***はれときどきばら***

前編  後編


<前編>

 私はキックリ。ヒッタイト皇帝カイル=ムルシリ陛下の側近である。
誰だ? カイル陛下の小間使い、引きたて役だなんていう奴は?
そんなことを言う奴には、そばかす仲間のキャンディ姉さんに言いつけてやる!(意味不明)
 突然だけど、今日から日記をつけることにした。ヒッタイトの国政や政治についての
日記ではない。そういうことは書記であるイル=バーニ様が、すべてやってくれる。
日常生活での感じたことや、思ったことを率直に書く、自分だけの日記である。


○月△日 くもり

 リュとシャラに用があり、王宮内を探していると、ユーリ様の部屋から、
3姉妹の笑い声が聞こえてきた。
(ここにいるんだ)
 と思い、失礼しますのノックと共にユーリ様の部屋に入った。
 すると、3姉妹が笑っていたことが納得できた。
 20世紀の人気アニメ、「名探偵コナン」のコナンのものまねを
ユーリ様がやっていたのだ。
『名探偵コナン! 次回をお楽しみにっ!』(←コナン調で読んでください)
 そっくりだった! 喋り方といい、声といい! コナンそのものだ!
3姉妹たちが笑い転げるのも無理はない。
「カイルには、コナンのものまねのこと内緒よ♪」
 そう念をおされ、私はユーリ様の部屋を出た。
 ものまねができるっていいなぁ、私は何もできないや……。
そう思いつつも、美川憲一のものまねをしてみた。
「もっとはじっこ通りなさいよっ!」
 ……似てない。



 数日後。
「キックリのバカ!」
 バシン! ユーリ様に頬を殴られた。
「ど、どうしたんですか? 何ごとです?」
 もみじの模様をついた左頬を左手でなでながら、怒りの炎の沸き立っている
黒い瞳を見た。
「コナンのものまねのこと、カイルに話したでしょ! カイルったら、
ものまねやれやれって私にうるさいのよっ!」
 普段はやさしいユーリ様だが、一度沸点に達してしまうと、なかなか温度が
下がらない。プンプンと黒い髪からは湯気がでているかのようだった。
「わ、私は何も……。確かにコナン君のものまねはお上手だと思いましたが
誰にも言っていません!」
「じゃあ、何でカイルがものまねのこと知っているのよっ! 3姉妹たちが
言うわけないし、キックリしかいないのよっ!」
「まったく、皇帝陛下第一の側近のくせに、口が軽いなんてとんでもないわ!」
 3姉妹の長女ハディが、軽蔑のまなざしで見つめる。
「本当に、妻として恥ずかしいわ!」
 双子もおしゃべりな夫に愛想を尽かしているようだ。
「GWのコナンのロードショー、一緒に連れていってやんないからっ!」
 ユーリはプイっとそっぽを向いてしまった。
「私は誰にも話していないですー! コナンの映画一緒似連れていってくださーい!」
 そうは叫ぶのも虚しく、ユーリと3姉妹は沸点に達したまま、行ってしまった。
「私は本当に誰にも言っていないのに……」
 呆然とするキックリであった。



○月×日 曇りときどき雨

 今日は天気がよくない。午前中は泣き出しそになるのをなんとかこらえていた空で
あったが、午後からは我慢できなくなったのか? シトシトと天から大粒の
涙が降ってきた。
「とうとう降ってきたか……」
 窓から雨の空をしばらくみつめていると、
「キックリ!」
 とヒステリックに叫ぶ声が聞こえた。声の主は我が妻である。
リュイかシャラかは、声だけではわからない。ふりかえると……。
 多分リュイだろうと思われる片割れが、まゆげをツンと吊り上げて近寄ってきた。
「雨が降ったのなら洗濯物くらいとりこんでよっ!」
「あ……、ごめん」
「まったく! せっかく乾いた服がビジョビジョになっちゃうじゃない!」
「ビジョビジョ? 美女美女? リュイは美人だから……」
「ふん!」
 リュイは鼻を鳴らすと、私のナイスな冗談に耳を傾けずに行ってしまった。
「ぁ……、今のシャレつまらなかったのかな……」
 私の心は空と同じ天気模様となった。



