〜はじめに〜
以下のお話は、14巻(確か…)のユーリが日本へ帰るか帰らないか迷っている所で
本編では、カイルの元に残ったわけだけど、それがもし、日本へ帰ったら…と言うお話です。
(ナキア皇太后が、ユーリを古代に留まらせるため、泉を壊した所ね)
このとき、ユーリは、カイルのことを「陛下」と呼んでいたけど、
私自身、「カイル皇子」と呼ぶユーリが好きなので、そちらを使いましたので。ヨロシク。
以下のパロ、発想も安直ですし、またまた、一人想像の世界に飛び立ってしまいました。
独りよがりのお話、申し訳ありません。m(__)m
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うっすら目を開けた。頭にも視界にも、もやがかかり、意識がもうろうとしている。
自分の目に映ったものが、瞳をとおり、視神経を経て、後頭部にある視覚領野に達して
物体を認識するまでには、多少の時間がかかった。
「夕梨! 目が覚めたの!?」
聞きなれた声…、懐かしい声…どちらか分からなかった。
「夕梨! 大丈夫なのね。良かった」
半開きだった目を開き、声のする方をしっかりと見た。
「マ…マ…?」
声に出して言ったつもりだったが、まるで喋り方を忘れてしまったかのように
うまく喋れなかった。
「良かった。あんたってば、公園で急に倒れて、2日間眠りっとおしだったんだから!
一緒にいた氷室君が、すぐに病院に運んでくれたから良かったけど、
原因不明のまま、一向に目を覚まさないんですもの。全く! 心配かけるんだから!」
夕梨の母は、怒りながら言った。…でも、娘が無事だと分かって、顔には安心の表情があった。
「2日間…?眠りっぱなし…?」
眠ってた?……違う! 眠ってなんかない!
私は…、私は…、ヒッタイトに…、古代ヒッタイトに行ってたのよ!
カイル皇子のもとに…
夕梨は、そのことに気づくとガバっと起き上がった。
「いたっ」
起き上がった瞬間、頭に激痛が走った。
「ダメよ。急に起き上がったりしちゃ! もう少し休んでなさい」
夕梨は、母の手により、再びベットに寝かされた。
「ふうっ」
深いため息をついた。
私は……戻ってきたんだ。現代に、二十世紀の日本に…。
2年間、古代で過ごした。
カイル皇子の元で過ごした。
……間違いない。
古代の2年間は、現代では2日間になってしまうの?
もともと過ぎた時間だから、2日間でも時が経ってしまうのもおかしい気もするけど……。
気持ちは混乱していた。戻りたかったのか? 戻りたくなかったのか?
……分からなかった。
ただ、安心した気持ちもあるのも間違いではない。
やっと戻って来れたんだ。日本に、現代に…
古代が不安じゃなかったと言ったら嘘である。言ってしまえば、電気もない、水道もない、
病気になったって薬なんかない…。その点、現代には、日々生きていく上での安心がある。
保証がある。古代なんかと比較にならないくらい、二十世紀のほうが暮らしやすい…。
…でも、カイル皇子がいない。
現代に帰ってきた安心なんかより、そんなことより、カイル皇子と本当に、
離れてしまったことのほうが、大きく占めていた。
もう、彼の声を聞くことも、姿を見ることも出来ないんだ。
どんなに苦しくったって、抱きしめてくれることもない。
あたたかい温もりを感じることも絶対に…、永遠にないんだ。
……分かってる、
そんなこと分かってる。
分かってることだけど……、日本に自分で還るって決めたことだけど、
…だけど!
急に涙が溢れ出し、止まらなかった……。
「どうしたの? 夕梨!? 何処か痛いところあるの?」
夕梨の母が驚いて言った。
「なん…でも…な…ぃ…、少し独りにして…お願ぃ…」
布団を被り、ヒックヒック言う声をこらえた。
胸が痛くて、心が痛くて、一番中泣き明かしても、まだ涙は枯れることはなかった。
次の日、何処にも異常はないことを確認した上で、退院した。
私が最初にやったこと…、
それは、ヒッタイトについて調べたことだ。
姉、鞠絵の高校の世界史の教科書を借りて、ヒッタイトについてみたけど、
ヒッタイトのことなんて、ほんの数行、『鉄を初めて使用した民族』程度しか書いていない。
もっと知りたくて、私が過ごした2年間を知りたくて、証明したくて……、
近くの図書館まで行ってみた。古い本ではあったが、数冊ヒッタイト関連の文献を
見つけた。ヒッタイトで検索するよりも、オリエントやエジプト関連で探した方が、
多く文献が見つかった。
ムルシリ2世、エジプトへ婿入りしたザナンザ皇子、ムルシリの子ムワタリと
エジプトのラムセス2世とのカデシュの戦い。
……そして最期は、皇家争いによって滅びたこと…。
載っているのはその程度のことだった。
ムルシリ2世の文字を見て、凄く嬉しかった。私が愛した人は本当に存在したんだ!
