***ちびまる子ちゃん編***

 始まりは、ネットオタクの目がギンギンに冴える丑三つ時のことである。
「へィ〜、ベイビー♪ 薔薇を届に来たぜぇ〜」
 ヒッタイト王宮の城門を蜂蜜色の肌をした男がうるさく叩く。
「陛下、エジプトの将軍ラムセスが王宮の門を叩いています。エジプトからの
緊急の使いでしょうか? 城内に案内しますか?」
 門番が報告した。カイルは眉間に皺を寄せ不機嫌そうにする。
せっかくユーリと甘い夜を送っていたのに、砂漠の向こうのエジプトから邪魔が入っただから
仕方ないであろう。。
「きっと私とユーリの間を邪魔しにきただけだ。あんな奴、放っておいてもいい。
朝になれば変えるだろう」
 カイルは裸体に羽織ったマントを翻し、再び寝所に戻って行った。
 思えばこれが奇妙な一日のはじまりだったのである。

 次の朝、エジプトの薔薇男はまだ城門の前で
「へィ〜ベイビー。マイハニー♪」
 とクネクネ腰を捻らせながら薔薇を持って踊っていた。
どうやら丑三つ時からあけぼのまでずっと薔薇ダンスをしていたようである。
 皇帝に放っておけと言われ城門の外に放っておいたが、門番にとったら
迷惑そのものであった。薔薇くさいし、うるさいし、今日の当直は最悪だ。
特別手当をもらいたいが、きっとそんなものは出ないんだろう。
国家公務員なんてそんなものさ。とラムセスの薔薇ダンスを見ながら呟いていた。
 エジプトのアホはさておき、今日は元老院会議の日であった。
皇帝であるカイルはもちろん、イルの書記官として会議に出席しなてはならない。
 宮殿の大広間で行なわれる元老院会議。会議数分前ともなるといつもだったら
空気がきりっと引き締まり、緊迫感が張り詰めているのであるががこの日は違った。
「ちょっと、なにあれ……?」
「なんだ? どうしたんだ?」
「どうしてあんな姿を……」
 大広間に存在するすべての視線は書記官であるイル=バーニにすべて注がれていた。
「イル=バーニ様はなぜあのようなものを身につけているのだ?」
 クエスチョンマークが飛び交ったが、答えを出せる者はいなかった。
 イル=バーニに注目するのも無理はなかった。イルの顔に目がタレ目になったわけでも、
ベルバラのオスカル様のような巨大な目というわけではない。
表情の乏しい鉄仮面のようないつものイル=バーニであった。
ただ、この日のイルは鉄仮面に附属品をつけていた。附属品は眼鏡である。
いつも細かい楔方文字を読み書きしているイル=バーニ。
視力が落ちるのは仕方がないかもしれない。だが、普通の眼鏡ではなかったのだ。
古代に牛乳びんはないと思われるので、この比喩方法は間違っていることは承知だが、
牛乳びんの底のようなレンズの眼鏡をかけていたのだ。それもなるとのようなグルグル模様が
書いてある眼鏡である。いくら真面目な表情をしても、そんな眼鏡をかけていては
人々の目には異様に映った。「生真面目な書記官イル=バーニ」と打ったら
文字化けして、「お笑い芸人イル=バーニ」と変換されそうである。
 カイルもイルの眼鏡には呆然とした。しかし幼い頃から一緒に育ってきた乳兄弟である。
何か策があるのかもしれないと思い聡明な皇帝は黙っていた。
カイルがイルに何も言わなかった事から、他の貴族や女官たちも直接イルに聞いたり
告げたりすることはできなかったのだ。
 午前10時。元老院会議の幕開けである。
「えー、ではこれから……」
 元老院議長であるアイギルが始まりの言葉を言おうとした。
「ズバリ! 会議を始めるでしょう!」
 アイギルの言葉を遮る者があった。眼鏡をかけたイルバーニである。
イルは右の人差し指を立てて席を立ちあがっていた。
「ズバリです。ズバリ!」
 人差し指を軽く振って皇帝のほうを向く。
「あ……、とにかく会議を始めようか。アイギル議長、今日の議題はなんだ?」
 今日のイルはやはりおかしいと思いつつカイルは会議を進めた。
「えーっとですね。王宮をはじめハゥトッサ内のゴミの分別ができていないとの
問題が挙がっていますが……」
「そうか、ゴミか……」
 カイルが文末まで言い終わらないうちにイルが大声を上げて再び席を立った。
「ズーバーリー! ゴミ人類の第ニの資源でしょう! その資源を有効活用しないとは
ご先祖様に申しわけがたちません。赤字解消、財源確保、環境破壊への歯止めに
ゴミのリサイクルは関連します。ゴミをばかにするものはゴミに泣くです。
今すぐゴミの再利用の可決案を!」
 イルの声は大広間の隅々にまで響き渡った。
「イ、イル。お前のいうことはもっともだ。とにかく座れ」
 カイルはイルに着席を命ずる。
「わかりました。先生」
 素直に椅子に腰を下ろす。
「ではどのようにゴミの分別を……」
「ズーバーリー! ゴミの分別の基本は燃えるゴミと燃えないゴミでしょう!
燃えないゴミは更に、ビン、カン、ペットボトル、プラスチック、ビニール、発砲スチロールetc
に分けるべきでしょう! 燃えるゴミは生ごみと紙ゴミに分別し、新聞や雑誌類の分別も
忘れてはなりません!」
