美容院



 日差しだけは暖かそう。だけど外に一歩顔を出すとまだまだ空気は冷たい。
三寒四温――しだいに寒さは緩んでいるけど、コートをクリーニングに出すには早すぎる三月。
木の芽も膨らみ始めたうららかな太陽の下。ねねは美容院に髪を切りに行った。
 近所の美容院。おばちゃんがいっぱいだった。いつも私は美容院ではなく
病院に行っているのだが、ここもあまり変わらない。パーマなんてかけるのやめたほうが
いいんじゃない? と思われる頭皮のスケスケ見えるおばちゃんが、日頃のストレス解消か?
機関銃のごとく聞いてもいないことをベラベラと美容師さんに話していた。
「肩くらいにカットしてストレートパーマかけてください」
 4人ほどいた美容師さんの中では一番若い人が私を担当するようだった。
「じゃあ、まずはストレートパーマからかけてまっすぐになってから
カットしますね」
 美容師さんはそう言いながらストレートパーマ用の板をガサゴソと用意しだした。
 ストレートパーマをかけたことがある人ならわかるであろう。普通のくるくるパーマなら
カーラーをいっぱい巻いてお釜で温めるのだが、ストレートパーマは長い板に
髪を張りつけてかけるのだ。
 準備していたストレートパーマ用の板は三色だった。赤、黄、緑。信号機の色である。
赤が一番長くって50cmくらい、次に黄色で30cm、緑15cm。
髪の奥のほうは短いので緑、真ん中が黄色、表面が赤を使う。クリームのような
ものを使ってペタペタと数10枚の板に私の髪を少しづつわけて貼りつける。
 数10枚〜20枚くらいはつけたであろうか? 正面の鏡に映る長い板を貼り付けられた私を
見ているとまるでミノムシのようであった。木の枝の代わりに三原色の色鮮やかな板を
頭に貼りつけている。『ミノムシねね』のできあがりである。別の表現をするんだったら
『ゆきんこねね』でもいい。とにかく鏡に映った自分を見ながらこんなことを考えていると
思わず頬の筋肉が緩んでしまう。必死でこらえた。
「じゃあ、このまま20分おきますね」
 ミノムシねねの状態でそのまま20分。頭が重い。さすがにこれだけ板がついて、それも
まっすぐに引っ張られているのでキツイ。それにこの姿。もしも今、地震があったら
どうしよう? この姿で逃げるのはいくらねねでも恥ずかしい。ストレートパーマ
かけている間だけはどうか地震や火事がありませんように。鏡の向こうの
自分の姿を見て思った。
 天災がないようにと祈りを捧げてから数分後。ねねの膀胱に水が溜まってきたような
感じがした。――ヤバイ、トイレに行きたい。家を出る前にちゃんとトイレには
行ったのだが、コーヒーを飲んできたのが悪かったのか? カフェインが抗利尿ホルモン、
バソプレシンの分泌を促進しているのだろうか? 体内の水分が、腎臓の糸球体で
ろ過され、近位尿細管または遠位尿細管を通り膀胱へと水分を溜めていっている。
一度トイレに行きたい! と思うともはや忘れることはできない。
トイレトイレトイレ。頭の中でぐるぐると回り出す。
「じゃあ、一度板を取って洗い流しますね」
 20分たったようだ。板をペリペリ外してくれた。シャンプー台にどうぞ
と言われ、板の形のくっきりついた髪形のままシャンプー台に向かう。
 ジャジャジャジャジャジャー。ぬるま湯で髪を洗い流してくれる。
椅子が座位から臥位にかわる。仰向けになった、仰向けになると膀胱も平坦になったような
気がした。ちょっと尿意が減った……ような気がした。
 ジャジャジャジャジャと洗い流しおわるとタオルでパンパンと水分をふき取ってくれた。
「じゃあ、元の席に戻ってください」
 言われるがままに席に戻る。今思えばこのとき「トイレに行ってもいいですか?」
といえばよかったのだと思う。チャンスを逃してしまった私は、ミノムシねね第2弾に
突入してしまったのだ。再び三色の信号板をペタペタとはりつけられる。
 ――ガーン。もうかなり限界……。
 このままの姿で天災があって外にでるのも嫌だが、トイレに行くのもアホだ。
仕方ない。後20分だ。多分我慢できるであろう。トイレを我慢するときには足を
組むと膀胱が圧迫されて我慢できる時間が長くなるという。右足と左足交互に
組むと効果が上がるという。とりあえずやってみた。うーん、足を組むと少し
楽なような気がする。でもトイレに行きたいことには変わりない。
 次に私の考えた手段は『寝てしまえ』ということである。
人間は睡眠時の利尿作用は2分の1から3分の1になるという。その作用を
使うのだ。ミノムシねねは冬眠態勢に入った。――だが、尿意が邪魔して
眠ることなどできるわけない。やはり地道に我慢だな。
足を何度も組替えて、なんとかミノムシねねの状態を乗り切った。
 板をはがしてもらってシャンプー台で流してタオルで軽く頭を拭いてもらった。
 もうチャンスは逃さないぞ! そう思い……。
「すみません、ちょっとトイレにいきたいんですけれど……」
 恐る恐る言ってみた。
「ああ、いいわよ。長いからね―」
 私は頭にタオルを巻いた状態でトイレに案内してもらった。
 よかった膀胱破裂はまぬがれた。ほっと一安心。
 トイレからでて席に戻った私。次はカットだ。
 肩ぐらいにカット、段は入れる? と聞かれ、どうでもよかったのでとりあえず「はい」
と言ってみた(いいのか? そんな適当で?)
 チョキチョキ黒髪にハサミが入る。肩くらいの長さになった。
 肩くらいの髪……、ルサファだ! どうせならシャギーをいれてルサファカット
にしてもらえばよかったかしら? あ、でも「この髪型にしてください」と
天河のコミックスを持っていくのは恥ずかしいな。やっぱりダメだな。
 ルサファカットよりもやっぱりラムセスにならなきゃダメかしら?
彼のように金髪に! ただのバカだなそりゃ。
 ラムセスよりもカイルのように襟足を残すのも面白いかもしれない。
後ろ髪を引かれるようで……。でも私が後ろ髪を引かれてどうするんだ?
 そんなことより! ルサファよりもラムセスよりもカイルよりも
どうせやるならミッタンナムワカットがいいかも! これがきっと一番受けるだろうな!
だってスキンヘッドだもの。
 ……なぁ〜んてアホなことを考えていると、鏡に映る自分の顔の筋肉が
ふにゃふにゃになってきた。やばい! きりっとした顔にしなくっちゃ!
きりり。顔の筋肉に力を入れた。が、しかし、顔の筋肉に力を入れたついでに
目が真剣になってしまった。真剣な表情のねね。似合わない。
そんな自分を見てなんだか更に笑いたくなった。
 ど、どうしよう。我慢できない。とにかくこのことを帰ったらページにUPしよう。

 と、今ここに書くに至ったわけである。


♪おわり