パソコン人間

 私はパソコン人間。見た目は普通の人間だ
けど、私はパソコンからできているの。脳は
もちろんのこと、手も足も目も口も。私を構
成するものは高性能なハードディスクからで
きているのよ。とっても精密にできているか
ら、誰も私がパソコンなんて気づかないわ。
 ほら、見ていて……。

 目覚ましがピピピピピとさえずる。左右に
ついているスピーカーである私の耳に、目覚
ましの音がうっとおしくこだまする。
 朝である。起きるのは嫌だが、なんとか電
源のスイッチを入れて起き上がる。起き上が
った途端、CPUである大脳が目を覚まし、体
の中のあらゆるソフトウェアを活動させる。
 『私』は、有名進学校に通う高校2年生。
今日は期末テストなの。昨日というか、今日
の明け方近くまで勉強していたため、私の頭
はまだ熱を持っていて熱い。何時間も電源を
入れっぱなしだと目(画面)は焼きつくし、
体(本体)は熱を持ってしまう。寿命が縮む
ようで嫌だ。
 今回のテスト範囲は、思っていたより覚え
ることが多くて、もっと前から勉強しておけ
ばよかったと散々後悔したわ。私の持ってい
る記憶力(メモリ)を少し上回る暗記量だっ
たため、仕方なく圧縮して覚えたの。こんな
に覚えることがあるんだったら、あらかじめ
メモリを増やしておけばよかったと思ったわ。
そうすれば圧縮などしなくとも覚えることが
できたもの。テスト中に何のトラブルなく、
圧縮したデータを解凍できるよう、祈るばか
りよ。
 学校へ行くために、私はいつもの制服に着
替えたわ。この着替えは画面の壁紙を変える
ことに相当するの。パソコンを購入したとき
から入っている、何の飾り気もない、いちば
んノーマルな壁紙を設定したわ。
 体(本体)のほてりは取れなかったけど、
家を出て学校に向かったわ。昨夜覚えたこと
が飽和状態になっていて、今にも私の頭(マ
イコンピューター)から今にも析出してしま
いそうでだった。メモリをフルに使っていた
ため、体がだるい。足取りも重く、体全体が
ギクシャクとスローテンポで動いているみた
いだったわ。
(帰ったらすぐにごみ箱に捨てよう。体が重
くてたまらないわ)
 私は心の中(マイドキュメント)で呟きな
がら学校へ向かったわ。
 教室へ入ると、テストとあって、教室内は
異様な緊張感と焦燥感で溢れていた。私は静
かに自分の席についたわ。私には焦る必要は
ない。すべて脳の中に保存したのだもの……。
 教室に担任の先生が入ってきて、問題用紙
が裏返しで配られたわ。チャイムと共にテス
トが始まったわ。圧縮してある知識を自分の
頭の中でそっと解凍する。――わかる。よか
った。何のトラブルもなく解凍でき、また、
回答もできたわ。
 スラスラと問題を解いてゆくと、最後の問
題でシャープペンシルが止まったわ。しまっ
た! この問題はわからない……。でも慌て
ることはないわ。こんなこともあろうかと、
覚えきれなかったデータを、圧縮したものと
は別に、フロッピーディスクに別保存してお
いたのよ。
 私は消しゴムと消しゴムのカバーの間に忍
びこませたメモ(フロッピー)をそっと出し
た。
(やった! このフロッピーの中に答えがあ
るわ!)