 カイルはしばし硬直。数秒後、ようやく言葉を発する。
「そ、そのとおりだな。でも、民衆にそれだけのゴミの分別を徹底させるのは
難しいぞ……」
「心配ご無用! このイル=バーニが次期元老院議長の座をかけて、
ハゥトッサ市民にゴミの分別を徹底させます! 見事、ゴミの分別をできたら
このイル=バーニに清き1票を!」
 シーン。
 静まり返る元老院会議。カイルも貴族も女官も、もちろん元議長であるアイギルが
度肝を抜かれたのは言うまでもない。
「きょ、今日は気が乗らないから、会議はおしまいにしようか……」
 カイルは青ざめて閉会を支持する。
「おや、もう終わりですか? では、閉会の言葉はこの私が……、
ズバリ! 今日の元老院会議はおしまいでしょう!」
 イルの言葉で幕を閉じた本日の元老院会議。
 大広間の陰で会議を見ていたユーリや3姉妹たちはイルに呆然とする。
「ちょっと、イル、今日はなんかおかしいよ。どうしちゃったの?」
「そうですわ。お体の具合でもお悪いのでは?」
「何か変な悪霊がとりついたのでは?」
 ユーリとハディと双子が心配してイルに言う。
 グルグル眼鏡をかけたイルはくるりとユーリたちの方を向く。
「ユーリさま、ズバリ! あなたはお転婆でしょう!」
 イルはユーリの顔の真正面を指さして言葉を投げつけた。
「は?」
 突然のことに末来のタワナアンナは口をО(オー)の字にする。
「ハディ、スバリ! あなたはしっかりしすぎているでしょう!」
「リュイ、シャラ、ズバリ! あなたたちは双子でしょう!」
 3姉妹も鳩が豆鉄砲をくらったようにポカンとする。
「ルサファ、ズバリ! あなたは片思いでしょう!」
「カッシュ、ズバリ! あなたはチョコレートの名前になっているでしょう!」
「ミッタンナムワ。ズバリ! あなたはハゲでしょう!」
 近くにいた3隊長にも次々に言ってまわった。3隊長の反応も、ユーリや3姉妹と
同じものである。
「皇帝陛下、ズバリ! あなたはスケベでしょう! 昔から思っていました」
「キックリ、ズバリ! あなたは糸目のそばかす男でしょう!」
 イルはスキップしながら宮殿をかけまわる。
「ズバリ、ズバリ、ズバリでしょう! 次期元老院議長は私のもの〜♪」
 皇帝陛下もその妃もその女官も側近も、フリーズしてしまった。
「ちょ、ちょっと、イル=バーニったらどうしちゃったの!」
 ユーリはカイルの腕を引っ張って問いかける。
「私にもわからない……」
 そこへハディが手に本をかかえて走ってきた。
「ユーリさまっ!」
「どうかした?」
 ハディは息をきらせてユーリに一冊の本を見せる。
「イル=バーニさまの寝室の枕の下にこんな本が置いてあったんです。
それでこれをちょっと見てください。ほら、この本の中の’丸尾くん’というキャラに
喋り方が似ていると思いませんか?」
「丸尾くん!」
 ユーリはハディの手にしている本を取った。
 本の名前はちびまり子ちゃん。ユーリが現代にいるときによく読んだ愛読書? である。
「これって、私の本。どうしてこれをイル=バーニが……」
「わかりません。この本の人物にとりつかれてしまったのでしょうか? だとしたら、
どうすればいいのでしょうか?」
「うーん」
 ユーリは顎に右手を添えて考える。
「この本で殴ってみようか!」
 ユーリの鶴の一声。
「そうだな。そうしてみよう。よし、私が殴るぞ! 日頃の恨み……じゃなかった。
まともなイルに戻るように願って!」
 ――パコン!
 カイルはちびまる子ちゃんのコミックスのカドで力いっぱい殴った。
「ハラヒレホレハレ」
 イルの頭上にお星様が飛ぶ。ついでにぐるぐる眼鏡も飛んだ。
 しばらくするとイルが目を覚ました。
「ん? 私はどうしたのでしょう? 皆さんお集まりでどうかなさったんですか?」
 イルはキョロキョロとする。もとどおりのイルであった。
「やった! 元に戻った!」
 ユーリやハディ、カイルは大喜び。
 楔形文字をはじめ、活字中毒症のイルは、読む本が尽きたためユーリの部屋にあった
まんが本に手をつけてしまった。ちびまる子ちゃんの中の丸尾くんに共感を覚え、
本と一緒に眠りに落ちてしまったら、どうもとりつかれてしまったらしい。
(無理矢理だな……かなりBYねね)
「とにかく元にもどって良かった」
 いつもの聡明なイルは自分のしたそそうに頭を下げた。
牛乳瓶の底のような眼鏡をかけて「ズバリ!」と言うより、髪をおろして恋歌でも
歌っていた方が人気があがるというものだ。とにかく元にもどってめでたしである。

 忘れてはならない人物がもう一人。
「へィ〜ベイベー。ユーリィ〜愛してるぜぇ〜」
 昨日の夜からずっと王宮の前で薔薇を持って踊っているラムセス。
「ヒデじい、ヒデじいはどこへいった?」
 彼にはなんと、ちびまる子ちゃんの’花輪くん’がとりついていたのである。
 いつも薔薇をもっているラムセスだから、花輪くんがとりついたのだと
誰も気づいてくれなかったのである。
 誰か……、ラムセスを殴って花輪くんを追い出してやってくれ……。



♪おわり