21
深夜3時、夜が明けるまであと2時間ほど。遠くで銃声とマシンガンの音がした。
うつらうつらしていた3人の意識は瞬時に目覚める。
「また誰かやりあったんだな……」
ラムセスがオッドアイを光らせる。
誰であろう? 自分たち3人の他に生き残っているのは、イル、ギュゼル姫、ウルスラ、
黒太子の4人である。誰かまた死んだのだろうか? それともみな無事なのだろうか?
銃声だけではわからなかった。
暗闇にかすかな日の光りが見え始めた頃、ラムセスが窓の外を見た。
「のろしだ! 薔薇のろしが上がっている!」
白々と明けてきた夜空を見て言った。午前5時。バトルロワイアル最後の夜が
明けようとしていた。まだ薄暗い夜空に、薄いピンク色の薔薇のろしが上がったのだ。
薔薇のお香を入れてたき火をたいたのだ。ラムセスの薔薇のお香を持っている人物は
2人、カイルとイル=バーニだけである。カイルは一緒にいるのだから、
今上がっている薔薇のろしは後者がたいたものだと思われる。
「イル=バーニだわ! きっとギュゼル姫と無事に会えて私達と合流する気なのよ。
早くバーラコールを吹いて!」
ラムセスは短く「わかった」といい、バーラコールを5分置きに吹いた。
そろそろ夜も明けるし、バーラコールを鳴らしても不信に思われないであろう。
3人はイルの来るのを待った。バーラコールを鳴らして約1時間ほど経つけれど、
イルはやってこなかった。もうすぐ6時の定期放送の時間である。
「イル=バーニ遅いな。迷っているのかな? ラムセス、もう一度バーラコールを
鳴らしてくれよ!」
返答せずにラムセスはバーラコールを口にして吹いた。
何の反応もない。
「ねえ、それよりもう6時じゃない? ねねの定期放送がないわね……」
「ほんとだな」
3人は顔を見合わせる。
イルの反応もない、放送もない。イライラしながら7時を向かえた。
すると、スピーカーから、ガサゴソと物音が聞こえ出した。
「きゃあああああ、寝坊しちゃったわー! 昨日遅くまでネットやっていたから!
生き残っているみんな、ごめんねー。では、まずは新たに死んだ人でーす!
男子は……、1番イル=バーニ! 女子は5番ウルスラ、7番ギュゼル姫。以上3人でーす。
次は禁止エリアです。9時からB-3、10時からD-6……」
――イル=バーニが死んだ!? じゃあ薔薇のろしは一体誰が……?
3人は放送を聞くなり顔を見合わせた。それにウルスラも死んだなんて!
「ちょ、ちょっと待ってよ! イルが死んだってどういうこと? 薔薇のろしは?」
「のろしをあげたあとに誰かにやられたのかな?」
カイルが首をかしげる。
「いや、のろしをあげたあと、何の銃声もしなかったから違うはずだ。
のろしが上がる少し前に銃声とマシンガンの音がしただろう。多分それで
やられたんだ。だとするとあののろしは……」
ラムセスの眉間にはしわがより、こわばった表情になった。
「残り4人ですねー。カイル君、ラムセス君、黒太子君、ユーリちゃん。
よくここまで生き残りました。すごいですね! 最後の戦い、楽しみにしてますねー♪」
嬉しそうにねねの放送は切れた。
――やっぱり! イルもギュゼル姫もウルスラも最終的には黒太子にやられたのか?
ラムセスは窓の外をそっと見る。
「あの薔薇のろしは黒太子が上げた可能性が高いな。何らかの形で、俺達との
連絡手段を知ったんだ。まさか黒太子が俺達の仲間になりたいなどとは
夢にも思っていないだろう」
「それしかないな」
カイルも険しい表情になった。
「最後の戦いのときが来たな。やはりあの男とやりあわなければいけないのか……。
ムルシリ! お前を倒すのはこの俺だ! 間違っても黒太子なんかにやられるなよ!
ユーリ! お前は俺の后になる女だ! 守ってやるから安心しろ!」
2人のラブラブカップルに向かって言葉を吐いた。
「そうだな、私と同等に争える奴はラムセス、お前だけだ!
