顕微鏡探偵
〜アメジストの行方を追え!〜
1.戻ってきたA子 |
2.検査室内調査 |
3.女子更衣室 |
4.アメジストの行方 |
1.戻ってきたA子
検査室の暖房が止まり照明が消えた。遅番で残っていたA子が鍵を閉めて検査室を出た。
ナースシューズのゴムの部分が床とこすりあい、キュッキュッという音が
ドアの向こうに響く。その音もだんだん小さくなると思うとやがて消えた。
12月の夕方6時半。窓の外は既に暗く、夜の闇にすっかり空気は冷たくされていた。
暖房の止まった検査室は徐々に外の冷たい空気を伝播させ、
室内の温度は下り坂をかけおりているところであった。
恒温動物である人間もいなくなったので熱エネルギーの発生もなくなっており、
更に加速度を増しているのであった。
すると先ほど聞こえなくなったはずの足音が再び聞こえ始めた。
キュッキュッという音は先ほどよりペースを速めて、同時にバタバタという
重みのある音が、暗闇と冷気が支配する検査室に近づきつつあったのだ。
鍵を開ける音がして、蛍光灯がついた。再び検査室に人工的な光が降り注がれる。
A子は白衣の姿のまま、今日一日使っていた顕微鏡の側までよって、顕微鏡のほとりを
舐めるように見回し、床に視線を移した。次に血液塗抹標本をWG染色する機器の前
まで行き、同じように両目を大きく見開いてジロジロと染色器の周囲を見つめていた。
受付用のコンピューターや、ワークシートや結果を入力するコンピューターの前にも
行き、床を中心に舐め回すように見つめ、何かを探している素振りであった。
「ないなぁ〜、アメジスト気に入ってたのに。誕生石だし……」
A子はがっくりと肩を落とし、先ほどと同様に電気を消し鍵をかけて検査室を後にした。
検査室から遠ざかる足音も先ほどより心なしか元気がないように聞こえた。
再度暗闇が訪れた検査室。恒温動物が完全にいなくなったことを確認すると、
無機物である検査機器たちが活動をはじめる。
「顕太郎アニキ! A子さん、何か探しているようでしたねぇ」
顕微鏡の顕次郎が、先輩顕微鏡の顕太郎に話し掛ける。
「A子は何を探しているかわかるか?」
「さぁ〜、アメジストがなんとかって言ってましたけど、アニキは何を探していたか
わかるんですか?」
顕次郎は接眼レンズを少し傾けて先輩に問い掛ける。
「わかるとも! 顕次郎、A子は何を探していたんだと思う?」
「床を舐め回すように探していましたから何か小さなものですよね。
アメジストがどうのと言ってましたし……指輪、結婚指輪とか?」
語尾の口調を上げて顕太郎に言う。
「アホ! A子は独身だ。結婚指輪じゃない!」
「そう……でしたね。じゃあ婚約指輪?」
「違うっ! A子には婚約の『こ』の字の影もない! 指輪も遠くはないがもう少し
違うものだ!」
先輩顕微鏡は徐々にきつい口調になる。
「えっと……じゃあ……、う〜ん」
顕次郎は回答に詰まる。思うような解答を得られない先輩顕微鏡はしびれを切らせ
正解を喋り始めた。
「ピアスだよピアス! 今日A子の耳朶に紫色の小さな石のついたピアスが
あったろ!」
耳たぶを耳朶と言うあたりが臨床検査部所属の顕微鏡だといえよう。
「ああ、そういえば……。A子さんピアスをなくしてしまったんですか?
