ラムセス入院日記
ねね&まゆねこ



 カイルとの一騎打ちの後、肋骨を折ったラムセスはお付きの医師団に
「入院しないと治療は無理」と言われ、急遽ねね病院メンフィス分院(あるのか?そんなの)
に入院することとなった。これはその時の
入院記録…つまり日記であります。


   ○月□日 天気晴れ

 医者どもの石頭のせいで、ねね病院というへんてこな病院に入院するはめになった。
ネフェルトからは「後で荷物持ってくからね」と言付けがあっただけだ。それにしても、
何で将軍の俺が6人部屋に入らなきゃいけないんだ! もう1度妹に電話すると
受話器の向こうで「兄様の失脚騒ぎのせいで家にはお金ないんだからね! 
それなのにこれ以上入院だなんて、いいかげんにしてよ」と言われた。クソッ!

                                まゆねこ著
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  △月◎日  天気 快晴

「手術が必要ですね」
 俺の担当医と名乗るねねという医者がヘラヘラ笑いながら言った。
笑うしか能のない頭の軽そうな女だった。
「全身麻酔になりますから、これから1週間、手術前検査をします。
とりあえず今日は採血と心電図と肺活量検査とレントゲンね。
検査室から呼び出しで検査してもらうから、いつでも行けるようにしておいてね」
 薔薇模様の白衣を着たインチキ医師ねねによって強引に検査を組まれた。
 だが、ねねの着ている白衣は、俺も欲しい……。