脱出したら、オロンテス河畔で裸の勝負といこうではないか!」
「私だってあなたのものになんかなる気はないよ。カイルと一緒にヒッタイト帝国を
築くために残ったんだから、滅亡したミタンニの王太子なんかに負けられないわ!」
売り言葉に買い言葉。カイルとユーリは勢いよくラムセスに言い返した。
「元気いいなお前ら! さすがは我が永久のライバルと俺に似合う女だぜ!」
こんな極限状態でも威勢のいいラムセス。カイルとユーリは
励まされる気持ちであった。
黒太子が近くまで来ていることは確かだ。気配は見せないが、バーラコールを
聞いて3人の身を隠しているログハウスまで来ているだろう。
だが、ここが見つからないのか? それとも近くに潜んでいるだけなのか?
黒太子は攻撃も何もしてこなかった。
3人は銃に弾をつめたり、荷物の整理をしたり、いつ攻撃されてもいいように
用意をしていた。銃は何丁かあった。ラムセスがマシンガン、カイルが自動拳銃、
ユーリも小さな手に銃を握っていた。あと3丁づつ銃があったので、
各自予備として1丁づつ持っていることにした。替えの弾と飲料水、その他も最小限にして
一つのリュックにまとめてあった。
「黒太子……近くまで来ているのかしら?」
怯える気持ちを隠せずユーリが呟く。
「多分な、向こうも様子を見ているんだ」
ラムセスが言い終わってから1分も経過していないとき、ダダダダダダダダという
マシンガンの音と一緒に窓ガラスが勢いよく割れる音がした。
「きゃあああああ」
飛び散るガラスの破片に驚きユーリは叫ぶ。
「とうとう来たな! ムルシリ! ユーリを連れてログハウスの隣の駐車場まで行くんだ。
そして黄色い4輪駆動の車に載れ! そして車を外に出しておいてくれ!
車が動くことは確認してある。とりあえず俺がここをくい止める。
後から追いかけるから早く行くんだ!」
「わかった」
カイルはユーリの手を引いてログハウスの裏口へまわった。
残されたラムセスに容赦なく銃弾がふりそそぐ。ラムセスは自分の身を守りながらも
手持ちのマシンガンで対抗した。一対一の男の争い。女みたいに長い黒髪の
オヤジに負けるわけにはいかない。彼の蜂蜜色の肌とオッドアイが黙ってはいなかった。
一方、ログハウスの裏口に回り駐車場に行ったカイルとユーリ。
ラムセスの言っていた4輪駆動の黄色い車を見つけた。
「あれだな、ユーリ、先に車の中に入っていろ。私はラムセスの様子を見てくる」
ユーリは一瞬止まった。カイルと少しでも離れることが怖かったからだ。
しかしカイルの言うとおり素直に車に向かった。
「いたっ!」
黄色い車に向かったユーリが叫び、ドスンと転んだ音がした。
カイルは驚いて振りかえる。
「どうしたんだ?」
尻餅をついて床にへたりついているユーリに近づいた。
カイルを見上げたユーリの顔は右目の下がすっぱりと横に裂け、血が流れていた。
「うっ!」
ユーリは痛みをこらえてか、眉間にしわを寄せた。
「大丈夫か? どうしたんだ! その怪我は!」
ユーリは何も言わずに上を向いた。
視線の先にはねじれた細い透明のワイヤーは張ってあった。
「何だ? このワイヤー」
カイルは立ち上がった。ワイヤーの位置はちょうどカイルの首のあたりに来た。
背の低いユーリだったから頬にワイヤーがあたったけど、これがカイルや
ラムセスだったら、間違いなく首にあたり……、頚動脈を破裂させていたことだろう。
ユーリだって、あと数センチずれていたら失明していたかもしれないのだ。
黒太子はこの駐車場に逃げ込むことを見越してここにワイヤーを張ったに違いない。
準備する時間は充分にあったのだ。
「ユーリ、立てるか? とにかくラムセスの言った車まで行こう。そこにいってから傷を見てやる」
2人は車に向かった。
