オーシャンズ天河


宝塚、宙組公演の「天は赤い河のほとり(以下、天河)」と「オーシャンズ11」のパロディです。
もし、天河のカイル(真風涼帆)とラムセス(芹香斗亜)が、
オーシャンズ11のダニー・オーシャンとラスティ―・ライアンに転生したら……?

宝塚ファンの方は宝塚目線で、
天河ファンの方は天河目線で楽しんでいただけると嬉しいです(*^-^*)。

【注意!】パロディなので、少々(かなり?)イメージが崩れているかもしれません。
ご了承の上お読みください。

台詞もねねがテキトーに……いえ、パロディ風にアレンジしています。
軽い気持ちで呼んでください♪


ねねの得意な画像の加工♪


  オーシャンズ11 天河  このお話の略称
真風 涼帆 ダニー・オーシャン カイル ダニー・カイル
星風 まどか  テス・オーシャン  ユーリ テス・ユーリ
芹香 斗亜 ラスティー・ライアン  ラムセス ラスティ―・ラムセス
桜木 みなと  テリー・ベネディクト  ザナンザ(カイルの心優しい弟) ベネディクト・ザナンザ
凛城 きら  弁護士ニック・スタイン
ルーベン・ティシュコフ
キックリ ニック・キックリ
寿 つかさ  ソール・ブルーム  シュッピルリウマ王  
蒼羽 りく  バシャー・ター ルサファ   
和希 そら ライナス・コールドウェ  カッシュ ライナス・カッシュ
留依 蒔世  マイク ミッタンナムワ  
純矢 ちとせ  クィーン・ダイアナ ナキア ダイアナ・ナキア
遥羽 らら  ポーラ ネフェルト(ラムセスの妹) ポーラ・ネフェルト 


【序章】 【1】 【2】 【3】

【序章】

 ダニー・オーシャンは夢を見ていた。
 乾いた風が吹く赤い台地。
 鉄を含む大地の砂は赤く、見渡す限り何処までも広がっていた。
 赤い河、マラシャンティアが流れるこの広い広い台地は、自分が治める国であった。
 馬に乗った自分は、乾いた風の吹く赤い台地を駆け抜けていた。
 皇子として生まれた自分は、数々の困難を乗り越えて皇帝となった。
 隣には愛する皇妃と頼りになる側近たちがいる。隣国エジプトとの関係も友好であった。
 ダニー・オーシャンが時々見る夢。
 それは遠い遠い昔――。
 前世の記憶だったのである。
 最愛の皇妃タワナアンナが、自分の名前を呼び笑いかけてくれる。その笑顔に心が温まる思いだった。
 この思いをずっと覚えていられるよう、皇妃の顔をしっかりと脳裏に焼き付けておこうと毎度願ったが、
目が覚めると皇妃の顔はもやがかかり忘れてしまっていた。
 夢を見ていたことさえ、忘れてしまうのである――。
 
