オリエント兄弟  ゴージャス登場編
BYえーげる

ある朝のことである。
車体にキリンやらゾウやらの絵の描かれた一台のバスが街中を走っていた。
ときどき明るい歓声がもれ聞こえるそれは「なかよし幼稚園」のバスである。
「みんな、おはようっ! 元気かな〜」
 ピンクにヒヨコのアップリケのついたエプロン姿で、ユーリ先生がにこやかにあいさつする。
「せんせい、おはようございますー」
 にぎやかな子供たちの声。
「さあ、きょうはなんの歌をうたおうかなー」
「バスのうたー」
 いきおいよく数本の腕がつきだされた。
「バスのうたでいいですかあ?」
「はーいっ!!」
「じゃあ、うたいますよお、さんはいっ!」
「ひーっひっひっひ」
 タクトを振ろうとしていたユーリが、不気味なエコーつきの笑い声に振り返る。
「だ、だれっ!?」
 運転席からマイクを口元に押し当てて運転手が立ち上がった。
立ち上がりながらも、器用に片足でハンドルを動かしている。
「あなたは、いつもの運転手さんじゃないわね!?」
「いかにもっ、このバスはジャックされたあああ!!」
 前方に座っていた園児がバサリとスモックを脱ぎ捨てた。
変装していたので気がつかなかったが、それはじゃらじゃらアクセサリーと
黒革のボンテージ系ファッションに身を包んだナッキーだったのだ。
「ナキア皇太后! すると運転手は!?」
 もちろんウルヒだ。ウルヒも運転手の制服を脱ぐ。
下からは胸に「悪」マークの光る総タイツが現れた。足下は、黒のゴム長である。
「ひょひょー」
 いかにも下っ端スーツのウルヒはそれしかセリフが言えないらしい。
「このバスの園児どもを洗脳して、わたくしの帝国で働かすのじゃ」
 ナキアは立派な胸を張った。悪の女幹部おやくそく風衣装の胸元がきつそうだ。
「光栄に思うがよいぞ」
「ちょっと、いったいなにを…」
 ユーリが言いかけたとき、後部座席に座っていたケンタくんが立ち上がった。
「せんせー、このひと、化粧が濃いよお」
「こらっ、ケンタくん、他人を指さしちゃいけません」
「それに、なんだか服のせんすもいまいちよね」
 こんどはエリカちゃんが言う。エリカちゃんは「なかよし幼稚園」の
ファッションリーダーを自認しているだけあって、今日も髪に結んだリボンと靴下の色を
コーディネイトしている。
「エ、エリカちゃんっ」
「おのれガキどもめええ」
 実はこの服は自分でもいけてないのではないかと内心思っていたナキアはわなわな震えた。
 サブマシンガンMAC11(量産型ローコスト)を取り出すと叫んだ。
「洗脳するまでもないわ、今すぐ血祭りに上げてくれるわ!!」
 きゃああ、悲鳴があがり皆はシートの後ろに身を縮めた。
 そのとき。
 ぼろろん♪
 弦の音が響いた。
「おっといけねえ、幼稚園バスを襲うとは極悪非道」
「子供は、将来の納税者。大事にしなけりゃ老後が不安」
「何者!?」
 ひらりひらりと、赤や白の花びらが舞うと、狭い荷物棚の上からなにやらわさわさしたものが
くねり落ちた。わさわさしたものはじつは人間で、起きあがりポーズをとる。
「天が呼んだか、地が招いたか」
「この世に悪と不正があるかぎり」
「かならずあらわれ喝采浴びる」
「ゴージャス、オリエント兄弟!」
 長いあいだ荷物棚に押し込まれていたかのように、ポーズを取る二人の頬には網目模様が
はいっていたが、それでもなかなか美形であった。数人の女の子から歓声がとぶ。
「世界の薔薇は俺のために咲く…オリエント兄、ウセル・ラムセス!!」
 声援の方に薔薇の花を投げながら「兄」が流し目をくれる。
「世界の百合はわたしのために香る…オリエント弟、カイル・ムルシリ!!」
 そのまま、すっと片膝をつき、百合の花をひとりの園児(5才)に捧げる「弟」。
 バスの中は黄色い歓声で満たされた。兄の背には深紅の薔薇が、