「はーい、ラムセスさーん。これから呼吸機能検査と心電図検査と出血時間検査に
行きますからねー。貴重品だけ持っていってくださいねー」
 まゆねこという名札のしてある看護助手が俺を呼んだ。
 こいつも変だ。薔薇模様の白衣を着ている。
「ああ、その前にトイレに行ってからな……」
 俺としたことが検査に緊張したのか? 急に小便がしたくなった。
「ちょっと! もう呼吸機能検査室から呼び出しかかってるのよっ! 早くしてよ!
私が案内が遅いって怒られるでしょ!」
 まゆねこというアホは怒りだした。
 まったく……、小便もさせてくれないのか? ここは?
 とにかくトイレをすませて俺とまゆねこは検査室に向かった。
「まずは呼吸機能検査からね。終わったら出血時間、心電図に
行きますからね」
 まゆねこは呼吸機能検査室に俺をぶち込んだ。
「はい、整形外科のラムセスさんですね」
 検査室内にいた技師は先ほど薔薇白衣を着ていたねねであった。
「な、なんでお前がここに! 医者じゃないのか?」
「人員が足りないのよ。だから私が検査するの」
「なんだ、貧乏病院だな」
 ねねはむっとした顔を一瞬した。しかし本当のことなのだから仕方ない。
「んー、じゃあとりあえず身長と体重を計りますから身長計に乗って下さい」
 ねねは身長計の方へ手を向けた。
「身長と体重なら入院したときに計ったぞ」
「それでももう一度こちらで確認するんです。乗ってください」
「なんでだよっ! 病棟から聞けばいいだろ!」
「病棟に電話して聞くより今計った方が早いです。早く!」
 ラムセスは仕方なく身長計に乗った。
「180cm」
「おい、朝、病棟で計った身長より5mm縮んでいるぞ! その身長計おかしいんじゃないのか?」
「いいえ、身長というものは寝起きの朝が一番高いんです。朝と夕方では
1cmくらい違いますよ」
「そうなのか?」
「はい。寝ていると背骨が伸びますから……」
 思わず納得して続いて体重を計った。
 機械の前にある椅子に座った。ねねはマススピースを用意している。
「はい、じゃあまず肺活量の検査です。いつもと同じ呼吸から、吐けるだけ吐いて、
たくさん吸って、もう一度吐いてください。その都度、合図をかけますから、
合わせてお願いします。じゃあ、このマウスピースくわえて……」
 ねねは強引に白い紙の筒を俺の口の前に出す。
言われるがまま口にくわえた。
「じゃあ、お鼻閉じますね。お口で呼吸して下さい」
 ねねはノーズクリップで俺の形のいい鼻をつまんだ。
 ……この姿、かなり格好悪い。鼻を摘まれれてまるでお笑い芸人のようである。
「はーい、最初はいつもと同じ呼吸です。もうしばらく呼吸続けて〜、
じゃあ、そろそろ合図かけますねー。はい! そこから吐いてぇ〜、ふーーーーーーー」
 ねねの掛け声で息を吐きつづける。
 うぐ……、苦しい。もう吐けない……。
「まだまだまだー! もっと吐ける! お腹に力を入れて頑張って! ふぅ〜!」
 く、く、く苦しい……。まだはけって言うのか……。
「はい、じゃあ、苦しくなったら吸ってぇ〜。思いっきり深呼吸ですよー」
 ふう、やっと吸っていいのか。すー。
「まだまだまだ! そこで止めない! もう一息吸いこんでぇ! もう一息! もうちょっと!」
 うぐっ……、もう吸えん……。ぐるじ……い……。
「はい、吸えなくなったら、もう一度はきま〜す! ふーーーーーー」
 苦しさのあまり息をたくさん吐き出す。
「はい、そこからもっと頑張ってぇ! もう少しはけますよー。お腹に力をいれて
もう一息はきましょう! もうちょっと!」
 ま、まだ吐かせるつもりなのか? こいつ……。もう苦しい! 
 自分の顔を見なくとも真っ赤であることがわかった。
「はい、苦しくなったら楽な呼吸。マウスピース外していいですよー」
 俺は真っ赤な顔でマウスピースを外した。対称的にねねは涼しい顔で
俺の外したマウスピースを持っている。
「なんだこの検査! 殺す気か!?」
「大丈夫ですよ。このくらいで死にませんから。肺活量も十分あるし」
「十分あるのか? 普通の人と比較するとどのくらい多いのだ?」
 俺の質問にねねはにごった顔をした。
「あのですね。肺活量って普通の人と比較できないんです……」
「なんだと? どういうことだ? 俺は変態薔薇男だというのか?!」
「確かに変態薔薇男ですけれど、そういうことじゃなくって、肺活量は他人と比較しても
意味がないんです。身長、体重、年齢、性別によってもかなり差がでるんです。
身長180cmの人と150cmの人を比べたら、180cmの人の方が肺が大きいことは
想像つきますよね。身長が高ければ肺活量が多いのは当たり前なんです」
 なるほど納得。そりゃそうだ。
「じゃあ、体重も多いほうが肺活量が多くなるのか?」
「いいえ。体重が増えて太ってくるとお腹に贅肉がついて、その肉が
肺を押し上げて容量を小さくしちゃうんです。胸郭にも脂肪がつきますし……。
脂肪がつくと肺活量は減ります」
「おお! そうか! で、俺の結果はどうなんだ?」
「先生に聞いてください」
「何でだよ! 教えてくれたっていいじゃないかよっ!」
「私は検査専門でーす。詳しい結果は担当の先生からおたずねくださーい♪」
「お前は俺の担当医じゃないのかよ!」
「今は検査技師でーす!」
 あああああああ! 何なんだこいつ! 都合のいいときだけ検査技師面しやがって!
 俺の胃袋の中の胃液は怒りのあまり沸騰寸前であった。
「で、ラムセスさんおタバコお吸いになりますか?」
「あー。吸う」
「一日何本くらいお吸いになりますか?」
「20本くらいかなー」
「20本っと……。おいくつの頃から吸い始めました?」
「えーっとだな、ツタンカーメン王が即位した年かな?」
「…………」
 ペンを持つねねの目が点になっていた。
「……あの、それはおいくつの頃のことで?」
「だから言ってるだろ! ツタンカーメンが即位したときだって! わかんねーやつだな!」
 こいつツタンカーメンの即位した年もわからないのか?
エジプトオタク失格だな!
「は……い。あとで調べておきます」
「一日20本吸ってるけど、俺の吸っているのは1mgの一番軽い奴だぞ!
だから吸っているうちに入らないだろう?」
「いいえ、20本は20本です!」
「なんでだよっ!」
「あのですねー。高層ビルの20階から飛び降りるのも、40階から飛び降りるのも
結果的には同じでしょう。1mgでも10mgでもあまり変わりはありませーん!
ヘリクツ言ってはいけませーん!」
「ああ、そうかよっ!」
 だー! 何なんだこの検査! むかつくな!
 俺がムカムカしていると、ねねがまじまじと俺の顔を見ている。
なんだ? 急にどうした? さては俺に惚れたのか? と考えたが、次に発した言葉は……
「ラムセスさんって……、本当に黒いわね!」
 ――退院したらワセトに命令して牢屋に放りこんでやろうか?