 ダニー・オーシャンは刑務所のベッドから起き上がった。
 心地よい夢を見ていたような気がするが、毎度のことであるが、夢の内容は覚えていなかった。
 今日は仮釈放の日である。
 服役中のダニー・オーシャンの元には、弁護士ニック・スタインが一枚の紙を持って面会に来ていた。
 妻テスから依頼されている離婚届である。
「サインする気はない。持って帰ってくれ」
 ダニーは弁護士に離婚届を突き返した。
 天井が低く、薄暗い面会室でダニーは不機嫌になる。
 妻テスとは、刑務所から出たらやり直すつもりであった。離婚届にサインするつもりはない。
 しかし、テスは弁護士を通して何度も離婚届にサインをするよう迫ってきていた。もうやり直す気持ちはないのかもしれない。
 それを考えると、狭く薄暗い面会室と同じくらい暗い気持ちになった。
「何度ここへ足を運んでいると思っているんだ。いい加減にサインしてくれ!」
 弁護士はもう一度、離婚届をダニーの前へ突き出した。
「サインしないと言っているだろう」
 ダニーは離婚届から顔を背けた。
 弁護士ニック・スタインは、ため息をついた。
「そうも言ってられないぞ。テスは今度、新たに建設されるホテルのショースターに抜擢された。
そのホテルの建設者、ベネディクトとロマンスの噂がある。もう彼女の心はそちらにあるんじゃないかね……」
 弁護士は離婚届の隣に新聞の記事を置いた。美しいテスとホテル王ベネディクトが紙面を飾っていた。
「なにっー!」
 ダニーは驚き、勢いよく立ち上がった。
 次の瞬間――。
 ゴンという鈍い音が響いた。
 刑務所の面会室の低い天井にダニーは頭を強打したのだ。
 ダニーの目の前に無数の星が飛んだ。立っていることができず、ダニーが床に倒れると、二度目のゴンという鈍い音がした。
 重い頭が先に床に着地したため、床に再び頭を強打した。
 目の前の星の数が更に増え、ダニーは意識を失った。

 ダニーは朝方見た夢の続きを見ていた。
 隣にいる皇妃の名前はユーリ・イシュタル。
 平民出身の異国の少女であったが、見事タワナアンナの地位にまで上り詰めた。
 側近のキックリ、イル=バーニ。カッシュ、ルサファ、ミッタンナムワの3隊長。
 心優しい弟のザナンザ。父であるシュッピルリウマ王。
 ユーリのことを狙っていたエジプトのラムセス。今は滅んでしまったが、ミタンニの黒太子。
 早世した者もいるが、皆、心強い仲間たちであった。
 今度こそ、この夢を覚えておこう。愛する者たちの顔をしっかりと脳裏に焼き付けるのだ。
 ダニー・オーシャン。前世の名、カイル=ムルシリは、そう強く強く願った……。
「オーシャン、ダニー・オーシャン。大丈夫ですか?」
 ダニーは目を開けた。
 目の前にはキックリの顔があった。
 ダニー・カイルはゆっくりと起き上がる。
 キックリの隣では、刑務所の看守が少々心配そうな面持ちで見ていた。
「キックリ……」
 ダニーは思わず前世の側近の名前を呟いた。
「は? 何を言っているんです? ダニー・オーシャン?」
「キックリじゃないか。何をしてしているのだ?」
 ダニーはぶつけた頭を抑えながら起き上がった。
「何って……、あなたの妻、テスからの離婚届を持ってきたんですよ。それに私はキックリなどという名前ではありません。
テスの離婚調停弁護士ですよ」
 ダニーの前に再び新聞が差し出された。
 妻、テスとラスベガスのホテル王ベネディクトが紙面を飾っていた。
 ダニーは……カイル=ムルシリはハッとする。
 同時に走馬灯のように過去と現代の記憶が脳内を一瞬のうちに駆け巡る。
 ああ、そうか。そういうことか。
 前世の記憶、古代ヒッタイトに生きていた自分たちは、生まれ変わってこの世界に生きているのだ。
 目の前にいるキックリも、今は弁護士ニック・スタインとして生きている。
 前世の記憶は失われている。キックリと呼んでもわからないのだ。
「ああ、そうだったな……。変なことを言って悪かった……」
 ダニーは差し出された新聞に再び視線を落とす。
 紙面には、妻テスとホテル王ベネディクトがいた。
 ダニーカイルは頭の中で今ある状況を整理してみた。

 妻テス=ユーリ。

 ベネディクト=弟ザナンザ。

 2人にはロマンスの噂。

 テス(ユーリ)はベネディクト(ザナンザ)の婚約者。

 そして自分は……ユーリから離婚届を突き付けられている。

「だめだー! 許せーん!」
 ダニーカイルは、新聞を握りしめ、立ち上がった。
 弁護士ニック・キックリは驚く。
「とにかく離婚届にサインはしないぞ。弟ザナンザにユーリを取られるなんて考えられない!」
 突然怒りだしたダニーカイルは、弁護士ニックキックリに離婚届を突き返し、部屋を出て行った。
「オ、オーシャン?」
 離婚届と一緒に残されたニックキックリは呆然としていた。