 次の日。すばらしい快晴。
「おい、キックリ。今日は晴れてよかったな? 昨日はちゃんと洗濯物とりこんだか?」
 キックリの主であるカイルは、雲一つない空に負けない笑顔で
キックリに話しかけた。
「ええ、はい……」
 何で洗濯物の事を知っているのだろう? キックリは不思議に思った。
「それはよかった。それにしてもビジョビジョ、美女美女のギャグはつまらないぞ。
ヒヒヒヒヒ」
 皇帝陛下らしくない、嫌みったらしい笑いをキックリに向かって浮かべた。
「あんなダジャレ言っているようでは、2人の妻のご機嫌をとるのは
むずかしいんじゃないか?」
「は、はぁ〜」
 生返事を金髪の皇帝に向かって返す。
「今度はキックリの美川憲一のものまねも見たいなぁ。
じゃあ、次回も楽しみにしているぞ!」
 カイルは言うだけ言うと、キックリの前から去ってしまった。
「次回…楽しみってなんだろう? それにどうして、洗濯物の事を知っているんだ?
ビジョビジョのシャレまで……。私は誰にも話してはいないのに……」
 リュイから洗濯物のことで文句を言われたときに、回りには誰もいなかった。
リュイと2人っきりだったのだ。
「先日のユーリのコナンのものまねのことといい、洗濯物のことといい、
誰にも話しているはずはないのに、どうしてユーリ様もカイル様も
ご存知なんであろう?」
 キックリは考える人のポーズでしばらく考えた。
「それに! 何故、カイル様が美川憲一のものまねまで知っているんだ!
あれは誰にも見られていないはず……! まさか!」
 キックリは自分の部屋に走って行った。
(まさか! 人民のお手本となるべき皇帝陛下が、私の日記を盗み見しているのでは?
ヤバイ! 今日も日記を書いてしまったのだ! 見られてしまう!)
 キックリはバン! と勢いよく自室のドアを開けた。
 カイルは、キックリの勉強机に座っていた。
 キックリの日記帳を読んでいたのである。



○月□日 晴れ

 今日はいい天気だ。昨日と違い、空も明るい。
サンサンと太陽が私の部屋に降り注いでいる。
何気なく鏡を見た。そうしたら、20個だったはずのそばかすが、
21個に増えていた。
 ……紫外線はお肌の敵だっ!



「ククククク。そばかすの一つや二つ……」
 カイルは声を殺して笑っていた。
「カーイールーさーまー」
 うらめしやーの口調でキックリは言った。
 くるりと振り向くカイル。少しはっとした表情。
「おっ、もうすぐ元老院会議の時間だ!」
 腕時計をみる仕草をして何事もなかったようにカイルは部屋を
出ていった。だいたいこの時代に何で腕時計があるのだ!
「ひ……、ひどい! いくら皇帝陛下だからって、国で一番権力があるからといって、
やっていいことと悪いことがある。こうなったらー!」
 キックリは悔しさと恥ずかしさの入り混じった心である企みを考えついた。


<後編>


「神様、仏様、アラー様、テシュプ様、サージャリム様(ぼくの地球を守って参照・爆)。
人の日記を盗み見るような皇帝が存在してよいのでしょうか?
皇帝陛下の側近として忠誠を尽くしてきたのに、あのようなことはあんまりです。
陛下のような邪心を持つものには天罰を。私のような素直な純粋な心を持つものには
天からのお恵みをください」
 20個のそばかすを頬に持つ皇帝側近は、自室の北向きの小さな窓から、
夜空に輝く三日月に向かって願い事をした。
「また明日も陛下は私の日記を見るんだろうなぁ……、そうだっ!
どうせ見られるなら、朝一番に当日日記を書こう! その日一日に起こることを
デタラメに書く近未来日記だ! 見てろぉ〜、カイル=ムルシリ!」
 ご主人のことを呼びつけにしている侍従。キックリの怒りは相当深いようである。
 次の朝、ベッドから起きるや否や、キックリは日記をつけるため机に向かった。
いつもは糸のように細い目だったが、今日は少女まんがの主人公のように
見開いている。真剣そのものだった。