そう思うと感動した。
でも…ムルシリ2世の皇子時代の側室のことなど…語る本は一つもなかった。
当たり前のことなんだけど……、
何だか自分の存在が否定されているようで……、
カイル皇子と、共に時間(とき)を過ごしたということが、
否定されているようで、胸が締め付けられた。
諦めきれなくて、地元の図書館で調べただけでは事足らず、国立図書館にまで足を伸ばした。
新しい本があるにはあったが、自分のことについてなと書いてある本は、やはりどこにもなかった。
……ユーリイシュタルが、「存在」したという証拠はどこにも残っていなかった。
積み上げられた数冊のヒッタイト関連の本の上に伏せ、ふうっと大きく溜め息をついた。
もしかしたら、長い長い夢をみていたのでは?
古代へタイムスリップなんて、常識外れてる。
ザナンザ皇子の婿入りのとき、矢で刺された背中の傷も消えていた。
時々、ひきつった痛みも、全くなくなっていた。
外的な痛みはなくなっていたけど、心の痛みは残っていた。
古代から持って帰ってきたカイル皇子を愛した気持ち、この気持ちが私の中で、
痛くて溜まらなかった。矢で背中を刺されたときよりも、心の痛みは強い。
心臓がつぶれるほどの、胸が締め付けられる思い。
時間(とき)が解決してくれるだろうか? 幾晩も眠りを重ねれば、この気持ちは
薄れて行くのだろうか? 心が痛いけど、痛いのはイヤだけど、忘れたくなかった。
持って帰ってきたのは、この気持ちだけ……。
苦しいけど、矛盾してるけど、…カイル皇子を愛した、この気持ちだけは、このまま薄れて欲しくなかった。
古代に行く前に受かった高校に行き、カイル皇子の元で過ごした2年間が、
嘘のような生活を、その後送った。
水道をひねれば水が出てくる。夜中でも光々と明かりはついている。
古代では信じられないことだ。
食べるものも、何もかも、日本には満ち溢れていた。
今の生活から比べると、古代の生活は、ゾッととするものかもしれない。
いつ伝染病に襲われるかも分からない、明日の食べる物だって、ままならないこともある。
子供の生存率も、凄く低い。現代では、何てことない病気で、死んでしまう。
現代よりずっと「死」が身近に感じられる古代。
そんな古代で……、いや、そんな古代だからこそ、みんな必死で生きていた。
毎日を一生懸命、生きていた。
人を想い、自分を想い、まっすぐ明日へ向かって生きている、そう感じられた。
想いを秘めたまま、普通に高校生活を送り、普通に大学へ進学した。
嫌でも、古代中東史に興味がわき、大学も古代史の学科のあるところに進学した。
私が、古代に行った証明になるもの。それは、楔形文字が読めたことだ。
数ある文献に出てくる、楔形文字を読むことが出来た。
一生懸命解読している、お偉い教授方には悪いけど、すらすらと読むことが出来た。
まあ、楔形文字を読めることは、説明するのも面倒だし、説明しても
信じてくれないだろうから隠してはいたが…。
大学卒業後、、ヒッタイトの遺跡発掘のサークルをみつけ、
そのサークルに入ることが出来た。その仲間で、ある年、ヒッタイト帝国の首都である
ハットッサへ、今でいうトルコの中部アナトリア、ボアズカレを中心に回ることになった。
あれから8年の月日が経っていた。
胸が高まった。再びあの地へ、あの赤い大地を踏みしめることが出来る。
カイル皇子に会えるというわけじゃないのに、興奮が押さえきれなかった。
サークルのみんなと、日本を立ち、トルコの地を踏んだ。
あの『ヒッタイト』へ近づいたんだと思うとまたドキドキした。
ヒッタイト帝国自体が、注目されてからまだそんなに年月は経っていないらしく、
大半の遺跡がまだ未発掘だという。その一部を発掘してもいいという許可のもと、ボアズカレに向かった。
昨日の晩から降り続いた雨は、まだ降り続いていた。そんな雨の中、ボアズカレに着いた。
足元に広がる赤い土、見渡す限り広がる赤い大地。
足が震えた。
変ってない…、私が踏みしめた赤い大地と同じだ!