「傷を見せてみろ」
カイルは傷を覗きこんだ。ぱっくりと裂けた傷の間からはピンク色の肉が見えている。
傷が深い。嫁にはいったが女の子なのに……。カイルはつらい気持ちになった。
それと同時に、我が后を傷つけた黒太子に怒りも覚えた。
「私は大丈夫。それよりラムセスは? 大丈夫かしら?」
銃声はなおも続いていた。自分の頬なんかよりずっとラムセスが心配だった。
「とりあえず絆創膏だけ貼っておこう。処置は戦いが終わってからだ」
4枚の絆創膏を象牙色の頬に貼った。
ユーリは後部座席にカイルは運転席に座った。ラムセスに言われたとおり車を出した。
エンジンをかけると”ブルン”と言ってタコメーターが動き出した。
ギアをローに入れてそうっと車を出す。
駐車場から出た所で、ログハウスからラムセスが飛び出してきた。
彼の後ろからはマシンガンの銃弾が追いかけていた。
ユーリは咄嗟に車のドアを開ける。
ラムセスは車に向かって走り、ユーリのもとに飛び乗った。
はあはあと息を切らせていた。「とにかく車をここから出せ! 急ぐんだ!」
苦しい息の合間に言葉を挟んだ。
「わかった!」
カイルはアクセルを踏み、ハンドルを切った。
「ユーリ、どうした? その傷は!」
「駐車場にワイヤーが貼ってあったんだ。それにひっかかった」
カイルが答える。
「何でお前がついていながらユーリに怪我なんかさせんだよっ! まったく!」
ラムセスはヒッタイト皇帝に向かって怒鳴った。
「私の怪我のことなんてどうでもいいよっ! それより黒太子はどう?
追ってきてる?」
「ユーリ、顔に傷がつこうがなんだろうがお前はお前だ。后にしてやるから安心しろ!」
バキッ!!( ‐_-)=○()`O´()○=(-_‐ )
ラムセスの左頬からはユーリの、右頬からはカイルのパンチが飛んだ。
「いってーな! お前ら! ムルシリ! 前見て運転しろよ。
黒太子は追ってくるに決まっているだろ! 駐車場にある車は、この車のほかは
動かないことを確認してあるが、路上駐車してある車で追ってくるはずだ。
奴が車を探している間に少しでも遠くに逃げるんだ!」
運転をカイルに任せ、ラムセスとユーリは銃の弾を詰め替えた。
戦いはこれからだ。こうやって逃げていてもゴールには辿りつかない。
黒太子を倒し、3人でこの島から脱出しなければならないのだ。
バックミラーに赤い影が映った。映ったと同時にぱらららららと
聞きなれた機械音がした。
バリバリガッシャン!
後部のフロントガラスが粉々に砕け、ダイヤモンドのかけらのように多角形の粒になった。
ガラスが後部座席に載っているラムセスとユーリに降りそそぐ。
「きゃあ」と小さくユーリが叫んだが、ガラスの砕けた音に消されて殆ど聞こえなかった。
「奴が追ってきたな! ユーリ、伏せてろ!」
ラムセスはそうっと頭を出した。
案の定、黒太子は車を探し出しこちらを追ってきていた。それも車は真っ赤な薔薇模様のフェラーリ。
どこでそんなものを見つけたのであろうか? 不思議である。
「くそっ! あいつ俺のトレードマークの真っ赤な薔薇模様の車に乗ってやがる! 許せん!」
ラムセスはマシンガンを構え後ろの薔薇模様に向けてガガガガガっと撃った。
キキキキキキキキッ!
黒太子の車は急ブレーキを切った。薔薇のボンネットに太陽の黒点のような
穴があいた。フロントガラスにも当たりヒビが入った。しかしそんなことには
構わず黒太子はラムセスを見てニヤリと笑った。
左手でハンドルを握り、右手に銃を構えて3人の乗る車に向けてパンパン! と発砲した。
――ズン!
3人の乗った車に重たい衝撃が走った。
「右後ろのタイヤをやられた!」
ハンドルを握るカイルが答えた。
たった2発しか撃っていないのに何という命中率であろうか? 偶然か? 腕前か?