○月☆日 くもり
 次期元老院議長候補でもあられるイル=バーニ様のお顔を
見たら、なんと! 鼻毛が伸びていた。伸びすぎて鼻毛がそのままヒゲと
なっていた。イル=バーニ様曰く、
「古代ヒッタイトといえども、最近、大気汚染がひどい。
汚い空気を毎日吸っていたため、鼻毛がこーんなに伸びてしまった!」
 ヒッタイト一の知識人、または天河ラーメンマンと呼ばれる書記官は
『フーーー!』と荒い息を鼻から出した。
「鼻毛もヒゲも顔の一部だ。わはっはっは!」
 イルバーニ様はご機嫌であった。




「よし! これを見たらカイル様驚くぞー!」
 キックリはなんだかワクワクした。

 日記を書いたあと、いつもどおり朝の仕事にとりかかった。
ボケナス皇帝陛下を起こしに行き、着替えさせ、朝食をとらせるのだ。
今日は元老院会議もある、書類の整理に会議場の整頓、キックリは大忙しであった。
会議前に、イルに確認してもらいたい書類があったので、イルの部屋にまで足を運んだ。
「イル=バーニ様、書類のことでちょっと……」
 コンコンのノックと同時にイルの部屋のドアに向かって話しかける。
「ああ、キックリか」
 声とともに『ガチャリ』と、ドアが開く。
「…………!」
 20個のそばかすは言葉を失った。イル=バーニ様にヒゲが生えていたのだ!
ただのヒゲならいいのだが、よく見ると日記に書いたように鼻毛が伸びすぎてヒゲに
なっていたのだった。
「イ、イル=バーニさま……」
 キックリが呆気にとられていると、イルは日記に書いてあった台詞と同じ言葉を
喋った。
 こんなことがあっていいのだろうか? まさか……、あの日記に書いたことが本当に……。
キックリは自問自答した。
「鼻毛がヒゲになるなんて……、滅多にないことだけれども、100%ありえないこと
ではないもんな! きっと偶然だ、偶然。今度はもっと、ありえないことを
かいてやれ。このヒッタイト帝国にありえないことってなんだろう? 
うーん……、そうだ!」
 キックリは、またもや日記帳に向かってペンを走らせた。
日付は明日のものである。

○月▽日 はれときどき雨
 私は見た! なんと! 皇帝陛下唯一の后であるユーリ様が浮気をしている現場を!
相手は誰かと思えば、歩兵隊長のミッタンナムワ。
あのハゲのどこがいいのだろうか? ユーリ様の趣味を疑ってしまう……。
カイル様一人を愛するのではなかったのだろうか?
隣国の王女や貴族との縁談をユーリさまのために蹴飛ばしてきたカイル様が
これではかわいそうだ! 戦争の女神イシュタルとして称えられている
タワナアンナがこんなことでいいのだろうか? 
ヒッタイトの行く末は暗い……。




「よし! これなら絶対ありえない。カイル様とユーリ様は
蹴飛ばしたくなるくらいラブラブだからな! あのユーリ様がミッタンナムワ
なんて相手にするわけないし!」
 キックリは自身満々であった。