「はーい、じゃあ次の検査行きましょうね。次は出血時間ねー」
 呼吸機能検査室から出るとまゆねこが待っていた。
「出血時間ってなんだ?」
「血がどのくらいで止るかどうかをみる検査ですよ」
「な、なんだそれ? 切腹でもして血が止まる時間を計るのか?」
「やだなー。違いますよー。そんなことしたら手術する前にあの世行きじゃないですか。
耳たぶにちょこっと傷をつけて血が止まる時間をみるんですよー」
 まゆねこはケラケラ笑いながらラムセスに言う。
「なんだ……。そうか」
 ラムセスは切腹しないとわかってほっとしたようだった。
 検査室の前まで来るとまゆねこはベルを押した。
「すみませーん。出血時間お願いしまーす」
「はーい」
 出てきた技師はなんとねねだった。
「何なんだよ! またお前かよっ!」
 ラムセスはねねの顔を見るなりプリプリ怒る。
「どうぞ中にお入りください。さあ、真ん中の椅子にかけて」
 ラムセスはふくれっ面で椅子に座る。
「これから出血時間と言ってお耳にちょっと傷をつけて、血がどのくらいで
とまるかどうがの検査をします」
 ねねは丁寧に説明する。
「知ってるよ! さっきまゆねこから聞いたさ!」
「あら、そうですか。じゃあまず消毒からしますねー。あっ、耳たぶが見えないから
頭巾とってもらえます?」
「これは頭巾ではない。ネメスと言うのだ」
 ラムセスは頭巾を外しながら言った。
「まあ! ネネス! 私のことね!」
「違う! ネメスだ! そんなことより早くやれっ!」
「はいはい、全く怒りっぽい患者ねぇ」
 ねねはブツブツ言いながらアルコール綿でラムセスの耳たぶを軽く2、3回吹いた。
「動かないでねー」
 ガザゴソ耳元で音がした。耳たぶを傷つけるための小形メスの封を
破っている音だ。
「じゃあ、ちょっとチクッとしますよー」
 ――プチッ。
 皮膚が小さく破れる音がした。微かにチクッと痛みが走ったが
我慢できないほどではない。次にねねはストップウオッチのボタンを
押した。手には10cmほどのろ紙を持っていた。30秒ごとにろ紙で耳たぶの血を
吸い取り、何分で止まるかを測定するのである。
 2分30秒めか? 3分めか? そのくらいの時間でねねはストップウオッチを
止め、終わりだと言った。
「おい、俺の血の止まり具合はどうだ? 薔薇色の血だから止まりにくいか?」
 ラムセスは不安そうにたずねる。
「詳しい結果は先生から聞いてくださーい!」
「なんだよっ! またかよ!」
「そうでーす。じゃあもうお帰りになっていいですよー」
 ラムセスはオッドアイの間にしわを寄せて椅子を立った。
「あばよっ!」
「お大事にどうぞー。あっ! 頭巾忘れてる。ネネスも持って帰って!」
 ねねはラムセスの頭巾を渡す。
「くそっ!」
 不機嫌なラムセスはねねから頭巾をふんだくる。
「あっ、ネネスだけじゃなくってねねも一緒にどぉ〜お?」
 ニタニタ笑いながらねねはオッドアイを妖しげに見つめる。
「いらねーよっ!」
 ――バン!
 ラムセスは勢いよくドアを閉める。相当ご立腹の様子である。
「あとは何の検査があるんだ?」
「あとはですねー。心電図です。ここですよー。お願いしまーす」
 まゆねこは心電図室の受付に顔を出す。
「じゃあ、そこの椅子に座ってまっててください。名前呼ばれますから」
 まゆねこはすぐ近くの椅子に座る様に言った。
 ドスン、乱暴に腰を下ろす。
 2、3分たった頃、名前を呼ばれた。今度はねねの声でなかった。
ほっと胸をなでおろすラムセス。指示されたドアから入ると……。
「はーい、これから心電図をとりまーす。手首足首とお胸が出るようにして
仰向けにベッドに寝てくださーい」
 ――やはりねねがいた。
「またお前か……」
 もはや怒る気も失せているようである。
「あっ、露出狂エジプト人だから手首も足首も胸も出てるわねー。
そのまま寝てねー。それと1回心電図をとったら、階段の昇り降りをして
運動した後の心電図もとるからねー」
 ベッドのすぐ側に金銀銅の表彰台のような2段の会談の置物があった。
「はいはい」
 ラムセスは素直にベッドに寝て、手首足首にクリップのようなものを
つけられた。胸にはタコの吸盤のようなものを6つ付けられて、心電図を取らされた。
「はい、じゃあ起きてぇ! この表彰台のような階段を3分間で40往復してもらいます。
胸が苦しくなったら言ってくださいねー。じゃーあ、はじめー!」
 ピピピピピピピピピ。
 と階段からは機械音が鳴り、音に合わせてラムセスは3分間昇り降りをした。
「はい、3分たちました。終わりにしていいですよー。すぐにベッドに寝てー!」
 ラムセスは無理矢理ベッドに寝かせられた。
 なんということであろう? エジプト屈指の将軍であるこの俺が
たったの3分間階段の昇り降りをしただけで心臓がバクバク言っていた。
これではムルシリと勝負したら負けるかもしれない。もっと持久力をつけなくては!
 なんてアホなことを思っていると運動負荷後3分の心電図も取り終わり、
検査は終わった。
「で、結果はまた担当医に聞けって?」
「うん、そう。担当の先生にきてね。じゃあ、病棟に帰ってゆっくり休んでねー。
ラムちゃん♪」
 ――やっと終わった。やはり検査というものは好きになれん!
俺が好きになれないのは検査のせいだけじゃないかもしれないが……。
 ラムセスが病室に戻ると担当医のねねが待っていた。
「あっ、全部検査終わったのー? お疲れ様ー」
「何がお疲れ様だよっ! で、俺の結果はどうなんだ? 担当医さんよっ!」
「えっ? 結果? まだ病棟に送られてきてないわよ。検査技師の人に
聞かなかったの?」
「…………」
 ――牢屋ではすまない! 退院したら必ずこいつを炎下の秤にかけてやるっ!