 ラスベガスのホテル王ベネディクトと言えば、ろくな噂がない。裏でかなりの不正をしてラスベガスをコントロールしているという噂を聞いたことがある。
 そんな男に、妻テス・ユーリを取られてたまるものか!
 弟ザナンザにユーリを取られるなんてそんなことは嫌だ。
 そして弟ザナンザは不正や黒い噂が立つような人物ではない。前世では心優しい弟だったのだ。
 現代のこの環境が、弟ザナンザを黒い心にしてしまったのだ。
 ユーリの心を取り戻し、ザナンザも会心させなければならない。
 
 ダニー・カイルは刑務所を出所し、まっすぐにラスベガスへと向かっていった。
 


【1】

 ベネディクト・ザナンザからテス・ユーリを取り戻すため、ダニー・カイルはラスベガスへ向かった。
 前世の記憶が蘇ってしまったダニー・カイルは、現世での身の回りの者たちのことを考えた。
 先ほどの弁護士は、どう見てもキックリだ。だが、キックリと呼んでも、弁護士は何も反応しなかった。
自分のことを、『ダニー・オーシャン』と呼んでいた。前世の記憶はないのであろう。
 来世でもユーリと夫婦でいられることは、この上ない喜びだ。
 ――だが、今は離婚の危機にある。
 よりによってユーリを取られるのは、悪の心を持った弟のザナンザだ。冗談じゃない。
 現世では弟ザナンザはラスベガスのホテル王だ。まともに向き合ったら叶う相手ではない。
 協力者が必要である。
 幸い、有能な元側近たちが現世でも身の回りにいるようだ。一番頼りになるのは、敵国の将軍だったラムセスだ。
 現世では相棒でもあり、親友でもある。
 ラムセスと協力してなんとか、弟ベネディクト・ザナンザからユーリを取り戻せないだろうか。そして、ザナンザを心優しい弟に改心させるのだ。
 あ、でも……。ラムセスの現世での名前はなんだっけ……。
『ラ』から始まるのは同じはずなんだが……。
 ダニー・カイルは、ラムセスの現世での名を思い出せずに悩んでいた。
 悩んでいるうちにラスベガスに到着した。
 今日は、ベネディクトが新たに建設するホテルの記者発表会がある。テス・ユーリはホテルの看板スターとして紹介されるという。
 ダニーカイルは記者発表会に潜り込んだ。
 久々に見たテス・ユーリの姿は美しく、やはり離婚などは考えられなかった。隣には、自分ではなく、ザナンザ・ベネディクトがいる。
前世の記憶を取り戻した今は、なんとも複雑な心境である。
 記者会見場見渡すと、ラムセスの姿が目に入った。
 そうだ。ラムセスの現世の名は『ラスティ―・ライアン』だ。思い出した。
 ラスティーの名を確信したところで、当の本人と視線があった。
 ダニー・カイルのほうへ笑顔で向かってくる。
「ダニーじゃないか。釈放されたんだな! いいのか? ラスベガスに来て、仮釈放中じゃないのか?」