どちらかわからないが車のスピードはガクンと落ちた。
「くそっ! ムルシリ! しっかりハンドル握ってろよ!」
4輪駆動であったため、タイヤが1つダメでもなんとか走りつづけていた。
ラムセスは再びマシンガンを構える。ガガガガガガガガガっと黒太子自身に向けて撃った。
弾が胸にあったったように見えた。ラムセスは心のなかでガッツポーズを作ったが、
黒太子は胸をちょっと抑えたと思うと、無気味な笑みをラムセスに向けて放った。
「なんでだ……? 今、確かにあたったのに……」
ラムセスは自分のオッドアイを疑った。
左手にハンドルを握っているため、黒太子はマシンガンを構えることができないあようであった。
だが、拳銃1丁でコントロールよく3人の車に向けて撃った。撃った弾は
バックライトにバリンと当たり、破片が道路に散り落ちた。
ユーリは目前の銃声に怖くてたまらなかったが、ラムセスやカイルに頼ってばかりもいられない。
銃のグリップを握り、黒い瞳をそうっと座席から覗かせ薔薇車にパンっと一発撃った。
銃など手にしたことなかったか弱い日本人であったが、薔薇車の右前輪にみごと命中した。
キキキキキキキキ!
道路とタイヤの摩擦で高音が耳に響いた。
黒太子の乗っている車はパンクして、脇にあった田んぼの中につっこんだ。
これで黒太子は車で追って来ることはできないであろう。
「早く奴から遠ざかるんだ! 少しでもいいから離れろ!」
ラムセスの言葉にカイルはアクセルを踏むが、右後輪がパンクしていることもあり
スピードは出なかった。ブロロロというエンジンの音だけが狭い車内にこだました。
「無理だ。これ以上はスピードなんかでない!」
「あっ、黒太子が車を降りたよ。こっちにマシンガンを向けたわ! きゃあああああ!」
ダダダダダダダダダダダダ。
ラムセスの「伏せろ!」の声と共に、激しい銃声と衝撃が車内に響きわたった。
右後輪だけでなく左後輪にも弾があたり、もはや車は鉄の塊と化していた。
「大丈夫か? 降りろ!」
カイルとユーリは運良く銃の弾からは逃れており、車のドアに手をかけ外に出ようとした。
ラムセスもユーリに続く。
「ラムセス、肩から血がっ!」
肩からは蜂蜜色の肌が露出しており、血が流れ出ていた。
「こんなのかすり傷さ。それよりどこか隠れられる場所へ!」
言い終わらないうちに銃の弾が飛んできた。
3人は必死で走った。辺りは見渡す限り田んぼであった。銃撃戦をよそに、
そよそよと稲穂が気持ちよく風に吹かれている。
銃弾とのおいかけっこ。つかまったら鬼になるのではなく
死体になってしまう。ユーリはカイルに手を引かれ全力で走った。
黒太子は追ってきたが、武器をいくつも抱えているため速度は遅い。
その点、3人は拳銃またはマシンガンを2丁づつ各自持つだけであったので身軽であった。
ラムセスは振り向きざま黒太子と同じマシンガンで対抗する。
カイルもパンパンと撃った。
ラムセス、カイルのどちらの撃った弾かわからないが、何発が黒太子の
腹や胸にあたったような気がした。やったと思うのも束の間、服が破れているだけで
本人はなんともない。どうしてであろう? 不思議に思ったが、逃げることと撃つことで必死であった。
「おい、走っていても疲れるだけだ。2手に別れよう! ユーリを連れて稲穂の中に飛び込め。
そこでやみくもでいい。全力疾走で逃げるんだ。俺が相手をする!」
ラムセスは走りながらカイルに向かって叫んだ。
「わかった、じゃあ銃を1丁渡しておくぞ!」
カイルは腰にさしてあった銃をラムセスに渡す。ラムセスは蜂蜜色の左手で受け取り
腰のベルトに挿した。
「ユーリ、稲穂の中に飛び込むぞ!」
「うん」
カイルとユーリは一緒に稲穂の中に入った。黒太子のマシンガンはカイルとユーリを
一瞬追いかけたが、再び前を走るラムセスに向けた。
ラムセスは振りかえり、少し速度を弱めた。黒太子は静止してマシンガンを構える。
そこでラムセスは気づいたことがあった。さっきから胸や腹に銃弾があたっているのに
奴は顔色ひとつかえない。なぜであろう? 視点を黒太子の胴体に合わせた。
服に穴はあいているが血はまったく出ていなかった。肌も見えていない。
もう一枚下に服を着ているようであった。服……?