                                         ねね著
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×月◇日 晴れのち嵐

 朝看護婦が「朝の検温です」と言って体温を測りに来た。一応フェミニストで
通っている俺は女に対する礼儀だと思って、スカートをめくった。
 すると、そいつは「何さらすんじゃ! おのれは」と言って俺の顔をグーで殴りやがった。
 しかし豹柄のパンツはしっかり見たぞ! 名札は…『さおり看護婦』というのか。
何て凶暴な奴だ。しかも彼女が運んできた朝食の粗末なことと言ったら……
味は薄いし、肉類はハムやソーセージすら見あたらないじゃねーか!
俺は頭にきて「こんな飯食えるか!」と言ったら、奴は「何だ!てめーまだやる気か!」
ときやがった。
 その時ドアが開いて「ねね先生の回診です」と言ってまゆねこ看護助手を連れた
例の『なんちゃって医者兼検査技師』の奴が入ってきた。
「さおり! それくらいにしときなさい。それ以上やると、さすがのラムセスさん
でも肋骨が内臓にささって死ぬわよ!」と奴は言いやがった。
「そりゃ上等じゃねえか」と俺が言うと「ラムセスさん、あなたには糖尿病及び
肝疾患の疑いもあります。だから今朝の食事は糖尿病の患者さん用の食事なんです。
よっぽど今まで不摂生と暴飲暴食をやってたのね? これを機会に悪い所は徹底的に
治療するように! という命令も出ていますしね」
 何?俺を病院にぶちこめとこいつに命令した奴がいる?
「で、命令した奴の名前はホレムヘブってんだろ?」
 と俺が聞くと
「そうよ王様! だから逆らえないってわけ! さあ今日も1日張りきっていこう」
 そう言って、ねねはにやりと笑って出て行った。ふん! 張りきってるのはお前だ
けだろうが! やれやれ……。

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■月▲日 雨のち曇り

 今朝は朝食すら出ない! いきなり検温及び回診だと言う! あんまり頭にきたので、
さおりの奴に「おい! ここは粗末な食事すらケチるのか?」と言ったら奴は
「あれ? あんた聞いてないのか! 今日は胃カメラ検査だから、
朝は抜きに決まってるじゃん」
「おいおい!そんなの聞いてないぞ」
 俺が反論すると
「とにかく、あんたは悪いとこ全部治すって決まってんだからね」
と言い捨てて出て行きやがった。
 くそ! バインダーの下に変な漫画描いてるくせに!

検査室へ行くと、やはりねねがにこにこしながら待ってやがった。
「さあ! ではまず、そこの瓶に入った液を飲んで!」渡されたのはヤクルトの
瓶のような物だ。
「へん! こんなのお安いご用だ!」
 すぐに飲み干してしまったが、ちょっとゲップが出る。
「さあ次はいよいよバリウムよ! いい? 腰に手を当てて一気にぐいっと飲むのよ」
 渡されたのは今度は500mlパックもあるんじゃないかと思われる液体! 
しかもドロッとしている。
「こんな物一気飲みできるかよ」文句を言うと
「ぶつぶつ言わない!さあ飲んで飲んで!男でしょ?」
 てめえ楽しんでやがんなー!

 やっとこさ飲み干すと更に奴は言った。
「ではそこに立ってください」見ると寝台が立ったような機械が置いてある。
奴はすぐさま操縦桿? を握り「ではいきますよ! 息を吸ってー吐いてー! 
更に右を向いてー」何てことだ! 今飲んだ物が腹の中でチャポチャポいうぞ!
しかも俺が立ってる所は横になり縦になり! 更に一回転までしやがった。
ちきしょーねねめ! 炎夏の秤どころか、すぐさま首をはねてやる! 覚えていろーギャアアァ!

 終わった頃には、さすがの俺もへろへろであった。
「さあこれは下剤よ。昼食の後に飲んでね」と薬を渡された。??だ。

 しかし理由はすぐに判明した。例のまずい食事が終わった後、俺は猛烈な下痢
に襲われトイレに駆け込んだのだ。「何だ! ウ○コが白いぞー」
下痢はこれだけにとどまらず更に2,3回は続いた。チキショーねねの奴覚えてろ!


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☆月◇日 晴れのち曇り

 朝食の後さおり看護婦が俺に言うには「ねえ! あんたの隣空いてたでしょ?
そこのベッドに今日1人入るんだって! いい男だといいなあグフッ」
 そういや俺の隣って空だっけ? どうせ奴の冗談につき合う暇もなく
今日も検査だろうと思っていた。

 ところが…「こちらウガリット分院からの転院です」
そう聞いた途端、嫌な予感がした。入り口で
「今日からお世話になります。カイルと申します。よろしく」
あの声は、やっぱりムルシリだ! 奴と目があった途端、向こうもはっとしたが、
周りの手前初めて会うふりをして「そうですか?よろしく」と空々しく言っ
てやった。それにしてもユーリがいないが……正妃争いで忙しいのだろうか?
それにしても奴も腕を吊って痛々しいが(俺がやったのだ!)聞くところによる
と腕の複雑骨折で手術が必要な状況になったらしい! 俺はそこまでやってないぞ
たぶんユーリと……だろう? しかし、さおりの俺に対する扱いとは打って変わった
ムルシリへの態度! 頭くるぜ! 奴も首を斬ってやる。