「ああ、ユーリがホテルの看板スターとしてデビューすると聞いていても経ってもいられなくて来たよ、ラムセス!」
「……」
 ラスティー・ラムセスの表情は固まっていた。ダニー・カイルはハッとした。
 テスのこともラスティーのことも、前世での名前で呼んでしまったのだ。前世の記憶があるのは自分だけなのだ。きっと変に思われている。
「あ、ああ……ラスティー……元気だったか?」
 ラムセスの現世の名前を絞り出す。
 ラスティー・ラムセスは、ダニー・カイルに顔を近づける。
 襟元をつかまれ、ぐっと顔を引き寄せられた。キスされるのかと思い、ダニー・カイルは目を見開く。
「お前、ムルシリか?」
「えっ!」
「中身はヒッタイトの……カイル=ムルシリだろう?」
「ラ、ラムセス!」
 ダニー・カイルは大きな声でラスティーの前世の名前を叫んだ。
「しっ! 前世の記憶があるのは、どうやら俺たちだけのようだ。前世の名前で呼び合っても、周りからは変に思われる。今の名前で呼ぶんだ」
 ラムセスの顔がすぐ目の前に迫る。
「わ、わかった」
 ダニー・カイルは直前にあるラムセスの瞳を見て頷いた。
 今まで気づかなかったが、左右の瞳の色が違う。生まれ変わってもラムセスは……ラスティーはオッドアイなのだ。
 微弱な電気が全身を流れるように、じわりと感動がダニー・カイルに広がる。
 他の者に話を聞かれないよう、2人はお互い囁くような小さな声で話していた。
 騒がしいラスベガスでは、身をぴったりと寄せ合わないとラムセスの声が……、カイルの声が……聞こえなかった。
 ダニー・カイルは、ラスティー・ラムセスに今ある、困難を打ち明けた。
 前世、妃であったテス・ユーリに離婚届を突き付けられていること。そして、テス・ユーリを前世弟のザナンザ・ベネディクトに取られそうになっていること。
 黒い心を持ってしまったザナンザ・ベネディクトをなんとか、心優しい元の弟に戻したいということを相談した。
「テス・ユーリが俺のものになるのならともかく、ザナンザ・ベネディクトに取られるのは気に入らない。
ユーリを幸せにできるとは思えないしな……よし! 2人で協力して、ユーリを取り戻そうじゃないか」
 ラスティー・ラムセスは、ダニー・カイルの困難に共に立ち向かってくれることを誓った。
「本当か! ラムセス……いや、ラスティ!」
「ああ、協力する。だが、俺たち二人では、ラスベガスのホテル王、ベネディクトに対抗することはできない。
それには仲間が必要だ」
「そうだな、仲間が必要だ。この世界には、心強いメンバーが生まれ変わってる。
ヒッタイト・エジプト・ミタンニの連合軍でメンバーを集めようじゃないか!」
「ああ!」
 ダニー・カイルとラスティー・ラムセスは手を組み、仲間を集めて、ラスベガスのホテル王、ベネディクトに立ち向かう決心を固めた。


