もしものび太が臨床検査技師だったら


もしものび太が臨床検査技師だったら――
職場で起こる困ったこともドラえもんの道具で
解決してくれるんだろうなぁ……と(笑)
壁紙はのび太のシャツカラー。


1.採血編

「ドラえも〜ん! 大変なんだよ〜、明日から採血室の配属になっちゃったんだ!」
 階段をかけ昇ってきたのび太はドラえもんに抱きついた。
「何、それは大変!」
「どーしよー、ドラえもん。僕、患者さんに採血なんてしたことないよぉ! うわああん」
 のび太、眼鏡から潮吹きのようにぴゅ―ぴゅ―涙を流す。
「大丈夫、のび太くん。練習すればなんとかなるさ。ちょっと待ってて」
 ドラえもん、両手をポケットに入れてごそごそと捜す。
「採血練習台人形、タカシく〜ん!」
 のび太の前に、上半身だけの人形が現れた。グーを握って両腕をこちらに差し出している。
「なにこれ?」
「採血練習用の模擬腕だよ。これで練習すればバッチリさ」
「模擬腕なら、検査技師学校にもあったし、練習もしたよ」
「これは普通の模擬腕よりずっと進化したものなんだよ。なんてったって22世紀製のものだからね」
 ドラえもん、得意げに言う。
「どんなふうに進化してるの?」
「まずは初級用で練習しようね。さあ、のび太くん。タカシくんに採血して見て」
「……う、うん」
 のび太は注射器とスピッツを用意して、駆血帯を二の腕に巻いた。
『クケツタイガユルイデス』
 機械的な声が、のび太の鼓膜に反射した。
「す、すごい。この人形喋った!」
「そうだよ、のび太くん。このタカシくんは採血のアドバイスをしてくれるんだよ。
とりあえず、もう少し駆血帯を強く巻いて」
「う、うん」
 駆血帯を強く巻きなおす。
「血管はどこを指すか決めた? くっきり浮かび上がっているからわかるよね。
うん、そこの血管でいいよ。勇気を出して刺して」
「ううううううう、うん」
 のび太、緊張のあまり手がプルプルと震えている。
注射針が緑色に浮かび上がった血管に近づいて、ゆっくりと皮膚を刺入した。

「イッテェ〜!」

 タカシくんが大きく目を見開き、採血をされていない反対側の手でのび太にパンチをした。
「うわああああ」
 のび太、注射器を持ったまま後ろに吹っ飛ぶ。
「のび太くん、そんな震えた手でゆっくり針を入れたら患者さんが痛いよ。もっと思い切りよくスッと
入れて」
「こ、この人形殴るの?」
「そうだよ。タカシくんは痛みを感じることもできるんだ。進化した人形だろう。痛みが強いと殴るんだよ」
「そ、そんなぁ〜」
「情けない声出してないでがんばって、採血は練習しないと上手くならないんだから」
「ううう、いやだよぉ……」
 のび太、泣きながらもタカシ君に針を刺してがんばる。


 ――2時間後。


「だいぶ上手になったじゃないか、のび太くん。もう表在している太い血管は大丈夫だね。
じゃあ今度は上級者編だ!」
「上級者編?」
 ドラえもんはタカシくんの背中に回り、ボタンを押した。
 模擬腕をみると、先ほどまでくっきりと血管が見えていたのに、スッと腕の表面から
血管がなくなった。
「え、血管が消えた!」
「消えたんじゃないよ。さっきより血管が奥に入って細くなったんだ。患者さんの腕は
よくみえる血管ばかりじゃないからね、細い血管でも練習しないと」
「この模擬腕そんなことまでできるの!」
「だから、22世紀の採血練習人形だっていっただろう。血管を細くすることだけじゃなくて、
こんなこともできるよ」
 ドラえもん、またタカシくんの背中に回り、ボタン操作をする。

「太っている人用」
 タカシくんの腕、太る。
「老人用」
 タカシくんの腕、細くなりシワシワになる。
「老人用応用バージョン、逃げる血管用」
 タカシくんの血管、動脈硬化する。
「やーさん用」
 タカシくんの腕、刺青が入る。

「すごい! この模擬人形、本当にすごいんだね!」
「のび太くん、感心してないでしっかり練習して!」
 のび太の採血特訓、まだまだしばらく続いておりました。


***

「ドラえも〜ん、どうしても細い血管は失敗してしまうよ。うわああん」
 数時間後、練習を重ねたのび太だったが、細い血管の場合は注射針が血管に
上手く入らなかったり、高齢者用の動脈硬化した血管はプルプルっと逃げられてしまっていた。
「仕方ないな、のび太くん、最後の秘密兵器だよ。
 
夢のアルコール綿!
 ドラえもん、四次元ポケットからアルコール綿を出した。
 見たところ、いつものび太が使っているアルコール綿と変わりはないようであった。
清潔感を示すような白いカットメンにアルコールが湿らせてあるものだった。
「普通のアルコール綿に見えるけど、何が違うの?」
「のび太くん、腕まくりして」
「こう?」
 のび太は袖をまくって右腕を出した。夢のアルコール綿を持ったドラえもんは、
のび太の肘窩(ひじ部分の採血部位)をやさしくなぞりはじめた。
「えっ! 何これ? アルコール綿で拭いた部分の皮膚が透きとおった!」
 アルコール綿で拭いた部分は、皮膚が透きとおり、シースルーのロボットのように
血管や筋肉がくっきり見えていた。
「このアルコール綿は、拭いた部分だけ皮膚が透きとおるんだ。これなら血管の走行もくっきり
見えるでしょ。それにね、ほら、しばらくたつと……」
 血管の透けている腕をみると、拭いたばかりのときよりもいくらか皮膚の色を
取り戻していた。数十秒もすると、もとの皮膚の色に戻った。
「元に戻った!」
「アルコールが乾燥すると元に戻るんだ。アルコールが完全に乾ききる前に
針を入れれば、採血がだいぶ楽になるだろう」
「うん、これなら僕にもできそうだよ!」
 のび太は夢のアルコール綿を見て元気を取り戻した。