                                  まゆねこ著
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☆月◎日

「色黒い〜逆さに読んでも『いろくろい』〜、キスが好き〜逆さに読んでも『きすがすき』〜♪」
 ガラガラガッシャン!
 まゆねこがお茶組みセットを落とした。
「ちょっと! ラムセスさん。バカな歌、歌わないでよっ! あんたのせいで
落としちゃったじゃない!」
「お前が悪いんだろー。それよりさー暇なんだよ。今日は何か検査ないのかぁ?
この際、呼吸機能検査でもいいから検査行こうぜ〜」
 ベッドにうつ伏せになって顎に手を添えながらラムセスは暇を持て余していた。
「もうみんな検査終わっちゃったでしょ! 静かにベッドで寝てなさいよ!」
「ちぇーっ! つまんねーの。暇だな! 今度はカイル不規則動詞三段活用だ。
『カイル カエル タイル』」
「ブッーーーーーーー」
 まゆねこにお茶をくんでもらったカイルが吹き出した。
「何なんだラムセス、その三段活用っていうのはっ!」
「知らないのか? ムルシリ。英語では一般動詞は不規則変化するんだぞ。
playのようにそのままsをつけるだけのときもあるが、bringのように
まったく違う動詞になるときもあるのだ。受動態の文章をつくるときなんかに使うんだぞ!」
 ラムセスが得意顔で教える。
「どうして私が変化しなくてはいけないのだ!」
「いいじゃねーか。それとも活用の仕方が気に入らないのか? じゃあこんなのはどうだ?
『カイル イルカ カエル!』」
 ガラガラガッシャン!
 お茶が配り終わり病室から出ようとしたまゆねこがまた物を落とした。
「どうだ? いい変化だろう? 全部生き物だぜ!」
「よくない! どうして私が変化するとイルカやカエルになるんだ!」
「ふっ、似合いだぜ!」
 病室でもラムセスのアホは変らない。そしてそのアホに思わず付き合ってしまう
カイルも相変わらずだ。ラムセスのアホ発言にお茶組みセットをぶちまけた
まゆねこは心の中で思った。
(名詞は変化しないのでは……?)

「あー、暇だ。もう一つ歌でも歌おうかな。
  
  ひとつ人より薔薇がある〜♪
  ふたつ不思議に薔薇がある〜♪
  みっつミタンニ薔薇がある〜♪
  よっつよこちょに薔薇がある〜♪
  いつついつでも薔薇がある〜♪
  むっつ向こうに薔薇がある〜♪
  ななつナイルに薔薇がある〜♪
  やっつやっぱり薔薇がある〜♪
  ここのつここにも薔薇がある〜♪
  とうでとうとう薔薇ムセス!

 うーん。名歌だ!」
 ラムセスが自己満足に浸っているといつのまにか隣にねねが立っていた。
「ラムセスさん! なにバカなことしているんですか!」
 ねねが珍しく怒っている。
「別に俺がどんな歌を歌おうと勝手だろう!」
「そんなことよりあなた! ヘモグロビンが6.0しかありません。
貧血です。このままでは手術できませんよ!」
 ねねが色の黒い薔薇男に言う。
「何だと? さっさと手術してここから出たいのに手術ができないだと?」
「ええ、こんなド貧血では麻酔が打てません!」
「何なんだよ! そのヘモグロビンってのはさ!」
「体内に酸素を供給する蛋白です。難しく言うと、4つの鉄色素ヘムと蛋白であるグロビン
と4次構造をなしたものです。正常値は男性で13〜16g/dL。あなたは半分もないんですよ」
「でええええ? 俺が貧血? 信じられないぜ!」
「私も信じられません。色が黒いからわからなかったのね。とにかく
これから点滴よ。腕出して」
 ねねはラムセスの腕をねじ伏せ無理矢理点滴の針を押しこんだ。
「いててててて」
「貧血ってなかなか直らないんです。本当はラムセスさんの手術は明後日だったけど
1週間延期ね。かわりにカイルさんを明後日手術します」
 ねねはくるり向きをかえてカイルの方を向いた。
「カイルさんは貧血もないし、栄養バランスもいいのですぐに手術ができます。
ただちょっと……、IgEと言ってアレルギー反応があると上昇する項目が高いのよね……」
 ねねがカイルのカルテを見ながら言う。
「そうなんですよ。入院してから鼻がムズムズしてくしゃみが止まらなくって……」
 カイルがテッシュで鼻をちーんとかんだ。
「ねね先生。アレルギー反応の検査結果の薔薇花粉の反応が高くなっていますけど……」
 さおり看護婦が指摘した。
「薔薇花粉!」
 ねねとカイルが同時に声を上げた。次にくるっとラムセスの方に顔を向ける。
「何だよ! この見まいの薔薇のせいだっていうのかよ! これは俺の唯一の
楽しみだぜ!」
 ラムセスのベッドの回り一帯にまるで花畑のように飾ってある薔薇を
守りながら言った。
「原因はこれね。カイルさんのためです、撤去しましょう!」
 さおりとまゆねこはラムセスの薔薇を片し始めた。
「やめてくれよー! どこに持っていくー!」
 ラムセスはまゆねこの髪を引っ張り必死で抵抗する。
「痛い! やめてよ! ナースステーションに入りきらない分は
病院の屋上に飾っておくから離してよ! 捨てやしないわよ!」
 薔薇が捨てられないということを聞いてとりあえず安心したようだ。
その日からラムセスは毎日屋上に行き、愛する薔薇の世話をしているのであった。

