな絵を一生描いていればいいって、閉じ込められてしあったんだ」
「そうだな」
 魔術師が魔法使いになっているが細かいところは気にしないでおくことにした。
「でも絵の中の王子はちゃんと帝位についたんだぞ」
「そうなの?」
 絵を見ていた小さなゼンは驚いてゼンのほうを振り返る。
「ほら、この絵の下にあるサインを見ろ」
 ゼンは絵の右下に書いてあるサインを指さす。
「これは俺のひいひい爺さんの名前だ。ゼンはクラリネスの歴代の王の名前をもう覚えたか?」
「ごめん、まだ覚えてないよ」
 小さなゼンは申し訳なさそうに言った。
「ゼンから見るとひいひいひい爺さんになるな」
「ひいひい、いっぱいつくねぇ〜」
 小さなゼンは不思議そうに父を見る。
「そうだな。絵の中の王子はちゃんと帝位に就いて、王として立派に国を治めたという記録が残っている。
だから絵の中に閉じ込められたわけじゃないんだ。怖がることはない」
 ゼンは息子の肩に優しく手を置く。
「そうなの? じゃあどうして絵の中に閉じ込められたなんてお話になっちゃったの?」
「うーん、これは想像だが、絵の中に閉じ込めたのは、絵描きになりたかった気持ちだったのかもしれないな……」
「絵描きになりたかった気持ち?」
 小さなゼンは意味が分からなくて、少し高い声を上げた。
「ああ、この廊下に飾ってある絵は、みんなゼンのひいひいひい爺さんが描いたものなんだ。
本当は王様ではなく、絵描きになりたかったのかもしれないな
その気持ちを一枚の絵に閉じ込めたんじゃないかな……」
「うーん、よくわからないけど、絵の中の王子は怖くないってこと? 
幽霊じゃないの? 僕は絵の中に引き込まれたりしない?」
「ああ、幽霊なんかじゃない。絵の中に引き込まれたりもしないぞ」
 ゼンは息子を怖がらせないよう、自信を持って言った。
「お母さんもね、お化けも幽霊もいない。だから怖くなんかないって言うよ」
 ゼンは目を丸くして一瞬言葉を失った。自分が知っている白雪は怖い話が苦手な白雪だ。
「し、白雪がそう言ったのか?」
「うん、お母さん、お化けなんか全然怖くないって!」
 ――もうずっと前のことになる。
 暑い夏の夕方、涼しくなるようにミツヒデ、木々、オビのみんなで怖い話をしたことがあった。
他のみんながどんな話をしたのかは覚えていないが自分は『絵の中の王子』の話をしたことだけは覚えている。
 白雪は怖い話が苦手で青い顔をしていた。
 その白雪が息子に「お化けなんかいない、幽霊なんか怖くない」と言うのだ。
 随分、母はたくましくなったものだと思う。感心してしまった。
「そうか……、でももう『絵の中の王子』のことは怖くなくなっただろ?」
「うん、絵の中の王子はちゃんと王様になったんだね。
それに絵の中の王子は王様になってもたくさん大好きな絵が描けたんだね」
 小さなゼンは廊下に飾ってある数十枚の絵を見つめて笑う。
「そうだな」
「僕も絵の中の王子のように、頑張るよ! 剣術の稽古も嫌いな政治の勉強もちゃんとやるようにするね!」
 小さなゼンは父の顔を見てニコリと笑う。
 王宮には、森で育った小さなゼンのことをよく思わない者たちがいる。
 下賤な育ちだと聞えよがしに言われることもあった。
 王宮に来たことが小さなゼンにとって良かったのか、そうでなかったのかまだわからない。
 でも小さなゼンは必死にこの王宮に慣れようと、王子として皆に認めてもらおうと努力しようとしている。
 ゼンの胸にぐっとこみ上げるものがあった。
「ゼンー!」
 廊下の向こうから白雪の声が聞こえた。二人のゼンは同時に振り向く。
「おかーさん……」
 小さなゼンが白雪を見て呟く。
「ゼンー! ちょっとこっちにきなさい!」
 白雪がこっちに向かって手招きをしている。どうやら呼んでいるのは大きなゼンではなく小さなゼンのようだ。
「ちょっと行ってくるね、おとーさん!」
 小さなゼンは白雪の元へ長い廊下をかけてゆく。
 ゼンは軽くため息をついて、壁に飾ってある絵の中の王子の絵を見る。
 群青色のキャンパスに描かれた王子の絵はいつ見ても不気味だ。小さなゼンが怖がる気持ちもよくわかる。
 暗い雰囲気の絵を懐かしい思いで見つめていると、中央に描かれた王子もぼんやりとこちらを見ていた。
「えっ!?」
 一瞬だが、絵の中の王子が微笑んだような気がする。ゼンは目をこすり、もう一度絵の中の王子を見つめる。
 ――前にも同じようなことがあったような気がする。
 ずっと前のことでいつだったかは思い出せない。
 だが、絵の中の王子を見ると、前は無表情に見えた顔が今は少しだけ笑っているように思える。
 王子は笑っているのだから、きっと満足した人生を送ったに違いない。
 絵の中の王子の話を聞いたのは、ちょうど息子くらいの年だった。
 兄上にしっかり勉強しなければ絵の中にお前も吸い込まれるぞと脅されたのだ。
 当時は本当に吸い込まれてしまうのではないかと思い、小さなゼンと同じくらい怯えていた。
 なんだか繰り返しているのだなと思う。
 そして、この絵を息子と一緒に見る日が来るなんて思ってもみなかった。
 ゼンは思わずクスリと笑ってしまった。
 窓の外から眩しい太陽の灯りが射し込んでいた。
 廊下に並ぶ数十枚の絵は、いつもと同じ場所に静かに並んでいる。いつもと同じ光景である。
 白雪がいて小さなゼンがいて、ミツヒデ、木々とその子供たち、オビもみんなそばにいる。
 そんな当たり前の毎日がとても大切で、今ではかけがえのないものだと思うようになった。

 ゼンは廊下を歩きはじめる。
 コツコツと靴の鳴る音が静かに廊下に響いた。

 クラリネスの王宮は、今日もこうして時を刻んでゆく――。


♪おわり







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