天河版寅さん


登場人物

薔薇次郎ラムセス 本編の主人公。薔薇が好きな破天荒な性格
ネフェルト ラムセスの妹
ユーリ(マドンナ役) メンフィス帝釈天の住職の娘、薔薇次郎の幼馴染
ミッタンナムワ(通称タコ社長) オリエンタル電気会社社長
黒太子 ネフェルトの見合い相手
ルサファ ラムセス家隣のカリスマ美容師



「わたくし、生れも育ちもエジプト、メンフィス。

ナイル河で産湯を使い、姓はラムセス、名は薔薇次郎

人呼んでフ〜テンの薔薇ムセスと発します」



♪チャ〜チャララララララァ〜♪ チャララ〜 ラァラァラララ〜♪
(挿入歌)


「薔薇が咲いております。懐かしいナイルの薔薇が今年も咲いております。
思い起こせば十年前、つまらないことでホレムヘブ親父と大喧嘩。
プイッと家をおん出て、一生帰らない覚悟でおりましたものの、
花の咲く頃になると決まって思い出すのは故郷のこと、ガキの時分、
鼻垂れ仲間を相手に暴れ回った薔薇公園や、ナイル河の土手、
メンフィス帝釈天の境内のことでございました。
風の便りにホレムヘブ親父も姉妹も流行り病で死んじまって、
今は生き残った母親とたった一人の妹ネフェルトだけがいることは
知っておりました。
ですが、どうしても帰る気になれず、今日の今日までこうしてご無沙汰に
打ち過ぎてしまいましたが、今こうして、ナイル河の土手の上に立って、
生れ故郷を眺めておりますと、何やら胸の奥がポッポッと火照って
来るような気が致します。
そうです、私の故郷と申しますのはオリエント最大の国、
エジプト、メンフィスでございます……」



