***天河版絵姿女房***


 むかしむかし……、どれくらい昔かというと紀元前13世紀くらい昔。
ある村にカイルという若者がおったそうな。
 このカイルのおかみさんは、たいそう可愛らしく、かしこいおかみさんだったそうで……、
カイルは一日中、おかみさんの顔ばっかり見て、全然働こうとしませんでした。
 おかみさんの名前はユーリ。ユーリは働かないカイルに困り果て、考えた末、
自分の顔をパピルスに描いて、カイルに渡してあげました。
「はい、これを持って畑を耕しに行って下さい」
 ユーリは自分の似顔絵をカイルに渡しました。
「ほー、これはよく描けておる。ユーリ、同人誌をやっていたことがあるな?
凄く上手だ。そっくりだ」
 この絵姿があれば、いつでもユーリと一緒です。カイルは次の日から、絵姿を懐にしまい
鍬を持って畑へ出掛けるようになりました。
 畑に着いたカイルは、ユーリの絵姿を懐から出し眺めてはちょっと働き……、
また眺めてはちょっと働くという…、仕事は全然はかどりません。
でも、何も働かないよりはマシだとユーリは思いました。
(嫌だな…ニタついているカイルって……笑)
 ある日のこと、いつものように畑でユーリの絵姿を見ていると……、
 ―――突然、ピューっと風が吹き、絵姿が天高く舞いあがってしまいました。
急いでカイルは追いかけましたが、絵姿はヒッタイトの城門を超え、赤い河を超え、
エジプトとの国境を超え、そのまた向こうのピラミッドを超え飛んで行ってしまいました。
 ―――絵姿が何処まで飛んで行ったかというと……。
 なんと! 花嫁募集中のエジプト屈指の将軍。ラムセスの元まで飛んでいってしまったのです。
 絵姿を見たラムセスは……、
「おお! 何という俺好みの女だ! この女を俺の后にする。すぐにこの女を連れて来い!」

 とうとうある日、ラムセスの兵が国境を超えてカイルの家にもやって来ました。
「見つけたぞ! 絵姿の女! 将軍がお前を后にすると言っておる。一緒に来るんだ」
「待ってくれ! ユーリは私の大切な妻だ! 連れて行かないでくれぇ〜」
 カイルは必死に抵抗しましたが、ユーリはラムセスの兵に連れて行かれてしまいました。
「カイル……、ここにあるナツメの実の種を植えて、実がなったらハチミツ漬けにして
お城に売りに来てください。3年たったらきっとですよ……」
 ユーリはそう言い残し行ってしまいました……。
 あれほど愛していたユーリを連れて行かれたカイルは、もう何もする気力がありません。
畑に行っても、出るのはため息ばかり……。
 ところがある日、カイルは最後にユーリの残して行ったナツメの実の種のことを思い出しました。
カイルは畑に行って種を蒔くと、トボトボとまた家に帰って行きました。
 ―――やがて、
 雪の降る冬が過ぎ……、桜の舞う春が訪れ……、河のせせらぎが涼しく感じられる
夏がやってきて……、山々が赤や黄色に色づく秋がめぐり……。
 ―――3年目の夏。やっとのことでナツメの実がなりました。
カイルはユーリに言われたとおり、ナツメをハチミツ漬けにして、背中に籠を背負い、
お城へ売りに行きました。
 ちょうどその頃、3年間どんな面白いことがあっても一度も笑うことのないユーリに
ラムセスは困り果てていました。
 ミッタンナムワのへそ踊りにも、キックリの皿回し芸にも、イル=バーニの髪を下ろした
女装姿にも全く笑おうとはしませんでした。
「なんとかユーリを笑わす良い知恵はないものか……」
 ラムセスはユーリの笑顔を見たくて仕方ありませんでした。
 ―――そのときです。
「ナツメやぁ〜、ナツメのハチミツ漬けはいらんかねぇ〜。
おいしく、あまーいナツメのハチミツ漬けだよ〜」
 ユーリはカイルの声にピクッと反応しました。
 するとユーリの頬はほころび始め、声をあげて、楽しそうに笑い出したのです。
 ラムセスは大喜び。早速、ナツメ売りであるカイルをお城に呼び寄せました。
「これ、ナツメ売り。もう一度ナツメ売りをここでやってみい!」
「はい……ラムセス様……」
 カイルは大声を張り上げて……、
「ナツメやぁ〜、ナツメのハチミツ漬けはいらんかねぇ〜。
おいしく、あまーいナツメのハチミツ漬けだよ〜」
 ユーリは嬉しそうに、ニコニコまた笑い出しました。
「ほう、ユーリそんなに楽しいか!」
 ラムセスは大喜びです。
「はい、ラムセス様。私、薔薇よりもナツメのほうがずっと好きなんです。おーほほほ」
 ユーリの言うとおり、お城はラムセスのシンボルの薔薇だらけでした。
それを聞いたラムセスは、カイルのナツメ売りの衣装と、自分の着物をとりかえっこして
もっとユーリを喜ばせようとしました。
「ナツメやぁ〜、ナツメのハチミツ漬けはいらんかねぇ〜。
おいしく、あまーいナツメのハチミツ漬けだよ〜」
 ラムセスも大声でナツメ売りをしました。
 ユーリはまた、高い声をあげて笑いました。もう大笑いです。
 調子に乗ったラムセスはそのままお城の外に飛び出してしまいました。
「ナツメやぁ〜、ナツメのハチミツ漬けはいらんかねぇ〜。
おいしく、あまーいナツメのハチミツ漬けだよ〜」
 お城の外から、ラムセスの声が高く響いていました。

 さて、ラムセスがいなくなると、カイルとユーリは抱き合って再会を喜びました。
カイルの目にもユーリの目にも涙が浮かんでいます。
 3年ぶりの再会です。
 一方、ラムセスは……。ナツメ売りの格好に気が済むと、暫くして、お城に戻りました。
外に出たついでに、泥遊びをしてしまったラムセスの姿は決して綺麗とは言えません。
「これ、門番! 門をあけい!」
 門番には、この汚らしいナツメ売りがラムセスだとは思ってもみません。
「なんだと? ナツメ売りの分際で!」
 ラムセスは門番にポカポカ殴られ、門の中には入れてもらえませんでした。

 ―――こうして、カイルとユーリはラムセスのお城で幸せに暮らしました。
 ラムセスはどうしたかって? ラムセスはもう2度とお城には戻ることが出来ず、
毎日、毎日、絵姿女房を見て、一人寂しく暮らしていましたとさ……。

教訓;人のものは取るべからず!


                             参考;堂音社 カラー絵本第9巻 絵姿女房



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