それで探してたんですね」
「俺も昼までは紫色のアメジストのついたピアスをしていたのを見たんだ。
だが、帰るときにはA子の耳朶にピアスは乗っていなかった」
「僕はそこまで気づきませんでしたけど……。なくしてしまったなんてお気の毒に……」
顕次郎はA子を心配して言った。
「まあ、A子にピアスなんて豚に小判、猫に真珠だがな!」
「先輩! ことわざの動物名が逆ですよ。意味は通りますけどね……。
それに豚に真珠なんてかわいそうですよ。A子さん、ピアスかわいいじゃないですか」
口の悪い先輩顕微鏡のひどい言われようをフォローする。
「けっ! A子にピアスなんざ馬の耳に念仏だよっ! そうだな『A子の耳にピアス』っていう
ことわざがあってもいいかもしれんな」
「先輩……今度はことわざはあってますが、意味が違うように思えますが……」
わざとか天然か、ボケぶり見事な顕太郎に的確なツッコミを入れる顕次郎。
2人はボケとツッコミの均衡が取れた素晴らしい顕微鏡コンビと言えよう。
しかし顕太郎。突っ込まれても気づかないのか気にしないのか、顕次郎を無視して
会話を続ける。
「そこでだ助手のワトソン君。またもや顕微鏡探偵の出番だ。なくなったアメジストの
ピアスの行方を追ってみようと思う」
顕次郎は久々に呼ばれたカタカナ名に悪寒を覚えた。苦虫をかみつぶしたような表情をしている。
「ま、また探偵ごっごですか? 助手のワトソンってその名前を聞くと悪寒が……」
「なんだ? ワトソンって名前が嫌か? ワトソンじゃなかったらどんな名前が
いいんだ?」
「え? えっと……そうですね。どうせカタカナで名前をつけてもらえるなら、
トム・クルーズとかブラット・ピットとかの方がいいです!」
顕次郎、かなり思い切った名前を先輩に告げる。本日第一号の顕太郎の「ばかやろう!」が
出ると思いきや、顕太郎は穏やかに返事を返した。
「そうか……お前がトム・クルーズだったら、俺はジョン・レノンがいいかな」
「…………」
顕次郎は無言。何も返せない。自分でも思い切ったことを言ったと思っていたのに、
相手はもっと上手であった。
「すみません……ワトソンでいいです。顕太郎アニキ……」
「そうか? ワトソンでいいのか。素直でいいぞ、顕次郎」
顕太郎は穏やかな笑顔。顕微鏡の世界、上下関係がそこそこ厳しい。先輩の言うことには
絶対服従が掟であったのだ。
「じゃあさっそく探してみようか。ワトソン君、行け!」
さっそく助手に命令を下す顕太郎。今回も自ら動く気はないようである。
「アニキ、行けってどこに行くんです? また検査室から出るの嫌ですよ」
前回の北一硝子探しに懲りて、顕太郎は検査室の外へ出るのを渋った。
「今回はこの検査室の中だけを探せばいい。ワトソン君、きみには総合倍率1000倍の千里眼が
ついているんだ。検査室中をその倍率でくまなく探すんだ!」
「くまなくって……検査室中をすみずみまで探すって結構大変ですよ。
アニキも一緒に手伝ってくださいよ!」
「ばかやろう! ジョン・レノンに命令する気か? 俺は別にユーラシア大陸を
全部探して来いって言ってるんじゃないんだ。たかが検査室1部屋だぞ。
雀の額、猫の涙ほどだろう!」
やっぱり今日も顕太郎の「ばかやろう」は健在。第一号がここで発せられた。
「またまたユーラシア大陸だなんて大きな例えを……。わかりましたよ、
探してきますよ。それとやはりことわざの動物名が逆ですけど……
意味は通りますけどね」
顕次郎は電源コードを抜き仕方なく検査室の中を探しに出た。
同じ顕微鏡の鏡子さんは、顕微鏡カバーをかぶせられ、スヤスヤと心地よさそうな
寝息をたててのんきに眠っていた。
2.検査室内調査
顕次郎にとっては広い、顕太郎にとっては狭い検査室内を助手のワトソンは
探しに歩いた。
「ワトソン君、すみずみまで隈なく探すんだぞ。ピアスは小さなものだが、
ミクロ単位ではないんだ。簡単だろう。あーはははは!」
先輩顕微鏡は大らかに笑った。
「まったく面倒くさいことはすぐ人に押し付けるんだから……」
そう文句を言いたかったが顕次郎は心の中に留めた。
自称ジョン・レノン顕微鏡の命令で、助手のワトソンは検査室の隅々まで探した。
受付のコンピューターの後ろ、自動血球計算機や凝固機能測定器の周り、
主任の机の下、埃のかぶった本棚の裏まで、先輩顕微鏡の監視の元で
アメジストのピアスの行方を追った。
「先輩、ありませんでした……。検査室中探してもピアスは見つかりません!」
埃まみれになった顕次郎は先輩に報告した。
「そうか……見つからないか……ふぁ、ふぁ、ハックション!」
顕太郎は大きなくしゃみをした。グズグズと鼻水をすすっている音も
顕微鏡の中から聞こえる。
「け、顕微鏡って……くしゃみするんですね……」
「アー、お前が検査室中を動き回ったせいで埃がたったではないか。
クシャミがでたぞ。ああ、埃っぽい」
顕太郎はまだ鼻をすすっている。
「顕太郎アニキ、そりゃないですよ!アニキに命令されて検査室中探し回ったのに……」
泣きそうな声で助手は先輩に訴えた。
「嘘だよ、顕次郎。今のくしゃみは花粉症だ」
大きく鼻をすすって後輩顕微鏡をなぐさめた。
「け、顕微鏡にも花粉症ってあるんですか! 僕たち無機物ですよっ!」
顕微鏡界の常識をくつがえす発言に顕次郎は驚きの連続であったのだ。
「この前、血清検査室でIgE(体内にアレルギー反応があると上昇する免疫グロブリン)を
測ってもらったら高値が出たんだよ。俺ってアレルギー体質なんだ……」
「花粉症……確かに3月のこの次期は花粉の最盛期ですからね……
でも僕たち顕微鏡……」
「春は花粉の繁殖期。俺の体内でヒスタミンが大生産されているー!
