赤髪の白雪姫2次小説
白雪に告白!?


1.イケメン研修生 2.告白 3.心配


1.イケメン研修生

 第二王子の執務室の机には、書類が山積みであった。
 その書類の横で、頬杖をついてふくれっ面をしているゼンがいた。
 見るからに不機嫌そうである。側近のミツヒデや木々でも話しかけるのもためらう始末だった。
「あの……ゼン、少しは仕事進めないと……」
 ミツヒデが引きつり笑いをしながらゼンに言った。
「そうだよ、早く仕事終わらせないと、白雪に会う時間もなくなるよ」
 ゼンがギロリと木々を睨む。
睨まれた木々はミツヒデと顔を見合わせたながら困った顔になる。
「その白雪が、今はあんな状態じゃ会えないだろっ!」
 ゼンの頬が大きく膨らみ、最大限のふくれっ面になる。眉間にしっかり皺が寄り、不機嫌極まりない表情であった。
「仕方ないでしょ、主。お嬢さんだって仕事なんだから……」
 壁に寄りかかってゼンを見守っていたオビが呆れたように言った。
 薬室には今、タンバルンからの研修生が来ていた。
 カシルという名の白雪と同い年の青年で、クラリネスの王宮の薬室に、薬学の勉強に来ていたのだ。ブロンドの髪にヘーゼルの瞳を持つ爽やかな青年は王宮の女官たちの噂の的になる充分な要素を持っていた。背の高く、隣国から来た凛々しい顔立ちの青年は、ミツヒデと並んでも決して見劣りしなかった。その美しい研修生、カシルの担当を任されていたのが白雪だったのである。
「仕事だからって、あんなに親しくすることないだろっ!」
 ゼンは執務机をゲンコツで叩く。机は微かに振動した。
「あんなにって、ゼン。白雪とそのカシルっていう研修生見たのか?」
 ミツヒデの言葉にゼンはビクリとなる。目が泳ぎ、視線が定まらない。
「ちょ、ちょっとな……確かに背が高くて、女官たちが言うとおりいい男だと思ったよ……」
 ゼンが気まずそうに答えた。
「のぞき見ですか、主」
「のぞき見ね。白雪とイケメンの研修生が仲良くしているところを見て、落ち込んでいるのね」
「うっ!」
 木々に図星されゼンは短く声を上げる。
「お嬢さんだって仕事なんだから、仕方ないでしょ、主」
「ああっ〜もうっ!」
 ゼンが頭を抱え、自分の髪をぐしゃぐしゃにかき回す。
 最近、忙しくて白雪に会えない寂しさと、イケメン研修生への嫉妬である。
「そういえば、明日の休みにお嬢さんが城下に研修生のカシルを案内するって言ってましたよ」
 オビが思い出したかのように言った。
「明日? カシルを城下に案内?」
 ゼンは執務机から立ち上がり、オビに詰め寄る。
「ええ、カシルがクラリネスの城下の薬屋にも行ってみたいって……」
「なんだ、それは!? 二人きりでか?」
「ええ、俺もお嬢さんにお供しようと思いましたけど、明日は主との先約の仕事があるから断りました」
「何で断るんだ! 俺との約束なんてどうでもいい! 城下の薬局に二人で行くなんて……デートじゃないかっ!」
 ゼンはオビの目前まで迫り、襟を掴んだ。首を絞めつけられたオビはむせて咳をする。
「ゴホッ、ちょ、ちょっと、主。苦しいですよ、手を離して下さい」
「そんな……白雪がイケメンと城下デートだなんて……」
 手を離したゼンは真っ青な顔で呆然としていた。

***

「あれぇ? オビ、今日はゼンと一緒じゃなかったの?」
 翌日、オビは薬室から出かける直前の白雪とカシルに、一緒に城下を回ることを希望した。ゼンの命令による白雪の護衛である。
「今日はお嬢さんの供をするように主に言われましてね。お二人の荷物持ちってことでお供させて頂きます」
 オビは二人に向かって深く一礼する。顔を上げるとカシルと目が合った。 眉間に皺が寄り、迷惑そうな顔をしていた。「なんでこいつが付いて来るんだ」と顔に書いてあるような表情だった。
「そうなんだ……。じゃあ、行こうか、白雪さん」
「うん」
 カシルは白雪の肩に触れる。自然に白雪に触れたその態度にオビはギョッとする。当の白雪もまんざらではない笑顔だ。ゼンが心配するように、これは本当に二人の供をして良かったのかもしれない。そう思うオビであった。
 