1.帰ってきた薔薇次郎

「お兄ちゃん! お兄ちゃんじゃないの?」
 いつもより一オクターブ高い声を上げたのは、浅黒のスタイルのよい
ネフェルトだった。時代遅れな派手なスーツの男が帽子を深くかぶって
顔を隠しながら、戸口付近で、ウロウロしていたのだ。スーツは薔薇模様だったので、
ネフェルトはすぐに10年前に出て行った兄、薔薇次郎・ラムセス
だと思ったのである。
「スーツから匂う薔薇香水の香り。やっぱりお兄ちゃんだ!」
 ネフェルトは戸口にまで行って兄の腕をつかんだ。深くかぶった帽子に隠れた
顔を覗き込むと、左右色の違う瞳がうつむいていた。
 金とセピアのオッドアイ、やはり兄の薔薇次郎であった。間違いない。
「母さん、母さん! お兄ちゃんが帰ってきたわよ!」
 バタバタと音を立ててネフェルトは母を呼びに言った。
「あ、ちょっとおい……ネフェルト!」
 薔薇次郎・ラムセスは戸惑った。喧嘩別れして家を飛び出した自分。
家を出てから何の連絡も取らなかったのに、急に帰ってきても母は自分を
受け入れてくれるだろうか? 喜ぶネフェルトとは裏腹に薔薇次郎には
不安が大きく心を占めていたのだ。
「何だって? 兄の薔薇次郎が帰ってきたって? そんなばかな……」
 懐かしい母の声が奥の部屋から聞こえてきた。ラムセスは帽子を更に
奥深くかぶり、間が悪そうに戸口の敷居をじっと見つめる。
「あんたは……薔薇次郎!」
 薔薇スーツに薔薇の香り。こんな格好をしている人物はこのオリエントに二人と
いないであろう。ラムセス家の母こと、ラムママは息子の薔薇次郎だと確信した。
 当の薔薇次郎は母に向かって、10度くらいの軽いお辞儀をした。
「兄さん、とにかく上がってよ。久しぶりの我が家でしょ。あたしお茶の用意
するからさ!」
 ネフェルトに腕をひっぱられて、薔薇次郎は無理やり部屋に上がらされた。
 10年前に家を出たときより、ネフェルトはずっと綺麗に、スタイルのよい娘になっていた。
母は10年間の暮らしの疲れのためか、顔には皺が増えていて、今までの苦労が伺えた。
 ネフェルトがお茶を用意しに行っている間、薔薇次郎は母と二人きりであった。
気まずい沈黙の渦が二人を取り巻く。10年ぶりの再会を果たした親子は
何も語らず、じっと黙っていた。
「母さんもお兄ちゃんも、なに固くなってるの? 久しぶりの再会なんだから
もっと明るく明るくね!」
 お茶のセットを持ったネフェルトが沈黙を破った。嬉しさがめいいっぱいに
浮かび上がった表情で、兄と母にお茶を注いだ。
 兄はお茶には手をつけないで、ゆらゆらと上がる湯気をじっと見つめていた。
ラムママは静かにお茶を一口飲んだ。飲み終わって一呼吸置くと、
息子の顔を見ないで言葉を吐き捨てるように言った。
「まったく……親不孝な息子だよ! 10年間何の連絡も入れないで!」
「母さん……」
 ネフェルトは心配そうな顔で母を見つめた。
当の薔薇次郎も、やはり母の顔を見られずにそのままじっとお茶の湯気を見つめている。
「い、いいじゃないの。せっかくお兄ちゃんが帰ってきてくれる気になったんだから!
きっとお兄ちゃんだって、今まで連絡しなかったこと反省してるわよ。ねっ」
 ネフェルトは兄にニッコリと笑った。薔薇次郎は小さな声で「ああ」と頷いた。
「そうそう、お兄ちゃんの大事にしていた薔薇園。あたしがちゃんと
世話してるのよ。感謝してよね!」
 ネフェルトは話題の矛先を変えようと頭を回した。
「薔薇園か……すまなかったな」
 ラムセスが申し訳なさそうに答えると、戸口で誰かがきた音がした。
「ごめんください」の声とともに、ピカピカ頭の男が薔薇次郎の視界に入った。
よく見知った人物で、近所のオリエンタル電気会社の社長ミッタンナムワこと
通称タコ社長であった。
「お、お前は薔薇次郎じゃねえか! どうしたんだい!」
 ミッタンナムワは行方不明の薔薇次郎を見て驚きの声を上げた。
「お兄ちゃんは帰ってきてくれたのよ」
 ネフェルトがタコ社長に言うと、社長の視線はネフェルトに移った。
「薔薇次郎なんてどうでもいい! それよりネフェルトちゃん。お見合いの話、
受けてくれるよね。先方がどうしてもネフェルトちゃんを気に入ったって言うんだ。
今度の日曜日、お見合いの席を組んできたよ」
 タコ社長は目を糸のようにしてネフェルトに笑いかけた。手にはお見合い写真を
持っている。
「お見合いだなんて……あたしはそんな……」
「相手に不足はないと思うよ。うちの会社の取引先の社長だ。
ちょっと老けてはいるが、元はミタンニ王国の皇太子だったというぞ」
「受けてみなさいよ。あなたには普通に幸せになってもらいたいわ」
 突然帰ってきた薔薇次郎のせいで不機嫌だったラムママは、娘にお見合いを勧めた。
「そうでしょ、ラムママさん。この縁談はラムセス家にとっても、うちの会社に
とってもいい話だと思いますがね……」
 タコ社長ミッタンナムワの目が頭と同じくらいにピカピカと輝いていた。
「でもね……私、日曜日は用事があってお見合いに付いて行けないのよ。
どうしようかしら……」
 お見合い相手が、タコ社長のお得意さんとあって、ネフェルトの母も同伴しなければ
いけなかった。ちょうど日曜日、ラムママは日本舞踊の発表会があって
お見合いに同席できなかったのである。
「ラムママさん来られないのかァ〜困ったなァ」
 ミッタンナムワは毛のない頭をポリポリとかいた。
「そ、それならオレがネフェルトの見合いについて行くさ。兄なんだから
いいだろう……」
 薔薇次郎は妹の入れてくれたお茶を一口飲んで言った。
「あんたが?」
「兄さんが?」
「薔薇次郎が?」
 三人三様、違った呼び方で薔薇次郎を呼んだ。
 結局、付き添う人が誰もいなかったので久々に故郷に帰ってきた薔薇次郎が
ネフェルトの見合いに行くことになった。