 心の中で叫んだ。答えを書き終わると、先
生に気づかれないよう、フロッピーをそっと
元の位置に戻したわ。
 無事にテストが終わった。どうやら私がフ
ロッピーを使ったことは、誰にもばれなかっ
たみたい。
 私は成績がよい。学年で一番なのよ。だっ
て私はパソコン人間だもの。難しい漢字だっ
て、漢字変換機能を使えば簡単よ。複雑な計
算だって、エクセルの表計算ソフトを使えば
瞬時に答えは出るわ。歴史や化学や物理の暗
記だって、インプットしていまえばいいんで
すもの。今回のように、予想以上の暗記量が
あっても、圧縮すればなんとかなるしね。い
ざとなった、フロッピーという手もあるし…
…。今はMOもあるから、大容量でも大丈夫ね。
 それに私は勉強だけでなく、絵も上手なの
よ。実物そっくりに描くことができるの。ス
キャナである目から画像を取り込んで、プリ
ンターである手で出力すればいいのだもの。
だた、あまりに実物そっくりに書くと、私が
パソコン人間であることがバレてしまうから、
画像の解像度を落として書かなければいけな
いけどね。
 容姿も抜群なのよ。目鼻立ちは整っている
し、いろいろな表情もできるの。私の中には
たくさんの顔文字がインプットされているか
ら、喜怒哀楽、感性豊かな表情ができるのよ。
 スタイルは……。自身はあるのだけれども、
ちょっとこの頃、充電しすぎてね、お腹に皮
下脂肪がついてきてしまったの。本物のパソ
コンだったら、蓄えられるエネルギー容量に
限度があるけれど、人間の充電容量は無限大。
お腹だけじゃなくって、腕にも、顔にも、足
にもついてしまうわ。充電のしすぎに注意し
なければならないと思っているところなの。
 もし、あなたのまわりに完璧な人間がいた
としたら、それはパソコン人間かもしれない
わ。私のようにね……。ひとむかし前のパソ
コン人間は、頭でっかちが多かったけど、最
近では随分液晶モニターが普及してきたから、
私のような8頭身美人も存在するのよ。
 パソコン人間にもWINDOWSとMAC
の2種類があって、そのうち私はWINDO
WSのパソコン人間なの。最初はWINDO
WS 95が入っていたけれども、パソコンの
世界は日進月歩。98、2000、Meとどんど新
化していったわ。流行に乗り遅れないように、
しっかり勉強して、身につけて(インストー
ル)していかなきゃいけないの。人間でもパ
ソコン人間でも同じこと、どんどん自分を向
上させなければいけないのよ。
 ちなみに私は左利きよ。なぜかというと、
マウスを使うとき、右クリックより左クリッ
クのほうがよく使うことを考えてもらえば説
明をする必要もないわよね。
 容姿端麗、才色兼備の私、パソコン人間。
もちろん男の子にモテモテよ。うっとおしい
期末テストが終わったので、これからデート
なの! お気に入り(ブックマーク)に入れ
た男の子の中から、よりどりみどり。ちゃん
と、お気に入りの中もフォルダを作って整理
してあるのよ。今日はお気に入りの中でも、
一番アクセス回数の多いA君と映画を見に行
くの。A君は、完璧な私にピッタリつりあう
男の子。やさしいし、背も高いし、どこかの
事務所にはいっていてもいいくらいカッコイ
イの。私の通っている学校で一番もてる男の
子なのよ。私とA君は、校内ではお似合いの
カップルって言われているの。
 デートとなれば、洋服(壁紙)もかわいら
しいものに着替えなくっちゃね。どんな洋服
にしようかしら? このピンクの花柄かわい
いわね。画像の表示状態は、中央に表示でも
いいけど、並べて表示にして連続させたほう
がもっとかわいいわ。うん、この壁紙にしよ
う! それと、きれいにお化粧もしなくっち
ゃね。ファンデーションを塗って顔(画面)
のコントラストを上げて、明るめにしましょ
う。どこまでも完璧じゃなくっちゃねっ!