弟の背には純白の百合が、宝塚フィナーレでトップスターの背負う羽根のように揺れている。
ちなみに二人ともビキニパンツ一丁である。
「うぬう、邪魔だてするかっ!」
「ひょひょー(そうだっ!)」
 気色ばんだナキアの前でちっちっとラムセスは指をふった。
「まあ、そう慌てるな。まずは『オリエント兄弟のテーマ』を歌ってからだ。
ムルシリ!マイクの用意をしろ!」
「……なぜ、わたしがお前に使われなければならんのだ」
「なんだ、機嫌が悪いな。そうか、『オリエント兄弟のテーマ』には
お前のソロパートがないからか? それなら安心しろ、エンディングテーマの方には
間奏でセリフがあるぞ」
「セリフならお前もあるだろう。だまされんぞ。わたしのセリフは2番の後だ。
通常の放送では1番しか流されないはず、どう考えてもお前の方が目立つ」
「実力のある方がリーダーだ、当然だろう」
 なんだと!!
 はやくも仲間割れをおこした二人の前でナキアは腹立たしげにウルヒを振りかえる。
「つきあってはおれん! 帰る!!」
「ひょひょー(えっ、どうしてです)」
「ガキどもに年増などとはいわせん(誰も言っていない)帰ってパックだ」
「ひょひょー(あっ、ナキアさま待って下さいよ〜)」
 悪役二人はどかどかとバスを降りていってしまった。
「なんか、よくわからないけど……お礼言った方がいいのかな…ありがとう」
 まだ口論を続けているオリエント兄弟にユーリが声をかけると、ラムセスがくるりと向き直った。
「あんたの役に立てて嬉しいね。礼には、デートってのはどうだ?」
 バサリと空中から薔薇の花束を取り出す。ゼンジー北京のようだ。
(注 ゼンジー北京=中国は岡山生まれの手品師。関西を拠点に活躍)
「えっ、デート」
 目を白黒させながらユーリは花束を受け取る。先生、やったあ、と声がわく。
「デートにはどんなかっこうで来る? 今日のピンクのエプロンも似合っているから
…そうだな、素肌にエプロンってのは」
 バキッッ!!
 骨の一つも砕けたんじゃないかい、という音をさせてラムセスが吹っ飛んだ。
びらびらと舞う薔薇の花びらの中でカイルが怒りに震えている。
「わたしのユーリにそんなかっこうをさせることは許さん。素肌にエプロンだと、素…肌……」
 想像したのか、ちょっとにやける。
「へっ、お前も嫌いじゃないだろう?」
 鼻血をぬぐいながらラムセスが起きあがった。
「しかし! 素肌にエプロンのユーリとデートできるのは一人だけだ!
ムルシリっ! 勝負だっ!」
 どっちとも、そんなことする気はないわよっとあせるユーリをしり目にカイルも負けず叫ぶ。
「いいだろうっ! おもてに出ろっ!!」
 勢いよくおもてに飛び出した二人の後、ユーリはあわててドアをロックする。
「え〜? ユーリ先生どーしてー?」
「いけません。あんなひとたちとつき合っていたら、アホがうつります」
「でも、オリエント兄ってけっこうイケてるとおもうのよね」
 ひとみちゃんがいう。
「それに金のビキニパンツもいい線いってるよね」
 エリカちゃんが言うならそうなんだろうと、園児たちはうなずく。
「わたしてきにはー、ビキニとすはエプ(素肌にエプロンの略)って、
ビジュアル的にオッケーだなって思うわけ」
「ぼく、『オリエント兄弟のテーマ』欲しいな」
「もおーみんな出発するよー遅刻しちゃう」
 ユーリはハンドルを握った。
「えー? ユーリ先生、バス運転できるんだ、すっご〜い」
 …本当は免許持ってないけどね、まあいいか。

 走り去ったバスに気づかず、ユニット解散の危機を迎えたオリエント兄弟は対峙する。
「こい、ムルシリ! 薔薇勝負だ!!」(どんな勝負だ?)
「そんなお前にだけ有利な勝負に応じられるかっ!」(だからどんな勝負なんだ?)

おわり

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