タイタニック編
<キャスト>
ジャック:巽征一郎
ローズ:都筑麻人
キャル:邑輝一貴
ローズの母:近衛課長
ジャックの弟:黒崎密
タイタニック設計士:亘理温
碧洋のハート:伯爵の仮面
1.出航 2.出会い 3.沈没
1出航
1912年4月10日、不沈の豪華客船と言われるタイタニック号は、イギリスのサザンプトン港から
アメリカ、NYに向けての処女航海の途についた。
次々に船に乗りこむ乗客の表情は希望と感動に満ちていた。
世界最大級といわれる豪華客船で旅ができるのだ。この立派な船の辞書に沈没なんて単語は
絶対に見あたらないであろう。
「さあ、都筑さん、お手を…。私がエスコートしてあげますよ。フフフ」
真っ白なスーツに胸ポケットには薔薇の花。彼のサラサラな銀の髪に、この薔薇の花が良く映える。
手でかき分けた髪からは、眼鏡の奥に妖しく美しい瞳が見え隠れした。
彼の名は邑輝一貴。この国でも一、二を争う腕利きの医者である。
ただし、そのやり方が、かなり妖しいものだが……。富と財産があることだけは確実だった。
「さあ、この船は私達の結婚式へのバージンロード。北大西洋が祝福してくれているのです!
私達には、国籍も性別も天国も地獄も関係ありません! 愛があれば、どんな嵐がきても
越えられるのです。安心して私についてらっしゃい!」
邑輝は意味不明なことを婚約者である都筑に言った。
婚約者、都筑麻人。
邑輝に運良く? 見初められたシンデレラである。
世間はそう思うだろう。だが、都筑の心は違った。
邑輝は、財産はあるが、変態きわまりない。彼の持つ研究室では、何をしているか分からないし、
人体実験まがいのこともやっているようだ。他にも、彼の行動、言動、すべて理解しがたいものが多い。
都筑はそんな変態との結婚は絶対に嫌だった。
(やっぱり結婚には愛がなければ……)
だが、都筑の実家の家計は火の車。父の近衛は、邑輝とのこの縁談を
お金のために、まとめてしまったのである。
(NYに着いたら、俺はこの変態邑輝と結婚させられる。そんなの嫌だ! いっそのこと、
この船が沈んでしまえばいいのに……)
都筑は不沈といわれる船に、望みの薄い可能性を抱いた。
―――その薄い可能性が、まさか本当になろうとはこのとき都筑は思いもしなかったのである。
タイタニック号の出航の時間が来た。出航の時間まぎわに、飛び込んだ二人の青年がいた。
巽征一郎と黒崎密である。
「良かったですね。黒崎君。運良く二枚分タイタニック号のチケットを拾うことが出来て……、
これで私達も故郷の閻魔庁に帰れますね」
「これも巽さんのおかげです。巽さんが落ちているチケットに目をつけてくれなかったら……。
俺達はここにいることは出来ませんでしたよ」
「なぁ〜に、だてに数十年、赤字続きの召喚科の秘書をやっていたわけじゃありませんよ。
金目のものには私、強いんです!」
「さすがだなぁ、巽さん!」
2人は職場の上司と部下のようである。タイタニックに乗って、故郷に帰るのであった。
―――その頃、タイタニックの出航した港では……、
「さや! どうして大切なタイタニック号のチケットなんて落とすのよ!」
「ゴメン、弓真。いつ落としたかしら? わかんないわ」
「きっともう、誰かに拾われちゃったのかな……」
「どうか、ピンハの似合うかわいい男の子に拾われていますように……。それがせめてもの願いだわ!」
弓真とさやは、広い大西洋に向かって祈りをかかげた。
「へっくしょん!」
「おや、どうしました? 黒崎君。風邪ですか? それとも潮風が冷たかったかな?」
「あ、大丈夫ですよ。巽さん。なんか急にくしゃみが……」
2.出会い
その夜、巽は船尾近くの甲板のベンチで仰向けになり星を見つめていると、
バタバタという足音が頭の上を通り過ぎた。ビックリして起きあがると一人のまだ若く、
可愛らしい青年が 船尾の柵から身投げしようとしているではないか!