2.お見合い

 黒太子、ネフェルトお見合いの席。
 タコ社長ミッタンナムワを仲人として、ナイル河畔の料亭でとりもたれた。
スタイルのよいネフェルトに付き添うのは、同じ蜂蜜色に肌をした兄、薔薇次郎。
もちろん彼は、妹がよい人とめぐり合ってよい結婚をすることを望んでいた。
聞けば黒太子は、元ミタンニ王国の皇太子。身分的も財産面でもネフェルトには
もったいないくらいだ。お見合いがうまくいけば、ミッタンナムワが
喜ぶのはもちろんのこと、ネフェルトも一生、何不自由なく過ごせるに違いない。
薔薇次郎はこのお見合いが成功することを最初は祈っていた。
 だが、黒太子を一目見た途端、こんな男の元に妹を嫁がせたくないと思った。
こんな男では妹を幸せにできないと悟った。
 顔にはムチで叩かれたような傷があり、目つきも悪い。年も、若いネフェルトと
釣り合わぬオヤジであった。外見で人を判断してはいけないと思い、しばらく
話も聞いたが、たいそうなシスコンで、ネフェルティティという姉に
かなりの想い入れがあるらしかった。
「こんな男に妹はやれん!」
 心の中でそう呟いた薔薇次郎は、お見合いを潰す作戦に出た。
 ネフェルトの悪いところばかりをアピールしたのである。
「いやぁ、妹はなかなかおねしょの癖がぬけなくてねぇ、中学1年のときまで
おねしょしていたんですよ。はっはっは!」
「ちょっとやめてよ、おにーちゃん。アタシおねしょなんてしてないわよっ!
中一のときまでおねしょしていたのはおにーちゃんでしょ!」
 妹は兄の腕をバシバシ叩きながら言った。
「他にもですね、妹はイビキに歯ぎしりもすごいんですよ。
真夜中にうちに入り込んだ泥棒が、妹のイビキを聞いて、恐ろしくて
逃げてしまうくらい!」
「おにーちゃん! あたしイビキなんて……!」
 ネフェルトは兄の腕をひっぱる。
「おお、ネフェルトいびきじゃなかったな。この頃は寝言もすごかったよな。
この前の夜、急に『三角に圧縮しておいて』と叫んでいたぞ。あれはどういう意味だ?」
「三角に圧縮? さぁ〜? 圧縮したのなら解凍しなくっちゃねぇ」
 兄ののせられてネフェルトは思わず答えてしまった。
 結局、ラムセスによってお見合いは滅茶苦茶にされてしまった。
 数日後、先方からこの話はなかったことに……とミッタンナムワの元に連絡が入った。



「まったく、アンタだけならどう不幸になろうと構わないけど、
妹のお見合いまでぶち壊すなんて、かあちゃん情けないよ!」
 語尾は、あばれんぼうハッチャクの父のような口調でラムママは言った。
(分からない方ゴメンナサイBYねね)
 当の薔薇次郎は、母の言葉には答えず、そっぽを向いていた。
「いいのよ、母さん。あたしにも先方が気に入らないところが
あったかもしれないし……」
 ネフェルトが母をなだめるように言う。
 実はネフェルトもこのお見合いが白紙になって、内心よかったと思っていたのだ。
玉の輿かもしれないけど、黒太子という男性は、シスコンだし目つきも
悪い印象があった。タコ社長ミッタンナムワには悪いけど、なかったことになって
よかったと思っている。兄はそんな自分の心を見透かしたのであろうか? 
お見合いの席で言った言葉は悪かったが、話がややこしくならずに断ることができて、
兄に感謝の気持ちを持っているくらいであった。
「フン、ちょっくらナイル河を眺めてくりゃぁーっ!」
 薔薇次郎は薔薇模様のジャケットを肩にかけて家から出て行った。
「薔薇次郎!」と母の金きり声が背中に突き刺さったが、振り返ろうとしなかった。
 母の声の後から「お兄ちゃん待って!」と、妹のやさしい声した。
 妹が追いかけてくることが分かったが、薔薇次郎はやはり振り返ろうとしなかった。
 自分は大切なお見合いをぶち壊したのだ。言い訳をする気もなかった。
 玄関を飛び出してしばらくしたところで……、
「ネ、ネフェルトちゃん……」
 蚊の泣くような弱々しい小さな声がした。
 聞き覚えのある声、ラムセス家の隣にある美容院の一人息子。
カリスマ美容師のルサファの声であった。小さいころ泥んこになって
遊んだ仲間の一人だ。今は腕のいい美容師となり、得意とする技は
彼の黒髪にも代表される美しいシャギーを入れることだった。
「ルサファ……」
 ネフェルトはカリスマ美容師の名前を呼んだ。
「ネ、ネフェルトちゃん……ちょっと話があるんだ。いいかな?」
 ルサファの声と心はさざ波のように動揺していた。
 ネフェルトとルサファはナイル河の土手に向かった。後をつけるなんて
性格の悪いことだとわかっていたが、薔薇次郎は、妹とカリスマ美容師の姿を追った。



