***19号続き***




 ウルヒが王宮へ忍び込んだのは、ユーリの現代の服を探すためだった。
 泉は壊されたのに、どうして今さら現代の服なんて……と思ったが、
カイルやイルの話によれば、高位の神官と服さえあれば違う泉からでも
未知の世界に飛ばすことは出来るというのだ。
その場合、神官にでさえ飛ばされる場所がわからないと言う……。
「じゃ、じゃあ現代の服と高位の神官さえ揃えばどこの水辺に
飛ばされるかわからないのねー! ひいいいいい!」
 ユーリはムンクの叫びの絵のよう表情をして驚いた。
「そうです。飛ばされる先はナイル川かもしれませんし、アマゾン川かも
しれません。はてまたミシシッピ川、黄河、利根川、荒川、千曲川……
などと色々考えられます」
 いつも表情の固いイルが更に表情を固くしていた。
「利根川に荒川! いやー! そんなの! ……それよりイル、どうして
そんなローカルな川の名前を知っているの?」
 ユーリはいぶかしげな顔をした。
「フフフ。ヒッタイトのブレインと呼ばれるわたくしに知らないことなど
ないのです。ところでユーリさま、今わたくしの言った
ナイル川、アマゾン川、ミシシッピ川、黄河、利根川、荒川、千曲川。
この中で世界で一番長い川はどの川でしょう?」
「え゛! えっと……アマゾ……いや、ナイル川!」
「正解です。では一番流域面積の広い川は何でしょう?」
「ナイル川じゃなければアマゾン川よね!」
 ユーリはイルに向かって人差し指を立てて自信を持って答えた。
「素晴らしい! ユーリさま。立后なさるのに、義務教育も終わっていないと聞いて
このイル=バーニ、ユーリさまの学力を心配しておりました。ある程度知識はあるようですね」
「いやぁ、それほどでもぉ〜」
 賢いイルに誉められてユーリは少し照れた。
「では最後にもう一問! 四大文明の発祥した川をお答えください!」
「うっ!」
 未来のタワナアンナは飴玉を喉に詰まらせたように唸って固まった。
「えっと……、黄河でしょ。インダス川でしょ……」
 ユーリは指折りながら川を数えてゆく。
「はい、あともう二つ」
「うーんと……なんだっけ? チグハグ・ユーフラフラ川だっけ?」
「違います! チグリス・ユーフラテス川です!」
 イルの額に雷マークが出る。
「ユーリさま、あともう一つです。大事な川をお忘れですよ」
「大事な川? えーっとなんだっけ? 度忘れしちゃった……。ヒントちょうだい!」
 両手を合わせてユーリは頼み込んだ。
「仕方ありませんね。大ヒントですよ! ラムセスの川!」
 ユーリはポンと手を鳴らす。
「わかったー! 薔薇川ねっ!」
「そんな川どこにあるんですか! 薔薇なんて単語を出すと、出番を終えたラムセスが
再登場してしまいますよっ!」
 イルの額に雷マークは二つになったと思ったそのとき……。
「よばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」
 地面から薔薇の花びらが舞い上がたっと思うと、花びらにまみれて蜂蜜色のエジプト人
が飛び出したのだ。
「おう、久しぶりだな、ユーリ! 久しぶりに会ったところで熱く再開を確かめたい
ところだが、今はそうもいかない。実はナキア皇太后現代の服と泉を使って
ヒッタイトからお前を消し去ろうという計画に手を結んだところだ!
そんなわけで、ほら、行くぞ! ユーリ!」
「あ〜れぇ〜!」
 なんとユーリはラムセスに抱えられて連れ去られてしまった!
(カイルは一体何をしていたのだろう……という深いことは考えないように・笑)

 一方、ラムセスと手を結んだナキアはユーリの服を持って泉の前で
待ちくたびれていた。
「おー、ナキアのおっかさん。ユーリを連れてきたぜ!」
「さすがは有能将軍じゃな。でかしたぞ! ユーリと一緒にお主も泉から
飛ばしてやるからな!」
「やったぜ! 最後まで諦めないでよかった。これでユーリと二人きり〜♪」
 ラムセスはユーリと一緒に自分も飛ばしてくれるよう、ナキアに頼んでいたのだ。
 無理やりに服を着せられたユーリは、身なりが整ったとき「おりょりょ?」と
変な声を出した。
「ねえねえ、久々に着たこの服。なんだか胸のあたりがキツイのよ!
ここに来た頃より胸が大きくなったってことかしら?」
 自分のバストを眺めながら嬉しそうに言った。
「ムルシリのおかげがもしれないな……」
 ラムセスはポソリと呟く。
「単に太っただけではないのか?」
 ナイスバディのナキアの鋭く厳しい一言に、ユーリはぷちっと切れた。
「少しくらいスタイルがいいからって、えばるんじゃないわよ! このババア!」
「タワナアンナのわたくしに向かってババアとは何じゃ!」
「タワナアンナは降ろされたこと忘れるんじゃないわよっ! いつもそのスタイルを
強調するように、ピッタリとした服ばかり着ててむかつくのよっ!」
「ええい! お前のようなチビにタワナアンナが勤まると思うか!」
「あんたよりましよ!」
「うるさい小娘じゃ! もう泉に入れィ〜!」
 ナキアはバカ力を出してユーリを持ち上げ、泉にそのままぶん投げた。
「きゃああああ」
 悲鳴と一緒に大きな水しぶきが立った。
 ナキアはブツブツと呪文を唱えユーリを別の世界に送ろうとした。
「おい! 俺も一緒に放り込んでくれるんじゃなかったのかよっ!」
 ラムセスは必死にナキアを揺さぶるが、呪文に集中して相手にもしなかった。
 一方、泉に投げられたユーリは……
(別の世界になんかいってたまるものかー!)
 ユーリは水の中でクルッとでんぐり返しをして、猛烈な平泳ぎで水面を目指した。
水面に出たと思うと「シュワッチ!」という声と共に泉を飛び出し、
空中で三回転してナキアの前に着地した。
「はあはあはあ、こんなこともあろうかと思って、毎日水泳トレーニングしていたのよっ!」
 ずぶ濡れのユーリは鋭い黒い瞳でナキアを睨んだ。
「な、なんと……小癪な!」
 ナキアは地団駄を踏んだ。
「はーはっははははは!」
 高らかな笑いがその場に響き渡った。ヒッタイト帝国の皇帝ムルシリ2世の声である。
「ユーリ、よくぞやった! それでこそ私の妃だ! さあ、これからも
水泳のトレーニングに励むぞ! そして目指すは2004年のギリシャオリンピックだ!」
「カイルコーチお願いします!」
「目指せ未来のタワナアンナ! 目指せ金メダル! そうすればヒッタイト帝国も安泰だ!」
「コーチ! 私頑張ります!」
 青春映画のように抱き合うコーチカイルとその生徒ユーリ。
 ユーリの素晴らしき水泳能力? のおかげでヒッタイトから飛ばされると
いう危機は免れた。だが2004年のギリシャオリンピック。どうやって出場するのだろう?
ねねには分からない……(爆)。


♪おわり

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今回の少コミの感想。
『ナキアさま、あなたはすごい!』
隠し持っていた薬箱の手際良さ。指輪に隠された毒針。
その能力をもうちょっと他のところに生かせなかったのかねぇ〜。
タワナアンナやめたら、スパイでも泥棒でも
何でもやっていけると思うよナキアさん。
絶対に就職口には困らないと思う……(笑)。
番外編で「ナキアはその後、こうして生き抜いた!」って
いうドキュメントでも見たいなぁ(爆)。




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