「あんな、変態薔薇男と結婚なんて嫌だ。もう俺には残された道はこれしかない!」
都筑は柵を超え、船尾に立った。
「や、やめろ!」
巽は恐る恐る声をかけた。
「来るな! 近寄ったら飛び込むぞ! 俺はあんな男と結婚するくらいだったら、
この凍りつく大西洋に身を投げて、そのまま心臓が凍りついたほうがましだ!」
都筑は本気だった。本当に、邑輝との結婚が嫌だったのである。
「待ちなさい。あなたは、甘いものが好きそうな顔をしている。死んでしまえば、
アップルパイも、ケーキも、チョコレートも、あんみつも、食べることはできないのですよ。
さっきこの船のレストランで食べたアップルパイは甘くておいしかったです。
この世にまだ、おいしいものはたくさんありますよ。死ぬには早いです」
巽は、都筑を必死に説得した。
「本当に、この船のアップルパイはおしかったの?」
「はい、なんなら、後でおごってあげましょう! だから早くこちら側に来るんです!」
巽は都筑に向かって手を差し伸べた。都筑はおずおずと巽の手を握る。
都筑の手は船尾に立っていたせいか手は冷たく、かじかんでいた。
しかしその冷たい手が、巽の心を覚ますようだった。同時に都筑の感じた巽のぬくもりも、
温かく、彼の心が手を通じて、そのまま伝わってくるようだった。
―――だが、都筑は柵の内側にくる際に、足を滑らせ船から転落しそうになってしまったのだ!
「うわああああ、落ちるー!」
「大丈夫です。安心して上がってらっしゃい。この手は絶対に離しません」
巽の心強い言葉と、力強い腕によって、都筑はなんとか助かった。
騒ぎをききつけた警備員や、邑輝が、しばらくすると駆けつけてきた。
「どうしたんです? 都筑さん? 何かこの男に悪さでもされたのですか?」
邑輝がそう言うのも無理はない。転落しかけた際に、服は破れ、まるで強姦されたような格好をしていた。
「いや……、違うんだよ。船から落ちそうになっていたところを、この方が助けてくれたんだよ」
巽もうんうんと頷いた。
邑輝も半信半疑だったが、信じたようだ。
「ありがとう。えーっと名前は……」
「巽征一郎です」
「巽さん。私のマイハニー、都筑麻人を助けてくれてありがとう。お礼に薔薇の花を百本あげよう」
邑輝はニコニコ笑顔で巽に言った。
「愛する男の命が薔薇百本?」
都筑は怒った。
「おやおや、都筑さん。お気に召さないですか? じゃあ、明日のディナーにあなたを招待しましょう!」
(私の都筑さんに近づく男は許せない。どうせこの男、金も身分もない貧乏男だろう。
上流階級のディナーで恥じをかかせてやる! そうすれば都筑さんもあきらめるでしょう。ふふふ)
都筑に近づく虫はどんな虫だろうと、こてんぱんにやっつけるのが彼の決まりであった。
次の夜。巽は招かれたディナーに出席した。
邑輝は着てくる服もないだろうと睨んでいたのに、巽は、アイロンのかかった清潔そうなワイシャツに
ピシっとした黒のスーツを着て、どこから見ても一流の紳士であった。
しかし、恥をかかせるどころではない。三等船客のはずなのに、
一等船客とほとんど変わらない装いをしていたのだ。
都筑はそんな巽に余計心を惹かれたようだ。邑輝はくやしくて仕方がない。
巽曰く、
(ビジネスマンとなるもの。正装の一枚や二枚もっていなくてどうする!)
ということらしい。(笑)
邑輝は、都筑が巽に奪われてしまうのではないかと不安だった。
少し早いが、婚約祝いに送ろうと用意していた。ロウソクの館の秘宝『伯爵の仮面』を
都筑にプレゼントすることにした。
「都筑さん、これがあの有名なロウソクの館の『伯爵の仮面』ですよ。
すべてダイヤモンドで出来ているのです。これは私の気持ちです。あなたにプレゼントしますよ」
「すごい、きれい」
片側だけの伯爵の仮面は異様なまでな光りを放っていた。
人の命の長さを決めるロウソクのある館の主人、伯爵の幻の仮面である。
値打ちがつけられないほど高価なものだ。
「どうか私に心を開いてください。私を一緒にいれば、なんの心配もありませんよ……。フフフ」
都筑はタダ押し黙って、キラキラ輝く伯爵の仮面をかぶったみた。
次の日の昼さがり。約束のとうり、都筑は巽に、レストランのアップルパイをおごってもらった。
「ふう〜ん。巽さんは三等船客なんだ」
「はい、偶然、港で切符を拾いまして。運良くNYに帰れるわけです」
「お仕事は何をしているの?」
「簡単に言ってしまえば、役所関係といったところでしょうか? そこの秘書をしています」
「巽さんはすごく有能そうな秘書だねぇ」
「まあ…、そうですね。おっと都筑さん。口元にパイがついていますよ」
巽は都筑近寄り、口元をぬぐってあげた。都筑は近づく巽の顔にドキッとし、
巽も目が離せない都筑のかわいさに胸を高鳴らせた。
二人が心を惹かれ合っているのは言うまでもない。
「巽さん。俺はあなたについていきたい! あんな変態薔薇男との結婚なんて嫌です。
どうか俺をさらって逃げてください!」
都筑の突飛な言葉に、巽は少々戸惑った。
「そ、そんな急に言われても……」
「ロウソクの館の秘宝を言われるダイヤでできた『伯爵の仮面』をあげます。
これを資金に、駆け落ちして下さい」
「行きましょう! 都筑さん。あなたと私はもう離れられない運命にあります」
やはり巽…金品に弱いようだ……。
そんな幸せ? な中、タイタニックは氷山に衝突したのであった。