 ――次の日。
 採血練習台タカシくんで十分に練習したのび太は、採血室にて実際に患者さんで
採血することになった。
 一人目の患者さんを採血室に招きいれて、採血の準備をする。
「かかかか、確認のためにお名前をおおおおお教えてください」
 のび太、あまりの緊張のためどもる。
「梅田ウメでございます」
 優しそうな大正生まれのおばあちゃん。腕を見ると、血管は尺側にくっきりと浮かび上がっている。
一見、初心者向けに見えるようであるが、皮膚はシワシワ、血管が固い。
動脈硬化がうかがえそうな、いかにも逃げる血管だった。
「そそそそ、それでは採血します。今まで採血でご気分が悪くなったことありますか?
アルコール消毒はだだだだ大丈夫ですか?」
「大丈夫でございます」
 梅田ウメさんは目尻に優しそうな皺を浮かべて穏やかに笑う。
「そそそそそ、それでは採血します。ちょちょちょちょっとチクッとしますよ」
 針を刺して、スピッツを押し込む(注;真空採血)。
 パスッ。
 乾いた音が微かにのび太の耳に届く。スピッツに血液は入ってこない。
どうやら血管を逃がしてしまったようだ。
「ごごごごごご、ごめんなさい。失敗してしまいました」
 のび太は駆血帯を外して針を抜いた。
「いいんですよ」
 ウメさんはやさしく声をかける。
 採血に失敗してしまったことを梅田ウメさんに再度わびて、
採血の上手な技師、出来杉くんに代わってもらうことにした。
「のび太さん、がんばって」
 しずかちゃんが優しく慰めてくれる。
 ウメさんの採血は出来杉に任せて、次の患者を呼んだ。
「剛田タケシさ〜ん」
「おうっ! のび太じゃねーか。お前が採血するのか」
「ジャ、ジャイアン!」
 のび太は叫声に近い声をあげる。
「おい、のび太、痛い思いは一回でいいからなっ!」
 褐色の太い腕を差し出す。のび太はプレッシャーからか手がブルブルと震え出した。
 針を刺す。やっぱり血液は入ってこない。
「ごごごごご、ごめん、ジャイアン。失敗しちゃったよ」
「ふざけんなっ!」
 ボカリ。ジャイアンのパンチがのび太の頬に飛んだ。
「のび太のくせに採血失敗するなんて生意気なんだよっ! 俺はもう帰る!」
 ジャイアン、採血をしないで採血室の出口に向かった。
「剛田さん、お待ちください。今、医師に連絡を取りますので……」
 しずかちゃんが必死に叫ぶ。
「ふんっ! やってらんねーよっ!」
 ジャイアンはそのまま、会計もせずに病院を出てしまった。
「ちょっと、のび太さんどうするの! 患者さん帰っちゃったじゃない。技師長、担当医、外来看護師長さんに
大目玉よっ! インシデント、いや、アクシデントレポートかもしれないわっ!」
「ど、ど〜しよ〜。しずかちゃん」
「のび太さん、泣いたって仕方ないのよ。とにかく外来に連絡しなくっちゃ」
 しずかちゃんの素早い対応で、なんとかその場はおさまった。
 剛田タケシという患者、いつも怒りぽくって、毎回外来の度にいざこざを起こす
困ったちゃんだったので、簡単な注意で済んだ。
 それから、何度か失敗もしたが、午後になると慣れてきたせいか、失敗も減り
だいぶ上手になってきた。
「ああ、なんとか1日が終わったよ」
 窓の外に太陽が半熟卵の黄身色に輝く頃、採血業務が終わった。
後片付けと明日の準備をして、のび太は家に帰ることにした。
「何度も失敗しちゃったけど、1日が終わってよかった」
 ホット胸をなでおろしながら、のび太は病院の玄関をく出た。
 茜色の美しい夕焼けの空は、ほぼ群青色に塗り替えられており、車がライトを点け始めていた。
ゆるやかな気持ちで呼吸をしていると、ふと背中に鋭い視線を感じた。
それと同時に、「のび太っ!」と自分の名前を呼ぶ叫び声がした。
 振り向くと、朝一で採血に失敗した梅田ウメさんが、朝とは180度違う恐ろしい形相で
こちらに向かって走ってきていた。手にはなんと注射器を持っている。
21Gの緑色の針がキラリと光る。
「ウ、ウメさん!」
 のび太は目を丸くする。突然の出来事と恐怖のあまり身動きが取れなくなる。
「採血失敗の恨み覚悟っ!」
「うわあああああ!」
 ウメさんは、21Gの針でのび太の腹をズブリと刺した。
 のび太の黄色いシャツが夕焼けと同じ茜色に染まる。
 倒れたのび太の体は、夜の闇に包まれていった……。


♪おわり


どうでしたか。のび太採血編。リアルでしょ〜(笑)。
採血って最初はどうしても失敗してしまいますよね。
逃げる血管も失敗しないと「逃げる」って感覚がわからないしね。
失敗しながら上手になっていくってことで……。


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