                                          ねね著
 

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◆月○日

「カイルさん、退院おめでとうございます」
 ねねが深々と頭を下げている。看護婦のまゆねこ、さおりをはじめナースステーション
総動員でムルシリの退院のお見送りである。夜勤明けの看護婦まで見送りしている始末であった。
「いえ〜、主人がお世話になりまして。ありがとうございます」
 カイルの正妻ユーリがねねをはじめ看護婦に45度のお辞儀を何度もする。
「カイルさん、また来てね。是非この病棟に入院してね」
 看護婦たちがカイルの退院に涙を流している。ルックスも性格もいいカイルは
看護婦の間で評判がよい患者だったのだ。
「いや……、また入院するのは……」
 カイルは苦笑いを看護婦達に返す。
 それを見ていたエジプト薔薇男ラムセスはご立腹であった。
ベッドに立て膝をつきながら左右色の違う瞳でカイルを睨みつけていた。
(けっ! 俺のところには家族の見舞いすらないのに
さすがに惨めだぜ! 貧血とやらで手術もできないしよっ! 薔薇も取り上げられたし!)
 プンプンとふくれっつらをするラムセスである。
「じゃあ、カイルさん。お大事にね」
 ねねがそう言いながらカイルの後姿を見送ると、ラムセスのほうにくるりと向きを変えた。
「さあ、ラムセスさん。つぎはあなたです。今日の血液検査の結果で
貧血も治ったことがわかったし、手術しましょうね」
 ニッコリとマクドナルドのスマイルをラムセスに投げかかる。
「おう! やっと俺の番なのか。手術はいつだ?」
「あしたよ」
「あしただと! ちょっと急じゃないか?」
 ラムセスは一オクターブ高い声をあげる。
「手術なんてそんなものよ。ちょうど手術室が空いてるの」
「そうか……、執刀医はおまえか?」
「もちろん」
 ねねはオッドアイにウインクを投げた。ラムセスは思わず視線をそらす。
「今日の9時以降からは絶食です。何も食べないでください。
それと手術中、何があるかわからないので、待合室でご家族の方がたえず
待機しておいてください。絶対に席をはずさないように」
「家族……」
「ええ、ご両親でもご姉妹でも」
 ねねにそう言われ、ラムセスは携帯で自分の家に連絡をとった。
 ――プルルルル、プルルルル。
『はい、ラムセス家です』
 ネフェルトらしき声が携帯の向こうでした。
「ちょっとラムセスさんっ!」
 まゆねこが彼の元に突進して、右耳に当てている携帯をぶんどった。
「ここは病院ですよ。携帯電話は禁止です! やめてください」
 まゆねこの眉はつりあげる。
「いや……、手術のために家族に電話を……」
 ――バッチ―ン
 蜂蜜色の頬に赤いもみじの跡がついた。
「問答無用。規則を破る奴にはお仕置きを、悪には天罰を。このまゆねこが
正義に誓って許しません! 太陽戦隊サンバルカーン!」
 まゆねこはかなり昔の電磁ヒーローのポーズをとった。
「なにすんだよ、この女! 俺はサンバルカンよりゴーグルファイブの方が
好きだぞ!」
(ネタが古すぎ……)
「とにかく携帯電話は没収です。病棟の公衆電話を使って下さい」
 まゆねこはラムセスの携帯を取り上げて、悪の棲家、ナースステーションに帰って行った。
「くそっ、本当にここはロクな病院じゃねえな」
 ブツブツと文句を言いながら公衆電話にジャリ銭を持って向かう。
 ――プルルルル、プルルルル
「あ、ネフェルトか? 俺だ。明日手術なんだよ。俺の手術の間は家族がずっと
付き添っていなきゃいけないんだと。誰かこっちに来れるか?」
「冗談言わないでよ。こっちは忙しくてそんな暇ないわ。手術くらい
一人で受けられないような子に育てた覚えはないって、お母様が嘆いてるわよ。
なんとか一人で手術受けて、兄さん」
 ――ガッチャン!
 ラムセスの返事を聞くまでもなく電話は切れた。
「ぁ……、ネフェルト……」
 受話器を持って呆然とする。
(姉妹ばかりの男なんてこんなものさ。どうせ俺はラムセス家のマスオさん。
いや、マスオさんは波平さんやタラちゃんという味方がいるか。
ノリスケや穴子くんもいるし。ああ、やっぱり俺の味方は薔薇だけだな……)
 ラムセスは屋上に上がり、取り上げられた薔薇を見つめ、涙を流していた。


