| 第2部 |
| 4.ラムセス〜LOVE〜アナトリ ア |
| 5.ANATORIAレシピ(エピローグ) |
4.ラムセス〜LOVE〜アナトリア
「そうだ、私、携帯メールのアドレス変えたの」
帰り道、エリカは鞄の中から焦って携帯電話を取り出した。
「やっぱり? この前エリカにメールしたんだよ。
でも、送信先が見つからないってメールが返って来て……」
「えっ! メールしてくれたの?」
目を真ん丸くしたエリカは驚いて菜種を見る。
「うん……1週間前くらいだったかな。エリカに話し掛けたかったけど、
忍たちの目があるから離せないし、でも、すっごくエリカのこと心配だったからメールしたの」
「そうだったんだ……」
エリカは残念そうな表情でうつむき、手に持っていた携帯電話を見つめた。
「メールアドレスが変わってたから、てっきり私たちとのつながりは
一切断ち切ったものと思ったの。それで電話もしにくくて……。でも、どうしてアドレス変えちゃったの?」
「う……ん、実はね……」
エリカは出会い系サイトへ勝手にアドレスと一緒にいたずらで投稿されてしまったことを言った。
「何それ! 投稿したのってもしかして……」
「続きは言わなくていいよ。証拠はどこにもないもの」
エリカは菜種から顔をそらし悲しそうな瞳になる。
2人の間に沈黙が流れる。出会い系サイトへの書き込み。たぶん忍たちがやったのだろう。
今の彼女たちならやりかねない。
「エリカ、新しいアドレス教えて!」
菜種はパッと表情を明るくして笑顔を作った。
「うん。えーとね、ramusesu_love_anatoria××@○○○.××」
「らむせすらぶ……あなと…りあ? これってどういう意味?」
聞きなれない言葉に菜種は眉間に皺を寄せ、エリカの顔をまじまじと見た。
「意味はね……ナイショ!」
エリカは携帯電話を手で隠し、嬉しそうに胸元によせて笑った。
――ラムセスって、古代エジプトの王様の名前になかったっけ?
頭をよぎったが、菜種は深く考えることをやめた。
それから、菜種とエリカはいつも一緒にいた。忍のグループは離れ、
しだいに天河好きの綾芽のグループに引き込まれていった。
菜種は何度か『忍たちの仕打ちはひどいよね……』という話題を出したが、
エリカは表情を固め、口を噤んだ。一切忍たちのことを口にしなかった。
もちろん、グループから出されて一人でいたときのことも。
お昼はどこで食べていたか一人でどうしていたか――どんなに辛かったか。
菜種が話を出しても口をつぐんでいたので、次第に忍たちの話題はしなくなった。
その後、エリカにあった変化と言えば、本を読むようになったことだ。
前はそんな読書好きではなかったのに、「想像力を養うため」と言いながら、
よく本を読むようになった。何故だか古代エジプトに興味を持っており、エジプト関連の本を
読みあさっていた。卒業したら、お金を貯めて絶対エジプトに行くのだと言い張っていた。
菜種は一瞬、校舎裏のあのツタンカーメンのドアを思い出したこともあったが、
すぐに記憶から消えた。
忍やよしのと殆ど話さないまま1年生が終わった。
1年から2年に上がるときクラス替えがある。運良く菜種とエリカは同じクラスに。
忍たちとはクラスが違った。クラスがバラバラになったことと一緒に
エリカへのイジメもバラバラになった。エリカも菜種も、1年のときのように
一人になることはなかった。引き続き同じクラスだった者も何人かいたが、1年のときとは違い、
普通に話すようになった。やはり、クラスの大半が忍たちの目をはばかっていたのである。
3年はクラスが違った。だが、エリカも、もちろん菜種もそれぞれのクラスで友達はでき、
1年の忍たちのイジメが嘘のように2人も平和に高校生活を送ることができ、
進路も決まり、無事に卒業式を迎えることができた。
5.ANATORIレシピ(エピローグ)
エリカは泣いていなかった。3年間、共に過ごしてきたエリカ。クラスも一緒で
殆ど同じ時間を過ごしてきたけど、忍たちにいじめられた分だけ、自分より
苦労しているはずである。そのエリカが泣いていなかった。だから泣けなかった。
エリカはパステルピンクのコートを着ていた。淡い色が春らしく、
エリカをかわいく見せていた。
「はい、これ餞別」
エリカは手のひらに乗るほどの袋と、一緒に手紙を菜種に渡した。
「いいよ、そんな遠くにいくわけじゃないし……」
「ううん。3年間お世話になったから」
「ありがとう」
菜種はお礼を言いながら、プレゼントを袋の上から眺めた。
「手紙は……電車に乗ってから読んでね」
「うん、じゃあまたね」
「菜種、こっちにも彼氏に会いに来るついでに、私とも遊んでね!」
「ついでじゃなくって、ちゃんとエリカに会いにくるよっ!」
笑顔のエリカは一生懸命手を振っていた。菜種もなんとか涙を飲み込んで
えくぼを窪ませながら手を振った。
4人用のボックス席のひとつに座った。車内は空いていて、菜種の他に数人しか
乗客はいなかった。なんとかエリカの前で涙を見せずに済んだ。