ぶはっくしょん!」
大きなくしゃみを吹きかけられた顕次郎は、先輩顕微鏡の体内の不思議と
クシャミのしぶきを浴びて呆然としていた。
「先輩、繁殖期ではなく最盛期……まあ、スギにとっては繁殖期ですけどね……」
「花粉症なんてどうでもいいんだ。それよりA子のアメジストは何処へ
行ったのだろう? 検査室内にないとすると……」
顕微鏡の顕太郎、双眼顕微鏡の接眼レンズの間に皺を寄せて、珍しく真面目に考えている。
顕次郎は何かいい考えが浮かばないかとじっと先輩を見つめていた。
「ワトソン君、アメジストはもしかしたらあそこにあるかもしれない」
「あそこって?」
「あそこだよ。耳朶に付着していたピアスは、ニュートンの万有引力の法則で
下へ落ちる。何も障害がなければそのまま床まで落下するが、A子の耳朶から
床まで何か障害があったとするとそれは何だと思う?」
顕太郎はニヤリと得意げな不敵な笑みを顕次郎に投げかけた。受け取った顕次郎は
少々の悪寒を覚えた。
「えっと……障害……机の上とか……?」
苦し紛れに探したはずの机の上と答えた。
「甘いな。机の上じゃない。白衣だよ、白衣。A子たち検査技師はドクターと同じ
少々太っても体系の目立たない膝丈のだらっとした白衣を着ているだろう。
なくしたピアスが衣服についていたってことはよくあるんだよ」
「そうなんですか……でも顕太郎アニキは男なのに、まして顕微鏡なのに
どうして女性のピアスのことになんて詳しいんですか?」
「ふっ、女泣かせの顕微鏡の顕太郎とは俺のことさっ!」
「…………」
顕太郎は電源コードを振り回しながらキザな台詞を吐いた。
顕次郎は無言でただ呆然とするばかり。
「さあ、次を探しに行こう!」
「つ、次って何処を探しに行くんですかっ!」
顕次郎は奇想天外な先輩顕微鏡にもう少し呆然としていたかったが、
彼にそんな余裕は与えられなかったらしい。
「女子更衣室。A子たち検査技師のロッカーが置いてある地下の更衣室だよ」
「でえええええ! こ、更衣室まで行くんですかっ!」
顕次郎は驚きのあまり目と口で3つのOを作った。
「大丈夫だ。エレベーター使っていくから。階段で降りて来いなんて言わないさ!」
「そうではなくて、じょ、女子更衣室に入るなんて……。性別違いますし、
第一、私たちは顕微鏡ですよ」
言い出したら聞かない先輩顕微鏡だということは十二分にわかっていたが、
とりあえず顕次郎はSTOPをかけようとした。
「大丈夫さ。この検査室の男性技師、F主任が女子更衣室に入ったら
セクハラで訴えられるかもしれないが、俺たち顕微鏡は治外法権さ!