3.ルサファとネフェルト

「話ってなあに? ルサファ?」
 ナイル河の土手。カリスマ美容師はネフェルトから顔をそむけ、ゆっくりと揺れる
ナイルの水面をじっと見つめていた。
「じ、実は僕……ネフェルトちゃんのお見合いダメになってほっとしているんだ……」
「え?」
 ルサファなナイルの水面から目を離し、ネフェルトの方を勢いよく振りかえった。
「ネフェルトちゃんがお見合いするって話を聞いて、最初すごくビックリしたんだ。
でも、僕の中のビックリした気持ちは、胸がぎゅっと締め付けられて、苦しくて、
不安で……、どうしようもならなくて……。しばらくして、僕は『お見合い』に
ビックリしてるんじゃない。ネフェルトちゃんが、自分以外の誰かと
結婚するかもしれないってことがとてもショックなんだって気づいたんだ……」
 ルサファは顔真っ赤にして言う。
「ちょ、ちょっと待って! ルサファは……帝釈天の住職の娘、
ユーリのことが好きなんじゃないの!」
 突然のことにネフェルトは瞳を大きくした。
「帝釈天のユーリちゃん……。確かに、好きだよ。だけどユーリちゃんは
女神のような存在だと気づいたんだ。触れることも望めぬような不可触の女神なんだ。
僕が本当に好きなのは……触れたい、一緒にいたいと思うのは……
ネフェルトちゃん、君だったんだ!」
 カリスマ美容師は髪を振り乱して、顔を真っ赤にしながら言った。
「ルサファ……」
「僕は町の小さな美容院の美容師で、黒太子のような財産のある社長じゃないけど、
きっと君を幸せにしてみせる。毎朝、髪のセットも美しく、かつらだって
一流のものを仕入れてあげるから……僕と、僕と一緒に……」
 ルサファは緊張と恥ずかしさで言葉がつまり、語尾をはっきりと伝えることが
既にできなくなっていた。内気な彼にとっては、これが精一杯であった。
 ネフェルトもはじめは驚いた表情をしていたが、しだいに顔の筋肉が
緩んできて、やさしく彼の手をとった。
「ずっと一緒に……ルサファ、ありがとう!」
 ネフェルトはルサファがいたかった語尾を代わりに言って、彼に抱きついた。
「ところでルサファ、本当にユーリのことはいいの?」
「うん、ユーリちゃんは僕が入り込めないほどの心に決めた人がいるみたいだし
女神でいいんだよ」
「そうね」
 ネフェルトはカリスマ美容師の胸の中に顔をうずめた。
 矢切の渡しの乗り場の陰から、そっと2人を覗いていた薔薇次郎は、
帽子を深くかぶり、回れ右をした。
 ――これでよかったんだ。妹は幸せになれる。
 薔薇次郎は夕日を背中に、ナイルの雄大な流れと一緒に土手を歩き始めた。



4.ラムセスとユーリ

「薔薇ムセス! 久しぶり! あんた生きてたのねっ!」
 元気な声で薔薇次郎に声をかけたのは、帝釈天の住職の娘、ユーリであった。
「ああ、ユーリか……」
 薔薇次郎はつれない生返事を返した。
「あら、久しぶりに幼馴染に会ったっていうのに、つれない返事ね。
さては……ネフェルトちゃんとルサファが結婚するのがショックなんでしょぉ〜!」
 ユーリは意地悪そうに薔薇次郎を腕でつついた。
「そ、そんなことないさ!」
 図星されて、薔薇次郎は少し動揺する。
「元気だしなさいよ! ルサファなら必ずネフェルトちゃんを幸せに
してくれるからっ! そのうち薔薇ムセスにも幸せがやってくるわよっ!」
 ユーリは思いっきり薔薇ジャケットの背中を叩いた。
 ネフェルトとルサファの結婚が決まり、バタバタしている中、
ユーリは度々、薔薇次郎の元へ顔を出した。昔の思い出話や薔薇次郎の育てる
薔薇の話などで、2人の会話にはきれいな花が咲いていた。