 城下にある薬屋を一軒一軒、白雪とカシルは回った。薬剤師同士、話も弾むようでオビには分からない単語が飛び交っていた。オビは特に話の中へ入ることもせず、二人の後から静かについて行き、荷物持ちに徹していた。
 カシルは薬膳茶に興味を持ち、行く先々の薬屋で薬膳茶の味見をしていた。白雪とオビも一緒に薬膳茶の味見をした。オビには効能はわからないが、甘いものもあれば苦いものもあった。様々な薬膳茶があるのだとわかった。
「ちょっと薬膳茶を飲み過ぎちゃったみたい。トイレに行ってくるね」
 城下の薬屋を一通り見終わったところで、白雪が街中のトイレへ走って行った。
「俺も行ってくる」
 オビも白雪と同様であった。一緒に薬膳茶を飲んでお腹が水分で満たされていた。ちょうどトイレを探していたところであった。
「じゃあ、僕はここで待っているよ。二人とも行ってらっしゃい」
 カシルはトイレへ行かないようである。二人を笑顔で見送っていた。
 オビがトイレから戻ってくると、カシルはオビに向かって手招きしていた。どうしたのだろうと思い、速足でカシルの元へ行く。手には一枚の紙を持っていた。
「あ、オビさん。白雪さんから伝言なんだ。さっき行った薬局で買い忘れてしまった薬草があるんだ。女性用のトイレは混んでいてまだ時間がかかるから、オビさん、この紙に書いてある薬草買ってきてもらっていいかな?」
 カシルから紙とお金を渡される。紙には聞いたことのない薬草の名前が書いてあった。白雪と一緒に薬室の仕事をしているので、たいていの薬草の名前はわかるようになったつもりだったが、知らない薬草の名前だった。同業の薬屋の薬剤師に見せればきっとわかるのであろう。
「わかった。お嬢さんの頼みなら仕方がない。ひとっ走り行ってくるよ」
 今日は休日ということもあり、城下は買い物をする人々で混んでいた。街のトイレも男性用と違って女性用は列を成していた。薬屋に行って買い物をしてきてもちょうどいい時間かもしれない。
「よろしく、オビさん。僕は白雪さんとここで待ってるよ」
「わかった」
 オビは軽く頷き、カシルに背を向け薬局へ走って行った。
 そのオビの背中を見つめて、ニヤリと笑ったカシルの顔をオビは知る由もない。


「お待たせ、カシルさん。トイレ混んでて待たせちゃってごめんなさい。あれ、オビは? まだトイレ?」
 白雪はオビの姿を探す。男性トイレの方が空いていたので、先に戻っていたものと思っていた。オビの姿はなかった。
「ああ、オビさんはさっき寄った薬屋さんで忘れ物をしたって言って取りに行ったよ。この先の喫茶店で待ち合わせすることになってるから、そっちに移動しよう、白雪さん!」
「えっ! でもオビのことだからすぐに戻ってくるんじゃない? あっ、ちょっと……」
 カシルは無理やり白雪の腕を掴む。勢いよく手を引っ張られたので、頭に被っていたフードが取れて赤い髪が露わになる。白雪はフードを直そうと思ったが、カシルに強く腕を引っ張られ直せなかった。
「こっちだよ、白雪さん。早く……」
白雪はカシルと共に、大通りから一本入った細い道へ入って行った。