――防弾チョッキだ! 奴は防弾チョッキを着ているのだ!
ラムセスはやっとわかった。そうとわかれば、防弾チョッキのガードしている以外の部分を
狙えばよい。四肢または顔だ。
ラムセスはくるりと振りかえり立ち止まった。
両者睨み合う。マシンガンをお互い構えていた。2人の視線が合いほぼ同時に
マシンガンのグリップを引いた。
カチカチ。
なんと、仲良く両者弾切れである。焦る2人。弾をつめかえている暇などない。
黒太子は一緒に持っている銃を構え、ラムセスは先ほどカイルから渡された銃を構え
パンパンと撃った。
ラムセスは黒太子の頭を狙ったつもりであった。
両者の銃声はほぼシンクロした。――が、黒太子の銃の方が0.001秒早かったようだ。
銃を握るラムセスの手に当たり、的が大幅にずれた。
しかし、ずれたことが幸いしたのか? 黒太子の左太ももに弾があたった。
はじめて黒太子は顔から不気味な笑いを消し、太ももの傷を見て険しい顔をした。
黒太子はその場に倒れると思った。だが、無事な右足で踏ん張り倒れる前にもう一度銃を放った。
「うわっ!」
ラムセスは左脇腹を撃たれた。それと同時に黒太子はその場にへたり込む。
「ラムセス!」
カイルとユーリが稲穂の中から叫ぶ。
ラムセスはぎゅっと脇腹を押さえ「大…じょうぶ…だ」と
苦しそうに言う。2人がラムセスに気を取られていると黒太子が
地面に腰を下ろしたままカイルとユーリに銃を向けていた。
「逃げろー!」
ラムセスが大声をあげた。音の速度と銃速度、どちらが早いのだろうか?
ほぼ同じくらいに思えた。咄嗟にカイルはユーリを抱きしめてかばった。
2人に衝撃が走った。ユーリは目を見開いた。カイルの右肩に銃弾が食いこんでいた。
「カイル!」
ユーリは叫んだ。
「くっ、大丈夫だ。それよりも……」
カイルは銃のグリップを握り、震える右手で黒太子に向けた。
黒太子も銃口をこちらに向けていた。
――パパパン。
3つの銃声がこだました。黒太子とカイルとラムセス3人の手からでた銃声である。
「きゃあ」
黒太子の放った弾はユーリの肩をかすった。
「ユーリ!」
カイルは倒れたユーリを見た。大丈夫だ。血は出ていたが、かすっただけであった。
銃の弾は当たっていない。しかし、衝撃にショックを受けたのであろうか?
ユーリは倒れたまま気を失っていた。
一方、黒太子と同時に撃ったカイルの弾は、黒太子の右上腕部に当たり、
ラムセスの放った弾は左肘に当たった。
防弾チョッキにガードされていないところを狙ったのだ。
手を打ち抜かれたのだ。これで黒太子は、銃のグリップを握ることは不可能に違いない。
――だが、留めをささなければいけない。先ほどから何発か黒太子に
当たってはいるが致命傷となる傷は負っていないのだ。黒太子が出血多量で
死を向かえるには時間がかかりすぎる。そうは思ったが、ラムセスは脇腹を、
カイルは右肩を撃ち抜かれており、再び銃のグリップを握るのは困難であった。
得にカイルは前に左肩も黒太子によって撃ち抜かれているのだ。
黒太子も倒れ、カイル、ユーリ、ラムセスの3人も倒れていた。
ラムセスとカイルはなんとか立ち上がろうとした。黒太子も体を振るわせながら
こちらに留めを撃つために動いている。どちらの気力が強いか?
もはや気力の勝負になりつつあった。
――むくり、黒太子がヨロヨロと立ちあがった。カイルにもラムセスにも
それがわかった。
このままではやられると思い、倒れたままラムセスは銃口を黒太子に向けた。
だが、脇腹の痛みがひどく、グリップを引く力がでない!