3.沈没
―――氷山衝突。巨大な船体に無残な亀裂が走った。
1等船室では衝撃もわずかで乗客は気づかなかったが、浸水した3等船室では騒然となった。
乗務員がバタバタと慌しく動いている。”不沈”のおごりから、乗務員の救助訓練はおろそかで、
救命ボートもたったの20隻しかない。乗客の半分も乗せられない数である。
氷山がぶつかった時、ちょうど外にいた都筑と巽は状況の悪さをよく把握していた。
都筑は通りかかったタイタニックの設計士、亘理を呼びとめて、問い詰めた。
「亘理さん。あなたなら頭いいからよね。あの氷山は何? この船はどうなるの?」
白衣を着た設計士、亘理温はコ小声で都筑にささやいた。
「この船はあと1,2時間で沈むんや! どうかこれはここだけの話に、パニックが起こるわ。
救命ボートに乗るんや! ボートの数は……わかっているやろ……」
都筑も巽も信じられない面持ちで亘理を見た。
「嘘だ! だって、タイタニックは不沈の船だって……」
都筑は恐ろしさの余り、最後は声にならなかった。
「鉄で出来た船は沈むんや! それが、質量保存の法則…、間違えた、
ニュートンの万有引力の法則ってってものなんや!」
亘理は眼鏡の奥に涙を浮かべながら言った。
「大変だ。近衛父さんや邑輝に知らせなきゃ!」
船の沈没の事を言うために巽と都筑は部屋へ戻った。
一方、都筑の心も体(←いつ?・笑)も巽のものになってしまったと知った邑輝は、
巽を伯爵の仮面盗みに仕立て上げ、船底の警備室のパイプに手錠でつないでしまった。
「いいですか? あの巽と言う男は、伯爵の仮面目当てであなたに近づいたんです。
目を覚まして、私についてきなさい!」
都筑は何も言わなかった。
「この船は沈む。不沈と呼ばれる客船もこんなものか! しかし、私には金がある。
最後に勝つのは金がある者さ。所詮、貧乏人はこの船を棺として一緒に沈むしかないのさ。
あの巽という男もね…・・・。さあ、都筑さん、救命ボートに急ぎましょう!」
都筑は無理矢理、手を引かれて外の出た。
救命胴衣が配られ、救命ボートの準備もされていた。甲板では少しでも乗客の
心を静めようと楽士たちが演奏を続けている。
乗客の半分しか乗ることのできない救命ボートは、女、子供から順番に乗っていた。
もちろん、ボートに乗る順も1等船客から。都筑は、1等の女性(←なぜ?)なので、
すぐにボートに乗れる順番が来た。
「都筑さん、乗りなさい」
邑輝は男だったが、金にものを言わせて、ボートに無理矢理乗りこんでいた。
都筑はボートに乗ろうとしなかった。
(本当に巽は伯爵の仮面のために自分に近づいたのか? 信じられない。あのやさしそうな巽が……。
伯爵の仮面を盗んだかどうか? その真偽は分からない。ただ、巽を愛している。
その気持ちだけは本当だ。巽も同じように自分を愛してくれているのでは……。)
伯爵の仮面の真偽よりも、自分を愛してくれているということを確かめるがために、
都筑は邑輝を蹴り飛ばし、巽のいる船底の警備室に向かった。
「都筑さん!」
邑輝は叫んだが、自分の命はやはり惜しいのか? 追いかけはしなかった。
一緒のボートに紛れこんだ、黒崎密をナンパしていた。
浸水してくる船の船底に行くことは、自殺行為といっても過言ではない。
迫ってくる水に歯向かいながら、都筑は愛する巽の元へ行った。
巽を無事に助けることができた。やはり、巽は自分を愛していてくれているのだということを
確認できた。だが、喜び合っている暇はない。勢いを増す水と闘いながら船上へと向かって行った。
再び上がってきた甲板。ボートの数も後わずかとなり、我先にとボートに乗ろうと人々は
殺到している。楽士の演奏もずっと続けられていたが、誰も聞いている人はいないようだった。
都筑は女性(←だから何故?・笑)なので、ボートに乗ることができた。
巽は都筑にボートへ乗るように言う。
「やだよ。一緒じゃな乗らないよ」
涙目で巽を見つめながら言った。
「駄々をこねるんじゃありません。まったくあなたって人はいつもわがままなんだから…。
でも、そんなところが可愛いんですけれどね」
巽の悲しげな笑顔が都筑には痛かった。
巽も分かっていたのであろう。3等船客の男である自分がボートには乗れないことを……。
都筑は巽の手をギュッと握り締める。いつにない強い力で。
「痛いですよ、都筑さん。放して下さい。さあ、もうボートが下に降ります」
都筑は巽の手を放そうとしない。力強く握ったままだ。
「どこにいても、どんなに『とき』が経っても、あなたは私の最良のパートナーです。
忘れませんよ」
巽は都筑の手を降り払った。それと同時に、船は下降し始めた。
「巽!」
巽はいつもの凛々しい顔でじっと都筑を見つめていた。都筑の顔は涙でグチャグチャだった。
船が海面に近づくにつれ、巽の顔がだんだん小さくなる。巽との距離がどんどん離れて行く。
とうとう気持ちが抑えきれなくなった都筑は 海面へと降りかけたボートから
再び船へ戻ってしまった。
「都筑さん!」
巽は急いで船に戻った都筑のもとに言った。
「なんてバカなことをするんです! あなたは本当にバカです。もう、どうしようもないくらい……」
巽はしっかりと都筑を抱きしめた。
「いつもバカバカ言われているから、もう慣れっこだよ。やっぱり、やだよ、巽と一緒じゃなきゃ」
もう2人は離れられない。死ぬのも生きるのも一緒でなければ…!
