***マッチ売りの将軍***
「マッチ、マッチはいらんかねぇ〜」
腰巻一つに頭にネネス(頭巾)をかぶった薔薇好きのエジプト人は
ヒッタイトの首都ハゥトッサの大通りでマッチを売っていた。
上半身裸の蜂蜜色の肌に冷たい木枯らしが容赦なく吹きつける。
逞しく割れた腹筋に、寒さの微粒子が細かく入り込むかのようだった。
「くっそー、寒いぜ! マッチは全然売れないし……」
それもそのはずである。オッドアイには空から落ちてきた真っ白な雪が映った。
ラムセスは天を見上げた。白く高い高い空から降ってくる雪は、まるで無数の純白の妖精が
降りてくるかのようだった。蜂蜜色の肌に舞い降りた妖精は、美しい視覚とは裏腹に
冷たい彼の体から容赦なく体温を奪っていった。
「雪か……、どうしようか。マッチの売れないまま王宮に帰るとホレムヘブ王が
怒るんだよな」
真っ白なため息をついた。ネフェルティティ王太后の贅沢三昧、浪費生活のため、
エジプト王宮の財政は火の車であった。将軍の地位であるラムセスも、他国へ行って
隠れてマッチ売りしなければやっていけないほどの財政難であったのだ。(ホントか……?)
マッチは売れる気配を見せないし、あまり寒かったのでラムセスは一度王宮に帰ることにした。
「なんだと? マッチを売り残して帰ってきた? けしからん! 全部売ってこい!」
ホレムヘブの雷が金髪の頭に落ちた。
ラムセスはマッチの入った籠を持って再び町へ出る。
足どりは重い。先刻から降り始めた雪が積もりつつある。積もり始めた雪の冷たさが
彼の裸足の足の裏を伝わり心臓まで響くかのようだった。
金髪の頭にも、オッドアイを隠すほどの長いまつげにも雪が積もり始めた。
ラムセスは寒さの限界であった。辺りはいつのまにか暗くなり、ハゥトッサの大通りに並ぶ家からは
暖かい光と楽しそうな声が漏れていた。
そういえば今日はクリスマスである。何気なくラムセスは明かりの漏れている大きな家の
窓を覗いた。
標識にはムルシリ2世と書いてあった。ラムセス好みの黒髪の少女と、ラムセス好みの
三人の女官と、ラムセス不好みの金髪の青い瞳をした凛々しい男と、ラムセスが是非とも部下に
欲しいと思われる有能な3隊長と、ラムセスの左頭脳となって欲しいと望む切れ長の目の男と、
小間使いにちょうど良さそうなそばかすの男が家の中にはいた。
楽しそうにクリスマスのお祝いをしているのだ。
「くっそー、楽しそうだな! なんで紀元前生まれのくせに
クリスマスのお祝いなんてしてるんだよっ!」
暖かそうなムルシリ一家に腹がたった。
「それにしても寒いな。ちょっと売り物のマッチで暖まろう」
ラムセスは籠から一本マッチを取り出し、シュッと火をつけた。
ほのかなあ明かりは一瞬ラムセスを暖めた。
「あー、やはりすぐに消えてしまうか。もう一本」
暖まりたいがため、もう一本マッチを使った。
だが、ラムセスの暖まるための炎はすぐに消えてしまう。
「アハハハハ」
ムルシリ一家には笑顔と笑い声が絶えなかった。
「俺もうまいもの食って暖まりたい……」
暖かそうなムルシリ一家を外から見つめ呟く。
次の瞬間、ラムセスは売り物のマッチを見つめ、はっとした。
「そうだ! これだ!」
シュッと何本かマッチをつけた。
そして……
炎をムルシリ一家の家に近づけたのである。
炎はみるみる燃え移り、木でできていたムルシリの家はパチパチと音をたてて燃え出した。
「きゃああああ、煙よー!」
家の中から叫び声が聞こえる。
燃えつづける炎をうっとりとオッドアイは見つめる。
「ああ、あったかい……」
ラムセスはボソッと呟いた。
こうしてラムセスは売り物のマッチで放火することにより、寒さを凌いだのでありました。
以後、ラムセスは放火の現行犯として、ヒッタイト警察署に捕まったのでありました。
―――放火魔ラムセス、火あぶりなり!
♪おわり