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◆月×日
 いよいよ手術の日。結局ラムセスの家族に都合のつく人はなく、
ユーリがラムセスの手術中に待機することになった。ネフェルトがユーリに電話をして
説得してくれたのである。
「ラムセス、とにかくがんばってね。手術なんてあっという間よ」
 手術に不安を抱えるラムセスにユーリはニッコリ笑う。黒い瞳からは
優しさがこぼれおちそうであった。まっすぐに見つめられたオッドアイは
ユーリの優しさの涙腺がゆるむ。
「ユ、ユーリ……、ありがとう!」
 ガバっとラムセスはユーリに抱きついた。
「どさくさに紛れてなにするのよ!」
 ばっちーんという音と共にラムセスは吹っ飛ぶ。
「いてててて、これから手術受けるナイーブな俺に張り手はないだろう……」
 もみじ型に赤く色づいた頬をさすっていると、看護婦のまゆねことさおりが
ストレッチャーに載れとうるさく言う。
「さあ! 手術室にいくわよー! まゆねこ、用意はいいかい?」
「もちろんよー!」
「そぉれぇ〜!」
 ――ガラガラガラガラガラ。
「お前ら乱暴だぞ! うわああああ、ぶつかるー!」
 ラムセスが叫ぶのもまったく気にせず、けたたましい騒音をたてて手術室に向かっていった。


 手術室。
 手術着に着替えさせられ、腕には薔薇色をしたAB型の血液型バンドがはめられた。
(血液型は天河血液型の投票より。それとAB型のバンドは本当に薔薇色なのさ!)
 平静を装っていたラムセスであったが、生まれてはじめての手術とあって
かなり緊張していた。しかしエジプト有能将軍となるもの。
度胸がないと思われては恥だ。蜂蜜色の肌のしたに緊張の色を隠していた。
「はぁ〜い、ラムセスさん、ご気分はどぉ〜お?」
 インチキ医者兼検査技師ねねが今日もにこやかにラムセスの前に姿を現した。
「いつも能天気だな。それよりお前手術なんかできるのかよ」
「できるわよ。まかせて!」
 ドンとねねは自分の胸をぐーで叩いた。
「本当にできるのかよ。お前危ないから心配だな。万が一ってこともあるし、
そういえば、俺は遺書も何も書いてないぞ。俺にもしものことがあったときに
薔薇の世話を誰かに託しておかなければいけないな。ちょっと電話を……」
 ラムセスはストレッチャーから起きあがろうとした。
「だー! これから手術室に入るんだから動かないでよ。
面倒くさいわ。もう麻酔かけちゃいましょ。えいっ!」
 ねねはラムセスの腕にプスっと注射針をさした。
「うげー、何するんだよ……。このパロ女……おぼえ……てろ……よ」
 ラムセスは全身の筋肉の力が抜け、そのまま無力の蜂蜜色の体を
ねねに預けることとなった。

☆☆☆

 次にラムセスが目を覚ましたときにはもう手術は終わっていた。
真っ白な壁、真っ白な天井が彼をとりまいていた。手術後に入る集中治療室に
ラムセスはいたのだ。麻酔がまだきいているせいか意識が朦朧とした。
口元には酸素マスクがはめられている。鼻にもくだが通っているようだった。
鼻から喉にかけて、1本の細いホースのようなものが通っていた。
肋骨を手術したため。大きく息を吸うとズキっと痛んだ。
(だー、最悪だ。でもとりあえず生きてるな……)
 ラムセスはトクトクと動いている鼓動を確認し安堵した。
 パタパタパタ。
 誰かが入ってきた。ドアの方に視線を移すと薔薇模様の白衣が目に入った。
「ね……ね」
「手術終わったわよ―。どう? 調子は?」
「さーいーあーくーだー」
 酸素マスクをしているため、声がうまくでなかった。それでもラムセスは
ねねに叫んだ。
「一応無事に手術は済んだわよー。私も手術久しぶりだったからねー。
ふだんはボタンつけもやらないんだけど、あんたの傷口、結構上手く縫えたわよ」
「なんだと? フガフガフガ」
 ラムセスはねねに文句を言いたかったが、酸素マスクと胸の傷のせいで
上手く言えなかった。
「じゃ、今日一日はこの集中治療室にいてねー。明日から病棟に戻っていいからねっ!」
 ラムセスの抗議を聞こうともせず、ねねはオッドアイに向けて軽く手を振り
真っ白な部屋にラムセスを残していった。
 そのあとにユーリが入ってきた。手術の間中、ずっと待機してくれていた
ヒッタイトのタワナアンナである。
「手術無事に終わってよかったねー。もう帰っていいって言われたから、これで私帰るね」
「ユーリ、ありがとう……」
 ラムセスはかすれた声でお礼を言った。ユーリは首を縦に振ると今度は横に首を振り
ベッドに寝ているラムセスを見た。
「ラムセス、身動きできなくて辛そうね。そうだ! これを機にラムセスの顔に
ラクガキしちゃおうっと。ちょうど黒の油性マジック持ってるのよ」
 ユーリは鞄の中からマジックを出し、ホッペにカキカキとラクガキをしはじめた。
「な、なにするんだ。やめろっ!」
「ヒヒヒヒヒ」
 タワナアンナに似合わない意地悪そうな笑いを浮かべ、頬や額にラクガキをした。
「フフフ、なんて書いてあるかは鏡をみてからのお楽しみね」
 ラムセスに手を振って、愛するカイルの待つヒッタイトへ帰って行った。




