薔薇の森ホテル

霧の森ホテルと天河のミックスパロディ




「トルコとエジプトどっちに行こう……」 
 昼下がりの公園のベンチで独身OLのA子は悩んでいた。
今年の夏は10日間のまとまった休みが取れる予定なので、海外旅行の予定を立てていたのだ。
「10日間で両方行くのは無理よね。トルコに行くなら絶対にハットゥサやサフランボルまで行きたいし、
エジプトに行くならルクソールやアブシンベルまで行ってみたいから、どちらか一つの国しか
行けないなぁ〜」
 旅行会社のパンフレットをめくりながらため息をついた。
「みゃ〜みゃ〜」
 A子の足下で鳴き声がした。見るとかわいい猫たち3匹がA子のもとに集まっていた。
「あら、かわいい猫ちゃん。野良猫かしら?」
 3匹のうちの1匹の猫の喉をなでた。猫はゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうにする。
残りの2匹の打ちの1匹がベンチにあがってA子に近づいてきた。猫はパンフレットをのぞき込むように
見たと思うと、パンフレットに噛みついてA子の手から奪い取った。
「あ、待って!」
 パンフレットをくわえた猫は公園の出口へ向かってかけてゆく。残りの二匹の猫も続いた。
A子はバッグを持って猫を追いかけた。
「待って、待って猫ちゃん。パンフレット持っていかないで。ん…、あら霧?こんなに天気いいのに?」
 猫を追いかけていくうちにA子は霧に包まれていた。猫たちを見失わないように
追いかけていくと、1件の趣のある綺麗なホテルの前に着いた。猫たちはホテルの中に入っていく。
「ようこそ、薔薇の森ホテルへ。ご宿泊でいらっしゃいますか?」
 金髪で目鼻立ちの整った男性がA子を出迎えた。
「いいえ、今こちらに入ってきた猫ちゃんたちに旅行のパンフレットを持って行かれて
しまったの。猫ちゃんたちはどこに……」
 A子はホテルのロビーを見回した。
「本日ご宿泊予定のA子さまですね。ようこそ、薔薇の森ホテルへ。私は支配人のカイル=ムルシリでございます」
 金髪の美青年は軽く会釈した。笑顔が凛々しくてかっこいい。
「いえ、私は予約なんてしていません。猫ちゃんたちを追っただけで…」
 A子はとまどった。
「いいえ、A子さま。確かに宿泊のご予約を頂いております。ここは迷える者が辿り着く薔薇の森ホテル。
どうぞ、あなたの迷いがなくなるまでごゆっくりとおくつろぎ下さい」
 まだ少年といったほうが納得のいくスタッフがA子に説明をした。
彼の名はジュダといった。
「そんな、私は迷っていることや悩みなんてありません。平凡なOLです」
 A子は二人の美しい青年に向かって首を振った。
「そうでしょうか。先ほど猫が加えていたものは何だったんでしょうか?」
 カイルが尋ねた。
「あれは旅行会社のパンフレットで、今年の夏休みどこに行くか迷っていて…」
 カイルとジュダはニコリと笑顔を見せて頷いた。
「もしかして、迷える者って…トルコとエジプトどちらに行こうか迷っていることが
迷える者なの?」
「ええ、立派な悩みでしょう!」
 ジュダがいった。
「A子さまはトルコとエジプトのどの場所に行きたいとお考えですか?」
「ええと…トルコだったらイスタンブール、カッパドキア、ハットゥサ、サフランボルは外せないの。
エジプトだったら、ギザにアレキサンドリア、ルクソール、アブシンベルまで行ってみたいの。
どの都市も最低一日は観光したいから、10日のお休みで両国回るのは不可能だと思って…。
それで悩んでいるの」
「そうですか。それは不可能ですね」
 カイルの言葉にジュダが頷いた。
「A子さま。この薔薇の森ホテルに迷い込んだのも一つの縁。夏休みはトルコに行かれて
下さいませ。実は私たち二人はトルコ人なんです」
 カイルとジュダはさわやかなスマイルをA子に向けた。
「二人とも…トルコの方なの?」
