ヒッタイト最新流行事情
BYまゆねこ



 ネフェルトがルサファを追ってヒッタイトにやって来て以来、
宮廷では彼女の噂で持ちきりであった。
「おい! あのエジプト娘、近衛副長官に夜這いをかけたらしいぞ!」
 と早くもヒッタイト軍兵士の間でスキャンダルは広まりつつあった。
 が、それにも増して目を引くのは彼女のファッションである。
 何せエジプトで最新流行のファッションを身につけて歩くので女性達はもちろん
のこと、男達の目も引きつけてやまなかった。
彼女の身につけている最新のファッションとは? もちろん胸だしドレスである。
「きゃあ! あのスケスケな素材素敵! あたくしも欲しいわ」
「エジプトでは薔薇模様のドレスが流行ってますの? ぜひわたくしも1着!」
 流行とおしゃれに敏感な若い貴族の娘達が飛びつかないはずはなかった。

 もちろんネフェルトはエジプトでも裕福なラムセス家の娘だから
専属のデザイナーとスタイリストを一緒に同行させていた。彼らはもちろん
ヒッタイト貴族の娘達からの問い合わせを多く受け一躍脚光を浴びていた。
「これが今のエジプトの最新の流行色ナイル川の色のドレスです。
きれいでしょう? もちろん透ける素材で作ってあります」
「ピンクの薔薇色ドレスはいかがです。これを着て彼とデートすれば上手くいくこと
間違いなしですぞ!」
 こうして胸だしドレスはヒッタイト宮廷に一気に広まっていった。

 この様子を見て苦々しく思っている人物が2人いた。
1人は今をときめくヒッタイト皇帝の側室、近いうちに正妃となる予定の
ユーリ・イシュタルその人である。
「ネフェルト! 何でこんな恥ずかしいドレスをヒッタイトで流行らせるのよ!
おかげでヒッタイトの若い娘は猫も杓子も胸だしドレスなんか着ちゃって!
あれだけは恥ずかしいから絶対あたしはエジプトから持ち帰らなかったのに〜」
 ユーリが言うとネフェルトは反論した。
「何言ってんのユーリ! あなたあんなにエジプトファッション似合ってたじゃない!
絶対胸だしドレス着てあなたの皇帝に迫りなさいよ!絶対悩殺間違いなしだってば!」
「あたしは露出狂じゃないんだからね! それにあんな服あたしの側近のハディや
双子たちだって着ないってば!」
 ところがそう言うユーリの目の前に流行の胸だしドレスに身を
包んだハディと双子達がやって来た。
「ちょっとあんた達! その格好は何?」
「え〜とユーリ様! 私たちもちょっと流行の服が欲しいかななんて思いまして」
 ハディがちょっと恥ずかしそうに言った。
「だってユーリ様! 私今なら胸でかいから、この服着られるんですよ。
キックリだって喜ぶし!」
 と現在妊娠中のシャラが言った。
「ねえユーリ! みんなそう言うでしょ? 絶対着なさいってば!」
 そう言ってドレスを勧めるハディにユーリは『カイルは絶対あんな服は好まない』
と言ってガンとして拒否した。しかしユーリの本音は『胸のないあたしがあんな服
絶対着れるわけないじゃない! ナイスバディのネフェルトならともかく!』
という所であった。女心は複雑である。

 さて、もう1人胸だしドレスに反対なのはヒッタイト皇帝カイルであった。
「最近エジプトの流行とか言って娘達の間に胸だしドレスが流行っているが、あれ
は著しく風紀を乱すと思わないか? イル・バーニ」
「御意にてございます」
 カイルの有能な側近は顔色ひとつ変えずに言った。
「あんな物を着て女性の胸を公衆の面前にさらすとは…あれでは女性達の夫や恋人達が
いい笑い物ではないか! 私もユーリがあんな物を着たらと思うと、はらわたが煮えくりたつ」
「結局のところはそれが言いたいわけか!」
 イルは密かにつぶやいた。
「何か言ったか? イル。とにかくそういうわけだから、明日にでもさっそく禁止令を
宮廷内と国中に出すように!」
「ははっ!さっそくに」