――パンパン!
2発の銃声がそよそよと気持ち良さそうになびく稲穂の波に響きわたった。
――ドスン!
黒太子が倒れた。額に黒い穴をあけて目を見開いたまま倒れたのだ。
ユーリが立っていた。銃を両手で握り足を肩幅ほどに開き、背筋がピンと伸びていた。
はあはあと息を切らしている。黒い瞳は真剣な光りを放っていた。
気絶していたユーリが黒太子にとどめをさしたのだ。銃を持ったこともない小柄な少女が!
黒太子はそれから二度と動くことはなかった。
「よくやったな、ユーリ」
ラムセスは苦しそうに笑った。カイルも頷いた。
――終わった。最後の3人になった。
すべてが失われた。肉体そのものだけじゃなく、それ以外に気持ちや想いなど
あらゆる意味ですべてが失われたように思えた。
「とりあえず傷の手当てをしよう。パンクした車の中に包帯やら鎮痛薬が入っている。
ユーリ、取ってきてくれないか?」
「うん」
ユーリは車に向かって走って行った。
【残り3人】
22
傷は致命傷には遠かった。もちろん医師によるきちんとした処置が必要な傷であったが、
とりあえず応急処置でカイルもラムセスも動けるようになった。出血も止り、
美男子二人は鎮痛剤を飲んでほっと一息ついた。
ユーリの怪我はワイヤーでひっかかった頬の傷とかすった肩の傷だけであった。
頬の傷は下手に縫って後になると困るので絆創膏だけ替えてそのままにした。
「やっとここまできたな」
ラムセスはそう言いながら時計を見た11時。タイムリミットの12時まであと1時間ほどあった。
「おい、ラムセス。お前の言っている助かる方法とはなんだ?
3人になったんだから教えてくれてもいいだろう?」
「まあまあそう焦るなよ。ここじゃ何だから、海岸沿いまで行こう。
あと1時間あるから脱出までに十分間に合うさ!」
3人は徒歩で海岸に向かった。
海岸まで15分。海岸は荒く波立っており、内陸より少し風が強かった。
海岸といってもきれいな砂浜を想像してもらっては困る。海は見えるには
見えるが、3人の立っているところから断崖絶壁の崖となっているのだった。
「こんなところまでつれてきてどうするの? ラムセス?」
「いい景色だなぁ、それに潮の匂いもいいもんだよな」
ラムセスはユーリの問いに答えなかった。
ラムセスの引き締まった腹筋の脇には相変わらず拳銃がささっていた。
それと彼のトレードマーク、薔薇の花も並んでささっていた。さすがはエジプトの薔薇将軍である。
タイムリミットまであと45分。ユーリの心には焦りの気持ちがあった。
12時がくると、3日間ずっと重苦しくつきまとっているこの鉄の首輪が
爆発するのだ。悠々と景色を楽しんでいる場合ではない。
「ラムセス、本当にこんなところまで連れてきてどういうつもりなんだ?