 そんなある日。ユーリは……
「大事な話があるから、夕暮れになったら……ナイル河の土手へ来て」
 と、顔を赤らめて薔薇次郎に言った。
 いつもとユーリの口調が違った。なんだか恥ずかしそうであった。
それも呼び出したのは夕暮れ。最高のシュチュエーション。大事な話とは……
もしかして、オレと一緒になりたいっ……とかっ?
 薔薇次郎の思考回路は、彼にとって一番都合のよい回路につながった。
「プロポーズを受けるとなっては、オレも相応の想いを返さなくては!
薔薇の花、薔薇の花!」
 薔薇次郎は、薔薇園へ行って、一番美しく栽培できている薔薇の花を数十本切って
大きな花束を作った。『プロポーズには薔薇の花』彼にはそれしか
思いつかなかったのである。
 帝釈天のユーリには、ガキの時分から憧れを抱いていた。
ユーリから愛の告白をうけるとなれば……。
考えただけで薔薇次郎の頬の筋肉は緩みっぱなしであった。

 夕暮れ。ナイル河。
 薔薇次郎は薔薇模様のタキシードを着て、大きな薔薇の花束を持って
ユーリの来るのを待った。
 すると前方に憧れのユーリの姿が見えた、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「薔薇ムセス……」
「ユーリ……」
 2人の距離が1メートルのところでユーリは止まった。まだ彼女の顔は
うっすらと赤く、照れ隠しのためか、少しうつむいていた。
「あのね、あたしね……実は結婚……」
「おお! 結婚なんてストレートだな! ユーリ!」
 ユーリの口から思い通りの言葉が出て薔薇次郎はの気持ちは一気に天まで登った。
「あたしね。今度結婚するの。オリエント天神の菅原カイル道真さんとっ!」
 ――ズシン。薔薇次郎の気持ちは天から一気に地底へ。
「オリエント天神……道真カイル?!」
 ショックと驚きのあまり、金とセピアのオッドアイは左右逆の色に
なってしまいそうであった。
「そう、カイルは勉学の神様が祭られている神社の息子なのよ。
彼と結婚するの! 幼馴染の薔薇ムセスにも伝えておこうと思って……。
カイル! こっちに来て!」
 ユーリが大きな声で呼ぶと、肌の色は違うが、自分に引けを取らないほどの
いい男が彼の目の前に姿を現した。
「どうも、噂には聞いております。薔薇次郎さん。菅原カイル道真です」
 誠実そうな青年は斜め45度の礼儀正しいお辞儀をした。
「ど、どーも」
 薔薇次郎もつられてお辞儀をする。
「あら、薔薇の花束! あたしたちの結婚をお祝いしてくれるのね。ありがとう!」
 ユーリは薔薇次郎の持っている花束に気づいた。
「え……ああ。幸せに……な……」
 薔薇次郎は複雑な心境でユーリに花束を渡した。
 結局ユーリが自分にプロポーズをするなど……早とちり以外なにものでもなかったのだ。
「じゃ、じゃあオレ……帰るから……」
 薔薇次郎はがっくりとうなだれて、そのまま帰路を歩みだした。
 暗くなりかかった夕焼けの空が薔薇次郎の頭の上から覆い被さるようであった。
ナイルの悠大な流れと一緒に彼はフラフラと歩みを進める。


「薔薇次郎っー! あんたも、私達からできるだけ遠く離れた所で幸せになるのよー!」
 明るいユーリの声は、冷たく薔薇模様のジャケットの背中に突き刺さった。


♪おわり

どうでしょおおおおお! 薔薇次郎。なかなかでしょ(笑)。
ネフェルトとラムセスは、本編で幸せになれなかったから、
ここでくっつけてしまいました。ルサピー、あなたにも平凡に
幸せになってほしかったわ〜(T_T)。
←ねね、心の叫び