夢の雫、薔薇色の烏龍
(ゆめのしずく、ばらいろのウーロン)



13.ロードス島


 地中海から船でロードス島へ渡った。
 ロードス島は、薔薇の花咲く島と言われるだけあって、
気候が温暖で過ごしやすい穏やかな島であった。
エジプトのような照り付ける暑さも、イスタンブルの氷のような冷たい風も吹くことはない。
薄手の服を一枚羽織るだけでよい、風土気候の良い島であった。
地中海の楽園と呼ばれるだけのことはある。だから皆、交通の要所でもあるこの島を欲しいのだ。
「薔薇の花咲く島だって聞いたのに、どこにも薔薇はないじゃないか……」
 ラムセスはロードス島に降り立ち、最初に思った。もし薔薇が咲いていれば、
烏龍茶に入れる土産に持って帰ろうと思っていたのだ。
「薔薇が咲いていたのは古代らしいぞ。薔薇は咲いていないがほら、
綺麗な花が沢山咲いているじゃないか」
 イブラヒムに言われ、風にそよぐ草原を見渡す。
 ブーケンビリアの赤紫、ハイビスカスの真紅、夾竹桃の白、レモンの黄色。
わかるだけでも色とりどりの花たちがラムセスの目を楽しませてくれている。
確かに、ここは楽園のようであった。大砲と、城壁さえ目に入らなければ……。
ロードス島は城壁で囲まれた島である。この城壁を崩すために、オスマン軍の大砲が必要なのだ。
オスマン軍は城壁を崩すため、到着後すぐに大砲の砲台の準備に取り掛かっていた。


***

 ドーン、ドーン。
 ラムセスは大砲の音に耳を塞ぐ。
 いよいよ、戦闘開始。ロードスの城壁を崩すため、大砲が次々と打ち込まれる。
ものすごい破壊力で、城壁なんて一瞬で崩れ去ると思いきや……そうではなかった。
 大砲は、城壁へ当たるときもあれば、当たらない時も結構あった。
当たった時も、うまく城壁の崩れやすい部分に命中すれば一気に崩れていたが、
強固な部分にぶつかったときは少々の凹みができるだけだった。
「なんだか……苦戦しているなぁ」
 ラムセスは呟く。
 スレイマンやイブラヒム、高官たちも城壁が思ったよりも強固で戦況が
なかなか進まないことに苛立ちを覚え始めていた。
1か月ほどたっても全く状況が変わらなかった。
スレイマンは総司令官である第二宰相であるムスタファを罷免し、
なんと小姓の身分であるイブラヒムを総司令官の命じたのである。
これには高官たちはもちろん、その場にいる皆が驚いた。
イブラヒムは総司令官の座を受けなかった。他にやりたいことがあると、
スレイマンにこっそり耳打ちしていたのである。イブラヒムはロードスの場内へ潜入し、
中から崩していきたいとスレイマンに申し出た。ラムセスは一緒に潜入しようと彼についていった。
「ラムセス、お前は留守番だ。私の代わりにスレイマン様に仕えていろ」
「俺も城内に行く!」
「ダメだ。お前はギリシャ語ができないだろう。潜入してもすぐ捕まるだけだ」
「うっ!」
 痛いところを突かれた。
イブラヒムはラムセスを置いて、アルヴィーゼの導きで城内へ入っていった。

 ギリシャ人として城内へ侵入したイブラヒムであったが、不審者としてすぐに捕まり、
牢へ入れられた。牢には他にも同じ不審者として捕らえられた者たちが大勢いた。  
そこに見覚えのある瞳を持つ人物がいた。
イブラヒムは溜息をつく。
「ラムセス、何故お前がここにいる……」
「俺も不審者として捕まったんだ」
 サラリとラムセスは答える。イブラヒムは眉間に手を当てて俯く。
まあ、今ここで大声でしかりつけても目立つだけである。
知り合いと分かってはスパイの容疑もかけられる可能性もある。
ラムセスを叱りたい気持ちはあったが、静かにラムセスと捕まっている振りをすることにした。
「イブラヒム。少しわかったことがあるんだ」
「何だ?」
「ここの城壁はなかなか崩れないだろう。それは、腕のいい建築技師が夜中に
全部直してしまうらしいんだ。ガブリエル・タディーノという小柄な中年男らしい」
「ああ、知っている。昨日、別のギリシャ人から聞いたよ」
「そうか……。じゃあこっちの情報はどうだ?」
「なんの情報だ?」
 イブラヒムは静かにラムセスの話を聞く。
「ロードスの奴らはだいぶ気が立っている。お互いがスパイじゃないかと疑心暗鬼になっているらしい。
だから、オスマンのスパイがいる……という情報をこっそり流すんだ」
「どうやって……」
「俺に任せとけ!」
 ラムセスは自分の胸をドンと強く叩いた。
 ラムセスはしばらく牢の中でじっとしていた。しばらくすると食事の時間になった。
食事を持ってきた若い女にラムセスは近寄る。そしてそっと手紙を渡した。
「あの若い女、俺に気があるって言ってきたから……ちょっと役にたってもらおうかと思って……」
 ラムセスはオッドアイの金色のほうの瞳を瞑る。
 ラムセスとその女の手引きで、城内にスパイがいるとの報がまわった。
ファルネーゼ副団長が騎士であるパリゾ・ヴァレッテに殺された、内部分裂を起こしたのである。

 ロードス島、ヨハネ騎士団はオスマンの降伏勧告を受け入れ、城壁にオスマン旗が上がった。





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