細菌な朝食




 検査技師学校3年生のB子.彼女は只今病院実習中.
朝8時までに病院へ行き検査の準備.プロの技師さん
指導の元で,検体にふれ患者さんにふれ,現場の空気を
肌で感じることのできる実習である.レポートやテストに追われ,
大変ではあるが充実した毎日を送っていた.
 そんなある日の朝,いつもの時間にいつもの目覚ましで
B子は寝床から起きた.着替えて,朝食をとるためにダイニングにゆく.
「B子ちゃん,早くご飯食べなさい」
 B子の母は朝食の準備をしていた.何気なくテーブルを見ると
寝ぼけたB子の意識は瞬時に起こされた.
なんと! 箸置きに白金線が二本乗っていたのだ!
細菌の塗抹で使うときの白金線である.先にご飯を食
べていた父が持っている箸も白金線だった.
「お,おかーさん.どうして箸が白金線なのっ!」
 B子は驚愕の表情で母に言う.
「あら,ちゃんと火炎滅菌してあるから平気よ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「ほらほら,早くご飯食べないと病院に送れちゃうわよ.
ヨーグルトの好きなB子ちゃんのために乳酸菌も
嫌気培養しておいたから,早く食べなさい」
 やさしい笑顔で真っ白なヨーグルトをB子に渡す.
「おかあさん.今日のご飯はちょっと違うねぇ.お米かえた?」
 二本の白金線でご飯を食べている父が母に尋ねる.
「お米は同じよ.お釜をかえたのよ.オートクレーブ
の蒸気でおいしく炊いたの」
 母は機嫌よくお釜の蓋を開け,ふっくらと炊きあがったご飯を見せた.
「ちょ,ちょっと! どうしてオートクレーブでお米を炊くの?」
「大丈夫よ.ちゃんと121℃ 2気圧に設定したから」
 母は再びのんきな笑顔で答える.
「おっ! 今日の納豆はよく菌が繁殖しているねぇ」
 B子の興奮をよそに,父は二本の白金線で納豆をかきまわす.
「いつまで突っ立っているの? 早くご飯食べちゃってよ.
そうしないと洗い物が片付かないでしょう」
 母はB子を急かした.ふと見ると流し台の隣に乾熱滅菌機があった.
扉を開けると中には食器が入っていた.
――食器乾燥機だったのである.
「こ,こんな朝食いやぁぁぁぁぁ!」
 B子は音程のはずれた声で叫んだ.
 ――パチリ.ふとんの中で目が覚めた.
 夢だったのだ.白金線の箸もオートクレーブも
乾熱滅菌機もヨーグルトも納豆も…….
「ふぅ,夢でよかった」
 B子は胸を撫で下ろした.ふと時計を見た.
 ――9時20分.
 B子は現実に目覚め,ベッドから飛び起きた.
「寝坊だ!」
 

       医学書院 検査と技術 2002年1月号コーヒーブレイク掲載


***
コーヒーブレイクでは、はじめての3人称で書いた作品です。
今までは「俺は顕微鏡の顕太郎!」「私は熱ペンの美子……」などと、
すべて1人称で書いてきたので3人称はちょっと頭を悩ました。
まだ未掲載のものも全部1人称だな……。
まあいいか。





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