2.告白

「本当に待ち合わせってここのお店なの? こんな奥に入ったお店、オビ分かるかな?」
 白雪はカシルに連れられて大通りから一本入った細い道に連れて行かれた。更に奥の喫茶店にカシルと一緒に入る。静かな雰囲気のお店だったが、オビにこんな奥に入ったお店がわかるのだろうか? 白雪は不安になった。
「大丈夫だよ、オビさんには地図を渡したからね」
「そうなの? それなら大丈夫かな?」
 店の中で一番奥の席に案内される。テーブルとテーブルの間隔がゆったりと取ってあり、落ち着いて話ができそうだった。
 白雪はカシルに勧められ、椅子に腰かける。カシルと向かい合わせに座る形になる。
「白雪さん、今日は色々案内してくれてありがとう。ここは奢るよ。甘いものでもお茶でも好きな物頼んでいいよ」
「えっ! そんな、悪いからいいよ!」
 白雪は首を横に振った。赤い髪が緩やかに左右に揺れる。
「ううん、休みの日まで白雪さん付き合ってもらったんだ。お礼をさせて欲しいんだ」
 カシルは白雪をまっすぐに見つめニコリと笑う。
「あっ……、じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
 白雪の頬が一瞬熱くなる。赤い髪と同じ色になってしまったのではないかと不安になった。白雪は慌てて下を向き、メニューに目を通した。
 カシルの言葉に甘えて、紅茶とアップルパイを注文した。白雪は店の扉の方へ視線を移す。オビはこんな奥まったお店、本当に分かるだろうか? 心配になり何度も扉の方を見てしまった。
「白雪さん!」
「何?」
 カシルに少し大きめな声で名前を呼ばれたので白雪のほうを見た。カシルは白雪を見つめニコニコと笑っている。
「あのさ、白雪さん。僕と付き合わない?」
「どこに? もう一軒、薬屋さんに行くの?」
 さんざん城下の薬屋はまわったというのに、まだ回ろうというのだろうか?
「違うよ。付き合うって言うのは『交際』って意味だよ。もうすぐ研修も終わってしまうし、白雪さんのこと好きだから、この後もずっと会いたいなって思って……」
「へ?」
 白雪は口から変な声を出した。驚きのあまり目を見開く。
 これは告白だ。
 カシルが今日、こんなこと言うなんて一ミリも想像していなかった。白雪は咄嗟に言葉が出ず呆然とする。
 白雪の肩がビクリと震える。
 カシルの手が白雪の手に重なったのだ。驚いて顔を上げるカシルの緑色の瞳がまっすぐこちらを見つめていた。真剣な表情であった。
「あ、あの……」
 白雪はカシルの手から逃れようと手を引いたが、余計に強く握られてしまった。
「この一カ月、白雪さんと過ごせてすごく楽しかったし、また会いたいと思うんだ。同じタンバルン出身で薬剤師だ。気が合うと思うんだけど、どうかな?」
「どうかなって言われても……私、好きな人がいるから……」
 白雪は俯き、気まずそうに首を横に振る。
「ゼン殿下でしょ?」
 カシルはテーブルに身を乗り出す。手はしっかりと握られたままで放そうとはしてくれない。
「……」
「やめときなよ。相手は王子だよ。宮廷の薬剤師なんて相手にされるわけがない。せいぜいなれるとしても妾だよ。自分に見合った幸せ探した方がいいよ。わざわざ苦しい思いすることない……」
 白雪は黙ったまま俯く。
 二人の間にしばらく沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは白雪の方だった。
「確かに私はゼンに不釣り合いなのかもしれない。これから先、どうなるかなんて分からないけれど、少しでも認められるように努力したいと思ってる」
「そんな努力、無駄になるよ。僕なら君と結婚するのに何の障害もないし、不自由な暮らしはさせないって約束する。身分は到底かなわないけど、ゼン殿下なんかより、君を普通に幸せにできるよ。きっと!」
 白雪は真剣なカシルを見つめる。
 確かにそうかもしれない。クラリネスの王宮に研修生として来るのだから、カシルはきっと母国では将来有望な薬剤師なのだろう。嘘はついていないのかもしれない。この手を離さないという選択も、もしかしたらあるのかもしれない。でも、それは違う。
「気持ちは大変ありがたいのですが、私の心にあるのはゼンです。私が好きなのはゼン殿下なので、あなたとはお付き合いできません」
 白雪は握られていない方の手でカシルの手を掴み、跳ね除ける。カシルの手から解放された両手を自分の膝の上に持ってきて姿勢を正した。
「先にゼン殿下を好きになったから、もう僕にはチャンスはないってこと?」
「うーん、そういうことになるかな?」
 白雪は考えながら返事をする。
「じゃあ、ゼン殿下より先に出会っていたら、好きになってくれた?」
 カシルが白雪の方へ身を乗り出す。
「うーん、それはわからない」
 白雪は気まずそうに苦笑いする。
「順番ってことか……」
 カシルはふくれっ面になり、面白くなさそうな顔になる。
「順番もね……先に出会ったことも運命だと思うから、この気持ちは大切にしていきたいと思うの。カシルさん、すごくカッコいいし素敵だと思うけど、やっぱりゼンよりは好きになれない……」
 白雪は笑いながら首を振る。
「で、でも……王子と結ばれようなんて……」
 カシルの表情が険しくなる。再び白雪の手を取ろうとしたその時だった。
「しつこいぞカシル。もういい加減にしたらどうだ」
 カシルの後ろから地の底から響くような声がした。背後からカシルの肩に手を置いたオビが現れた。鋭い目つきでカシルを睨みつけていた。その形相に白雪は一瞬驚いた。
「オビ! 忘れ物は見つかった?」
「は? 忘れ物?」
「さっき行った薬屋さんに忘れ物しちゃったんでしょ? 忘れ物取りに行くからこのお店で待ち合わせしてたんだけど……」
 カシルが気まずそうにオビと白雪から視線を反らす。
「おい、カシル! お前に渡されたメモに書いてあった薬草、この季節にはない薬草だって言うじゃないか。お嬢さんが買い忘れた薬草っていうのも嘘だな。どういうことなんだ!」
「薬草を買い忘れた? 何それ?」
 白雪は目をパチクリさせて、オビとカシルを見つめる。オビは眉間に皺を寄せ、険しい顔をしている。オビの額には汗が光っている。必死にこのお店を探していたのかもしれない。
「ここを見つけるのが早かったじゃないか……」
 カシルは二人から目を逸らし気まずそうに言った。
「お嬢さんの赤い髪は目立つんだよ。人づてに聞いたらすぐにわかったよ」
 カシルに強く腕を引っ張られ、頭に被っていたフードが取れたまま、この喫茶店まで連れて来られた。混みあった城下でこの赤い髪が人々の目に触れたのだろう。
「お嬢さん、もう行こう。嘘をつくような奴とこれ以上一緒にいることはない。王宮に帰ろう!」
 まだお茶とアップルパイに殆ど手を付けていなかったが、オビに手を引っ張られる。
「う、うん……」
 オビに強く手を引かれ喫茶店を後にする。腕を握る力が思いの他強くて、驚きを隠せない白雪であった。