さあ、ワトソン君、行くぞっ!」
顕太郎は体を翻して検査室の出口に向かった。
「確かに……顕微鏡なら治外法権だと思いますけどね……」
顕次郎はブツブツと小さく呟いた。だが先輩顕微鏡についてゆくしかなかった。
3.女子更衣室
エレベーターで地下一階に降りた。顕太郎たちは更衣室の前まで来て中の
様子を耳をすませて聞いた。何も聞こえない。どうやら中には誰もいないようである。
2台の顕微鏡はそっと女子更衣室のドアを開けた。
ズラリと一直線にロッカーが並んでいた。職員の人数分だけあるロッカー。
顕次郎ははじめてみるロッカー室をキョロキョロと見回していた。
「A子のロッカーは245だ。顕次郎、245のロッカーを探せ」
「どうしてアニキはA子さんのロッカーbネんてご存知なんですか?」
「だから女泣かせの顕太郎と言ったろう。ふっ」
自称色男顕微鏡は、また意味不明なことを言い始めた。顕次郎は今の台詞は
聞こえなかったこととして245のロッカーを探しはじめた。
「242、243、244……245、ありましたよ。顕太郎アニキ!」
「ふむ、どれどれ」
2台の顕微鏡は245とナンバリングのしてあるロッカーの前まで来た。
膝丈の白衣が収納できるロッカーなので、顕微鏡から見ると随分と背高のっぽの
物体であった。顕太郎と顕次郎は天井を見上げるようにロッカーを見上げた。
「よし、顕次郎。ロッカーの鍵を開けるぞ。こんな鍵ちょちょいのちょいだ!」
顕太郎は『手』代わりの電源コードをロッカーの鍵の部分まで伸ばした。
電源コードの先には5pほどの針金が付いている。顕太郎は鍵穴に針金を
差込み、電源コードをグニャグニャと躍らせた。針金でロッカーの鍵を
開けようとしているのだ。
「け、顕太郎アニキ! 何をやっているんです! それでは盗っ人ではありませんか!」
今更だが顕太郎の行動に驚き、顕次郎は一オクターブ高い声をあげる。
「ふふん、顕微鏡の顕太郎。またの名を解凍ルパン3世とも言うんだ。
銭形のとっつあんなんかに捕まるものかっ!」
またもや顕太郎は無敵の笑みを浮かべる。顕次郎は大きな溜息をついた。
自分の世界に入っている顕微鏡をもはや止めても無駄だと悟ったが、
A子の名誉を守るため、一応言い返してみることにした。
「はいはい、ルパン様わかりましたよ。ちなみに怪盗の漢字がちがってますよ。
圧縮解凍の解凍になってます。でも、勝手にロッカーを開けるなんていけませんよ。
いくらなんでもプライパシーの侵害です!」
「漢字変換ミスを含めて細かいことは気にするな! そんなことより、このロッカー
手ごわいんだよ。開かない……」
顕太郎は難しい顔をしてロッカーを睨んでいた。電源コードの先で持った針金で
悪戦苦闘していたのだ。
「開かない方がいいんですよ! ロッカーを勝手に開けるなんて、いくらんでも
A子さんに失礼ですよ。ほら、もう帰りましょ」
顕次郎は先輩顕微鏡の『手』を同じく電源コードで遮った。
「なにするんだよ、顕次郎。これは探偵の調査であってプライパシーの侵害などでは……」
「だめです!」
顕太郎と顕次郎はA子のロッカーの前でもみ合った。245のロッカーの前で2本の電源コードが
ぶつかり合った。
「ほら、いけませんってば。顕太郎アニキ、ロッカーから手を離してください」
「いやだあぁ!」
顕次郎はロッカーの取っ手から『手』を離そうとしない先輩を無理やり引っ張った。
その拍子に――キィィと静かな音を立てて245のロッカーが開いた。
2台の顕微鏡に向かってロッカーは開かれた。中にはA子の白衣と思われるものや
着替え類が入っている。
「開いたぞ」
「…………先輩、鍵開けましたね」
「いいや、開けてないぜ。さっき手ごわいって言ったじゃないか!」
「じゃあ、何故?」
2台の顕微鏡はみつめ合ったまましばらく沈黙する。
「まさか……A子さん、ロッカーに鍵かけてなかったんじゃ……」
沈黙を破ったのは後輩顕微鏡。呆然とすることは少ない顕太郎であったが、
さすがにポカンとしていた。
「ばかやろう! A子の奴! ロッカーに鍵かけないなんて無用心じゃないかっ!」
顕太郎、ロッカーに向かって怒鳴り声を上げる。怒るのも無理はない。
「まったく……鍵を開けようとしていた人がよく言いますよ……」
そう顕次郎は言おうと思ったが、心の中で留めておくことにした。
「アニキ、早いところ用事を済ませましょう。白衣にピアスはついてます?」