 今日のデートは映画を見に行くことになっ
ているの。面白い映画だったらいいんだけど、
もし、つまらない映画だったら睡魔と戦うの
が大変だわ。夜遅くまで勉強していたせいも
あってあんまり寝てないし、眠くなってしま
かもしれないわ。だから、スクリーンセーバ
ーの待ち時間を少し長めに設定しておきまし
ょう。そうすれば起きていられるものね。ち
なみに私にとっての「夢」はスクリーンセー
バーの映像なのよ。だから、見る夢も事前に
用意することができるの。海の夢を見たけれ
ば、きれいな砂浜のスクリーンセーバーをダ
ウンロードすればいいし、夢の中でお花見が
したければ、花のスクリーンセーバーを設定
すればいいの。悪い夢なんて見る必要がなく
て、いいでしょ。
 お化粧だけじゃなくって、お風呂に入って
体をきれいに(クリーンアップ)してからデ
ートに行ったの。待ち合わせ場所は……、つ
い最近ダウンロードした地図を頼りに行けば
大丈夫。私が行ったときには、もうA君は来
ていたわ。「待った?」って言いながら、笑顔
の顔文字を出してA君の元へ行ったの。
 映画のチケットはあらかじめA君が買って
おいてくれたから、すぐに映画館に入れたわ。
人気の映画だったけど、真ん中の結構いい席
に座れたの。上映時間になって、映画の本編
が始まる前に、次回上映の予告や企業の宣伝
が入ったわ。この予告って、結構長いのよね。
本編が早く見たいときには少々うっとうしく
感じていまうわ。10分くらいで予告が終わり、
画面が拡大化され、本編が始まったわ。上映
時間は約2時間。面白い映画だったから、私の
していた心配は、ごみ箱に捨てて大丈夫だっ
た。眠らずにすんだわ。
 映画館を出て、その後、お洒落なパスタ屋
さんで食事をすることになったの。ここでち
ょっと困ったことを思い出してしまったの。
私は便秘していたのよ! ゴミ箱の中に、パ
ンパンに汚物や不要な物(ファイルや画像)
が詰まっていたの。私ってば、お風呂には入
ったけれど(クリーンアップ)、ごみ箱を空
にするのを忘れてしまったのよ。ここでたく
さん食べたら、ごみ箱がいっぱいになってし
まって、デート中に排泄しなければいけない
かもしれない……。それは嫌よ! 軽く食べ
て、ごみ箱をいっぱいにしないようにしなく
っちゃ……。
 私は「あまりお腹が空いていない」と言っ
てお茶だけですませたわ。胃袋が満腹のA君
とごみ箱が満腹の私は、お店を出た後、少し
街中を歩いたの。しばらくすると、ポツリポ
ツリと天から涙が降ってきたわ。
「あっ、雨だわ!」
 私はバッグの中にいつも入れてある折りた
たみ傘を出したわ。
「用意がいいんだね。今日、天気予報で雨が
降るなんて言ってなかったのに」
 A君が感心した眼差しで私を見たわ。パソ
コンのような精密機器にとって、水は大敵。
傘は必需品よ。私のバッグにはいつも傘が入
っているの。私が傘を広げたら、背の高いA
君がスッと傘の柄を持ってくれたの。そう! 
相合い傘で歩いたのよ! 雨は嫌いだけど、
ちょっと感謝! 歩きながらたくさんお話し
たわ。笑顔の顔文字をいっぱい使って、イン
プットしてある知識をフルに活用させたの。
話に花が咲いてとっても楽しかったわ!
(私はパソコン人間! もう完璧!)
 そう思っていると、A君が私にプレゼント
をくれるって言うの。何かしら? ドキドキ
ドキ。内蔵時計のタイマーを高鳴らせている
と……。
「はい、薔薇の花、プレゼントだよ!」
 なんと! A君は、両手に溢れんばかりの
真紅の薔薇を私にくれたの!
「わあ! きれい!」
 うれしくて私は声をあげたわ。
「きれいだろう。それに薔薇のあまーい香り
もいいだろう!」
「香り…………」
「うん、花屋さんで一番匂いの強い薔薇だっ
て言っていたから買ってきたんだけど……」
 香り、匂い。――しまった! 
 私はパソコン人間。嗅覚がない! 
 私はフリーズしてしまったわ。早く再起動
しなくっちゃ!


おわり



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