【2】

 仮釈放中のダニー・カイルはあまり動くことができなかったため、ラスティー・ラムセスが仲間を集めてくれた。
 各分野の専門知識を持つ仲間たちが、ダニー・カイルとラスティー・ラムセスの元へ集まった。
 資産家のルーベン(キックリ)、カジノディーラーのフランク(ネフェルティティ)、爆弾の専門家バシャー(ルサファ)、
変装のモロイ兄弟(ゾラと少年黒太子)、曲芸師のイエン(神官)、通信技師のリヴィングストン(シュバス)、
老人の天才詐欺師ソール(シュッピルリウマ王)が揃った。
「みんな集まってくれてありがとう。なんと素晴らしい! ヒッタイト、エジプト、ミタンニの有能将軍の連合軍だな……」
 ダニー・カイルが満足そうな面持ちで頷く。
「ムルシリっ! 俺たち以外に前世の記憶がみんなにないんだ。ヒッタイトとかエジプトと言ってもわからないぞ」
 ラスティー・ラムセスが耳打ちする。
「ああ、そうか……。ん? 一人足りないぞ。カッシュ……いや、伝説の泥棒の息子、ライナスはどうした?」
「それが……、伝説のスリと謳われた父親といつも比べられるせいか、いじけて今回の計画には参加したくないというんだ……」
 ラスティー・ラムセスが申し訳なさそうに言った。
「仕方ない、私がカッシュを…・・・ いや、ライナスを説得に行こう!」
 ライナス・カッシュの元へ行くと、ジャンパーを着た寂しそうな背中が見えた。
 数千年ぶりだが、ヒッタイトの3隊長の一人、カッシュである。
 ダニー・カイルはライナス・カッシュの隣へ腰をおろし、まず彼の話を聞いた。
 事あるごとに、伝説のスリと謳われた父親と比べられ、自信をなくしていたのだ。
父親のような才能はなく、自分は父親と同じような天才にはなれないと落ち込んでいたのだ。
「どうせ俺なんて……」
 落ち込んでいるライナス・カッシュの背中を手のひらで軽く叩いた。
「別に父親にのようにならなくとも、ライナスはライナスのままでいい。
無理して真似をしたり、今、背伸びをして父親に追いつこうとしなくったっていいんだ」
「でも……」
 ライナス・カッシュはいつ向いたままであった。
 ダニー・カイルは説得を続ける。
「ライナスが父親と全く同じになってどうする? 父親と同じになる必要はないんだ。
ライナスが有能な戦士だってことは、紀元前から……いや、ずっと前から知っている。
今回の計画にはライナス、お前の力が必要なんだ。諦めたらそこで試合終了だぞ!」
「試合終了……」
 某バスケ漫画の名セリフにライナス・カッシュはハッとする。
「天才といわれた父親も、悩んでいる時期もあったはずだ。今、ここで諦めたら、父親とどんどん差が開くことになるぞ」
 ダニー・カイルは、力強くライナス・カッシュの肩を叩いた。
 ダニー・カイルを見つめるライナス・カッシュ。彼の瞳にもう迷いの色はなかった。


 ラスベガスのホテル王、ベネディクトを陥れるための策、それは金庫破りであった。
 いよいよ計画を実行の日。
 カジノ内の防犯カメラをハッカーであるリビングストンがハッキングする。
 ダニー・カイルはわざと不審な行動をして、ベネディクトの部下に捕まった。
 他のメンバーもあらゆる手を使いカジノに侵入していった。
 カジノ内で停電を起こしセキュリティを麻痺させる。
 ダニー・カイルとラスティ―・ラムセスは金庫に辿りついた。
 見事計画は成功したのである。

 金庫の金をすべて強盗され、。怒り狂うザナンザ・ベネディクト。
 彼の裏の顔をみたテス・ユーリは絶望し、ザナンザ・ベネディクトに別れを告げた。 

 彼の元から去ろうとしたその時――、
 ザナンザ・ベネディクトは、一言だけ彼女に告げたいことがあることに気づいた。
 テス・ユーリを引き留めた。
 ダニー・カイルもラスティー・ラムセスも同席していた。


【3】

 ザナンザ・ベネディクトはテス・ユーリの前に立つ。
「私はこのようにしか生きられなかった。クィーン・ダイアナもそうだけどな」
 ベネディクトは傍にいたダイアナ・ナキアを見た。
 続けて、テス・ユーリの手をとり、まっすぐに彼女の瞳を間見つめる。
「どうしたの? ベネディクト……」
 テス・ユーリは無言のベネディクトに戸惑い、問いかける。
 ザナンザ・ベネディクトはまっすぐにテス・ユーリを見つめている。

「私はあなたを想う……。どの河のほとりにいても、どの天の下にいても、あなたを想うだろう……」

 寂しそうに笑いながらテス・ユーリの手を離した。

「意味が……わからないわ。ベネディクト……」
 テス・ユーリは不思議そうな顔をしていた。
「これで……伝えられたかな?」
 ザナンザ・ベネディクトはクスリと笑った。テス・ユーリの問いには答えなかった。

 テス・ユーリに背中を向けて外を見た。
 窓の外はすっかり日が暮れていた。
 ラスベガスの夜は、ネオンが輝き明るい。人工的な明るさに、空を見上げても星などいくつも見えなかった。
 だが、その夜は明るく輝く一つの星が見えた。