この海から脱出するのか?」
カイルは真剣な表情で問う。
「みんな死んじまったな……。イル=バーニも3姉妹も3隊長も皇族の姫君も
ホレムヘブ将軍もネフェルティティ皇太后も黒太子も……」
ユーリはラムセスの事実に目を伏せた。
ゲーム終了30分前。殺し合いのゲームの中で自分たちが生きていることが不思議だ。
これもラムセスのおかげであり、カイルが守ってくれたからである。
仲間が亡くなったことは本当に辛かったけど、やはり「生」への執着はある。
生きたい! ――ユーリは心の中で思った。
「俺ってさ、いつから薔薇男になったのだろう? 本誌では薔薇なんて身につけていなかったし
薔薇という単語も発したことがないのに……」
ラムセスが海を見つめ静かに言った。
「あら、23巻で薔薇背負っていたじゃない!」
ユーリが答えた。
「あれよりずっと前から薔薇男のレッテルを貼られていたような気がするんだ。
どうしてだろう?」
オッドアイが不安そうに泳いだ。
「ラムセス! お前の薔薇の歴史についてはあとで考えるとして、早く脱出しないと
時間がないぞ!」
カイルが少し声を大きくして言う。ユーリも頷いた。
しばらくの間沈黙した。
「……本当に脱出の方法があると思っていたのか?」
ククッと小さく口元が笑い、左右色の違う瞳を一瞬閉じた。
「え……?」
ユーリははっとする。
「こんな首輪をはめられていて脱出方法などるわけがないだろう。
俺ははじめからお前達を利用しようと思っていた。ヒッタイトの賢帝と
それを支える后なら俺が生き残るには役に立ってくれると思ってな」
カイルとユーリの顔が青ざめる。
「うそ、うそよ、ラムセス! 私達を利用したって言うの!」
ユーリは泣きそうになりながらラムセスにしがみつこうとする。
「ラムセス!」
カイルも叫んだ。
「おっと! それ以上近寄るなよ。男子4番カイル、女子16番ユーリ。ここでジ・エンドだな」
ラムセスは銃口をカイルとユーリに向けた。
黒太子を倒した今、敵はもういないはずなのにラムセスはずっと拳銃を
腰にさしていた。今になってそのことを2人は気づいた。
「ひどい……ひどいよ、ラムセス!」
ユーリは泣きながら言う。
「ラムセス……」
カイルは語尾を小さくしながら名前を呼んだ。
「ヒッタイトの賢帝夫妻をなくすのは俺も惜しいよ。だが、敵将軍である俺を
信用したお前達が間違っていたんだ。簡単に人を信用するから
こういう結末を迎えるんだ。次に生まれ変わるときには少しは人を疑う心を
もって生まれ変わるんだな!」
「ラムセス!」
ユーリの声と同時にパンパンと2発乾いた銃声が波の音と一緒に響いた。
23
カイルとユーリは目をつぶった。体に衝撃が走ることを覚悟した。
――しかし、銃声が響き、数秒経ったが体に何の衝撃もなかった。
ラムセスを見ると、運動会の徒競走でスタートのピストルを撃つ先生のように
ピンと右手を上げ、握られた銃からは一筋の細い煙が昇っていた。
「ラ…ラムセ…」
ユーリがラムセスの名前を呼ぼうとすると蜂蜜色の手で口をふさいだ。
ラムセスはウインクをして、口元に人差し指をもってきて「しっ」という
ポーズを取った。
ラムセスはそのまましゃがみ、2人にも手でしゃがむように合図をした。
『首輪にトウチョウキがついている。話すな』
白い砂の上に指で書いた。盗聴器が片仮名であるのは漢字がわからなかったためらしい。
カイルとユーリは顔を見合わせる。ラムセスは書き続けた。
『これから首輪を外してやる。絶対に話すな』
このゲームで一番邪魔なものは首輪であった。島から出れば爆発するし、
禁止エリア、時間切れでも爆発する。その首輪の外し方をラムセスは
知っていたと言うのか?
まずはユーリの首輪に手をかけた。馬の毛よりもっと細い繊維のようなものを
首輪のすきまに入りこませ見事外した。次にカイルの首輪も手際よく外した。
『首輪をはずしたことによってお前ら2人は死んだと思われるはずだ。
俺がお前らの死体を海に投げ込むふりをする。2人で逃げろ。
俺はただ一人の優勝者としてこの島から脱出する』
ラムセスはそう砂浜に書いた。
――そういうことだったのか! カイルもユーリも納得した。
「あばよ、海の泡となってこの世から消えるんだな!」
ラムセスは盗聴器の内臓してある首輪に向かうように言った。
そして側にあった50センチほどの石を2個、崖から落とした。
ドスンと重い音がした。
『はやくいけ!』
ラムセスは口だけ動かした。
カイルはユーリの手を引きその場から離れようとした。12時まであと5分ない。
ねねが最終確認で来るかもしれないのだ。
ユーリはカイルの手に引かれ行こうとした。
だが、自分達を見つめるラムセスの瞳を見て止った。
『はやく』
もう一度ラムセスは口を動かす。オッドアイは笑っており嬉しそうであった。
そのときユーリは思った。どうしてそんなに嬉しそうな瞳をするのだろう?
