夢の雫、薔薇色の烏龍
(ゆめのしずく、ばらいろのウーロン)
2017年9月号サイドパロ
【あらすじ】
ギュルバハルの息子であるムスタファとヒュッレムの息子であるメフメトは
後宮の中庭で「狩り遊び」を楽しみます。メフメトの弟、セリムはおとなしい性格からなのか、
怖がって兄たちの遊びには参加しようとしません。
狩り遊びの様子をハディージェから聞いたイブラヒムは、セリムを心配します。
一方、スレイマンは来年ハンガリーに軍を送ると言います。
戦いに備え、スレイマンはある者を呼んでありました。
現れたのはハディージェの息子の本当の父親、アルヴィーゼ・グリッティでした。
【サイドパロ】
「ラムセス、僕にも剣術教えて!」
ヒュッレムの皇子メフメトがラムセスの右腕に抱きつく。
「あっ、今日は僕の稽古をする日なんだから、メフメトはまた今度だよ!」
ムスタファがラムセスの左腕を取った。
両手に花……いや、両手に皇子の状態であるラムセスは穏やかに笑う。
「殿下方、今日はお二人一緒に稽古をしましょうか」
「本当に? やったぁ!」
ラムセスが提案すると、ムスタファとメフメトは手を挙げて喜んだ。
内緒でムスタファに剣の稽古をつけていたことが、あっけなくバレてしまった。
ムスタファの母であるギュルハバルの耳にも入ってしまったようだが、
剣の稽古に反対を示す様子はなく黙認してくれているらしい。
週に一回のムスタファとの剣の稽古を止められることはなかった。
「ラムセス」
背後から美しい声がした。ラムセスが振り向くとヒュッレムがセリム皇子と手を繋いで立っていた。
「はい。何でしょうか? ヒュッレム様」
「セリムにも剣の稽古を一緒につけて欲しいの。お願いできるかしら?」
ヒュッレムは幼いセリムの手を引き、ラムセスの前へ一歩出す。
「やだっ! 剣の稽古怖いからやだっ!」
セリムはラムセスに背を向け、泣きながら母の足元に抱きついた。
「セリム、ラムセスは優秀な剣の使い手なのよ。お兄様方と一緒に稽古をつけてもらいましょう」
「やだっ!」
ヒュッレムは泣いている我が子を宥めながら、なんとかラムセスに剣の稽古をつけさせようとする。
「恐れ多くもヒュッレム様。嫌がっている殿下に無理やり剣の稽古をつけては、
剣がお嫌いになってしまいます。セリム殿下はまだお小さい。もう少し大きくなってからでも良いと思います」
「そうですよ。ヒュッレム様。僕も剣の稽古を始めたのはラムセスがここに来てからです。
小さなセリムにそんな急ぐことないですよ」
ムスタファもラムセスに同意した。
「でもっ! セリムにも剣の稽古をっ!」
ヒュッレムの足元でセリムが大声で泣き始める。剣の稽古は嫌だと泣きじゃくる。
この状態では剣の稽古は無理である。
「ヒュッレム様。セリム殿下に稽古を急ぐ必要が何かおありですか?」
ラムセスはヒュッレムをまっすぐに見つめる。その視線を感じ取ったのかヒュッレムはラムセスのオッドアイから目をそらした。
「い、いいえ……特に何も。今日はいいわ。行きましょう、セリム」
ヒュッレムは泣いているセリムを抱きかかえ、女官たちと一緒に後宮へ入って行った。
ラムセスはムスタファとメフメトに剣の稽古をつけながら考える。
ヒュッレムはセリムを帝位につけたいのだ。だからあんなに剣の稽古を急ぐのだ。
狩りの練習を見ても、兄であるムスタファやメフメトの方が優秀であることは誰の目から見てもわかる。
おとなしい性格のセリムは武術よりも勉学に向いているのかもしれない。
だけれども、それでは駄目なのだ。武術も勉学も兄二人よりも長けていなければならない。
イブラヒムはメフメトを次の皇帝には押してくれない。
ヒュッレムには、確実にスレイマンの子であるセリムを帝位につけなければならないという焦りがあるのだろう。
ラムセスは稽古を側で見ていたソコルル・メフメトとチラリと視線を合わせた。