二人は愛を確かめ合ったが、幸せに浸る暇などはなかった。
船は船首から沈没し、どんどん傾きかけていた。船に残された乗客は少しでも長く船上に
残ろうと、船尾に向かって走って行く。都筑と巽もなんとか船尾まで辿りついた。
タイタニックの船尾は完全に上がりいよいよ船が沈む時が来た。どんどん海面が目の前に迫ってくる。
「どうなるの?」
「船が沈む直前に深呼吸を。水を蹴って水面に出るんです。私の手を離すんじゃありませんよ、都筑さん!」
「もちろんだよ!」
不沈の豪華客船と言われたタイタニックはとうとう大西洋の底に向かって沈んでいった。
船から投げ出された無数の人々がおぼれている。海水は肌を刺すように痛い。
巽は都筑を板の上に乗せて寒さから守った。
「凍えそう。手足の感覚がないよ」
「都筑さん、あなたは必ず助かります。無事助かってたくさんの子供を産む。(←だから都筑は男だって…笑)
彼らを育て年をとって温かいベットの上で死ぬ。今夜、こんなところでは死にません。いいですね!」
最期の最期まで巽はお説教口調だ。
「巽……、ダイスキ……」
「やめて下さい。サヨナラ言うのはまだ早いです。約束して下さい。私のために死なないで
生き残ると、何があろうと最後まであきらめないと。今、約束してく下さい」
「約束するよ。何があろうと、巽は最良の、最愛のパートナーだよ。また、アップルパイおごってよ……」
都筑の耳に救助船の生存者の呼びかけが聞こえてきた。
「巽、巽! 助かったよ! 救助の船が来たんだ!」
都筑は巽をゆすった。しかし、巽は目を開かない。
「た…つ……み…?」
巽の眼鏡がズリ落ちた。
「巽、目を開けてよ!」
都筑は巽のまぶたに手をあてた。だが、そのまぶたは固く閉じ、氷のように冷たかった。
「巽!」
グッショリ濡れたスーツの肩を強くゆすると、巽はゆっくりと大西洋の海に沈んで行った。
「巽……、一緒に食べたアップルパイはおいしかったよ。紅茶の湯気の向こうに見えた巽のまなざし
忘れないよ。お説教だって、お小言だって、巽に気にかけてもらえるだけで嬉しかった。
一緒に過ごせた時間、幸せだったよ。最期の巽のお説教、ちゃんと言うこと聞くよ。
諦めなない……。約束どおり生き抜いて見せるよ」
沈んで行く巽に、涙をボロボロこぼしながら、都筑は必死に話しかけた。
すべては終わった。これから彼のいない人生にどんな意味があるだろうか?
救助に来たカルパチア号で都筑は呆然としていた。巽が深く眠る大西洋の海を見た。
避難し終わった救助船の1隻をふと見ると、見覚えのある仮面が……。
―――なんと、ろうそくの館の秘宝『伯爵の仮面』であった。
おおかた、邑輝が混乱に紛れて、手放してしまったのだろう。
都筑は仮面をそっと背広のポケットに隠した。
「巽、約束どおり生き残ったよ。この伯爵の仮面を資金にして、赤字続きの閻魔庁召喚科を建て直すよ!」
都筑は巽が永遠に眠る海を見つめながら誓った。
<完>
参考:映画「タイタニック」、天河パロ「タイタニック」