3.心配

 白雪、オビ、カシルの3人は、城下から王宮まで馬車に乗って帰ってきた。
 馬車の中では誰も喋らなかった。
 オビは眉間に皺を寄せてむっつりした顔。カシルは視線をやや下方に落とし無言で馬車に揺られている。白雪は気まずい雰囲気に言葉を発せないでいた。
 王宮に着いて馬車から降りると、カシルは白雪とオビに向かって小さく頭を下げた。微かだが「すみませんでした」と二人に謝罪する声が聞こえた。カシルは振り向くことなく、薬室の方へと向かって帰って行った。
「オビ……、心配した?」
 馬車から降りた白雪とオビは、王宮の廊下を歩いていた。
「当たり前ですよ。元の場所に戻ったらお嬢さんもアイツの姿もなくて本当にビックリしました。お嬢さんの身に何かあったらどうするんですっ!」
「な、何もないよ……」
 白雪は手を顔の前で振った。
「今回はですっ! 普通の喫茶店だったからよかったようなものを、もし別の場所だったらどうするんです!」
「別の場所ってどんな場所?」
 白雪の純真無垢な瞳がじっとオビを見つめる。
 オビは少し顔を赤らめ小さく咳をする。
「べ、別の場所は別の場所です。いいですか、お嬢さん。むやみやたらに男の人と二人きりになっては危険です。充分に注意してくださいね!」
 オビは白雪に言い聞かせるように言った。
「今も……オビと二人きりだけど?」
「俺や主、ミツヒデの旦那はいいんです。あとリュウや八房さんも。よく知っている人とは構いません。カシルような……ああいう下心のある奴に気をつけろということです!」
「わ、わかった……」
 オビの顔が目の前に迫る。白雪はたじろぎつつ頷いた。
「オビ、あの喫茶店で……どこから話聞いてた?」
 白雪はオビの表情を伺いながら恐る恐る聞く。
「アイツがお嬢さんの手を握ったところからです」
「そ、そんな前から聞いてたんだ……」
 白雪は恥ずかしくて俯いた。
「はい」
「ゼンに……今日のこと話す?」
 白雪は俯いたまま、視線だけオビに移す。
「話しますよ。当然です。そのための護衛ですからね」
「そっか、話すよね……。ゼン驚くかな?」
 白雪が気まずそうに笑う。
「今日あったことを聞いたら、驚愕するでしょうね。驚きのあまり声も出ないかもしれない」
「そうだね……」
 なんとなく想像がついて二人は顔を見合わせて苦笑いする。
「でも、ちゃんとお断りしたよ。私の心にあるのはゼンだもの……」
 白雪は語尾を小さくする。恥ずかしくてオビとも視線を合わせられなかった。
「そうですね。俺にもチャンスはないってわかりましたから……」
「えっ? オビ、何か言った?」
 白雪は顔を上げる。瞳を大きく開き、オビを見つめている。
「いいえ、何も言ってませんよ」
 オビは白雪を見つめて優しく笑った。

