***鶴の恩返し編***
むかしむかしある所に、ワトソンさんという、それは働き者の若者? がおりました。
ワトソンは小さな藁ぶき屋根の家に一人暮しをしていました。妻も家族もおりませんでした。
ある雪のちらつく寒い日、ワトソンは森へ狩に出かけました。
―――すると、
なにやら茂みでバサバサ音がするのです。小さな背丈よりずっと大きな草を掻き分け、
音のする方にゆくと……、
スリムな鶴が、罠にかかりもがいていました。
「おお! これはかわいそうに…。すぐに取ってあげよう!」
やさしいワトソンさんは罠を外してあげて、傷口に黄色いハンカチを巻いてあげました。
「さあ、これで大丈夫。もう、変な罠にかかるんじゃないよ!」
つうー、つうーと、ワトソンの言ったことに答えるようにして、鶴は嬉しそうに遠くへ
羽ばたいてゆきました。
その晩のこと…
『コンコン』と戸口で音がしました。
そうっ、戸を開けると……、
一人の仮面をかぶった男が立っておりました。
「道に迷ってしまいました。もしよかったら、一晩泊めてください」
やさしいワトソンさんは、仮面の男を泊めてあげる事にしました。
仮面の男の名前は伯爵と言いました。なにやら、怪しげなマントをまとい、
何を考えているのだか分からない男でした。足首には助けた鶴に巻いたハンカチと同じ色の
ハンカチを巻いていましたが、ワトソンさんはただの偶然だと思いました。
一晩、何もなく、本当に何もなく(笑)過ぎました。
朝になって……、
「ワトソンさん、泊めていただいてありがとうございます。お礼に得意の「反物」を折って
プレゼントしたいと思っております。はた織り機と、部屋をお借りできないでしょうか…」
「それはかまいませんが…、あまり気にしないで下さい。当然のことをしたまでですから…」
ワトソンさんは、伯爵をイマドキの若者? には珍しい礼儀の正しい男だと思いました。
(ワトソンから見れば、伯爵も若いだろう…)
「じゃあ、ひと部屋お借りします。ただし、私がはたを織っている間は絶対に
覗かないで下さい。絶対ですよ!」
そう伯爵は言うと、部屋に閉じこもってしまいました。
伯爵のこもった部屋は何やらバタバタと音がしていました。覗きたい衝動にかられましたが、
覗いてはいけないという言葉を思い出し、ワトソンはじっと我慢しました。
半日たつと…
伯爵が織物を持って部屋からで出てきました。
―――伯爵の織った反物はすばらしいものでした。金や銀に輝く刺繍が
してあるのは勿論のこと! 白虎や蒼龍の刺繍が綺麗にしてありました。
その反物を町へ売りに行くと……。
―――信じられない高値で売れたのです!
ワトソンは嬉しくなって、伯爵に何度も何度もお礼を言いました。
「いえいえ、お礼なんて…助けてくれたお礼ですよ」
「ありがとう伯爵さん。できれば…もう一回織っていただけないでしょうか……?」
ワトソンは申し訳なさそうに伯爵に言いました。
「ええ! 構いませんよ! ただし、織っている間は絶対に除かないで下さいね」
そう伯爵は言うと、また部屋に閉じこもってしまいました。
バタバタバタバタ。部屋の中は騒々しい音がしていました。
(一体、どうすればあのような素晴らしい織物ができるんだろう? それも一人で…)
ワトソンは不思議でたまらりませんでした。
少しだけなら…と思い、ワトソンは伯爵のいる部屋のふすまをそうっと開けてしまったのです!
―――なんと!
部屋の中には人が群がっていた!
「巽! さっさと、白虎の刺繍をせんかい。 密! 蒼龍の刺繍はどうなった?
なんだこれは! やりなおしじゃ。亘理! 布の化学調合はできたか?
出来るだけ安価に仕上げるためには合成素材で、安い布を作るのじゃ!
都筑さん…あなたは私のお相手をしていればいいのですよ。ふふふ」
眼鏡にスーツ姿の凛々しい若者が一人、まだ幼い少年が一人、白衣を来た科学者が一人、
伯爵に頬をなでられている黒髪の男が一人、部屋の中には伯爵を合わせて5人の男がいました。
「ワトソンさん…覗いてはいけないと言ったのに覗きましたね…。
約束を破った罰です。あなたにも、この者達と一緒にこれから働いてもらいます!」
「ええっ!」
伯爵は足首に巻いてあったハンカチを取り、それを驚くワトソンの小指に巻きました。
「ふふふ。罠にかかったのは、私じゃなくてあなたなんですよ…」
ワトソンはきょとんとした。なんのことか意味がわからなかったからです。
「ワトソンさん、罠にかかった鶴を助けたでしょ。あの鶴は伯爵の変身した姿なんだ。
こうやって伯爵は、家来を集めているのさ!」
まだ若き少年、密がこそっと教えてくれた。
「ワトソンさん、あなたは有能そうですから私の執事になってもらいましょう! ふふふ!」
♪おわり