 ところがカイルが手を打つより事態はずっと早く進行していた。
その晩ヒッタイト皇帝主催の晩餐会が開かれたのだが、何と出席者の女性が
みんな胸だしドレスだったのである。
「おい! これは何だ? 流行ってるとは聞いていたがここまでとは聞いてなかったぞ。
イル、これを何とかしろ!」
 カイルはびっくりしてイル・バーニに命令した。
「とは申しましても…世のご婦人方の反感を買うには今は得策ではないかと存じます」
 イルもそう答えるばかりであった。
 びっくりしているのは、もう1人いた。
「ちょっと! なにようこれ? こんなに胸だしドレスばっかりじゃ
普通のドレス着ているあたしの方がかえって恥ずかしいじゃない」
 確かに今夜の女性達はみんなトップレスのドレスばかり! 
赤信号みんなで渡れば怖くない! と同じようにこれでは胸を出してない方が恥ずかしい。
「ユーリ様今からでもお召し替えなさいますか? 幸いネフェルト様が
贈ってくださったドレスが1着あるのですが…」
「仕方ないわね。そうしようかしら? じゃあカイルにちょっと断ってくるから」
 そう言ってユーリがカイルの側に行った時、彼女を呼び止める者がいた。
「ユーリ! それから皇帝陛下! ここにいらしたのね?」
 見ると、胸だしドレスの原点ネフェルトがそこにいた。
胸だしドレスは更にパワーアップしている。スケスケのピンクのドレス!
そのドレスの上にはこぼれんばかりのナイスバディがあふれかえっている。
見事な巨乳! 太ももまでスリットのはいったスカート!
そこから長くてきれいな彼女の足がのぞいていた。
「おお! 見事だ。DカップいやEカップはいくかな? やっぱり女はナイスバディ…」
 カイルは思わず呟いて生唾を飲み込んでしまった。その言葉をユーリは漏らさず
聞いてしまったからたまらない。次の瞬間にはカイルを蹴飛ばしていた。
「何よ! カイル鼻の下なんか伸ばしちゃって! スケベなんだから!
いいわよ、あたしカイル以外の男の人には胸は見せないって決めてたのに見てらっしゃい!
ハディ行くわよ! 絶対着替えて他の男の人悩殺してやるんだからキィィィ」
 もうユーリはカンカンに怒ってハディに命令した。
「お姉さま! 嬉しい遂に決心したのね? 待って私も着替えてくるわ〜」
 ユーリの後を追って何を勘違いしたのかアレキサンドラ王女まで便乗する気らしい。
「お互い女房には苦労するようだな…」
 カイルは弟のジュダの肩に手を置くとしみじみ呟いた。

「ちょっと何よこれ〜」
 支度部屋ではユーリがハディに文句を言っていた。どうやらドレスが気に入らないらしい。
「ですが、ネフェルト姫から贈られたドレスはこれ1着しかございませんので…」
「もっと地味なドレスがあったはずよ! エジプトであたしが着たあのドレスが!」
「あれはユーリ様が恥ずかしいとおっしゃってエジプトに置いてきてしまわれたじゃないですか!」
ハディもすっかり困り果てていた。
「いいわもう! これで出るから!」
 ユーリは仕方なく衣擦れの音をたてて広間へ出て行った。

「おお! イシュタル様のお出ましじゃ!」
 広間では歓声があがった。ユーリ・イシュタル」が真紅のドレスに身を包み同色の
真っ赤な薔薇飾りをつけて入場してきたからだ。他の者には派手かとも思われた
 ドレスだが黒髪黒眼のユーリが着ると不思議と落ち着いて見えた。
「ユーリ! ちょっと派手で私の趣味じゃないが…それにしても、よく似合っているよ」
 すかさずエスコートに行ったカイルが言った。
 と、その時である。
「ムルシリ2世! ちょっと待ったぁ!」
 派手な煙幕とともに1人の男が広間に現れた。真紅のマントに身を包みこれまた
お揃いの仮面をつけている。背後では、やはり真紅の仮面をつけて背後に
赤い薔薇をまいている従者を従えている。
「聞き覚えのあるその声! お前はもしや…」
 カイルはわなわなと震えながら言った。
「タキシード仮面かあ?」
 思わず周りじゅうがガクッとする中で男はマントと仮面をはずした。
上半身は裸で真っ赤な腰巻きをつけ派手なアクセサリーをジャラジャラと身にまとっている。
襟元にはなぜか蝶ネクタイ! これだけ派手な男はこいつしかいない!
「ウセル・ラムセス参上だ! 言われて飛び出てジャジャジャジャーンじゃないが
このままお前とユーリを結婚させるわけにはいかん! この場で雌雄を決してやろう!
もちろん俺が雄になるのだ!」
「望むところだ! ラムセス! この場で決着をつけてやろう!」
 カイルも、応じて2人は剣を持って闘いを始めたので会場は大騒ぎになった。
もちろんパーティどころではない!
「きゃああ兄様! がんばってえ!」
「わあ格好いい! 1人の女を巡ってエジプトとヒッタイトの決闘なんてロマンチック!
お姉さま素敵ねえ?」
 騒ぎをよそにネフェルトとアレキサンドラのミーハーな女達はきゃあきゃあ言っていた。
「もう、どうしてこうなるのよ? パーティには新ミタンニ王国やアルザワ皇太子も来て
いるのに…ヒッタイトの恥じゃない! いいかげんにしてよ! カイル、ラムセス!」
 まだまだヒッタイト次期正妃の悩みは続くようである。

                              〜終わり〜



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