 時間帯によって「明けの明星」「宵の明星」とも呼ばれる一番星。

 金星である。

 古代から、イシュタルとも呼ばれているその星である。

 ザナンザ・ベネディクトは、ポケットに手を入れて歩き始めた。ダニー・カイルの横を通り過ぎる。

「今宵もイシュタルは美しいですね、兄上」

 ダニー・カイルはハッとして、ベネディクトを振り返った。

 そこには、数千年前の……弟のザナンザの笑顔があった。

 ザナンザ・ベネディクトはすぐに、ダニーカイルに背中を向けて歩いて行った。

「ザ、ザナンザっ!」

 ダニー・カイルは、ザナンザ・ベネディクトの背中に向かって叫んだが、彼はもう振り返らなかった。
ベネディクトの後ろを、ダイアナ・ナキアが付いてゆく。
 ラスティー・ラムセスがそっと、ダニー・カイルの肩に手を置いた。
「ダニー」
 テス・ユーリの声に振り向くと、彼女は離婚届を手に持っていた。
 そうだ。まだこの問題が解決していなかった。
 ダニー・カイルとテス・ユーリは離婚調停中なのだ。
「誰か、ペンは持ってないか?」
 ダニー・カイルは、傍にいる仲間たちに声をかけた。
「あっ、うっ……持ってない」
「俺も持ってない」
「私も……持ってないぞ……」
 ペンなんて誰一人くらい持っていそうなものだが、誰もダニー・カイルにペンを貸そうとはしなかった。
 テス・ユーリを見るとニコニコと笑っている。ダニー・カイルもつられて苦笑いした。
 テス・ユーリは離婚届を彼の顔の前にもう一度見せる。すると、ビリビリと離婚届を破り始めたのだ。
「もう、これはいらないわ」
 離婚届を紙吹雪にして吹き飛ばした。そのままテス・ユーリはダニー・カイルの腕に飛び込んだ。
 仲間たちからは盛大な拍手が起こった。
 ダニー・カイルとテス・ユーリの新たなる門出を祝福してくれるのだ。
 ダニー・カイルは腕の中に飛び込んできてくれたテス・ユーリを抱きしめ、髪の中に顔を埋める。
 そして小さく『ユーリ』と呟いた。
 拍手の音に消されて、ダニー・カイルの言葉はテス・ユーリには聞こえなかったらしい。
「あーあ、この世界でもユーリは俺のものにならなかったか……まあ、仕方ない」
 ラスティー・ラムセスは、肩を落としながら拍手をする。
「そうだ! ユーリ……いや、テス!」
 ラスティー・ラムセスは、あることを閃き、名前を呼んだ。
「なに? ラスティ?」
 ダニー・カイルの腕の中で、ラスティー・ラムセスの方へ顔を向ける。
「テス! 早く女の子を産め。その子供を俺の息子と結婚させる。それで満足するかな、ハハハハハ!」
 ラスティー・ラムセスは、高らかに笑った。
「はああ?」
 テス・ユーリは目を丸くして驚く。
 他のヒッタイト・エジプト・ミタンニ連合軍の仲間たちも、ダニー・カイルとテス・ユーリのことを温かく見守っていた。


♪終わり
 

ラストは「天は赤い河のほとり 番外編~書簡~」のネタを参考にしてみました。
夢の雫、黄金の鳥籠11巻の巻末に収録されています。
ザナンザが託した書簡は、結局、砂漠の中に紛れてしまってユーリには伝わらなかったんですよね。
だから、オーシャンズ天河の中で、ユーリに伝えてみました♪
「天は赤い河のほとり 番外編~書簡~」をお読みでない方はわからないですね。
天河目線のお話でどうもすみません。
宝塚のオーシャンズ11も大好きですよ♪ 好きじゃなきゃパロディなんて書きませんから!
強盗のシーンを数行で終わらせてしまってごめんなさい。
強盗風景をまとめる文章力がありませんでした(^-^)。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2019年10月 ねね




 立ち読み無料♪




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