***うさぎ(邑輝)とかめ(都筑)***
「まったくもう! あなたは、ドジでグズでのろまのカメなんですからっ!」
召喚科で、ヒステリックな巽の声がした。
「だ、だってぇ〜」
「だってじゃありません! あなたという人は! どうして身の回りの整理も
できないですか! お菓子の袋は食べ終わったら、きちんとごみ箱に捨てなさい!
そもそも、ここでは飲食禁止なんですよっ! 分かっているんですか? 都筑さん!」
都筑はもたもたと、自分の机の上を片付け始めた。
都筑の机の上。それはもう、いらない書類や食べかけのお菓子でいっぱいの、ごみっためであった。
巽からすると、よく、こんな汚い机の上で仕事ができるものだと関心してしまう。
巽に言われて、シュンとしながら、書類をまとめ、机の引き出しにしまおうとしたそのとき……。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
邑輝が手を広げて机の引出しから出てきたのだ!
「む、邑輝! なんでお前が俺の机の中からっ! ドラえもんか! お前は!」
都筑は驚きのあまり、腰を抜かした。
「何の用ですか! 呼んでいませんよ! 帰ってください!」
巽も邑輝に向かって怒鳴った。
「フフフ。私は4次元の世界から、都筑さんを迎えに来たのですよ。
さあ! 一緒に手をつないで、机の中の4次元の世界に参りましょう! 私のドラミちゃん!」
邑輝は手を広げ、都筑を抱きしめた!
「都筑さんは、大事な閻魔庁召喚科の職員です。あなたなんかに渡すわけにはいきません!」
巽はじぇらしーを感じ、邑輝と都筑を無理矢理、引きはがしながら、強く言った。
「おや、大事な割には、ドジでグズでのろまのカメなどと言っていたではないですか…。
嫌な教官…じゃなかった秘書ですね。そんな秘書と一緒にいる必要はありませんよ!
さあ! 行きましょう! 私の掘ちえみ!(スチュワーデス物語じゃないんだから…笑)」
都筑はグイっと、机の引出しに引きこまれそうになる。
「やめて下さい! 都筑さんをあなたなんかに渡すわけにはいきません!」
巽の眉間には皺が寄っていた。
「そうですか…。やっぱり素直に渡してくれませんか…。それでは、どうです? 有能な秘書さん!
私と都筑さんが、競争して、都筑さんが私に勝ったら、4次元の世界に一緒に来てもらいます。
もし、私が負けたら、今回は都筑さんのことをあきらめましょう」
巽は渋い顔をした。このドジでのろまの都筑が邑輝なんかと競争をして勝てるわけがない。
なんとか、それだけは避けたかった…。
「そうですね…。都筑さんがもし勝ったら、今までの都筑さんの借金を私がお支払いしましょう!
それでどうです? 競争する気になりましたか?」
「もちろんです! 都筑さんっ! 絶対に勝ってくださいよ! 勝たなかったら承知しません!」
巽の目にはギラギラと炎が燃えていた。
借金帳消…、この四字熟語がクルクル巽の頭の中を回っていた…。
「そ、そんなぁ〜。巽ィ〜」
いやがる都筑をよそに、巽はやる気、満々であった。
邑輝の言う競争とは、ハワイのホノルルマラソンのコースを走ることだった。
すなわち42.195Km走ることになる。都筑の目の前は真っ暗であった……。
「両者、位置に着いてください。先にゴールしたものの勝ちとなります。
では、位置に着いて…、よォ〜い! ドンっ!」
審判(巽)は、ピストルを鳴らした。
ゼッケンに薔薇模様のランニングを着た邑輝はピストルの音と同時に、
凄まじい速さで遥か彼方に消えて行った。
一方、都筑は思い足取りで、のたくらのたくら走り始めた。
「都筑さん! そんなにトロトロ走っていてどうするんです! 負けたら承知しませんよ!
早く足のrpm(回転数)を上げなさい! 2500rpm/minくらいに!(無理だよ…!)」
<親切な注釈:rpm回転数を表わす。2500rpm/minとは1分間に2500回転。
これは、血液を赤血球と血清に分離するときの回転数である。そんなこと聞いてないって?(笑)>
「ひー、ひー! 苦しいようっ!」
のらくら走る都筑を、中継車に乗った巽が、メガホンを持って応援していた。
一方、2500rpm/min(笑)している邑輝は…。
もう、ゴール目前であった。こんなに早くゴールしてはと思い、邑輝は途中で休むことにした。
この話どこかで…、そうである。うさぎとかめの話と同じである。
かめ(都筑)は、童話のとおり、うさぎ(邑輝)を追い越すのか…?
すやすや眠り始める邑輝。彼が寝ている間に、少しづつではあるが、都筑はゴールに近づいていた。
「都筑さん! ゴールまであと、5kmです! ゴール地点にいる密くんと亘理に聞いたら、
邑輝はまだ、ゴールしていないと言っています! ばん回できるかもしれません!
もう少し頑張って!」
都筑は疲れてはいたが、順調に走っていた。この分なら、ゴールはできだろう。
そう思い、巽は一足先に、ゴールに向かうことにした。
「都筑さん! 頑張って! 私はゴールであなたのことを待っています!」
都筑は無言で頷く。疲れきっていて、声を出すのも辛いのだ。
しかし、巽の元気づける言葉が嬉しかった。頑張っている自分を認めてくれているのだ!
そう思うと、走り続けて苦しかった胸だけど、巽の言葉は新鮮な空気のように都筑の体に作用して、
息苦しさも吹き飛ばした。
ハアハア走り続ける都筑。ゴールまであともうすぐだ!
邑輝がゴールしていないことを祈る! 借金も帳消しになるし、自分のためにも、
巽のためにも一石二鳥だ!
あとゴールまで3km。「頑張れ!」都筑は自分にそう言い聞かせた。
重たい足を1歩1歩前に出し、最後の力を振り絞っていたそのとき……。
ガサゴソ!
側道の木陰から、何かが動く音がした。
―――次の瞬間!
「つかまえた!」
木陰から、邑輝が出てきたのだ!
邑輝は、都筑に飛びかかったのだ。走り続けてクタクタの都筑は、邑輝に押し倒されてしまう。
「フフフ。休憩してあなたをまっていたのですよ。都筑さん!」
邑輝は、寝ているのではなかった。
早く行って、巽の居なくなった瞬間に、都筑を奪おうと待ち伏せしていたのだ!
「うわあああああ!」
都筑の叫び声も、疲労のあまり、声にはなっていなかった。
「フフフ。私のドラミちゃん。私の、ち・え・み!」
2人の行く末は…。
ご想像にお任せします!(笑)
その頃、ゴールで待っていた巽は……。
「都筑さんも邑輝も来ない……。借金は……」
ゴールテープは破られることなく、いつまでもピンっ張られているのでありました。
♪おわり