夢じゃない。私が、古代にいたことは夢じゃない! そう確信できた。
再び踏みしめたこの大地。大地を踏みしめるたびに鳴る砂の音が、『おかえり』と言っているようだった。
「あーあ、せっかくのボアズカレだって言うのに雨なんて災難よね」
一緒の遺跡発掘チームの泉沢が話しかけた。5つ年上の夕梨と一番中のよい女性だ。
「そ、そうだね」
雨なんてどうでもよかった。赤い大地の上に再び立つことが出来た。それだけで、
胸がはちきれるくらい興奮して、心臓が高鳴った。
「でもね。この雨のおかげでね」
泉沢が、夕梨の腕を引っ張り、赤い大地の小高い丘の上まで連れて行った。
「ほら、ハリス河。冬しか赤くならないって言うけど、雨のせいで、赤い土が溶け出して
クッズ・ウルマック(赤い河)の名前のとおり、赤くなってるよ」
一瞬、呼吸をするのを忘れてしまった。
瞬時に、ナキア皇太后が、泉を壊す前にハットッサに急いで戻ったときのことを
思い出した。
ここ赤い河で、カイル皇子の元に帰るか、日本に還るか、迷ったのだ。
そのときの迷った気持ちが、3000年の歳月を通り越し、赤い土から伝わってくるようだった。
もしも、あのまま古代に残っていたら…
考えても無駄なことである。けど、今まで何度も考えた。
あのままカイル皇子と一緒にときを過ごせたら、どんなに幸せだったのだろう。
身分も地位も望まない。同じ空気を吸い。同じ大地を踏みしめらるだけで十分だ。
あのとき…、日本へ還るために、ハットッサに向かい、赤い河にさしかかったところで、
カイル皇子から貰った、額飾りが切れた。
あれは、何だったのだろう? 不安なまま日本に還ってきてしまった。
戻って良かったのか? 良くなかったのか?
カイル皇子のためにも、自分のためにも……どちらか分からなかった。
目の前に広がる赤い河を、しばらく見ていた。全身の細胞一つ一つが、興奮しているのが分かった。
悠大に流れる赤い河にまるで引き込まれるかのようだった。このまま引き込まれて行けば
古代に戻れるのでは?と錯覚まで起こしてしまう。
そんな夕梨に泉沢が話しかけた。
「赤い河って…、言葉で聞いたときは、赤って血のイメージがあって、
なんだか不気味に感じたけど…、実際は違うね。こんなにもゆったりと、
ときを超え、時代を超え流れてきた悠大な河って感じがするね」
夕梨は頷いた。
「さあ、そろそろ、発掘のほうに行ってみようよ。今回はそれが目的なんだから!」
泉沢は、また夕梨の腕を引っ張り、遺跡発掘をしているほうへ一緒に連れて行った。
他のメンバーの手により、幾つかのものが、掘り起こされていた。
もう、文字の見えなくなったかすれた粘土板。他にも、瓶(カメ)みたいなものが、沢山転がっていた。
その瓶の中で、他の瓶とは違った雰囲気のものがあった。
何にも装飾もしていない瓶が殆どなのに、それだけ、うっすらと装飾してあるようだった。
竜のような、うずまいた模様がしてあった。
夕梨は、なんとなく気になり、その瓶を手に取った。
「おっ、それ、すこし変わった瓶だな」
メンバーの一人が、夕梨の手にしている瓶を取り、中を開けようとした。
簡単に開く瓶なのだが、その瓶だけは、頑丈に封がしてあるのか?年月が、開きにくくしたのか?
どちらか分からなかったが、なかなか開かなかった。やっとのことで、瓶を開けると
中から、粘土板と装飾が施された色のついた石が出てきた。
「なんだこの粘土版…? なんにも文字が掘ってないぞ。文字の変わりに…?