***

「白雪っ! 大丈夫か? 何かされなかったか? 怪我とかはいよな!?」
 オビが事情を話してから、白雪はゼンの執務室に招き入れられた。
 ゼンがクルクルと白雪の周りをまわり、怪我がないかどうかを確認する。 ミツヒデや木々も心配してくれたらしい。心配そうに声をかけられた。
「大丈夫だよ、もちろん怪我もない。そんなに心配することないよ」
 白雪は心配させないよう、笑顔を作った。
「笑っている場合じゃないぞ! 城下の大通りを外れた細い道に連れて行かれるなんて……そんな恐ろしい……」
 ゼンが青い顔で首を振る。信じられないといった表情だ。
「あ……心配かけてごめんなさい」
 白雪はゼンと心配してくれたミツヒデと木々に謝る。
「何でもなければいいんだ、うん」
 ゼンは白雪の顔を見てホッとした笑顔になる。
「白雪……あのカシルっていう研修生に告白されたんだって?」
「うっ!」
 ゼンが心配そうに白雪の顔を覗き込む。
 白雪は気まずくなり思わず視線を床に落とす。しっかりとゼンの顔を見られなかった。
 気まずい雰囲気を察したのか、側近たちは二人を残しそっと部屋から出て行った。静かに扉が閉まり、執務室にゼンと白雪は二人きりになる。
「ちゃんとお断りしたよ! 私が好きなのはゼンなんだし、ゼン以外の人と付き合うとか考えられないというか何というか……」
 白雪はゼンの服を掴み、必死に言った。こんなことでゼンと気まずい雰囲気になりたくない。もし気まずくしまったら、カシルの告白なんて大迷惑だ。
「だからゼンが心配するようなことは全然なくて……どちらかというと、私がゼンに嫌われちゃうんじゃないか、すごく心配で……あっ!」
 白雪がそこまで言うと、ゼンに抱きしめられた。ゼンの腕の中に収められ、ギュッと肩を抱かれる。
「もうわかったよ。白雪が無事ならそれだけでいい……」
「心配かけてごめんなさい」
 白雪は力を抜いてゼンの腕の中で体重を預ける。安心して充分な時間そのままの姿勢でいると、ゼンの腕の力が少し緩んだ。白雪は顔を上げ、ゼンを見つめる。至近距離で目が合い、引き寄せられるように……とても自然にお互い唇が重なった。
 ゼンに唇を重ねながら、白雪は城下でカシルに言われた言葉を思い出す。

『ゼン殿下なんかより、君を普通に幸せにできる』と。
 
 カシルに幸せにしてもらう必要なんてない――。
 ゼンと一緒にいることで、自分は充分に幸せだ。できることなら、ゼンのことを幸せにしてあげたい。そう願える相手に巡り合えた運命は本当に幸運だ。ゼンの幸せが自分の幸せにつながってゆく――。しっかりとカシルの告白を断って良かったと思う。
 白雪はゆっくりと唇を離す。頬を赤くしたゼンの顔が目の前にあった。
「白雪、一つ確かめたいことがあるんだが……」
「なに?」
「薬室に来た研修生は、その……格好いいと評判みたいじゃないか。そういう奴に告白されると白雪は嬉しいものなのか?」
 白雪と目を合わせず、言いにくそうであった。
「別に……嬉しくないよ。だって何とも思ってないし、カシルさんと一緒にいてもドキドキしないしね」
「ドキドキ?」
「うん。ゼンと一緒にいるときはいつもドキドキしてる。会っている間はすごく楽しいけど、別れるときいつも寂しいし……。カシルさんは確かに格好いいけど、そういう気持ちは全くない」
「そ、そうか。じゃあ安心していいんだな」
「はい。安心してください」
 白雪は大きく頷きながら笑顔になる。
 不安そうだったゼンの顔が明るくなった。心配かけて申し訳なかったという気持ちもあるが、自分の気持ちをしっかり確認できて良かったなとも思う。
 これからもゼンのことを想い、目には見えない幸せに、少しづつでも近づけたらいいなと思った。


♪おわり




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