――軽く溜息をついた。卒業式は10日も前に終わっていたけど、今やっと
高校生活が終わった気がする。菜種は通学するにはちょっと遠い隣の県の大学に進学する。
4月からは一人暮らしになる。エリカは古代エジプト好きが昂じて、史学科のある大学へ。
それぞれ違う道を歩む。菜種はそう実感したのだ。
エリカからもらったプレゼントの包みを開けた。中は本だった。
本といっても市販の本ではない。A5よりももっと小さいB6サイズの本だった。
背表紙は製本テープでまとめてあり、エリカの自作本のようだった。
タイトルは『ANATORIAレシピ』。パラパラと本をめくったが、料理のレシピ本のようだった。
赤い河ランチ、タワナアンナケーキなどよくわからないメニューが目に入った。
一緒に渡された手紙に手をつけた。のりでがっちり封がしてある。
きれいにノリを剥がそうとしたが、あけ口が少し破れてしまった。
ハサミもカッターもないのだから仕方がない。封筒の中には一枚の便箋が入っていた。
薄いピンク色の薔薇のすかし模様が綺麗な便箋であった。
| 一年のあのとき、話しかけてくれてありがとう。 本当に、本当に嬉しかったよ。 面と向かって言えなくてごめんね。 菜種がいたから3年間過ごせたと思ってる。 ありがとう。 菜種は私の親友だよ、片思いでもいいの。 |
先ほど引いたはずだと思っていた涙が再び溢れてきた。瞳からこぼれ落ちた。
1年のとき、エリカは本当に辛かったんだ。忍たちのグループを出て、
2年になってクラスが変わると、無視されたことをすっかり忘れたかのように、
忍たちの話題は一切出さなかった。もう気にしてないんだと思ってた。
忘れてしまったのだと思ってた。
――忘れてなんていなかったんだ!
あのとき、本当に、本当にエリカは辛かったんだ。
どうして一ヶ月もの間、一人にしてしまったんだろう。
どうしてもっと早くエリカに話かけてあげなかったんだろう。
エリカは一人でどんなに悩んでいたのか? きっとあのとき私からの電話を待っていたんだ。
大丈夫だよって言ってもらいたかったんだ! 私は逃げていた。
忍たちに嫌われるのが怖くて、自分自身に言い訳ばかりして……本当の自分の気持ちを殺していた。
エリカを一人にしてしまったんだ!
(エリカ!)
菜種は涙で濡れた手紙を持ったまま立った。窓から顔を出してホームを見た。
エリカの姿はない。出口方面に続く階段にもパステルピンクのコートの姿は見えなかった。
もう帰ってしまったのだ。ホームまで送ってくれただけで十分だ。
鼻をすすりながら座ると、電車が発車するチャイムが鳴った。
ゴトンという音と慣性の法則で体が後ろに引っ張られる力と共に、電車は
ゆっくり動き出した。涙で潤った瞳で、窓の外をぼんやり見ていた。
徐々に加速してゆく電車の窓の外に、パステルピンクの陰が移った。
菜種は目を見開いた。エリカであった。菜種が電車に乗った後、エリカは出口の階段に向かって
歩いて行ったのではなかった。電車の進行方向、出口と逆方向の――進行方向の
一番前に移動していたのだ。菜種の姿を見つけ、エリカははっとし、
手を胸元まで上げた。菜種に確認できたのはそこまでだった。電車は速度を増してゆき、
あっという間にエリカは豆粒のようなサイズになってしまった。
エリカの気持ちが嬉しかった。1年のとき、忍たちに流されないでよかった。
エリカという友達を失わないでよかった。自分に勇気がなかったことで
寂しい思いをさせてしまったけど、親友を無くさなくてよかったと思う。
菜種にできることは……次に笑顔でエリカに会うこと。それしかできない。
でもそれだけで十分なんだ。
菜種は涙をぬぐって、窓の外に広がる青い青い空を見つめた。
***
「いっちゃったか……」
ホームの先頭に立っていたエリカは小さく呟いた。
(手紙、もう見たかな。片思いでもいいなんて、恥ずかしいこと書いたな……)
昨日の晩、本を作り終わってから、菜種への短い手紙を書いた。
本作りにかなり時間がかかってしまったため、手紙を書くときには
疲れと眠気で少し意識が朦朧としていたのだ。それに、夜中に手紙や作文などの文章を書くと、
外の暗闇と静けさに自分の考え方が深くなってしまうのか、朝になってあらためて読み返すと、
とんでもないことを書いてしまっていることが多い。
(大げさだったかも……)
エリカは少し手紙の内容を後悔した。でも、菜種が『お弁当一緒に食べよう』って
言ってくれたときは本当に嬉しかった。私が菜種を友達だと思っていた、
信じていた気持ちが裏切られなくて、すごく安心した。
菜種がいなければ、今ごろ人間不信になっていたかもしれない。
それと、ANATORIA食堂のラムセス。あれから何度か裏門に足を運び、
お店の様子を伺ったが、一度もお店が開いていることはなかった。
もちろん、ラムセスとも一度も会っていない。あの食堂は何だったのだろう。
今思うと不思議だ。食堂に通った1ヶ月、お昼時なのに、お客は自分以外に誰もこなかった。
よく考えるとおかしい。寂しさから見せた自分の幻覚なのだろうか?