何かの記号か? なんだこのマーク?」
ユーリは、その粘土版に目をやった。
言葉を失った。
記号が掘ってある粘土版。風化して、欠けてはいたが、その記号は
……ハートマークだった!
もしや、一緒に入っていた石は! 埃まみれの赤い土のついた石をこすると……。
黒太子から、貰った額飾りだった。元の色は失っているけど、いつも肌身離さず、
首につけていたあのチョーカーだった。
もう、何にもいらなかった。
イシュタルは存在した。カイル皇子の元で過ごした2年間は嘘じゃなかった。
胸がいっぱいになって、知らぬ間に涙がこぼれていた。
「どうしたの? 夕梨?」
突然泣き出した夕梨に泉沢はビックリした。
「な、なんか、目にゴミが入ちゃったみたい…」
苦し紛れにそう答えた。
「大変。私、目薬持ってるから、ちょっと取ってくるね」
泉沢は、夕梨を残し、目薬を車に取りに行った。他のメンバーも、次の発掘に行ってしまい
その場所には、夕梨だけが取り残された。
涙でよく見えない目でハートマークの粘土版を拾い上げた。
粘土版はヒヤリとした。
赤い土をはらって、じっと見つめた。
間違いない…。ミタンニ遠征のとき、カイル皇子が送ってくれた粘土版だ。
『愛してる』
その言葉が、3000年のときを飛び越えて伝わってくるような感じがした。
カイル皇子は、もういない。この赤い土に眠り、赤い大地に還っているだろう。
ときを超え、時代を超え、カイル皇子の気持ちがちゃんと伝わってきた。
あたたかかった。言葉も文字も何にも要らない。
この粘土版だけで、もう何もいらなかった。古代から一緒に持って帰ってきた
カイル皇子を愛した気持ち。痛みだった気持ちが、あたたかい、喜びの気持ちに変わった。
あたたかくって、全身の細胞がみなぎるようだった。
私が、日本に還ったあと、ヒッタイト帝国がどうなったか、知りたくても知る事は出来ない。
文献によると、カイル皇子は、どこかの国の王女を正妃に迎え、
ナキア皇太后は、ハットッサから追放されたという。
戦いのない平和な国を目指して、きっとよい国を築いたことだろう。
生きる時代が違った。ただそれだけ。
何のために古代に私は行ったのだろう? と不思議に思ったこともあった。
カイル皇子を好きになるだけ好きになって、結局は、叶わぬ恋で…。
苦しくて溜まらなかった。
古代に連れて行かれた事、無理矢理だったし、偶然だったけど、
災難だったとは思わない。また、日本に帰ってきたことも、後悔はしない。
普通じゃ決して出会うことのない人に、出会えたと言うだけで……、
カイル皇子出会えたことが嬉しくて、大切で………。
風邪が舞い上がり
赤い土が足元で、小さな竜巻を作った。
赤い河は、3000年の時を超え、3000年の想いを伝えてくれた。
カイル皇子に出会えたことが、奇跡。
決して結ばれることはなかった恋だけど、
この気持ちが死ぬまで薄れないように…
いつまでも、いつまでも、大切に胸に秘めておきたい。
ハートマークをぎゅっと握りしめ、夕梨は、遠くに見える赤い河を見つめた。
♪おわり
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〜おわりに〜
はい、読んで頂いてありがとうございます。
私の想像の世界で、またもやトルコに行ってしまいました。
カイルがどっかの国の王女を正妃に迎えた。嘘かもしんない。
本は読んだけど、再び読み返す気力がなく、てきとーに書いてしまいました。
「日本に帰ったユーリが、ハットッサの遺跡発掘をし、ハートの粘度版を見つける」
少コミがまだここのシーンのとき、私がまだ、おとなしく河のほとりを
ROMっていた時代に、このネタがあったんです。それを使わせて頂きました。
同じく、赤い河倶楽部のともさんの「トルコの話」も参考にしました。
うーん、やっぱシリアスは時間がかかるわー。でも、ちゃんとシリアスでしょ。
カイルもラムセスも出てこないけど。
それとも、現代に戻ってきても、時空を超えて、ラムセスが薔薇背負って
「ユーリ! エジプトのファーストレディにしてやる」
でもいいんだけど、とりあえず、シリアスで終らせていただきます♪