「どういうことなんだ! ユーリ!」
 カイルの声が王宮中に響き渡った。
 バタバタバタと声の元に側近や兵隊達は集まった。
「お、お前が他の男に気を取られるなんて! それもミッタンナムワとなんて……
どういうことだ! 私一人を愛するのではなかったのか!」
 カイルがものすごい剣幕でユーリを攻めたてている。
「違うわよ! ミッタンナムワとななんでもないよ! 
カイルの思い過ごしよ!」
 怒鳴られたユーリも負けずと言い返す。
「チッ! なんでバレたんだ……」
 ユーリが小さく舌打ちしたのをキックリはしっかりと聞き取った。
「離婚だ! 離婚!」
「なんですってー! ミッタンナムワとは何もないっていってるでしょ!」
「いいや! あやしい!」
「わからずやー! そんなカイルだったら、ミッタンナムワのほうがいいわ!
離婚? 望むところよ!」
 ヒッタイト王家存亡の危機! 2人力合わせて築いてきた帝国も
ガラガラと音を立てて崩れていきつつあった。
(大変だ! やっぱりあの日記に書いたことは現実に起こってしまうんだ!
神様、仏様、アラー様、テシュプ様、サージャリム様の、どの神様が私のお願いを
聞いてくれたのかはわからないけど、あの日記を消さなくっちゃ!)
 キックリは自分の部屋に走った。日記帳を広げ、今日のページを
消しゴムでゴシゴシ消した。
「はあ、はあ、はあ。これでとりあえず消えたぞ。大丈夫かな?」
 キックリは部屋を出てカイルとユーリの元へ言った。
 ―――すると。
 2人はラブラブモード200%であった。
 ほっと胸をなでおろすキックリ。
カイルとユーリの離婚の危機はきれいさっぱり消しゴムで消えたのだ。
「よかった」
 キックリはぼそっと呟いた。
 そして少し反省した。カイルが日記を盗み見たことは許せないけど、
ありもしないことを書く未来日記なんて、カイルと同じくらい意地が悪い。
主従で根性が曲がっているなんてヒッタイト帝国の存亡にもかかわる。
もう、こんな日記をつけるのはやめよう……と、キックリは明るい太陽に向かって誓った。
 キックリが改心したと思うと、窓の外から叫び声が聞こえてきた。
「うわー! 薔薇が……、空から薔薇が降ってきたー!」
 キックリはもちろんのこと、カイルやユーリも驚いて窓の外を見た。
 声の通り、空からは真紅の薔薇が何本も降ってきたのである。
雨のようにザアザアと。
「な、なんだこれはー!」
 カイル達だけではなく、3姉妹や3隊長たちも驚愕して空を見つめていた。
すると、太陽はすっかり姿をかくし、変わりに巨大な薔薇がユーラユラと
ゆっくりと王宮に向かって舞い降りてきた。
巨大な薔薇の上には、蓮の花を玉座にして座る大仏のようにラムセスが座っていた。
「フフフ。俺は天空の城バラッタの城のラムセス。この世は薔薇で支配してやる!」
 ラムセスがオッドアイを輝かせて言うと、ヒッタイトの民衆はパニックに陥った。
「こ、こんな非現実的なこと……」
 キックリは足をガクガクさせながら、もう一度部屋に戻り日記帳を開いた。


○月▽日 はれときどき
 私は見た! なんと! 皇帝陛下唯一の后であるユーリ様が浮気をしている現場を!
相手は誰かと思えば、歩兵隊長のミッタンナムワ。
あのハゲのどこがいいのだろうか? ユーリ様の趣味を疑ってしまう……。
カイル様一人を愛するのではなかったのだろうか?
隣国の王女や貴族との縁談をユーリさまのために蹴飛
してきたカイル様が
これではかわいそうだ! 戦争の女神イシュタルとして称え
れている
タワナアンナがこんなことでいいのだろうか? 
ヒッタイトの行く末は暗い……。

注;グレーは消しゴムで消した所です。


「ひっ! 消し残し!『はれときどきばら』だ!」


♪おわり


                                                  参考文献;はれときどきぶた