**************************************

◆月□日 退院の日

 集中治療室から出て数日たつと、自分で動けるようになり、食事も
おいしく頂けるようになった。
「ラムセスさん!」
 薔薇模様の白衣を着た担当医が彼の前に姿を現した。
「おお、ねねか!」
「すっかり良くなってよかったわ。もう一人で大丈夫そうだし、
そろそろ退院しましょう!」
「本当か!」
 ラムセスは嬉しさのあまり金髪がすべて逆立ちそうになった。
見舞いには誰もこない、食事はまずい、薔薇は取り上げられる、
医者は変、看護婦も変。こんな病院には一秒たりともいたくなかったのだ。
「うん。今日退院しちゃおう!」 
 ねねがそういうと、ラムセスの部屋に向かってバタバタと足音が聞こえてきた。
「兄さん!」
 ラムセスと同じく蜂蜜色の肌をしたスタイルのいい女性が
病室に飛びこんできた。
「ネフェルト!」
「よかった。まだ退院してないみたいね。これ兄さんにあげるわ、お見舞いよ」
 ネフェルトは手に持っていた大きな紙袋から千羽鶴を出した。
「実は家族、召使総出でこれを作っていたのよ。兄さんが早くよくなりますようにって」
 赤、オレンジ、黄色、緑、黄緑、青、紫……。色とりどりの折り紙で丁寧に折った
鶴たちが、綺麗に整列していた。てっぺんには大きな赤い薔薇もついていた。
 ラムセスは妹から渡された千羽鶴を手に持った。ずしりと重みがあった。
鶴千匹分の重み。千個折った家族や召使たちの心が重みから伝わってきた。
鶴の折り目ひとつひとつには心がこもっている。ラムセス家の主人である
ウセルが早く元気になるようにと。エジプトをよき国とするため、
立派なファラオになれる日がくるようにと願う心が伝わってくるようだった。
また、一枚の正方形の紙が、山折り谷折りを重ねることにより鶴ができあがったように、
山あり谷あり、困難な事も一つ一つ越えて立派な国を築けるようにとの象徴のように
ラムセスは思えた。
「あ、ありがとう……」
 ラムセスは素直に妹にお礼を言った。
「今までお見舞いにこれなくてごめんね。これを折っていたからなのよ。
でも、手術の付き添いは兄さまの好きなユーリでよかったでしょ」
 ネフェルトはウインクを兄に送った。
 ウインクを受け取ったオッドアイは嬉しさと感動でしずくが零れ落ちそうであった。
 家族は自分のことを心配していなかったわけではなかったのだ。
みんなで鶴を折ってくれた姿を想像すると心の中でアルコールランプがついたようだった。
「ラムセスさん、私達看護婦からもプレゼントよ」
 看護婦のまゆねことさおりが2人がかりで大きな薔薇の花束を持ってきた。
「今まで薔薇を取り上げられてよく我慢したからね。これは退院祝いよ。
あんたみたいな患者、面白かったわ」
 ラムセスは胸一杯に薔薇の花束をもらった。
「私からもプレゼント。はい」
 インチキ医師ねねからは薔薇柄のビニールに入った袋を渡された。
「なんだこりゃ?」
 袋から出すと、なんとねねの来ている白衣と同じ、薔薇白衣だった。
「おおおおおおお! 薔薇白衣だ!」
 ラムセスは感動の声をあげた。
「フフフ。いつもうらめしそうに私の白衣みてたでしょ。
市販の白衣に薔薇もようの刺繍をしたのよ。結構大変だったんだから」
 にっこりと薔薇の微笑みをラムセスに放った。
「ねね、お前っていい奴だな。うれしいぜ!」
 ラムセスはみんなのプレゼントと暖かい心にホロホロと涙を流しはじめた。
 鬼の目にも涙、オッドアイにも涙である。
「じゃあ、ラムセスさん。今度は外来で会いましょうね」
 薔薇白衣のまぶしいねねがラムセスにニッコリと笑いかける。
 ラムセスは薔薇のついた千羽鶴と大きな花束と薔薇白衣に囲まれて幸せいっぱいで
ねねメンフィス病院から退院していった。


♪おわり

                                      ねね著




 


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