「はい。トルコはいいところですよ。カッパドキアの奇岩群、ハットゥサの遺跡、サフランボルの町並み、
イスタンブールでは観光だけでなく、お買い物も楽しんでくださいませ」
 カイルがA子のもとに跪いて、手の甲にキスをした。
「お料理もおいしいですよ。トルコ料理は世界三大料理の一つですからね!」
 ジュダがやさしく笑いかけた。
「ええ、それならトルコに…」
 二人の美青年に酔ったA子の気持ちはすっかりトルコに傾いていた。
「ちょっとまった〜!」
 3人の背後から声がした。振り返ると、蜂蜜色の肌をした金髪の青年がたっていた。
口には一輪の薔薇をくわえている。年はカイルと同じくらいで、彼に負けないくらいの美青年だ。
「俺は庭師のラムセス。A子、トルコなんてやめとけ、エジプトのほうがいいぞ」
 ラムセスは加えていた薔薇をA子に差し出した。
「ラムセス、お客様のことを呼びつけにするのはあれほどやめろと言っているだろう。『さま』を
つけたまえ!」
 カイルが美しい顔をゆがませた。
「ふん! 二人してトルコばっかりすすめやがって。A子はエジプトに行くことだって
考えていたんだぞ。なあ、A子!」
 ラムセスはA子に近づいて突然A子の唇を奪った。A子は驚きのあまり目をまんまるにして呆然とする。
「A子、トルコなんてやめてエジプトにしろ、エジプトに。ギザのピラミッドはいいぞぉ〜。
ルクソールに行って俺の墓を拝んできてくれよ!」
「は、はぁ〜」
 ラムセスのキスにまだ呆然としているA子は生返事をする。
「ラムセス、汚いぞ! 清純な女性の唇を奪って心を惑わす手段は!」
「なんだと、ムルシリ! おまえだってさっきA子の手の甲にキスしてたじゃねえか!」
「あれはご挨拶の範囲内です」
「へんっ! そっちが挨拶ならこっちのキスだって挨拶さ」
「なんだと、ラムセス。きたないぞ!」
「きたないとはなんだ。きたないとは! じゃあ、もう決闘だな、ムルシリ!」
「よし、受けてたとうじゃないか!!」
「俺たちの決闘で勝った方の国にA子は行くというのはどうだ!」
「それは良い考えだな」
 カイルとラムセスはにらみ合ったと思うと、二人とも突然全裸になった。
「きゃー」
 A子の悲鳴。
「おやめ下さい〜。カイル兄上、ラムセスさん!」
 ジュダが必死に止めた。
「ジュダさん、いったいこれはどういうことなんですか?」
「申し訳ありません、A子さま。この二人、決闘というとすぐ裸になってしまうんです。
武器も衣服も何もつけずに戦うのが正当な決闘だと言ってきかないんです」
「そうなんですか…」
 A子はしばらく二人の対決を見ていたが、決着の着く目処もたたないし、美青年二人で盛り上がっている所に
邪魔するのも野暮だと思い、薔薇の森ホテルを出た。帰り際、ジュダが「申し訳ありません。お役に立てなくて」
と腰を低くして送ってくれた。
 A子は家に帰って早めに休むようにした。あのホテルは何だったんだろう?
カイル、ラムセス、ジュダ。3人ともすごく綺麗だったけど、同じくらい変だったと思う。変なホテルだった。
明日仕事帰りにもう一回薔薇の森ホテルに行ってみよう。もしかしたら決着がついているかもしれないし。
A子はクスリと笑いながら眠りについた。

 翌日。
 A子は仕事を早めに終わらせて猫につれられた薔薇の森ホテルのある場所までいった。
「霧でよくわからなかったけど、確かこのあたりだったはず…」
 薔薇の森ホテルはなかった。その場所には大手旅行会社である○TBの支店があった。
「○TB…薔薇の森ホテルがない。確かにこの場所だったのに…」
 A子は中をのぞいてみたが、昨日の豪華なホテルの内装とは全く違った。
「カイルさんもラムセスさんもジュダさんもいない。昨日のアレはなんだったんだろう?
新たなキャンペーン? それとも○TBの陰謀?」
 A子は○TBの支店の前で首をかしげた。


♪おわり