自分を后にしようと思っているラムセスなのに、他の男と一緒に逃げるのを見送って
どうしてそんなに嬉しいのだろうか? じっとラムセスのオッドアイを見つめる。
嬉しそうな瞳――その奥に微かな悲しい光りをユーリは見つけた。
――ザッ!
ユーリはカイルの手を振りほどき、ラムセスに向かって走り出した。
未来のタワナアンナが走り出すと同時にラムセスはその場にバタリと倒れる。
「ラムセス!」
ユーリは叫んだ。
倒れたラムセスの側にしゃがみこみ、金髪の頭を抱えた。
「しゃべるな……って言っただろう……」
苦しそうにラムセスは言う。
抱えたラムセスの頭の後ろ――首筋には小さな穴があいていた。その穴から
少しづつ血が流れていたのだ。黒太子とやりあったときにできた傷であろうか?
致命傷である。今まで我慢していたのだろうか? 背中に手をかけると
背中も血でグッショリしていた。
「早く逃げろ……、まだ…間に合うかも……」
苦しそうに笑いながら黒い瞳を見つめる。
「いやよっ! どうして怪我してるってこと言ってくれなかったの?
3人で……3人で一緒に逃げるって約束したじゃない! 一緒じゃなきゃいやよ!」
ユーリは泣きながら叫んだ。
「お前たち2人を見てると……なんだか安心できたな。信じあえて、お互いを必要として……
すごく……似合って…た。見ているだ…けで……心が和んだよ……」
ラムセスは微かな笑みを浮かべる。もはや笑っているのもつらいようだった。
「何弱気なこと言ってるの! ラムセスらしくないよっ! 私を后に
するんでしょ! カイルから奪ってよ。力ずくで……奪い取ってよ!」
涙で声がかすれた。
――こんなことって、こんなことって! ラムセスは私達を助けてくれた。
自分の命に代えても。こんな終わり方いや! 絶対にいや! 一緒に助かりたい!
カイルも悲痛な表情でラムセスを見つめる。
「まだカイルとの戦いもすんでないよ! これじゃカイルの不戦勝になっちゃう。
悔しくないの! 起きてよラムセス!」
無意識のうちにユーリは蜂蜜色の右手を握っていた。とても強く。
「フフフ、そそそそ、そ、それだけは悔しいいいいい……な……」
「ラムセスっ!」
蜂蜜色の手を祈るように強く握りしめた。
「おおおおおおおれは……しししししあわわわせだ……な。ユユユユーリののの
ひひひざののの上でででししししねるなん……て」
ラムセスは左手を腰のベルトに持ってきた。腰にささっている元ユーリの武器である
薔薇の花をユーリの顔の前にかざした。
左右色の違う瞳に最期に映ったものはユーリの顔だろうか? 薔薇の花だろうか?
ラムセスは口に笑みを浮かべたまま息を引き取った。オッドアイには生気が消え
ユーリの握っている右手の力もだらんと抜けた。
「ラムセスーーーーー!」
ユーリはラムセスの体を抱え大声で泣いた。
カイルもやりきれない気持ちで目を閉じる。目をあけたときふと時計を見た。
「ユーリ、終わったんだ。12時を過ぎた。……4分だ。ゲームは終わったよ。ラムセスは
本当にかわいそうだが、私達は助かったんだ!」
ラムセスを抱きかかえるユーリの肩をやさしくポンと叩いた。
――数秒の出来事だった。
ユーリはラムセスを抱いている手を彼からはずし、側にあったラムセスの銃に手を伸ばした。
――パン!
カイルに銃口を向けグリップを引いた。
ドサリ。ヒッタイト皇帝の大柄な体はラムセスの隣にうつ伏せに倒れた。
息がはあはあと荒い。荒い息の間から言葉をこぼした。
「私が……タワナアンナよ……」
ユーリはカイルの時計に目をやり、次に自分の時計を見た。11時59分35秒。
5分前行動のカイル。彼の時計はいつも進んでいた。
【残り一人】
11時59分30秒ゲーム終了。優勝者女子16番ユーリ・イシュタル。
やっぱりあなたはヒッタイト帝国のタワナアンナ! 砂漠の中の一粒の砂金です!
おわり