ANATORIA食堂があったとき証拠とといえば、「天は赤い河のほとり 全28巻」くらいだ。
お昼に食べた奇妙な名前のランチ。天丼、赤い河ランチ、ピラミッドランチ、ツタンカー麺
ファラオ丼、タバルナ丼、などの食事は、すべてエリカの胃袋に入って消化されてしまった。
――ラムセス。何だったのだろう?
イジメが解消されても、エリカの中にANATORIA食堂の不思議はずっと残っていた。
話しても信じてもらえないと思って、菜種にも誰にも3年間話していなかった。
すると、鞄がブルブルと震えた。3月であったが、まだまだ風は冷たい。
鞄も震えたのかと思ったが、マナーモードにしてあった携帯電話に着信があったのだ。
エリカは鞄の中から携帯電話を出した。メールの着信であるようだった。
『片思いじゃないよ。ありがとうエリカ』
菜種からのメールであった。エリカは瞳にたまった涙をそっと人差し指でぬぐった。
ramusesu_love_anatoria
ANATORIA食堂で最後に食堂から出るときに、
「エリカ、頑張れよ!」と言ったラムセスの笑顔が浮かんだ。
(がんばったよ、がんばったよ。ラムセスさん……ありがとう)
こらえきれなくなった涙で、エリカはホームの先頭で肩を震わせていた。
落ち着いたところでもう一度、携帯電話の液晶画面を見つめ、静かに折りたたんだ。
折りたたみ式の携帯電話を閉じたことと一緒に、エリカと菜種の高校生活も幕を閉じた。
♪おわり
***
あとがき
え〜、ねね'sわーるど天河パロディ版中学生日記はどうでしょう?(笑)
このANATORIA食堂は、2002年5月に更新したものを書き直し&追加したものです。
話の内容も、設定もクサイなぁとしみじみ感じますが、
前にも書きましたが、コチラのお話、35.5%くらい実話なんです。
ここのエリカほどではありませんが、似たようなことがありました。
もっとも、私はエリカのように完全な一人きりにはならなかったので、
全然救われてしましたが……。
当時、お昼にカッコイイおにーさんのいる食堂でもあったらイイナぁと
いじめられながらも妄想にふけっていたことを思い出し(笑)、
ANATORIA食堂と結びつけました。
ちょっと仲間はずれ?のような立場になったとき、真っ先に感じたことが
以下↓でした。作品の中から引用しますが、
「今、忍たちにいじめられてるって言ってるけど、実は中学のとき
私もある一人の子をいじめたことがあるんだ。シカトしたり嫌味を言ったり……。
ある数人の子たちが、その子をむかつくって言っているのを聞いたら、
自分までその子が嫌になってきたような気がしてね、みんなと同じくシカトしてたの……」
「自分がこういう立場になって、その子はみんなにシカトされてて
どんない辛かったんだろう、一人で心細かったんだろうって初めて思ったの」
↑これ、本当に思いました。当時、今ある自分の状況も辛かったんだけど、
中学のときシカトしていた子がこんな思いをしてたんだ!って気づいて
本当にショックでした。いつかは巡り巡ってくるんだなぁと思いました。
やっぱり、ビバ、想像力!ですね(笑)。
5月に更新したときは、携帯電話のエピソードはなかったのですが、
現代風にアレンジ?して付け加えてみました。
あと、菜種ちゃんが携帯をみられて「彼氏いないんだ」とバカに
されていたので、最後に彼氏作ってあげました。小説って彼氏作るの簡単ですね(爆)。
最後に、こ〜んなに長い作品を読んで頂いてありがとうございます。
感謝!!!
ね(^o^)ね
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