ロッカーの中を覗くなんて気持ちのいいものじゃなかったが、先輩顕微鏡の
気が治まらないとあっては仕方ない。顕太郎の気を済ませ、さっさと検査室に戻りたかった。
「う〜ん、アメジストはついていないようだなぁ。それにしても汚いロッカーの中だな。
本やら書類やらがメチャクチャに入ってるぜ」
白衣や着替えの他にもロッカーから溢れんばかりに様々な物が入っていた。
顕太郎が文句をいいたくなるのも仕方がなかった。
「そういうのをプライパシーの侵害っていうんですよ。A子さんのロッカーなんだから、
彼女の勝手でいいでしょ。もういいでしょう。検査室に帰りましょう」
顕次郎は先輩の腕を引っ張って更衣室から出た。再びエレベーターに乗って
検査室に戻った。
「アメジスト、ありませんでしたねぇ。もしかしたら検査室以外の場所で
落としたのかもしれませんよ」
「そうだなぁ、そうかもしれないなぁ。こんなに探してもないんだから」
名探偵顕太郎は、目的のものが見つからなくて少々落ち込んでいるようだった。
行動はともかくとして、顕太郎はA子のためを思って探偵をしているのだから、
意気消沈している先輩顕微鏡を見て顕次郎は少しかわいそうになった。
「顕太郎アニキがA子さんが大事にしているアメジストのピアスを、
一生懸命探した気持ちだけはきっと伝わりますよ。元気出してください」
「そうなんだよ。アメジストのピアスが見つかったら、俺の血液塗抹標本を載せる
ステージの上に置いてやって、A子を驚かそうと思っていたのに……残念だよな!」
「はぁ? なくしたはずのピアスがどうして顕微鏡のステージの上に
載ってるんです! バカな冗談やめてください!」
顕次郎の声は驚きに少々甲高くなった。
「接眼レンズを覗くとアメジストの結晶が見える。きれいだろう……。
A子を驚かすことが目的さ。ぐひひひひ」
顕太郎は汚い笑いをこぼす。顕次郎はもはや溜息しかでなかった。
アメジストのピアスは見つからなくって良かったのかもしれない。
「アニキ……明日も仕事が待っています。もう寝ましょう……」
「そうだな!」
今日も先輩に振り回された顕次郎はやっと長い1日から開放された……。
4.アメジストの行方
「おはよー、おはよー。顕太郎、顕次郎。朝ですノヨ!」
ソプラノ声が夜更かし顕微鏡の耳に入った。
「ふぁ〜あ、もう朝か……」
「昨日は休むのが遅かったから眠いですね」
顕太郎と顕次郎は朝日のまぶしさに目をパチパチしながらやっと意識を回復させた。
「鏡子のモーニングコールですノヨ! 顕太郎も顕次郎もお寝坊さんね。
夜更かしは美容の敵ですワヨ」
「鏡子、随分元気だな……」
ぐっすりと安眠していた鏡子は朝から元気であった。
「おはようございます。鏡子さん。今日も晴れてすがすがしい朝ですね。
1日がんばりましょうね……えっ!」
顕次郎は鏡子に挨拶を投げかけたのだが、その語尾を大きくした。
「どうしたんだ? 顕次郎?」
「きょ、鏡子さんの接眼レンズに……」
顕次郎は声を震わせて鏡子を見つめる。
「あああっー! 鏡子、お前なんでA子のアメジストのピアスを接眼レンズに
ぶら下げているんだよ!」
「ああ、これキレイでしょ。夕方、机の上に落ちてたから拾ってワタシにつけました
ノヨ。似合いますでショ!」
「似合いますでショじゃないんだよっ! 俺たちがどれだけ探したと思っているんだよっ!」
「まあ、顕太郎は怒りんぼうさんネ!」
顕太郎の罵声など関係なしに、鏡子はのんきに答える。
昨日、顕太郎と顕次郎がピアスを探しているとき、鏡子は顕微鏡カバーをかぶって
ぐっすりと眠っていた。光ものの好きな鏡子は机の上にアメジストのピアスが落ちているのを
カバーをかぶせられる前に気づき、自分の所有物として、接眼レンズに飾ってしまったのだ。
誇りよけのために、人間たちは仕事が終わったら必ず顕微鏡カバーをして帰るから、
鏡子がアメジストのピアスを拾っているとは顕太郎たちは思いもよらない。
顕太郎と顕次郎の迷探偵コンビ。今回も彼らが想像もつかない人物に
してやられてしまった。
迷探偵が名探偵となる日はいつであろうか……。
おわり
***
思ったより長くなってしまった。
このアメジストの話は心電図室で先輩技師に
「心電図室の忘れ物にはピアスが多いのよ」
という一言から思いつきました。
北一硝子よりましなオチだったかな?
ああ、疲れた。